第10話 気絶が癖になったら嫌だなあ。


 真っ暗だ。

そして、多分ここは夢の中だ。

なんでかって?見えるボクの手が人間のものだもん。

出来の悪いVRみたいに手だけしか見えないのも、夢感を加速させる。


『そちらは、そくさいか?』


 うわびっくりした。

ど、どちらさま?


『すこやかで、よきことよな』


 この声……前に見た悪夢でも聞いたような気がする?

鈴が鳴るみたいな綺麗な声だね。

ボクもこれくらいカワイイ声だったらなあ……いや、今のビジュアルだとキモいだけですね。


『ふふ、よきかな、よきかな』


 あの、なんか機嫌よさそうなとこ悪いんですけど。

ボクとあなたの関係は一体どういう……?


『たのしめ、おおいにな』


 ねえ!ちょっと!

ボクの質問に答えてくださいよォ!

ちょっと綺麗な声だからって何でも許されると思わないでくださ――



・・☆・・



「ム」


 無茶苦茶高いところに見える天井だ!!

ボク知ってるぞ!こういう建物って――


「あ」


 ひょい、と。

ボクの視界にモフモフの人影。

黒い子猫、かな?この顔は。

ケモノ60%って感じ。


「アノ――」


「おねーちゃ、おじちゃ、おきた~」


 質問しようとしたらどっかに行っちゃった!?

ちょっと!?おじちゃん!?今おじちゃんっておっしゃいました!?

やめてくださいよ!ボクまだ生後1年未満ですのよ!?!?


『元気そうで安心しました』


 はい!いつもどこでも元気なボクです!

お腹がえらいことになったのは覚えてます!

そういえば、あのクソデカコボルトはどうなったの!?


『問題なく死亡しましたよ。あの後、アカちゃん経由で伝えて、ロロンさんに魔石を回収してもらいました』


 隙が無い!有能!!


『むっくんの体の為に必要だと言いましたからね。残念ながら雑魚コボルトの分までは無理でしたが、まあ誤差です』


 なるほどねえ。

で、ここどこです?

たぶん教会だと思うんですけど。


『はい、その通りです。修復をする必要がありましたのでここに寝かせていただきました、ロロンさんと神父さんが運んでくださいましたよ』


 ありゃりゃ、重かったろうに悪い事したかな。


 ばあん!と扉が開く音がした。


「おやびん!おやび~ん!!」「む、ムーク様ァあ!!」


 アカの羽音と、ロロンの足音。

あっという間にアカの涙目が視界一杯に広がった。


「ムググ」「だいじょぶ!?だいじょぶぅ!?」


 そんなに全身で顔に抱き着かなくっても……く、くすぐったい!

でも心配したんだろうしなあ、甘んじて受けようか。


『ハーハッハッハ!ボクは絶対無敵のおやびんだよ?アレくらいちょろいちょろい!なんたって最強だからね!最強!!』


 目下の問題として、防御力は最強じゃないんだけども。

柔らかいわけじゃないと思うんだけどなあ……かち合う相手が悪すぎるんですよ、もう。


「ムーク様ぁ!ワダスがもうちくっと上手に立ち回れでおっだなら……おもさげながんす!お許しえってくなんせぇ!!」


 遅れて縋り付いてきたロロンが、お腹に覆いかぶさっておんおん泣いている。

いやいやいや……そんな大げさな。


「イイノイイノ、ボクハ親分ダカラネ、親分。真ッ先ニ立チ向カウノハ当然ノコトダヨ」


 その頭をポンポンしつつ、体を起こす。

アカがどっかのエイリアンの幼虫みたいに顔に張り付いてるけど……隙間から周囲が見えた。

うん、教会。

ザ・教会だ。


 ボクは真ん中の通路?に寝かされているみたい。 

長椅子が左右に分かれていて、奥には祭壇みたいなのと……おお、羽の生えた綺麗な女神サマの像がある。

でも……教会の女神様って感じじゃないね。

だって兜被ってるし、鎧着てるし、大剣構えてるし。


『ああ、ここはティエラ教の教会ですね。女神ティエラは勇気と勝利、それと弱者の庇護を司ります』


 取ってつけたような弱者救済!!

随分好戦的な女神サマですね?


『あら、豪放磊落で慕われるとってもよいお方ですよ』


 顔見知りだった!

そうだよね!トモさんも女神だし!!

なんか急に身近な存在に感じる!!


「おやびん、おやびぃん~」「オーヨシヨシ、イイコイイコ」


 顔面張り付き虫と化したアカをなだめていると、また扉の開く音がした。


「ああ!お目覚めになりましたか」


 振り向くと、神父さんと……その後ろに優しそうな若いシスターさん、そして小さな子供たちがいた。

結構な大所帯……そういえば孤児院あったんだった。


「ドウモ、オ世話ニナッテマス」


「いえいえ!こちらこそ助けていただいたのに床に寝かせるような真似をして……お許しください!」


 セントバーナードっぽい神父さんは本当に申し訳なさそうにしている。

たぶんボクが重かったんだろうね。


「ヨッコイセ」「じゃじゃじゃ!?」


 お腹に乗ったままのロロンが、ころんと転がった。

ごめん、アカガードで忘れてた。


「も、もうお立ちになって大丈夫なのですか?ご無理はなさらずに……」


「イエイエ、鍛エテマスノデ」


 トモさんのおかげでもう傷は塞がったしね!

……ちなみにボクの寿命って?


