第52話 それでも。
「グ、ウウ、ウウウ……!!」
右足だけになったボクは、必死でランダム回避行動を続ける。
今まで以上に魔力を使い、今まで以上に細かく、鋭く。
『もう少し……もう少しで解析が終わります!痛覚遮断、左足を最優先で修復――』
トモさんの焦った声が聞こえる。
もうちょっとかあ……それなら、頑張る!
「おやびぃん……!!」
『フッフッフ、案ずるな子分よ!野球は9回二死満塁からが勝負!!』『やきゅー?』
虚勢を念話で放ちつつ、ボクにできることを最大限やる。
両腕がなくなった今、ボクに残された攻撃手段は衝撃波だけ!
微塵も効いていないが、抵抗しない理由にはならないね!
――だってボクは、『おやびん』なんだもの!
「無駄だとわかっていても、なお立ち向かうか」
「無駄カドウカハ、ボクガ決メルコト、ダ!!」
限界を超えた魔力を、触角に集中させる。
最大溜め衝撃波の……さらに、上!!
名付けてオーバーチャージ衝撃波――喰ぅらぁえェッ!!
――放った瞬間に、触角にヒビが入るのが分かった。
だけど……だけどッ!!
「ぬ、うっ!?」
初めて、この戦いとも呼べない戦いが始まってから初めて――エルフの体が揺れた。
着弾した衝撃波は、鎧を揺らして……エルフを一歩だけ、後ずさりさせる。
綺麗な鎧の表面に火花が散り、肩口の金具が吹き飛ぶのが見えた。
……これだけ『込め』れば、通用するのか!
トモさん!どっちかの腕を修復して!
痛覚遮断ナシで、高速でいいから!!
『痛いですよ……了解』
「ギ、イイイ、イイイイイッ!!」
右腕が、ずるんと生えた。
覚悟してたけど死ぬほど痛ァい!!
でも、怯んでる時間はない……魔力を、魔力を右腕に……!!
腕が吹き飛ぶくらい、ありったけを――!!
この戦いでわかったこと。
それは魔力を込めれば込めるほど……ボクの棘は、そして皮膚は頑丈になるってことォ!!
ポーチから取り出した魔石を、一気に噛み砕く。
何度も魔力枯渇から復活を繰り返したからか、なんかずっと頭が痛い。
だけど、ここでやめたら全部が無駄になっちゃう!!
「オ、オオ!」
復活した魔力を、一気に全身へ流す!
「ルゥウ、オオオ、オオオオオオッ!!」
視界の端で、装甲にヒビが入るのが見える。
内部からの魔力でこうなるんだろうけど……強度は上がってるんだ!!
「無駄なことを――!?」
「ングゥウ!?」
横薙ぎの剣。
それを、腕で『咥え込んだ』
二の腕に切り込んだ剣は止まり、それ以上進まない。
「捕マエ、タァ!!」
その隙に、今しがた復活した左手で刃を握る。
「ガ、アアアア……ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
頭が真っ白になるくらい吠えて――魔力を『剣』に流す。
蒼く輝く剣が、切っ先の方から虹色の光に包まれ始める。
「なにっ!?馬鹿な!?」
エルフが狼狽する声の途中で――剣が、真ん中からへし折れた。
閃光が、周囲を染める。
「ガ、アアアアアッ!!」
最大の衝撃波を後方に放ち、踏み込む。
あっという間にエルフに肉薄し――溜めた右拳を、その鎧に叩き付けた。
――喰らえッ!全力全開のォ!二段インセクト・パイルをッ!!
「ぐ、む!?」
魔力を極限まで注ぎ込んだ棘が、二段の加速で鎧に食い込み、浅く貫く。
そしてェ!
「――モッテケ、ドロボーッ!!」
――伸びきった棘が、射出された。
棘は鎧に食い込んだまま、エルフの体を吹き飛ばす。
ハッハー!どうだ、見たかァ!!
「ムググーッ!?!?」
そしてボクもまた、射出の反動でもと来た方向に吹き飛ばされた。
オーバー魔力チャージの射出、とんでもない!!
「ゴ!?ガ!?ガガッ!?」
かわいそうな木を約10本犠牲にして、やっとボクは止まった。
『反動が……!』
トモさんが息をのんだように、ボクの右腕は肘まで吹き飛んでいる。
なんかこう、暴発した火縄銃みたいな有様だ。
痛すぎてもう痛くない気がしてきた!不思議!!
