第37話 虫食い包囲網とか勘弁してくれませんか?
『むっくん、困ったことになりました。起きてください』
「ファイ……」
『入り口をそっと開けて、外を確認してください。そっとですよ……正面、約200メートル』
「ウェイ……」
朝から随分と慌ててますね、トモさん。
ボクってば寝起きがいいはずなのに、最近疲れからかなんか鈍いよ……
こっそりこっそり、よっこいしょっと……
――ふぁあああああああああ!?!?!?!?
『叫びませんでしたね、えらいですよ』
な、なななななな!?
何あれ何あれ!?
――なんか、真っ赤で無茶苦茶強そうな竜がいるんですけど!
木を円状になぎ倒して寝てるんですけど!?!?
何あれ!?!?
『――オオムシクイドリ、です』
前もそう思ったケド名前負けがひどすぎる!!
もうちょっとさあ!もうちょっと強そうな名前にしたげてよォ!!
虫的にはすっごい怖い名前だけどさあ!!
……心中で大騒ぎしたら、なんか落ち着いた。
落ち着いただけで状況は何ら好転していないけど。
ね、ねえトモさん、アレってひょっとして……
『昨日、むっくんを追いかけて来ていた個体だと思われます』
執拗!
粘着が酷い!!
夜の間は活動しないんじゃなかったのォ!?
『種族としての本能を無視する程……むっくんが美味しそうに見えたのでしょうね』
ああああ!ボクの!ボクのカッコいい甲殻ボディが憎い!!
好かれるのは食材として以外でお願いしたいよう!!
「むにゃ」
あ、天井付近で浮きながら眠っていたアカが起きた!!
速、思念飛ばし!
『おはようアカ!お外にヤベーのがいるからしーね!シーッ!!』
『うぇ?ん、う?わかた……』
かしこい!
アカは思念でそう答えつつ、緩やかに降下してボクの頭に着地。
『もうちょい、ねゆ……』
そして、そのまま触角を抱きしめて寝始めた。
くすぐったいけど我慢しよう。
『念話もその程度で。オオムシクイドリの魔力探知能力はそれほど優れているわけではありませんが、用心です』
ハイ了解!
トモさんとの会話が外に漏れるアレじゃなくって本当に助かった!
しかし、あのデカブツ、なんでボクをこんなに追いかけるんだ?
――!ひょっとして……ヤツも転生者なのでは!?
なるほど、そう考えるとしっくりくる……!!
『オオムシクイドリがあのサイズまで成長するには、最低でも20年単位の時間がかかりますよ』
しっくりくる妄言だったか……!
『今思い出しましたが……あの魔物は変な習性があって、気に入った虫を見つけるとかなりの期間追いかけるんです。その間は絶食してまで、体積的には明らかに効率の悪い虫をです』
なんちゅうはた迷惑な性質じゃよ……!
そのまま餓死して死ねば……ハッ!
餓死するのでは!?ここに籠っていれば餓死するのでは!?
『竜種は1年以上の絶食でも生きていけるのです。とある学者の研究では、生存に必要最低限の魔力を大気中から取り込んでいるのではと言われていて――』
八方ふさがり、なう。
どうしたもんかね、コレ。
……ボクも絶対無理だと思うけどさ、一応もう一回聞くね?
アイツにボクの攻撃って……通る?
『先日言いましたが、背中側の表皮には確実に通用しません。首元や関節の内側、粘膜と口の中には『通じる』だけですね……殺しきる程の攻撃力は、現状のむっくんには……』
おおん。
言葉を選んでくれてるけど、つまるところは絶望的ってことですね~。
まあね、そんなにショックではない。
ボクは最強!最強を目指すんだ!!ってタイプじゃないし。
それに、地球ですら人間が素手で勝てない猛獣がワンサカいたんだ。
この異世界ならなおさらでしょうよ。
それはそれとして……どうしたもんですかね、トモさん。
この状況。
アイツ、まだ寝ているみたいだし今のうちに逃げて――
『――新手が来ました。むっくん、息を潜めて』
嘘でしょ。
悪い時には悪いことが重なるものだなあ……
「ギア!」「ギャッ!」「ガアア!」「ギャッギャ!」
バサバサという羽ばたきに続いて、騒ぐ声が聞こえてきた。
こ、これはもしや……
『オオムシクイドリの幼生体、ですね』
寝ているオオムシクイドリの半分くらいのサイズの連中が、4匹飛んできた。
ち……ちちち畜生ォ!!
なんでだよ!なんでなんだよォ!!
やっぱり、ボク前世で何にか悪いこととかした!?