『ちょうど一年です。きりがいいですね』


 よくないやい!!



・・☆・・



「本当にありがとうございました、ムーク様のお陰で子供たちに危険が及ぶことは避けられました」


「イエイエイエ」


 教会の後ろにあった小学校みたいな建物……孤児院。

そこの食堂で、ボクらは神父さんとシスターさんに深々と頭を下げられた。

あ、ボクとロロンね。

アカは――


「あはは!あははは!」「まって~、アカちゃん、まって~」「まってぇ~」


 今も聞こえるように、庭で子供たちと遊んでいる。

なんか、ボール投げと鬼ごっこが悪魔合体したみたいな遊び。

ルールがちょっと気になる今日この頃。

子供ってすごいねえ、すぐに仲良くなれるんだから。


「申し遅れました、私はサガンです」「メプリです」


 神父さんがサガンさんで、優しそうな……羊みたいなシスターはメプリさんね。

サガンさんはケモ度80%、メプリさんは50%って感じ。

むむむ、やっぱ獣人さんって不思議だなあ。

男女で違うってワケでもないみたいだし……だってマーサさんは狸!って感じだけど娘のメグさんは狸耳のかわいい子って感じだもん。


「重ねて、お助けに感謝いたします」


 またサガンさんが頭を下げた。


「私1人では、あのコボルトを止められなかったでしょう。これでも昔は魔導隊に所属していたのですが……さすがに、現役時代と同じようにはいきませんでした」


 まどーたい?


『衛兵の一種です。魔法使いで構成された部隊ですね』


 ほうほう。

いろんなお仕事がありますねえ。


「アノ、聞キタインデスゲト……街ハ大丈夫ナンデスカ?」


 ボスは倒したけど、コボルトはまだまだいっぱいいたはずだし。

あのお爺ちゃんたちとか無事かなあ。


「ムーク様がお倒れになったくらいに、『赤錆』の方々が援軍に来られまして。あっという間に殲滅されました……聞いている限りでは、死者もいないとのことです」


「アー、ヨカッタ」


 赤錆ってたしか、ロドリンド商会専属の傭兵団だったよね。

腕利きって聞いてたけど、その通りみたい。


「それで、これは些少ですが……」


 サガンさんが、革袋をテーブルに乗せた。

じゃら、と音がする……え、これお金入ってる!?


「イヤイヤ、ソンナツモリジャ――」


「お納めください。ロロン様にお聞きしましたが、長旅をなさるのなら必要でしょう?これは正当な報酬ですよ、用心棒代とでも思っていただきたい」


 絶対に受け取ってもらいますぞ~!みたいな気合を感じる。

横のメプリさんも、ニコニコしているけど謎の圧を放ってるし……!


 ロロンを見ると、彼女はとてもいい笑顔で頷いた。

貰わないと収まらない感じっぽい……


「デ、デハ。イタダキマス」


 結構重い革袋を持ち、マントの中へ。

ポーチに入れて……宿に戻った後でいくらか確認しておこう。


 そうすると、2人はホッとした顔になった。

あ、やっぱり受け取るのが正解なんだ。


「ご遠慮なさらずに、命に比べれば金銭など大した問題ではありませんので」


 むーん……これが人生経験の差というやーつだろうか。

こういうのは戦うのとはまた違う強さがいるよねえ。


「それでは、私は衛兵隊の所へ行かねばなりませんので……メプリ、よろしく頼むよ」


「はい!ムーク様、少しご休憩なさってください。今お茶を入れますので」


 サガンさんは立ち上がり、また深々と頭を下げて部屋から出て行った。

メプリさんはキッチン的な所へ向かう。

衛兵隊ねえ……損害の報告とかそういうのかな?


「ムーク様、ムーク様」「ヌ?」


 マントをくいくい引かれた。


「これ、コボルトの魔石でやんす。お納めくださっしゃい」


 ロロンがソフトボールくらいの大きさの、ウニの化身みたいな魔石を持っている。

な、なにこれ。

こんな形の魔石初めて見たぞ。

食べる時に口に刺さらないといいな……とりあえずポーチに入れとこ。


「ワダスは自分が恥ずかしいのす!なんたる惰弱!力不足!」


 どうやらロロンはさっきの戦闘で色々不満があるようだ。

いやー、でも仕方ないでしょ。

あのコボルト強かったもん。

動きも速かったしさあ。

でも、こういう場合にそんなことないよ~って言うのもあんまりよくないよね?


「ウン、一緒ニ強クナロウネ」「わひゃひゃ……は、はいっ!」


 ついつい撫でちゃうロロンの頭。

アカもそうだけど、小さいしいい子だから反射的に撫でちゃう。

セクシャルなハラスメントにならんといいんだけども。


「あ!おじちゃ!」「おじちゃーん!」「おみやげは~!?おみやげ!!」


「おうおう、後でな、後で」


 ロロンの頭を撫でていると、庭の方が騒がしい。

お客さんかな?子供たちの人気が凄いや。

なんか、金属音がする。

鎧でも着てる人なんかな?

あと、声がむっちゃ渋い、強そう。


「――メプリ!邪魔するぜ!」


「兄さん!帰ってたのね!」


 扉が開いて、ガチャンと足音がした。

にいさん?それじゃあ羊の獣人さんかな……?


「おお、いたいた!」


 そこには、重そうな鎧を着込んだ――ライオンっぽい獣人さんがいた。

……羊じゃないんだ!?

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