第56話 ちっちゃいアルマジロさん!
「食べねえでくだんせ!食べねえでくだんせ~!!」
「食ベナイ食ベナイ。安心シテッテバ」
木にしがみついたまま震えている、毛玉さん。
パニックになっている彼?彼女?に、(ボクとしては)優しく声をかけた。
ふむ、こうして見てみると……毛玉じゃないな。
毛玉に見えたのは服のようだ。
腰蓑っぽいものと……腕と足にモコモコな毛皮を着ているのか。
背中の部分はなんだろう……こっちから見えるのは、ボクの背中と同じような蛇腹状のの……装甲?甲羅?だろうか。
木にしがみついて丸まっているな。
いったい、どんな種族の方なんだろ?
「だいじょぶ!だいじょぶぅ!おやびん、やさしい、やさしい!」
「はぴゃああっ!?!?」
あ、近くに飛んでいったアカにびっくりして手を離しちゃったみたい。
その人は丸まったまま、ボインって感じで地面をバウンドした。
背中から落ちたけど、かなり頑丈みたいだなあ。
そして、そのままコロコロ転がって……ボクの前まで来た。
「大丈夫ダカラ、安心シテ」
「え、えぅう……ほ、ほんとでがんすか?」
恐る恐る……って感じで、その人は丸まり状態からゆっくり復帰。
あ、髪の毛が見えた。
っていうことは虫人じゃないね。
てっきりアレだ、ダンゴムシの人かと思った。
丸まるし、背中に装甲あるし。
その人は茶色の髪の毛を揺らして……ボクを見た。
おお!人間さんかな?
あ、でも……頭に三角形の耳が生えてる。
獣人さんなんだろうか。
「はひゃあ!?お、お助けくなんせェ!!」
ボクの顔面があまりに迫力満点だったからか、結局また土下座みたいな体勢に戻っちゃったけど。
……アカはかっこいいかっこいい言ってくれるけど、実際ボクの顔って迫力あるからねえ。
目も薄青く発光してるしさ。
とりあえず、再び丸まったその人を優しくなだめることにした。
・・☆・・
「命の恩人に、たいへんな失礼をばいたしやんした……おもさげながんす!お許しえってくなんせ!」
「イイカラ、イイカラ」
「いいから、いいからぁ~♪」
それからしばし。
地面に座るボク、そして肩に座るアカ。
その前で、ようやくパニックから復帰したその人が深々と頭を下げた。
「ムークデス。コノ子ハ、アカ」「アカ、でしゅ!」
「へへ~!【吠える雷鳴】とはなんど神々しぎお名前……!さぞかし名のある御仁とお見受けいだしやんす!」
……なんて?
『恐らく、どこかの古語にたまたま同じ響きのものがあったのでしょうね。古代エルフ語ではないでしょうが』
ううむ、どんどんボクの偽名が古代的な格好よさを秘めていく。
でも残念、ボクはむっくんなんですよ。
かわいさは百点満点だけど、格好よさは零点です。
……違うからねトモさん!気に入ってるからね!この名前自体は!!
「名乗りが遅れで、おもさげね!ワダスはロロン!【跳ね橋】のロロンと申しやんす!」
おお、異名?まであるのかこの人。
しっかし、なんというか……東北地方っぽいキツい訛り?だなあ。
翻訳ってどうなってんだろうか。
『私の知識にありますね……この方は獣人でしょう。【跳ね橋】というのは獣人氏族の名称です、地球で言えば住所のようなものですよ』
ほーん、なるほど。
つまり『俺は天王寺のツヨシ!』とか『私は天下茶屋のアカネ!』って感じか。
……それはそれでなんというか、不思議な風習だね?
