第38話 深夜の逃避行。

 音を立てないように、洞窟から出る。

真っ暗なはずなのに、視界は昼のように明るい。

進化してよかったぁ……


 オオムシクイドリの家族は……よし、全員丸まって寝ているな。

さすがに夜は寝るよね。

さあ、こっそり行くぞ……


 懐にいるアカを毛皮の上から撫で、足を踏み出した。

この格好で、無音行動……異世界虫ニンジャ、むっくんいきまーす!


 岩山に沿って歩き、裏側に出る。

ええっと、昼に確認したから覚えてるぞ……西はあっちだな。

岩山を挟んだからもう大丈夫だよね、いざ!

インセクトダッシュ、開始!!


 地面を蹴り、飛び出す。

三段跳びの助走をずっとするイメージで……ステップ!ステップステップ!

よし!この状態でならかなり距離を稼げる――



 ――びり、と体の表面が痺れた。

なにこれ!?感電!?



「ぴえっ!?なに!?」


 懐のアカが悲鳴を上げる。


『設置型の魔力網です!オオムシクイドリにこんなスキルがあるなんて――』


 トモさんが焦った声を出した、その時。


「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 岩山の向こうから、夜を切り裂く怒号が聞こえた。

なに!?なにこれ!?

レーダーみたいなもん!?


 うわっ!?

なんか、ボクの体に光る糸みたいなもんが!?

なんだこれ!?


『それが魔力網です!付着している限り、仕掛けた対象に位置情報を把握され続けます!……おそらくは昼間、幼体を使役して張らせたのでしょう!』


 なんてこったい!?

ええい、こんなもんすぐに取って……取れない!?

っていうか触れないぞ!?


 ちくしょう!

イクメンどころか軍師じゃないか!オオムシクイドリッ!!


『純粋な魔力体です、物理干渉では取り除けません。体表面に魔力を流してください、衝撃波を撃つ時のように!』


 指示が的確で助かる!

ええっと……むんむんむん~!!

あじじじ!?バチバチして痛い!火傷しそう!


『かなり強力ですね……仕方ありません、寿命を使って私が除去します!例によってその期間は索敵がおろそかになりますのでご注意を!』


 ありがとうトモさん!

そしてさようならボクの寿命ォ!!


『アカ、敵が来たら教えてね!おやびんは必死に走るから!』『あいっ!』


 アカの元気いっぱいの返事を聞き、足に力を込める!

トモさん、任せたよ!!


「ギヤッ!!ギャアアアアアアアッ!!」


 うるっさいなあ……って!声が近くなってる!?

ちくしょう、図体のお陰でストロークが長いんだろうなあ!!

羨ましいぞ!オオムシクイドリッ!!


 背後から木をなぎ倒す音が聞こえる。

飛ばずにボクを追ってくるようだ。

さすがに夜間飛行まではできないらしい、そこは助かった。


「ムンッ!」


 クリアな視界の中、ひたすら前だけを見て走る。

月面着陸した宇宙飛行士のように、一歩一歩を跳びながら!

あ!あそこに岩がある……よおしっ!!


 岩に向けて飛び乗り、その瞬間に両足のパイルを起動ッ!!

これで普通にジャンプするよりも速く、しかも遠くまで飛べるぞッ!!

岩を見つけたら積極的に使って行こう!


「まえ!てきいる!」


 アカが言う通り、前方に……牙が4本も生えたでっかい猪がいるゥ!?

なんぞあれ!?〇ッコトヌシ様じゃん!真っ黒だけど!!


「ブキイイイイイッ!!」


 そいつは近付いてくるボクを見つけ、一度足で地面を掻いた後に弾丸みたいな速度で突進してきた。

――こん、にゃろォッ!!

よおしっ跳び箱みたいに飛び越えてやったぞ!

せいぜいおとりになってください、猪さんッ!!


「ギシャアアアアアアアアアアアアアッ!!」「ピギッ!?!?」


 あああ!短いおとりだった!!

ドグチャア!みたいな音したもん!!

絶対後方で挽肉にされてる!!


 ズルイよね!

ボクは木にぶつからないように必死なのに……向こうは木ごとなぎ倒して追ってくるの!

パワープレイは禁止だぞ、禁止ィ!!


「おやびん、まかせて!」


「アカ!?」


 懐からしゅるっと出たアカは、止める間もなくボクの肩へ。


「うぅうう……えぇえいッ!!!!」


 その場で、後方に向かって雷撃を放った。


「――ギャアアアアアアッ!?!?」


 おおお!悲鳴!!

アカ!素晴らしいよ!親分として誇らしすぎるっ!!

電撃で痺れてるだろうから、この隙に距離を……稼ぐ!!


