第39話 覚悟。
『重傷、いえ……重体、です』
川のせせらぎが聞こえる洞窟の中で、ボクはトモさんの声を聞いていた。
「アカ……」
目の前には、草を敷き詰めた急ごしらえのベッドに横たわるアカ。
おひいさまから貰った毛皮の端っこを切った包帯を胴体に巻き付けて眠っている……その顔色は、蒼白。
あの、決死の逃走劇から……一夜が明けている。
最後に残った子供が放ったブレス。
アカはそれを、『反応装甲』のスキルで逸らした。
何もしなければボクの胴体を吹き飛ばすはずだったその一撃は、アカと体に巻き付けていた毛皮のお陰で……左腕を根元から失うだけで済んだ。
でも、無理に射線に割り込んだアカは――左胸を大きく抉られた。
……あの子竜は、なぎ倒された木々の下に潜んでいたんだ。
オオムシクイドリなんてアホな名前の癖に、親子そろって嫌って程頭が回る奴らだ。
忌々しい、くらいに。
だが、木の下にいたからボクの逃げる動きにすぐ反応出来ず――
その隙に、ボクらは辛くも逃げ出すことができた。
そして、ぐったりしたアカを右手で抱え――なんとか、本当になんとか逃げ出すことができたのだ。
あの、5匹の追撃から。
『アカちゃんはデミ・フェアリーですので、通常の生命体と同じような体構造はしていません。左胸の部分にも肺はありません、この損傷によって呼吸が不完全になることはないでしょう』
トモさんの声が、頭に響く。
『ですが……ですが、アカちゃんはむっくんと同じように、魔力が生命力に直結しています。体の大幅な損傷は、内包している魔力の減少・欠乏を招きます』
……治る、んですか?
ボクが気になるのは、そこだけだ。
『……残念ながら、難しいかと』
思わず、地面を殴りつけそうになって……こらえた。
何故です、トモさん。
『アカちゃんは、むっくんのように生命魔素を身体の修復に回すことはできません。あのおひいさまも言っていたでしょう、『見たことがない術式』と』
……そういえば、そうだった。
『通常の魔物は、自然に傷が治るのを待つか……保持している回復系統のスキルを使用するのです。それができなければ、もしくは足りなければ……死ぬのですよ、むっくん』
……それが自然の摂理、なんだろうさ。
だけど、だけど。
だけどさあ!!
アカはもうボクの子分なんだよ!
キュイキュイ言ってる芋虫の頃から、ボクのことをずうっと尊敬してくれるできた子分なんだよ!
なんとか、なんとかできないんですか!!
なんとか!!
『それは――』
トモさんが何かを言いかけた時。
「……おや、びん」
アカが、薄く目を開いてこちらを見た。
顔色同様に、その視線には力がない。
『……おはよう、アカ』
「おは、よ」
声にも、力がない。
『昨日は大変だったねえ。今日はゆっくり寝てようねえ』
念話に、狼狽の気配が出ないように最大限の気を遣う。
この子を、怖がらせるわけにはいかない。
こんな状態のアカに……これ以上の気苦労を背負わせるわけにはいかないんだ。
「ねむいの、アカ、ねむい」
『そっかあ、じゃあゆっくり眠りな。おやびんがしーっかり守ってやるから』
にへ、とアカが笑う。
「おやびん、ね、あの、ね」
『ん~?どうしたのアカ』
アカは、いつものように笑って――
「アカ、とまったら、たべて、ね?」
そう、言ったのだった。
止まったら……止まったら……それは。
――死んだら、ってこと、か。
「おやびん、アカ、たべるの。いっしょ、ずうっと……アカとおやびん、いっしょ……」
何でもない事のように、アカは言った。
ボクは……
「――ゼッタイニ、イヤダ」
そう、言い返した。
「アカ、タベナイ。アカ、シナナイ。ズット、イッショ……タベナクテモ、ズット」
アカの頭に、右手を添える。
壊れてしまわないように、そうっと撫でた。
「えへぇ……おやびん、あったか。やさし、しゅき……」
嬉しそうに笑って、アカは目を閉じた。
悪寒が走り抜けたけど……よかった、寝ただけみたいだ。
少し苦しそうだけど、まだ大丈夫そうだ。
……トモさん、アカを助けてください。
ボクの寿命、いくらでも使っていいですから。
お願いです、芋虫に戻っても構いませんから!!
いや、それでボクが死んでもいいですからッ!!!!
『むっくんの死は許容できません』
いいんですよ!トモさんには悪いけど、この転生なんてオマケみたいなもんなんだから!
ボクは記憶ないけど、実質人生二度目なんだ!
『一度目』のアカが、こんな所で死んでいいはずがないじゃないですか!!
