第5話 初のお宿はいいお宿!
「ここでやんすね」
「オ~……!」
「おっきいおうち、おうち!」
解体所から歩くこと10分少々。
ドラウドさんが教えてくれた宿の前に、ボクらは立っている。
え~と、『草原のさざ波亭』かな?
見た目は謎文字なのに、ちゃんと読めるのって不思議だなあ。
トモさん様様ですなあ。
2階建ての小規模なマンション、って感じのたたずまいだ。
宿の横には大きな馬房っぽいものが併設されてる。
中に何の動物もいないってことは……今日は空いてるのかな?
ま、とにかく入ってみよう。
両開きのドアを開け、3人で入る。
「いらっしゃいませ~!あらあら、可愛らしいお客さんねえ」
カウンターっぽい所には、ふくよかな……狸さんが座っていた。
身長は僕よりも低い。
ふんわりしたエプロンドレス?洋風割烹着?が物凄く似合っている。
なお、顔もモフモフ狸さんなので年齢とかはわからない。
「こんにちは。ロドリンド商会のドラウドさんにご紹介されやんした、3人だども泊まれやんすか?」
「ドラちゃんに!はいはい、大丈夫ですよお~……あら!妖精さんもいるのねえ、可愛いわ~♪」
「こにちは!こにちは!」
狸さんはロロンと、空中で踊るアカを見て微笑んでいる。
「まあまあ、虫人さんを見るのなんて久しぶり!とっても強そうねえ~」
「ムークデス、オ世話ニナリマス」
とりあえず好感触だ。
ボクの顔面見ても表情変えないし、少なくとも表面上は友好的な感じ。
「あら~、マーサよ、よろしくねえムークさん」
マーサさんはにこやかに微笑んでいる。
「アカ!よろしく、よろしくぅ!」「ロロンでやんす」
「は~い、みんなよろしくねぇ♪」
うむ、なんというかオカンオーラが凄いぞ。
「あの、しばらく街が閉じるらしいんで、とりあえずそれが終わるまで連泊したいんでがす。とりあえず7日程度見てやんす」
「あらまあ、さっき鐘が鳴っているのはそういうわけだったのねえ。はい、じゃあ……そうねぇ、ウチは一部屋1日2食で20ガルだから~……7日の連泊だと60ガルいただくことになるけど、いい?」
さっきのお給料が300ガルだし、全然問題ないな。
その前にも100ガル貰ってるし、宿代って意外と安いのかしら?
連泊だと割引で更にお得だねえ。
「問題ねがんす!ムーク様、えがんすか?」
「イイヨ」
ボクにいちいち確認取るの、しっかりしてるなあロロンは。
義理堅いというかなんというか……
「は~い、それじゃあコレが鍵ね。お部屋は2階の右奥、3番よ~」
ロロンがお金を払い、鍵を受け取っている。
あらかじめ200ガル渡しておいたのでよかった。
ちなみに残りはポーチの中に入れている、コレすっごい便利。
ポーチごと盗まれないように気をつけねば。
「ゆっくりしてねえ、晩御飯の時間になったら呼ぶからね~」
マーサさんは、アカの頭を優しくなでた。
「オオ……部屋ダ」
『部屋ですよ、当たり前ですよ?』
あきれてますけどね!異世界初の宿屋ですよ、宿屋!!
カウンターの横にあった階段を上り、右奥の部屋についた。
鍵を開けると……いかにも宿屋!って感じの部屋だった。
大きなベッドが壁際にあり、その他にはテーブルとイス。
そして衣装ダンスっぽい木の箱と……大きな桶と綺麗なタオルっぽいもの。
とてもシンプルな部屋だけど、掃除も行き届いていて清潔だ。
それにしても、あの桶なーに?
『あれにお湯を入れて体を拭くのです。この国において、お風呂はあまり一般的ではありませんので』
あ、なるほど。
ボクとアカは汗をかかないし、老廃物も出ないからあんまり馴染みがなかった。
トイレにも行かなくていいし。
ロロンはそうじゃないから、川が近くにあれば水浴びなんかをしていたみたいだけど。
「じゃじゃじゃ!いい部屋でがんす!」
ロロンは嬉しそうに部屋を見回し、桶に寄っていく。
そしておもむろにそれを持ち上げると……こっちに来た。
少し恥ずかしそうにしている。
「あの……お湯、貰ってえがんすか?か、体を拭きてえので……」
「イイヨイイヨ!ゴメンネ、気ガ利カナクッテ」
この口ぶりからしてお湯を貰うのは別料金なんだろう。
ロロンにはこれまで散々お世話になったんだし、お湯くらいいくらでも使っていただきたい。
「しぇば!貰ってきやんす!!」「わはーい!!」
ぱあっと顔を綻ばせ、ロロンは身長ほどもある桶を持って部屋から出て行った。
何かおもしろそうだと思ったのか、アカも飛んでついていく。
ロロンは女の子だからねえ、ボクもデリカシーには気を付けなきゃ。
……体拭いてる時、ボクは外に出ていよう。
同じ部屋にいたら変態すぎる。
とりあえず、壁にあるフックに毛皮をかけることにした。
ベッドにダイブでもしたいところだけど、さすがに体を拭いてからにした方がいいよね。
ロロンの後にタオルを借りようかな……いや、新しいのを借りるか。
ボクは気にしないけど、ロロンは別だろうし。
椅子に座って待つとするか。
「フカフカ!」「ふかふか!ふかふかぁ!」
ロロンの後でお湯を使い、体を拭いた後。
ボクはアカと一緒にベッドを堪能している!
