第44話 おはよう、アカ。

「フンググググ……!」


 どうもこんにちは、(ボクとしては)イケメンに進化したむっくんです。

現在ボクは、アカを隔離した洞窟に……必死で体をねじ込んでいます!

地味にでっかくなったもんだから入り口が狭くて……狭くて……


 以前は1メーターちょいだったのに、今や170センチくらい?になっちゃったからね!

日本人の男性平均身長くらいにはなれて嬉しい!でも今は苦しい!!

帯に短したすきに長しってことだよね!HAHAHA!!

……違うか、コレは。


 ぬぐぐ……よし入れた。

そのまま匍匐前進で奥へ到達……よかった、何の魔物も侵入した形跡はない!

アカを包んだ毛皮もちゃんとある!

力も強くなったからね……そうっと、そうっと……


 毛皮を開く。

そこには、ここを出て行った時と同じ状態のアカが横たわっていた。

……ほんと、人形みたいだ。


 ……さあ、トモさんお願いします!

ボクの寿命……存分に使ってください!

残り3日までなら許可します!!


『むっくんの進化によって、私の性能もアップグレードされています。前よりも魔力変換効率も上がっていますので……ご安心を』


 トモさんが頼もしい過ぎる。

いつも頼もしいけども。


『むっくんは頑張りましたからね。今度は――私の番です、いきますよ』


 うお、なんか魔力が抜けていく感じ!


『生命魔素、変換開始――』


 ボクとアカの間に、糸のように魔力が渡る。

ボクの体から、まるで点滴のように……魔力が出ていく。

――行けーッ!ボクの溜めに溜めた寿命ッ!!


 すぐに、変化があった。


『封印解除、体組織の高速修復開始――!』


 抉れたままのアカの脇腹。

その傷口が、虹色に発光している。

眩しくもなく、暖かい虹色に。


 光が、ジワジワと伸びる。

欠けた部分が、早回しの映像のように治っていく。


 よし、よしよしよし!

治ってる!治って――アカンむっちゃお腹が空く、死にそう。

ポーチポーチ……ハチの巣を丸かじりしよう、ボリボリ。

格好がつかないけど仕方がない。

アカの治療風景を眺めながら餓死とか……最高に間抜けな死に方をしてしまう!


 アカに残しておきたいので、途中から雑草を齧る。

入れてから日数が経っているので干し草みたいになっちょる……お馬さんになった気分だ。

美味しくないけど、腹が膨れるのでヨシ!


 そんな事をしているうちにも、アカの傷はどんどん塞がっていく。

もう今は少しの隙間?みたいになってる。

高速修復って言うだけあって、かなりの速度だ。


 そして――


『修復、完了。低下させていた新陳代謝も、通常に移行します』


 傷は、すっかり塞がった。

そして、人形のように白かった顔色にも赤みがさしている。

やった……成功したんだ!

ありがとう!ありがとうトモさん!愛してる!ありがとう!!


泣きそう!

ボクに涙腺があったら、脱水症状で死んじゃうくらい泣いてると思う!!


『照れますね、ふふ……ちなみにむっくんの寿命は残り2カ月です』


 ここで言わなくてもいいのでは!?

1年も使ったのか、ボクの寿命……

まあ、いいか!

アカが元気になったんだから別に!!


「ん……んぅ……」


 アカの唇が動いて、声が漏れた。


 固唾を飲んで見ている僕の目の前で……瞼が震えて、ゆっくりと開いていく。


「あ……」


 開いた目が、ボクの方を向く。

そして、その青くて綺麗な目は細められた。


「おやびん……おはよぉ」


 寝る前とは全然違う。

生命力に満ち溢れた声で……アカはそう言った。


「オ……ハヨウ、オハヨウ、アカ」


 思わず差し出した手。

その小指を、アカはきゅっと抱きしめた。

あったかい……泣きたくなるほど、あったかいや。


「えへぇ、おはよ。おやびん、おなかすいた、すいたぁ」


 胸が詰まって何も言えなくなったボクは、とりあえず腹ばいのままポーチからリンゴを取り出すのだった。


よかったよう……本当によかったよう!



・・☆・・



「おやびん!おっきくなった!かっこい!かっこい!!」


 リンゴに蜂蜜をかけたものを5つ平らげ、しばし休憩したアカ。

今ではすっかり元気になって、洞窟の外に出たボクの周囲を飛び回っている。


『おやびんは最強のおやびんだからね。当然だよ、当然』


「さいきょ!かっこい!しゅき、しゅきぃ!」


 以前よりも大きくなった兜が気に入ったのか、アカは触角の横に突撃してきてベターン!って抱き着いた。

そこ、刺さりそうで怖いから別の所にしてくんない……?

喜んでるところ、心苦しいんだけどもさあ。


『アカちゃんも元気になったことですし、移動を開始しましょうか。期せずしてむっくんが進化したことで――』


「だれ!?だぁれ!?」


 ……は?

