第43話 進化、完了。

『十分な魔力量を確認――いきますよ、むっくん』


 どくん、どくんと体が脈打つ。

これはいつもお馴染みの……進化の予兆!


 ――やってください!トモさん!!


『ご武運を。魔素変換開始、体組織の再構成と置換を実行開始――』


 ――初めに感じたのは、脳裏に響き渡るびきり、という音。

それがどこから出た音なのか確認する前に――ワケがわからないほどの、痛みが来た。


「ガ!?ア、アアア!?ウゥグ、ゴ、ガアアアアアアッ!?!?!?」


 これは、ボクの声だろうか。

本当にボクの喉から出た声なんだろうか?


『可及的速やかに進化を実行させます、耐えてください!』


 ボクを心から心配しているようなその声も、脳に残らない。


 腕が、足が、胴体が、頭が。


 全身のありとあらゆるところが、大きな手に掴まれて粘土細工みたいにグネグネと捏ねられているような、感じ!

叩かれ、潰され、伸ばされ、そして粘土を無理やり『足されて』いるよう、な!?


 駄目、だ!

思考が細切れに、なる!

痛みで、何も考えられない!


 あ、頭が……頭がおかしく、おかしくなりそうだ!!

覚悟はしてた、してたけど、それを、上回る苦痛!


『――進化に全力を注ぎます。信じますよ、あなたを』


 ――そう、言われちゃあ、ボクはなんにも、言えないや!


「ガアア、グ、ムーッ!!!!」


 手始めに、崩れたダンジョンの石材に思い切り噛みつく。

悲鳴が漏れたら、魔物が来るかもしれないしね!!


 ぐう、ううう!

ベキベキと全身が変形していく!

たぶん、本来はジワジワ変形するんだろうね!

ボクがやれって言ったんだから我慢するけどね!我慢!!


 何か、何か別のことを考えよう!

別のことを考えて、気を紛らわせるんだ!

たとえば見えてるもので連想ゲーム、とか!


 ええっと!石の壁!土!苔!以上!

があああっ!場所の選定をミスったァ!!


 そもそも全身が痛すぎて!何も考えられない!

耐え……耐えるしか、耐えるしかない!!


 ぐうううう!!

ううう、うううう?

アレ!?

な、なんか……なんか体が伸び、伸びてる!?

腕や足も、なんか、大幅に伸びてる!?


 身長も、変わるのか!

芋虫から足が生えた、みたいに!

ささやかな進化だと、思ってたのにぃ!

うれ、嬉しい、誤算だァ!!


 うぐあああああ!!

で、でも痛い!死ぬ!!

我慢、我慢だぁあああああ!!!!


 ――おやびんは、おやびんはとっても頑張ってるからねえ!アカ!!



・・☆・・



 あれから、どれくらいの時間が経過したんだろう。

10時間かもしれないし、5分かもしれない。

気付けば体の変形は終わり、全身から聞こえていたグロい音はなくなっていた。


 今のボクは、石材に噛みついたまま地面に倒れている。

全身に、凄まじい倦怠感。

前にも経験した、魔力の枯渇現象なのかな。

何か食べないと……


『――体組織の再構成、すべて完了。進化が終わりましたよ、むっくん……本当に、本当によく頑張りましたね』


 そ、そっか、終わったんだァ……

トモさんの優しい声が脳に効くゥ……

疲れ果てた心身に沁み込むゥ……


『いくらでも褒めてあげたいところですが……すぐに何か口に入れてください、餓死しますよ。ホラ早く』


 ……はぁい……


 んぐぐぐ……

ポーチに手を突っ込んで、ハチの巣と念じる。

掴んだそれを、なんとか口に持っていく。


 しゃくしゃく、ばりばり。

あああ……殺人的な甘さが体に沁み込むゥ……

エネルギーがぐんぐん充填されていくのを感じる……


 ポーチ、あってよかったよ。

コレが無かったら本当に大変だった……おひいさまには足を向けて眠れないね。

やっぱり、生活が落ち着いたら木像を作ってお祈りしよう。


 おいしい……おかわりしよう。

リンゴはアカのだからハチの巣を……お!?