日本のベッドと比べたらアレなんだろうけど、記憶がないから問題ない!
ふわ~……異世界初ベッド!異世界初ベッド最高だよ~!
あ、ロロンは着ている毛皮を洗濯するそうで、マーサさんの所に行っている。
服ってそういうところ不便ね……当たり前のことなんだけど。
「チョットネルカ……」
「ねゆ!ねゆ~!」
大の字に寝転がると、アカがニコニコしながら胸に乗ってきた。
カワイイ。
『色々あったけど、これからも色んなとこに行こうねえ、アカ』
「あいっ!おやびんといっしょ!ずうっと、いっしょ!」
相変わらず可愛いことを言うアカの頭を撫で、ボクは軽く眠ることにした。
寝るぞい……ぞいぞい……
・・☆・・
「ムーク様、ムーク様」
「ンニャム……」
優しく揺すられて、目を開ける。
部屋に夕暮れが差し込んでいる。
おおう、もうこんな時間か。
「晩御飯だそうでやんす、お起きなっせ。アカちゃんも」
「ハァイ……」「あい……」
体を起こすと、アカが肩にスルスル登ってくる。
晩御飯か、楽しみ!
じゃあマントを羽織って……なぁい!?
「あ、僭越ながらワダスがお洗濯をばさせていただきやんした。明日には乾ぐと思いやんす」
この子……この子すごいや。
ボクなんて寝ることしか考えてなかったのに……!
「ロロン、イイ子ダナア。頭ガ下ガルヨ」
「じゃじゃじゃ!?も、もったいなぎお言葉でやんすぅ~……!」
ロロンは小走りで出て行った。
恥ずかしがり屋さんだなあ。
さて、ボクたちも行くか。
「おう、来たな。席は奥の窓際を使いな」
「ハイ」
階段を降りて食堂に向かった。
ここは1階はマーサさん達の部屋と食堂しかないみたい。
で、食堂に入ると……料理人のエプロンを身に着けた、ムッキムキの狸さんがいた。
マーサさんと違って、猛獣!イヌ科!!って感じの狸さんだ。
身長は2メートルに近い。
……コックさんなんだろうか。
元傭兵とか元兵隊さんかもしんない……
どうやら、宿泊客はボクたちだけらしい。
6つあるテーブルは誰も席についていないしね。
ロロンに続いて席に着く。
あ、さっきは気付かなかったけどなんかワンピースみたいな服着てる!
毛皮が渇くまで借りてるんだろうか。
「カワイイ服、着テルネ」
「じゃじゃじゃ……マーサの女将さんに借りやんした」
ロロンがはにかむ。
へえ、マーサさんがここの女将さんなんだ。
あの雰囲気だもん、この宿も人気なんだろうなあ。
ムムム!いい匂いがする!すごくする!!
「お待たせいたしました~!スープとパン、野菜の盛り合わせですよう!」
大きなお盆に料理を満載した狸さんがやってきた。
こっちはロロンみたいに顔がちょっと人間っぽいな……ひょっとして娘さんなのかな?
「アリガト」「ありあと~!」
ボクの顔を見て一瞬目を見開いたその子は、肩の上で手を振るアカに視線を移すと笑顔を見せた。
うん、わかってるよ……ボクの顔怖いもんねえ。
「かっわいい~!あ、申しわけございませェん!」
そして、テーブルには湯気の立つ具沢山のスープ、黒っぽい大きなパン、葉物野菜っぽいサラダが置かれた。
おおう……りょ、料理だ!料理だ!!
異世界初の!ちゃんとした!料理ィ!!
「ムークデス、ヨロシク」「アカ、でしゅ!」「ロロンでやんす」
ボクらはそれぞれ自己紹介した。
「ご、ご丁寧にどうもぉ!メグと言いますぅ!とっても強そうですけど傭兵か冒険者の方ですかぁ?」
怖がったことが恥ずかしいのか、メグさんはすこし慌てて聞き返してきた。
「ムーク様は大層お強いでやんすが、旅人でやんす。帝国の南から、トルゴーンに行く途中でやんす」
「へぇえ~!遠い所から来たんですねえ!……あ!す、すみませぇん、ごゆっくりぃ~!」
料理に釘付けのアカに気付き、メグさんは去って行った。
「今度、旅のお話を聞かせてくださいねェ~!」
それに手を振り……ボクはパンに手を合わせた。
「イタダキマス」「いたらき、まーしゅ!」「いただきます!」
ロロンも真似するようになってきたな……律儀なんだから。
それでは……まずパンからいただこう!
ガブーッ!!
――案の定、美味しすぎたのでボクは軽く気絶したのだった。
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