第40話 黒い森を駆ける。

『来ますよ、むっくん。……真下!』


 ――了解ッ!!


 枝から身を躍らせ、重力に従って自由落下。

両腕の棘は、既に2段階伸ばしている。


「――ゲ!?」


 落下点にいた黒いサルが、何かに気付いて上を見上げる。


「ギャガ!?」


 ――その顔面に、真っ直ぐ棘が2本突き刺さった。

ぼぐ、と首の骨が折れる音も伝わってくる。

そのまま、猿の顔面に乗って地面へ降りる。


『お見事です。深淵猿、死亡確認』


 よし!

動きを止めた猿の顔面から棘を引き抜き、すぐさま胸に添える。

うぐぐ……この肉を切り裂く感覚、何回経験してもぞくっとするなあ。


『大きいですね、成体でしたか。深淵猿はあまりサイズが変わらない魔物なので、ここを見るまで判別できないのが難点ですね』


 心臓の横には、ピンポン玉くらいの魔石。

とりあえずこれをぶちっと引っこ抜く。


 トモさん、敵は?


『周辺に気配ナシ』


 よーし……じゃあ、やるか!

魔石をポーチに放り込み、ボクは猿の腕にかぶりついた。

……うーん、血生臭い。



・・☆・・



 けぷ。

トモさん、ボクの寿命どうなった?


『先程で……残り半年になりましたよ』


 半年かあ、けっこう増えたなあ。

アカを治すのに必要な分はどれくらいだっけ?


『最低で、一年。安全マージンを考えればもう少し欲しいですね』


 ……むむむ。

これは……キツイね。



 決意を胸にアカと別れてから、今日で1週間。

ボクの寿命は延びたけど、まだまだ目標には遠い。

それに……アカに残された時間は、あと1週間になった。

このペースでは……ちょっと厳しい。

ギリギリだ。


 かといってイチかバチかで強い魔物に喧嘩を売るっていうのも怖い。

だってミスして欠損とか大怪我したら、寿命が減るもん。


 魔力を含んだ果物があるって前に聞いたじゃん?

それならノーリスクや!と思ったケド……トモさん曰く、そんなに含有量が高いわけでもないし、なおかつ希少。

普段なら探してみてもいいけれど……今はそれだけの博打をする余裕はない。


 ……こっちも分の悪い賭けになるけど、やりますかトモさん。


『そうですね。むっくんの戦闘能力は、これまでの戦いで上昇していますし……賭けに、出ますか』


 そうするしかない。

ボクのためじゃない、アカのためだ。

あの子を必ず、助けるって決めたんだ。


『むっくん、その気持ちは私も同じですが……気負い過ぎは禁物ですよ』


 あ、はい!

そうだね、その通りだ。

無理をしてボクが死んだら元も子もない。

ボクが死んだら、アカも死んじゃう。

それだけは避けなきゃな……


 んよし!

行こうトモさん!次の魔物を探そう!


『はい、行きましょう!』


 猿くんの血で汚れた口元を拭い、立ち上がった。



『ここに潜みましょう』


 しばらく歩き、ひときわ大きい木を見つけた。

ここなら、上に登れば周囲がよく見える。

ここに隠れて、新しい獲物を待とう。


『私は上空監視を継続します。下方向はむっくんにお任せしてもいいですか?』


 憎きオオムシクイドリ対策ですね。

了解です、任せてくださいよ。

この1週間で魔物を狩りまくったおかげで、第六感というか感覚が少しは鋭くなったんだ。

油断はしないぞ!


 黒いけど、相変わらず美味しくない葉っぱをもぐもぐしながら待つ。

魔力はいつだって満タンにしておかないと怖いからね。

極小だけど、ボクは生きているだけで魔力を消費しているんだ。

餓死=死だからね、用心に越したことはない。

魔物を食べまくっていたおかげで、最近葉っぱが清涼剤となりつつある今日この頃。

リンゴという甘美過ぎる食料もあるけど、あれはアカが元気になった時用に取っておくんだ。

ボクは、蜂蜜と一緒にポーチにぶち込んだハチの巣を緊急時の栄養補給にさせてもらおう。


 ……ム。


 なんか、生臭いぞ。

風上から生き物の匂いがする。

あと、シューシュー音がする。


 林の中から、地球のB級映画に出てきそうなデッカイ蛇が現われた。

うおお……土管くらい太いぞ、たぶん。

しかも、頭にはねじれた角が2本も生えてる。

長さは……半分林の中にいるからわかんないけど、まあ長い。

10メートルはあるだろうね。


『大角蛇です、前にむっくんが食べた角蛇とは別種ですね』


 この世界の魔物図鑑無茶苦茶ガバガバになってそう。

なんか形が似てるからヨシ!くらいの気楽さで分類してるでしょ、絶対。


『どうしますか、アレは温度で獲物を探します。むっくんは虫ですのでこのままなら発見されないでしょうが……』


 ……ちなみに強い?

見た感じむっちゃ強そうだけど。


『オーク以上、成体の深淵狼以下でしょうか。単独で行動するので、後詰の心配はないでしょう』


 油断したら死ぬくらいってことね、攻撃方法は?


『締め付け、体当たり、噛みつき……そして角による刺突と風魔法です』


 了解です……ううむ。

よし、やろう。

アカが頑張ってるんだ……ボクが頑張らなくてどうする!


 触角に、思いっきり魔力を集中する。

木を背中に、反動対策もバッチリだ。


 むんむんむん――充填完了!!