「大変ダッタネ、ヨロシク」
「へへ~!返す返すも、ありがとうござりやんす!」
もう一度深々と頭を下げ、ロロンさんはやっと顔を上げた。
さっき見たように、両手両足と腰には毛皮をなめしたようなモコモコの服を着ている。
背中はむき出しだけど、体の前半分は……なんだろ、革のエプロンの上から鉄板を張り付けたみたいな鎧?姿だ。
兜はなくって、茶褐色のボリュームのある髪が腰の辺りまで伸びている。
顔は……額と頬の部分に装甲というか、硬質化したような黒い皮膚がタイルみたいに張り付いている。
それ以外は人間と変わりないね。
ぱっちりとした丸い目がかわいい……女の子、かな?
いや、かわいい男の子ってこともありうるか……それにしても何の獣人さんなんだろ。
身長は……立ったとこ見てないけどだいたい……おひいさまよりちょっと高いくらいかな。
子供なんだろうか、いや、もしかしたらそういう種族なのかもしんない。
「トリアエズ、ゴハン食ベヨッカ。モウ夜ニナルシ」
さっき仕留めた森狼を捌こう。
ボクも運動してお腹減ったし。
「そ、そんな!助けていただいたのにこの上……」
「イイノイイノ、気ニシナイデ」
恐縮するロロンさんを制し、準備に取り掛かることにした。
「アカちゃんは妖精さんでやんすか、ワダス、見るのは初めてでがんす」
「アカもロロンみたいなの、はじめて!せなか、おやびんみたい、かっこい!かっこい!!」
パチパチと、焚火が音を立てている。
すっかり暗くなった森だけど、焚火があってよかったね。
アカ様様だ。
「じゃじゃじゃ……ワダスなんぞ、まだまだ『背の青い』半人前でがんす……」
なんか固有の言い回しだな。
異世界ことわざなのかな?
ロロンさんとは、夕食を一緒に食べてからちょっと仲良くなった気がする。
アカの屈託のなさがよかったんだろうな……ボクだけならもっともっと時間がかかったと思う。
デカいし、顔怖いし、謎虫人だし。
……悔しくなんてないからね?
『彼女は【アルマード】と呼称される種族だと思われます。むっくんにわかりやすく言いますと……アルマジロの獣人でしょうね』
ああ!ああ!アルマジロ!!
言われてみれば背中の装甲はたしかにアルマジロだ!
……あれ?彼女?
なんで女の人だってわかるの? トモさん。
『髪があるからです。アルマードの男性は皆さん頭部がハ……スキンヘッドですので』
ハゲって言いかけたね今。
ほへー、じゃあ髪の毛があるのって女の人だけなんだ。
エルフさんたちみたいに、どっちかわかり辛い種族じゃなくってよかったあ。
『そして、アルマードの男性は平均身長が2メーターを越えます。女性も180ほどですね、ということは、彼女はまだ子供なわけです』
でっか!アルマードでっか!?
ガタイがいい種族なんだな~……地球のアルマジロにそんなイメージないからビックリしちゃった。
ボクは日本人の平均身長くらいだけど、それより大きい種族ばっかりなんじゃない?異世界って。
おひいさまはともかく、レクテスさんやラザトゥルさんなんかはぱっと見て180はあったしね。
「あの、ムーク様たちは『帰らずの森』の方からいらしたんでやんすか?」
ロロンさんが聞いてきた。
……帰らずの森?
『黒い森ゾーンのことでしょうね』
ほーん、なるほど。
「ウン、ソウ。イロイロアッテ、ヒタスラ逃ゲテキタ……地獄ダッタ」
「ひぇええ……こごいらでお見かけしねえお姿だと思っでおりやんしたが、やはり……お見それいたしやんした!」
ロロンさんが土下座のような感じで平伏。
いくら命の恩人だからってちょっと敬いすぎじゃないです?
「アノ、『様』イラナイカラ。ボクハ偉クモナントモナイシ……呼ビ捨テデイイヨ?」
「じゃじゃじゃ!ワダスにとっでムーク様は恩人でござりやんす!そればかりはご勘弁!ご勘弁を~!」
さらに地面にめり込んでいく頭。
どうしよこれ。
このままだとなんとか家の一族の死体みたいになっちゃうかも!