『むっくん!結界の解析が終了しました!今からその対処方法を――』
トモさんからの嬉しい知らせ。
詳しく聞こうとしたら、とんでもない魔力を感じた。
――いつかおひいさまが撃ったような、ごんぶとレーザーが、目の前いっぱいに広がっている。
・・☆・・
「……予想以上、だった」
視界の隅に、鎧の足が見える。
「まさか、こうまで鎧が損傷を受けるとはな」
ボクは、地面に前のめりで倒れている。
「くるな!くるなーッ!!」
ばじん、と音。
ボクの前に立ったアカが、鎧に雷撃を放った。
「だが、コレが現実だ」
その雷撃は、エルフに到達する前に空中で弾けて消える。
「おやびん!おやびんッ!!」
ボクは、動けない。
両手両足どころか――今のボクには、おへそから上しか残っていない。
あのごんぶとレーザーは、深淵猛虎の毛皮を引き千切りながらボクの体も吹き飛ばした。
神聖魔法?とかだったらしく、アカはちょっと火傷したくらいですんでるけどね。
ははは……剣で戦ってる時点で、舐めプだったってワケ、ね。
エルフの魔法、ほんと……凄いや。
『アカ、ボクの所においで』
必死で魔法を放っていたアカが、ふらつきながらボクの顔に縋り付く。
首を上げると……そこには胸の部分が大きく破損した鎧を着たエルフがいた。
どうやらボクの全力パイルの効果らしく、兜も脱げている。
頬に新しい切傷がある顔に、額飾り。
ああ、女の人だったんだ。
「ソレ以上、寄ル、ナ」
声を絞り出すと、そのエルフは首を振った。
「その闘志には感服するが、それはできない。キミにはもうほとんど魔力が残っていないだろう? もう、抵抗はできないよ」
少しだけ申し訳なさそうに、エルフが言った。
……ふふん、悔しいが図星ってやつだ。
さっきから頑張ってるけど、根元から触角がへし折れているせいで魔力がちっとも集まらない。
加えて、全身に凄まじい虚脱感と飢餓感がある。
正真正銘、死ぬ寸前。
手がないからポーチも使えないし、名実ともに手も足も出ないってやつかな~……
「ダカラ、ナンダ。アカヲ連レテ行クナラ……ボクヲ、殺セ」
ばじ、ばじ。
折れた触角から、空中に魔力が弾ける。
「大事ナ、大事ナ家族ナンダ。エルフダロウガ、何ダロウガ、渡セルワケ、ナイダロ」
「その気持ちはわかる。わかるが……『保護』しなければならない」
「知ッタ、コトカ!」
困ったように、エルフがこちらへ足を踏み出す。
「クルナ!!」
顔に抱き着いたアカの涙が、頬を濡らしている。
「殺サナイナラ、イツカ、キットイツカ、ボクハエルフノ国ニ攻メ込ムゾ。ナンデモカンデモブッ壊シテ、絶対ニ、絶対ニアカヲ助ケテヤル」
ばじ、ばじじ。
どうしても、魔力が集まらない。
トモさん、なんとかなりませんか?
『……むっくんの生命活動に不可欠な部分を修復しています。これを止めれば、即座に死んでしまいますよ』
ちぇっ、ままならないなあ。
それなら――後は気合いだね、気合い!
元気があればなんでもできる!今ちょっと在庫切れかけてるけど。
「ではこうしよう、キミも国へ一緒に連れて行こうじゃないか。それならいいかね?」
おひいさまに聞いて知ってんだぞそれ!国にいても一生会えないってことくらいね!
ボクは詳しいんだ!!
「イイワケナイダロ、ココノ最適解ハ、ボクラヲ自由ニスルコト、ダ!」
「すまない、それだけは出来ないんだ」
申し訳なさそうなエルフの後方から、今一番聞きたくない声が聞こえた。
「キュオオオオオッ!」
「本国からの増援も来た。もう終わりだ、勇敢な虫人よ」
バリアが、空に溶けるように消えた。
そして、すぐさま空から……白くて大きい魔導竜が、降りてきた。
「一騎だけか、この速度からして……ラウグル殿あたりか。本部も本気だな」
エルフの背後。
ふわりと着地した魔導竜の背には……青い鎧を着た兵士がいる。
ちくしょう、万事休すか……って、青?
アレ、みんな白い鎧じゃないの?
下っ端の増援とか?
まあ、現状目の前のエルフにも勝てないんですけどね……トモさんの修復が終わるまで長話してくんないかな。
触角だけでも治ったら飛んで逃げるんだけど、バリアないなったし。
「アレは……お前!下級兵か!?他の増援はどうした!?」
魔導竜から下りた兵隊さんが、速足で近付いてくる。
へえ、青い鎧って下級さんなの?
あの鎧も綺麗だけどなあ……
「教会本部から伝令であります。教皇猊下より、こちらが」
兵隊さんが懐から紙を取り出す。
おお、羊皮紙っぽい……
『アカ、アカね、おやびんとずうっといっしょよ?いいでしょ?おやびん』
『あったりまえじゃん。前にも言ったでしょ、アカがもう嫌ーって言うまで一緒だって、さ』
『えへへぇ、うん、いっしょ』
相変わらず顔に抱き着くアカが、笑って頬擦りした。
ふふふ、カワイイ。
ウチの子分ってやっぱり世界一かわいいや。
たとえ首だけになろうが、たとえここで死のうが……絶対に、この子は渡さない。
その為の手段は……ボクの中に、まだあるはずさ。
だって、まだボクは生きてるんだもの。
「猊下からだと?……一体なんっ――!?が、お、あ!?」
あ、なんか考え事してたら物凄い音!?
うえ、えええ……!?
――なんで、腹パンされてんのォ!?白い鎧の人!?
「きさ……ま……」
どちゃり、と鎧が仰向けに倒れる。
……嘘でしょ、鎧のお腹の部分にでっかい穴空いてるんだけど。
ボクの決死の一撃以上のダメージが、腹パンで!?
すっご……で、でもなんで!?
そう思っていると……青い鎧の兵隊さんがこちらに近付き、しゃがみ込んで兜を脱いだ。
あ!ぼ、ボク知ってる、この人知ってるゥ!?
「――内も外も随分と男前になったじゃないか、ムーク」
れ、れ、れ。
レクテスさぁーん!!!!
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