喰らえ異世界アナコンダ!全力発射ァアッ!!!!


 がおん、と衝撃波が射出される。

反動で木に押し付けられるけど、ここの木はクッソ硬いから大丈夫!!


 度重なる進化と何度もの使用によって、ボクの衝撃波はビーチボールサイズくらい大きく、速度はプロ野球選手レベルになっている。

その衝撃波は、何かに気付いて首を上げた蛇の――顔面に着弾した。


「~~~~~~~!?!?!?!?」


 よぉし!効いてる!!

この機を逃さないぞ――魔力集中!速射衝撃波を喰らえェ!!


 アカの口吻には及ばないが、それでも拳銃の連射くらいの勢いで衝撃波が飛ぶ。

現在五連射まで可能な衝撃波が、仰け反った蛇の頭に再び着弾。

仰け反りはさらに加速し、蛇の頭は地面に倒れた。

この隙に――もう一度魔力を溜める!!


 むんむんむ――悪寒!離脱!!

反射的に跳ぼうと踏みしめた枝が、スパッと斬れた。

これ、魔法!?

――こ、のぉ!!


 枝の根元を蹴って跳ぶ。

今まさに魔法を放った蛇の方へ!

頭がこっちに向いていなくても撃てるのは驚いたけど、視認しないと狙いがガバガバなのもわかったよ!


 蛇の手前に飛び降り、そのまま地面を蹴って横方向へ走る。

ぐるっと蛇の視線を遮るように、円を描きながら魔力を溜める。


「――!!」


 シューっと謎の音を出しながら、蛇がボクの方へ向こうと鎌首をもたげる。

その口元にィ!中溜め衝撃波ァアッ!!


 こちらを向く途中の蛇の頭が、がくんと折れる。

このまま、畳みかけてやるッ!!


 地面を蹴り付けて頭に向って、跳ぶ!

このまま、パイルでケリをつけてや――なにィ!?

空中のボクの方に、蛇の頭が向いた!

ちくしょ、今のはフェイクか!


 牙が折れ、片目が潰れているけど蛇はまだ元気!

『この野郎ぶち殺してやる!!』みたいな目でボクを睨んでいる!

空中では身動きが取れない!ヤバい!

蛇の角の間、そこにある空間がゆらっと歪む。

アレは魔法が発動する兆候……!!


『むっくん!以前の深淵狼を思い出してください!魔力による干渉――』


 トモさんのと一緒に記憶が蘇る。

角付きの狼――アレか!ボクの衝撃波を相殺したアレ!!


 蛇の魔法が放たれる、透明な、空気の刃が!


「――ナムサンッ!!」


 触角に魔力を集中し、衝撃波を放つ!

ボクの衝撃波と空気の刃が、空中でぶつかり合って――両方消えた!!


「――――!!」


 蛇が口を大きく開いて、その相殺された魔法を越えてきた!

そっちから来てくれてありがとうッ!!


「ムゥ……ンッ!!」


 右手を引き絞り、空中でアッパーカット!!

大きく開いた蛇の顎を殴りつけ、強制的に顎を閉じさせる――そしてパイル、展開ッ!!


「~~~~~!?!?!?!」


 ボクの棘が、蛇の下あごと上あごを貫いて縫い留める。

ここが、勝負所ォ!!


「ガアア、ア!!」


 蛇に右手を突き刺したまま、反動をつけて左手を、上から振る!!

左拳が、蛇の残った目に直撃。

――パイル!二段階ッ!!


 どきゅきゅ、と棘が伸び――目を潰しながら蛇の頭へ侵入。

さらに!固定された両腕を使い――鉄棒の要領で下半身を振るッ!!


「――クタ、バレッ!!」


 両足がもがく蛇の喉元に接触した瞬間に――両足パイルだぁあッ!!!!

連続で突き出された足棘二本が、蛇の喉を貫いた!

これでどうだ――ぐぅあ痛ァい!?!?

蛇が無理やり頭を振り回して、ボクを、ボクを地面に叩き付けた!?

びき、と体のどこかから音がした。


『むっくん、頑張って!』


 だい、大丈夫!

蛇の体に手足は拘束されてるけど――まだ、ボクにはコレがある!!


 体を捩り、棘で閉められている口の隙間に触角を、突き刺す!!

そして――喰らえェ!衝撃波!衝撃波!衝撃波ァア!!


 どん、どん、どん、と。

打ち込むたびに蛇の全身が痙攣する。

魔力が減って倦怠感を覚えても、何度も、何度も発射する!

――根競べだァ!く、た、ば、れェエ!!!!


「~~~~…………」


 痙攣は段々小さくなって……何度かボクを地面に叩き付けて……ついに動きを止めた。

びくびくと小さい痙攣を繰り返すその頭は、内部からの衝撃によってズタボロになっている。

倒れたままなんとか棘を引き抜き……もう一度、縮めた棘を喉に連続で打ち込んだ。


『……死にました。やりましたねむっくん、大角蛇の魔石は脳の位置にあるハズです』


 結構大きな音が出たからね、すぐに解体しなきゃ!

伸びたままの棘を使い、頭部を解体。

野球ボールくらいの魔石を回収、ポーチにしまう。


 よし……これはかなり食い甲斐があるぞォ!

他の魔物が来る前に、食べて食べて食べまくる!



 それは頭を食べ、喉から3メートルほどを食べ進めた時だった。


『――むっくん、上空にオオムシクイドリ、恐らく幼体!』


 来たか、トカゲ野郎!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る