『――除去完了!』


 ナイスタイミング!!

――頑張れボクの素敵な両足ッ!!


 どん、と地面を蹴る。

暗視で浮かび上がる風景の中、木と木の間を縫うように走る。

いや、跳ぶ。

リズミカルに地面を蹴り、跳ぶッ!!


 はっははは!これぞ異世界八艘跳びだァ!!

船ないけど!!



 ――ッ!?

なんか変だ!なんか変な感じ!?



 後方には親がいた。

じゃあ……じゃあ子供は!?


『上です!加速して!!』


 やっぱり――うわあああっ!?

い、今なんか掠った!

何かが上から飛んできたッ!?


『幼体……こちらの探知範囲外から、急降下!今のは恐らくブレスです、直撃すればタダではすみません!』


 ああああ!

ガキの癖にブレスなんか吐くんじゃないよォ!!

大人になってからやれェ!!


「ええぇいッ!!」


「キシャアアアアアッ!?」


 アカの雷撃に被弾したっぽい、甲高い悲鳴。

暗視もないのによく当たるもんだ!誇らしいよおやびんは!!


 でも、出た幼体は1体!

残り3体は何処に――ッ!?


『前方ッ!新手です!数、2!!』


 前の方に何かが激突し、木をなぎ倒す音がする!

包囲網か、性格の悪いッ!

ボクを追いかけてきた速度も全力じゃなかったんだな!


 トモさんッ!ボクの攻撃は子供相手なら通るんだよねえ!?


『はい!ですが一撃で葬るには――』


 それだけわかれば十分ッ!!


『アカ!合図したら後ろにもう一回、いい!?』『あいっ!』


 後方の親は、雷ブレーキのお陰で気配が遠い!

狙うのは、前ッ!!


 タイミングだ、タイミングを――


「キュアオオオオオオオオオッ!!」


『――アカ、今ッ!!!!』『――あいっ!』


 前方の木をへし折って、子供が牙を剝きながら顔を出した瞬間。

アカが後方に雷撃。

ボクはジャンプして――体を横にし、前後に伸ばした腕から同時に棘を射出した。

反動が相殺され、空中でボクは一瞬止まる。

ぐうう!体が軋むッ!!


 でもこうしないと、ブレーキかかるどころか後方に戻っちゃうからね!


「ギャアアアアッ!?アアア!?」「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」


 後方の悲鳴とほぼ同時に、前方の子供も悲鳴を上げた。


 ボクの棘は、子供の片目に着弾。

子供は悲鳴を上げながら、反射で両足ブレーキ。


 地面を大きく蹴り、その体に飛び乗って足場に。


「――モッテ、ケッ!!」


 背中の、羽の付け根当たり。

そこを思いっきり踏みつけた瞬間に――両足の棘を射出!

その反動を利用して、さらに加速して跳ぶ。


「ギャッ!?キュオ!?」


 ごめんねェ!特に申し訳ないとは思わないッ!!


『お見事!ですがまだ2匹いますよ!前方に1、残り1は不明ッ!!』


 トモさんの声を聞きながら、体をよじる。

ぶつかる軌道にあった木を蹴り付け、斜めにまた跳ぶ。

その進路にあった木を蹴り、同じことを繰り返す。

傍から見れば、釘の間を跳ね跳ぶパチンコ玉に見えるだろう。

この体の三半規管が丈夫で助かった!


「キュオオオオッ!!キュオッ!!」


 おっと、来たな子供その……3!

だが残念、目測を誤ったな!ボクはそこにはいないよッ!!

その上だッ!


 空中のボクに向って首を振り上げる子供を飛び越え、木を――蹴る木がない!?

くっそ!なぎ倒しすぎでしょ!もっと自然環境のこと考えて!!


 仕方あるまい、再び地面を行くしかない!

着地ィ!凸凹してて走り辛いなあもう!


『魔力網は除去しました!なんとか振り切ってください!あと1匹です!』


 了解ッ!残り1匹はどこだァ!?

とにかく、走り続けるしかないッ!!


「キュオ!ギャアッ!!」「ギシャアアッ!!ギャアッ!!アアアアッ!!」


 なんか後ろで揉めてるっぽい声がする!

『ちゃんとやれバカ息子!』みたいな親子喧嘩か何か!?

揉めろ揉めろもっと揉めろッ!!


 その間にボクはぐんと遠くまで逃げ――


「――おやびんっ!!」


 肩に乗っていたアカが、ボクの前に出た。



 かと思うと、目の前に閃光が走って――ボクの左腕と、アカの脇腹がごっそり抉れた。

光に照らし出された血が、やけに鮮やかだった。

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