この子は、まだ生まれたばかりじゃないですか!!
お願いです、お願いですから――
『――落ち着きなさい!いつ私がアカちゃんを助けたくないと言いましたか!』
……へ?
『私だって、むっくんの次くらいにはアカちゃんが大事なんですからね!……ひょっとして、見捨てましょうとか言うと思っておられましたか?』
なんか、トモさんが怒ってる?
いや、その……
『神族とはいえ、感情がないわけではありません。愛着も愛情もあるのですよ? 私は機械仕掛けの神ではないのです』
あ、はい……すみません。
あの、それじゃあアカを治して――
『それは無理です、そもそも――』
なんでだよ!?
この流れだと治す感じだったじゃないですか!?
『――人の、話は、最後まで、聞きましょう、ね?』
ゴメンナサイ。
すごく聞きます。
もう何も言いません。
『むっくんとアカちゃんの間には、名付けによって強固な繋がりがあります。それを使えば、生命魔素を使用しての修復は理論上可能です、可能で!す!が!』
ハイ!何も茶々を入れません!
『むっくんの損傷を直に修復するのと違い、アカちゃんへの使用は魔素の変換効率が著しく悪いのです』
……なるほど?
『端的に言えば、アカちゃんの損傷を修復するためにはむっくんの寿命が足りないのです。はい!まだですよ話は!』
やっべ、また叫ぶところだった。
『なので!アカちゃんを助けるためにはむっくんに寿命を増やしてもらわねばなりません。ですが!悠長にしているとアカちゃんは死にます――よって、裏技を使います』
裏技。
『むっくんの寿命をギリギリまで使用して……アカちゃんの新陳代謝を限りなくゼロまで落とします。わかりやすく言えば仮死状態にするのです』
仮死状態?
『そうです、アカちゃんは魔力さえあれば生きていけます。その代謝を落とせば即座に死亡することは回避できます……さあ、むっくんはこの答えを聞いて何をすればいいですか?』
……アカが仮死状態の間に、修復できるだけの寿命を稼ぐ?
『百点満点です。花丸をあげましょう』
わ、わあい?
『ですが、容易い道ではありませんよ?さっき概算してみましたが……アカちゃんに残された時間は、どう多く見積もっても2週間。その間に、この危険な区域で魔物を倒し続ける必要があります、オオムシクイドリに追われつつです』
……控えめに言って最悪なミッションだ。
普通の森ならともかく、この黒い森という激ヤバゾーンでそれをやる。
ちょっと強くなったと言っても、いまだに弱いボクが。
――だけど、それがどうした。
やるさ、ああ、やってやるともさ!
だって、だってボクは……アカの『おやびん』なんだもの。
『――素晴らしい。それでこそ、私が見込んだむっくんです』
そうでしょうとも!
ボクはそんなに大したにんげ……虫じゃないけど!
『大したおやびん』だと思ってくれてる子分の前では、完全無欠の親分じゃないといけないんですよ!
さあトモさん!やりましょう!
・・☆・・
『パス経由での処置、完了……むっくん、大丈夫ですか?』
今リンゴを死ぬほど食ってるんで大丈夫です。
でも、こんなに疲れるとは思わなかった!
『処置』が終わったアカは、まるで人形のようだ。
顔色は蒼白どころか白で、ピクリとも動かない。
『加えて、傷口に封印を施しました。これで破砕面からの魔力流出はないでしょう』
素晴らしい、ボクよりもよほど素晴らしいよトモさん。
『私ができるのはここまでです、後はむっくん次第ですよ?』
はい、それはもう重々承知です。
ボクの体も、五体満足に戻った。
だけど、諸々ひっくるめた結果ボクの寿命は残り1週間になった。
もう、魔物を倒すまでにこれ以上の欠損は許されない。
手足の棘も、一度使えば10日分の寿命を使うから……再生はできない。
アカだって、このままの状態なら2週間しかもたない。
ボクは、この状態でミッションをこなさないといけない。
『アカちゃんは毛皮で覆って、ここの入り口を塞げば襲われる心配はありません。今のこの子は魔力放出を一切していないので、発見される可能性は皆無ですので』
それに、ここの奥は岩盤で囲まれているから……地下から何かがやってくる可能性もない、と。
後顧の憂いはなくなった。
けど、これ以上ないくらいの背水の陣だ。
アカの体を毛皮で包み、葉っぱのベッドの上に横たえる。
こうして見ると、死んでいるように見えるけど……生きてるんだ。
本当の死体にするわけには、いかない。
『では行きましょうか、出陣です』
ボクは、最後にアカをそっと撫でて……洞窟の入口に向って歩き出した。
……待っててね、アカ。
最高に格好いいおやびんが、絶対に助けるからね!
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