『むっくん、この方に西の国のことを教えてもらいましょう。荷物を見ても長距離の移動をしてきたようには見えません、恐らくこの近くにキャンプ地があるのでしょう』
言われてみれば、ロロンさんの荷物はさっき振り回していた槍と……何かの革で作られた水筒、それに保存食っぽいものを入れた小さい革袋しかなかった。
確かに、近くに拠点があるか……この装備で来られるほど、森の切れ目が近いのかもしれない。
「ロロンサン、オ願イガアルンダケド、イイカナ?」
「へへ~!ワダスにでぎることでしたら、なんなりと!なんなりとお申し付けくださっしゃい!あど、『さん』はいらねえのす!!」
そ、そこは気にするんだ……じゃあ様付けもやめてくんないかなあ……ま、まあいいか。
「実ハネ……」
ボクは、この先の目的について、ぽつりぽつりと説明することにした。
・・☆・・
「あい、わがりやんした!ムーク様とアカちゃんはワダスが責任をば持って、『トルゴーン』までご案内いたしやんす!!」
話を聞き終わったロロンさんは、どんと胸を叩いた。
ちなみに話っていうのは、『黒い森の方から移動してきた。西に虫人の国があるらしいから、そこに行きたい』っていう感じ。
まあ、嘘は言ってない。
エルフ云々は話がややこしくなるから言わなかった。
「エ、デモ悪イヨ。ロロンサ――」「ロロン!!で結構でがんす!!」
「……ロロンモ用事トカアルデショ?『トルゴーン』マデ遠イダロウシ……大マカナ場所ダケ教エテモラエタラ……」
そこまで言うと、ロロンさ……ロロンは何故かドヤ顔で槍を振り上げた。
「心配ご無用!ワダス、『渡世流し』の最中でがんす!むしろお二方のお申し出、こちらからお願いしたいぐらいでやんす!」
……とせいながし?
精霊流しの亜種か何かですかね?
『ふむふむ……ああ、これですね。アルマードや一部の獣人族の……成人への通過儀礼です、部族や氏族によって期間は前後しますが……言ってみれば単独での諸国を回っての武者修行というか、見分を広める旅というか……そういう行事です』
ほほう。
さすが異世界、不思議な風習もあるんだなあ。
「ジャア、ロロンハナンデコノ森ニ?修行?」
「えぅ……!?」
そう聞くと、ロロンはくるんと丸まってしまった。
わー、やっぱりそうすると本当にアルマジロみたい!
「じ、実は……その、もう少しその、森の『浅い』所で腕試しばするつもりでやんしたが……そこで『ヨロイトンボ』に襲われて……ここまで咥えて運ばれて……」
ヨロイトンボ!
なあにそれぇ!?
『全長10メートルに達する、3対の羽を持ったトンボの魔物です。竜種を捕食することすらある、結構な強敵ですね』
やっぱりこの森怖い!!
バケモノが多過ぎる!!
「なんとが必死で暴れで……この近所に落ちやんした。そんで、森狼に追われたところをムーク様たちに助けていただきやんした!」
ほー……なるほどねえ。
この丸まった状態、さすがアルマジロだけあってかなりダメージに強いと見た。
……今はアレかな?恥ずかしがってるからこの状態になってるのかな?
ちょっとかわいいね。
「ジャア……トリアエズ、一緒ニコノ森ヲ脱出シヨッカ。旅ハ道連レ、世ハ情ケッテイウシ」
「いっしょ!いっしょ!」
アカは嬉しそうにボクの肩の上で踊っている。
ふふふ、カワイイ。
「はぁあ……なんと、なんと含蓄のあるお言葉でがんす!このロロン、心に刻みやんしたァ!!!」
丸まり状態を解除したロロンは、再び土下座の体勢に移行した。
も、もういいから……普通に座ってくれていいから……
『やりましたね、むっくん。土地勘のある旅の仲間ですよ』
ああ、うん。
それについては本当に……本当にありがたいなあ。
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