 さっきは気付かなかったけど、ボクの……ポーチに伸ばした手が明らかに変わってる!


 以前はツルっとしたシンプルな感じだったけど……なんか!鎧っぽくなってる!

肘から拳にかけての部分が!


 だるい体に鞭を打って、仰向けにゴロン。

トモさん!前にやってくれたみたいに、スキル表を鏡みたいにしてください!


『はい、どうぞ』


 お、おおおお!!

こ、これは――!!


 ――反射率?を上げたスキル表に映ったボク。

それは、今までとはかなり変わった姿だった。



 まず身長と、体の比率が変わった。

前はずんぐりむっくりの二足歩行カブトムシだったけど……今は違う。

対比物がないからよくはわからないけど、前よりもかなり高い身長になってる!

前は1メートル少々って感じだったけど、今は成人男性の平均?くらいはあるんじゃないだろうか。

4頭身だった前と比べて、6頭身くらいになってる!


 まず、頭。

前とシルエットは似ているけど、造詣が細かくなってる!

横方向に3つのスリットがあって、そこから青く光る目が覗いている。

大きいのが2つ、そして脇に小さい光点が2つずつ。

人間なら口がある所には、鼻の下あたりから蛇腹状のスリットが顎まで続いている。

顔の上半分に兜をかぶった感じだね、こう見ると!

 う、うおお……これは完全に、完全に虫モチーフのヒーローフェイスじゃないか!

若干邪悪寄りだけど!

今試したら上下左右にキシャーッて開く口も健在だったし!

 触角は、以前よりもさらに鋭くなった感じ!すっごく刺さりそう!

長さも増していて、額から太い日本刀が生えてるみたいだ!カッコいい!!

前は胴体にめり込んでいてほぼ存在しなかった首も、ちゃんとある!


 次に、胴体。

胸の曲面装甲は、明らかに厚みを増していて頑丈そうに見える。

それがなくなった腹筋の部分は、前のラバー風の装甲の上に硬そうな6パックの装甲が配置されている。

全体的に、細かく頑丈そうになったんじゃないかな。

この角度からじゃ見えにくいけど、前より大きくなってるしね、胴体!


 そして、腕。

肩の部分は前よりも一回りくらい大きい肩当て形状。

二の腕の部分は変わりなく、長さだけが増している。

でも、肘からはさっき見えたようにまるで違う。

手甲?だっけ?

それを装着した感じ。

更に……手甲の肘から手首にかけて、一回り以上大きくなった棘がある。

しかもこの棘、明らかに前より鋭利でしかも……外側にはノコギリみたいな横の刃がびっしり生えてる!

痛そう……絶対に痛いやつだ、コレ!

 でも、もう一対の腕は見当たらない。

胴体の側面にちょこんと付いていた可愛い奴だ。

無くなっちゃったのかな……アレも、木に登る時とかに地味に便利だったのに。


 最後に脚。

こちらも、全体的な印象は変わらないけど太く、そして長くなった。

脚の棘も健在で、膝の横から足首にかけて腕のように横の刃付きのご立派なのが付いている。

腕と同じように、膝から下は脚絆?みたいなデザインになってるなあ。

アーマー着た感じ!


 結論。

全体的に身長が伸びて……ぱっと見は人間っぽい形になった!!

あくまで『人型』だけど!

100メートルくらい離れれば人間に見えると思う!!

それでも、コレは嬉しい……テンションが爆上がりですよ!コレは!!


 トモさん!トモさん見てる!?

無茶苦茶格好よくない!?ボク!!

発狂しそうな進化を潜り抜けた甲斐があったよね!!


『――ええ、素晴らしい進化です。芋虫だったむっくんがすっかり立派になって……』


 なんかやっぱり親戚のお姉さんみたいな感想ですね?

でも、喜んでもらえてボクも嬉しいよ!

わーい!格好いいボクになったぐげェえ!?!?


 な、なんで、なんで天井にぶつかっ――ああ、落下して今度は背中が床に痛、くない!?