ひょっとしてアカ、今……トモさんに反応した!?


「アカ、キコエタノ?」


「きこえた!きれーなこえ!だぁれ!?」


 ……これ、どういう事なんすかトモさん。

トモさんの声ってボクにしか聞こえないはずじゃ……?


『むっくんの生命魔素を注ぎ込んだので、パスがより強固になったということでしょうか……あ、これは認識できていないようですね。意識して指向性を付ければ、むっくんだけに聞こえるようですね』


 あー、そういうこと?

ふむ……魔法ってすごい!ってことでいいか!


『アカちゃん、初めまして。私はトモといいます、むっくん……おやびんのお友達ですよ、よろしくお願いしますね』


「とも!とも!よろしく、よろしくぅ!!」


 コミュニケーションが取れたのが嬉しいのか、アカは空中で謎ダンスを踊っている。

かわいい!ウチの子分かーわいい!!


『ふふ、まさかアカちゃんとお話しできるなんて……私も嬉しいですよ』


「うれし!アカも、うれし!」


 そしてアカは……踊りを止めて周囲をしきりに見渡し始めた。

どうしたの急に。


「とも、どこ?どこぉ?」


 あ、そっか。

近くにいると思ってるのか。


『私はとっても遠くにいるんです、今はおやびんに手伝ってもらってお話しているんですよ。おやびんがもっともっと立派になれば、いつかは姿をお見せできるかもしれませんね』


「へぇ~……おやびん、しゅごい!」


 え?なにそれ初耳なんすけど。

トモさんコッチ来れるの?

下界に干渉とかNGなんじゃないの?


『わかりやすく言いますと、立体ホログラム機能ですね。位階が上がればこの機能も解放されますよ』


 GPS機能だけじゃなくて!?

す、すげー!SF!SFだ!!

ここは異世界ファンタジーじゃなかったんですか!?


 がんばろ……

ボクもトモさんのビジュアルが気になるし。


「ボク、ガンバル」


「アカも!アカもがんばゆ!」


 頬に突撃してきたアカを撫でつつ、ボクは決意を新たにするのだった。



・・☆・・



「わはーっ!おやびん、はやい!はやーいっ!!」


 ボクの肩に掴まったアカが、嬉々として叫ぶ。

風を孕んだ毛皮が、視界の端で踊るようにひらめいている。


「ナレテキタ、ナントカ!」


 木の幹を蹴り付け、跳ぶ。

景色があっという間に過ぎ去り、次の木の幹へ。

それを同じように蹴り付け――また先へ!


 あの洞窟の前で何度も何度も跳んだり跳ねたりした結果、ボクはなんとか向上した運動性を乗りこなすことに成功していた。

アカを乗せた状態でこけたら大惨事になるからね、仕方ないね。

必死でやった甲斐があったよ。


 おおまかに考えたら、以前の二倍……にはちょっとだけ届かないくらい、かな?

残像が見えるほどの速度は無理だけど、人間の限界性能は明らかに超えていると思う。

まあ、それは前でもそうだったんだけどさ。


 そしてもう一つ嬉しいのは……毛皮の丈がぴったりになったこと!

前はブッカブカだったんだけど、今はマントとして長すぎず短かすぎないバッチリな感じに!

あー!おひいさまに見せてあげたいな!

この格好よくなった雄姿を見せてあげたいな!!


『こら、むっくん。油断は禁物ですよ、進化して強くなったとはいえ……ここの最強はオオムシクイドリではないのですから』


 そうでした!

ボクってばまだまだ弱い部類だったんだ……異世界怖い。

即死はしないとは思うけど、それも油断はできないね。


 進化してアカも復活したから、ちょっとテンションが上がりすぎてた。

慢心は敵……慢心は敵……!

もう二度とアカにあんな傷、負わせないぞ!!


「アカ」


「ん~?なに、なぁに?」


「ガンバルカラネ、オヤビン」


 肩のアカをそっと撫でて、ボクは木の枝を再び蹴り付けて跳んだ。


「わはーっ!」


 アカは、心から嬉しそうに破顔した。

守りたい、この笑顔。



「チカレタ……」


「だいじょぶ?だいじょぶ?」


「ダイジョブ……」


 全長50メートルはある大きな木の中腹。

そこにあるウロを無理やり広げた場所に、ボクは横たわっていた。


 向上した身体能力が嬉しすぎて……ちょっと頑張り過ぎた。

ひたすら西に向かって移動したからよかったけど。

方位魔石で行先を確認するように言ってくれたトモさんには、感謝しかない。

言われないと、とんでもない方向に行ってたかも。


「ハイ、リンゴ」


 とりあえず夜になるし、食事だ。

ポーチからリンゴを取り出し、アカの前に出す。


「いたらきまーしゅ!」


 それにかぶりつくアカを見ながら、ボクは達成感と幸せをしみじみと噛み締めた。

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