・・☆・・
『ここに腰を据えるようですね……困りました』
トモさんの言う通り。
でっかいのが1匹、そして小さいのが4匹。
オオムシクイドリたちは、でっかいのが倒した木の周辺をさらに広げている。
完全に巣を作るムーブしてんじゃん……
そんなにボクが食べたいのかよ。
『むっくんを追っていった先が存外に住みやすそうだったので、子供を呼び寄せたのでしょうか。ちなみにオオムシクイドリは雄が子育てをする珍しい竜種です』
異世界動物番組が始まりそう。
へえ、育メンってやつなのか……えらいけど!今のボクにとっては最悪の情報だよ!!
敵が増えたじゃんかーッ!!
『ともかく、ここは岩山の中です。オオムシクイドリは嗅覚も視覚もさほど優れているわけではありませんが、それでも日中にやたらと動くのは危険です……』
仕方ないなあ。
耳があんまりよくないんなら、今のうちに入り口を覗き穴だけ残して塞いでおこう。
僕には暗視があるしね。
アカにはちょっと悪いけど。
ご飯はポーチに備蓄があるし、1日2日は籠れそうだね。
さて、土を掘ってと……ムムッ!!
これ、土を掘ってトンネルみたいにすればここから脱出できるのでは!?
僕って頭いいカモ!
早速試してみよう!!
ざくざく、ざくざく、ざくざく、がきん。
……がきん?
『強固な岩盤層ですね。少しだけ叩いて……はい、確認しました、地下10メートルまで岩盤が続いています』
ガッデム!岩盤この野郎!!
さすがにボクの素敵パイルとはいえ岩盤10メートルには勝てなァい!
っていうか勝ててもそんなにゴンゴン音してたら気付かれちゃうよ!!
『そうですね……地下は駄目、この奥も……岩ですね。袋小路です』
まさに八方ふさがりってやーつ!
そういえばデカいのはともかく、ボクって小さいのにも勝てないの?
『あちらは……恐らく有効打を与えることはできますね。1匹に攻撃したら残りの4匹に袋叩きにされますが』
ですよねえ~!
この前のオークさんと同じだ!
一撃で成仏させられる攻撃力はないし……はあ、わが身の弱さが辛い。
相手はこの黒い森最強のオオムシクイドリだもんね、仕方ないか。
『最強?いいえ、オオムシクイドリは中堅よりも下のランクですが?』
……黒い森怖いよう!!
怖いよう!!!!
『私の知識も完璧ではありませんが、ここで最強ランクの魔物は……そうですね、深淵竜でしょうか』
もう名前が強そう!
深淵ってのがもう強そう!!
前に深淵狼の子供と戦ったケド、子供の状態でも十分とんでもなかったし!
『滅多に確認されない竜種です。漆黒の鱗を持ち、その硬度はミスリル銀以上……ブレスは大地竜の年経た個体の装甲を容易く貫通します。まあ、歩く災害のような魔物ですね』
絶対に、絶対に出会いたくない!
物語の主人公クラスの英雄とか魔法使いが戦うタイプの敵ですよォ!!
『それどころではありませんね。北の国の近辺に、300年ほど前に出現した時は……兵士3000人が死んだと記録にあります』
個人にどうこうできるレベルの魔物じゃない!!
トモさんが言うように歩く災害だ!マジで!!
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ひぎい!今度はなんだよォ!!
こっそり外を確認……うあ、でっかいのが起きたのか。
今のは起き抜けのあくびみたいな感じか。
みんなで集まって、ギャンギャン会話?みたいなのをしてる。
「ギャッ!」「ガアウ!」
……お?
小さいのが2匹飛んでいった。
「ギギギ!」「グルゥウ!」
あ、残った2匹も。
なんだろ、散歩かな?
『狩りに行ったのでしょうね。成体種はここに残るようです……むっくんを探すために』
ちくしょう。
こんな二足歩行謎虫のことはとっとと忘れてどっか行ってよォ!!
トモさんの指示に従って、今日は大人しくしておこう……
・・☆・・
『大した念の入れようですね』
ほんとだよ。
現在は日もとっぷり暮れた。
あれから1日中観察していたけど、あのデカブツまーじで動かない。
あの巣?みたいな場所から100メートル四方の木をなぎ倒しながら、何かを探すような素振をしていた。
アイツ……虱潰しにボクを探す気だ。
たぶん、日を追うごとに索敵範囲を広げる気だろう。
図体のわりにみみっちいマインド!!
トモさん、今晩逃げた方がいいね。
『そうですね、籠れば籠る程事態が悪化します……賭けに出るしかありません』
だよねえ。
そうと決まれば、早速準備だ。
「アカ、シッカリツカマル」
「あい!」
黒い毛皮を纏い、懐にアカを入れる。
「イッパイハシル、ヨルニゴメンネ」
「だいじょぶ!おやびんのここ、しゅき!」
アカは懐でボクを見上げ、ニッコリと笑った。
はぁ~……ウチの子分、いい子すぎ。
『行きますよ、行動開始です』
頭まで毛皮で覆い、目だけを露出。
そして、暗視に切り替える。
……おお、見える見える。
さて……暗闇ダッシュといきますか。
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