防御力は上がったみたいだね……

前と同じように、体の能力に慣れてないみたいだ……


『進化後は特に違和感があるでしょうね。ゆっくり……と、言いたい所ですが速やかに慣れてください』


 はあい……

余裕ないもんね、今。


「……ドッコイショ」


 とりあえず胡坐をかく。


 ……あ、前よりも少し口が回るようになってる。

発音的にはどっこいどっこいだけど。

これで他の人とのコミュニケーションも取りやすいぞ、たぶん。


 さて……トモさん!スキル!

スキルの確認しましょ!!


『ええ、それでは開示します』


 鏡の透明度が上がり、座ったボクの目の前にぶんっと表示された。



・個体名『むっくん』

・保有スキル『視覚補助(熱源)(暗視)』『魔力吸収効率化』『衝撃波(大)・全方位』『高性能多腕制御』『二足歩行効率化』『隠形刃腕』『撃発刺突棘・二段・任意射出』『耐衝撃高密度甲殻』『対魔法甲殻』



 ウワーッ!? なんか、なんか増えてるし変わってる!!

これは一刻も早く確認しなきゃですね!トモさん!!


『ええ、周辺にオオムシクイドリがいる可能性がありますので手早くいきましょう』


 威力は(大)のままだけど、衝撃波に全方位って付いてるけどこれは?


『今までと違い、前後左右どの方向へも放てるようになったようですね。視認せずとも後方や左右に放てるようです』


 あー!そういうことね!

これで後ろを向かなくっても撃てるってことか!

衝撃波アフターバーナーが使いやすくなった!これで前が見えなくて木にめり込むこともなくなるぞ!


 んで……隠形刃腕?おんぎょうじんわん?ってなんじゃろう?

名前から察するに隠れた刃の腕ってことだけど……


『背中、人間なら肩甲骨のあたりに何か違和感はありませんか?』


 むむ?そう言われても特に感じ……る!!

なんか、肩甲骨じゃない動かせる何かがある気がす――ひぃ!?

動かそうとしたら、なんか背中から脇の下を通ってカタナ!カタナがぶおんって出てきたよォ!?

……あ、これがそうなの?

細くて長い腕……なのかな?

肘から先がサムライソードみたいになってるけど。

でもこれ、今までどこに……うわわわ!?収納!収納された!!

肩甲骨の下に、折り畳んだ感じで!

こ、これ……すごいや。

 つまりアレか、肩甲骨を起点にして、結構自由に振り回せる武器腕があるってことね。

『高性能多椀制御』が消えてなかった理由ってこれかあ……

かなり便利だ!

……使いこなせれば、だけども。

これは要練習だね、慣れてないとボクの体を刻んじゃいそう。

実際今ちょっと脇をカスったし!コワイ!!


 そんで……パイルバンカーは変わりなし、か。

でも大きくなって、そしてノコギリも付いてるし……攻撃力は上がってるね、絶対。


『『対魔法甲殻』は魔法に対する防御力が上がった結果ですね。防御面もかなり充実しました』


 だね、以前はなかったもん。


 スキルの結論は……体同様に全体的なアップグレードって感じだね。

まったく新しく生えたスキルは少ないし、違和感がなくて助かった。

このタイミングで羽でも生えちゃったら、慣れる前に事故を起こしそうだし。


 いやー……でもアレだね。

魔法、増えなかったなあ。

ボクもアカみたいに雷とかバーン!してみたいなー。


『それは、これからの進化に期待しましょうね』


 え?まだ進化すんのボク。

正直ここがゴールかと思ったんだけど。


『あといくつ進化するのか、と聞かれると私にもわかりませんが。むっくんの進化に『先』があることだけはわかりますよ』


 ふへえ、すっごいなボク。

地球だったら、〇-ウィン先生が泡吹いて失神するレベルで進化論に喧嘩売ってるなあ。

この短期間に、芋虫が人型に進化したんだからさ。


『むっくんが一生懸命頑張った結果ですよ。私も誇らしいです、とても』


 心なしかトモさんからドヤァ……の気配が伝わってくる!


 あ!ああっ!そういえばトモさん、ボクの寿命!

どうなった!?アカを助けられるくらい増えた!?


『計算しますね……むっくんの寿命は――残り1年と……3か月です!』


「ヤ、ヤッタアアアアグゲェエ!?!?」


 あああ!また天井に頭をぶつけちゃった!!

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