第29話 西へ向かって走れ!
「ふふふ、だからわらわには本国での評判なぞカスみたいなもんじゃ!」
秘密を打ち明け、おひいさまがめっちゃいい笑顔で笑っている。
「ナ、ナルホド」
破天荒なお姫様だなあ。
この、のじゃロリさん。
「いい機会じゃ、わらわもこの機会に乗じて出奔しようかの!おお!それならいつかはお主らと再会できるやもしれん!」
本気なのか違うのか、どうにも判断しかねる。
これは笑ってもいいのだろうか。
「まあとにかく……下に戻ったらわらわが時間を稼ぐ。お主らはその隙に逃げよ、急な別れではあるが贅沢は言っておれぬなあ、ははは!」
そう言うと、おひいさまはゆっくりと降下し始めた。
「おっと、途中の黒き森には注意せよ?お主も進化していささかは死ににくくなっておると思うが、無理はせずにな。とにかく逃げよ、逃げ続けよ」
『わかりました、脱兎のごとく逃げます。虫だけど』
「はっはっは!お主は本当に虫の癖に語彙が豊富よのう!返す返すもここで別れるのが惜しいわ!」
ウケたようでなによりです、ハイ。
脱兎って通じるのか。
「まずはなんとしても森を抜けることを考えよ。そこさえ抜けてしまえば、本国からの追っ手といえども無理は出来ぬ」
『あ、やっぱり追手とか来るんですねえ』
嫌だなあ、エルフさんたちにはお世話になったから敵対とかかしたくないんだけどなあ。
「――もしも白い全身鎧を見かけたら死ぬ気で逃げよ。『教会』の派遣した聖堂騎士隊じゃ、アカはともかく……お主は即座に殺されるやもしれん」
――はい逃げる!!
そんな甘っちょろいこと言ってたらすぐに死んじゃう!!
「奴らはエルフの中でも特に堅物じゃ。説得も聞かぬし……エルフの教義すら屁とも思っておらぬ、逃走を『攻撃』と決めつけて初手で殺しにくるぞ」
『夢も希望もない、この世界は虫に厳しすぎる』
おかしいなあ、進化して強くなったはずなのになあ。
全然楽に生きていける気がしないや。
ボクの人生ジェットコースターすぎィ!!
「ともかく、森から出ればあ奴らも滅茶苦茶はせぬ。なんとしても逃げることじゃ、ムーク……しかしのう、こうなるとわかっておれば追加の魔石も渡してやったものじゃがのう……」
『十分すぎるものを頂きましたよ。おひいさまに会わなかったら、ボクはエルフのことを無茶苦茶ヤベー種族だと思ってましたもん、絶対に』
何の知識もない状態で進化したアカを見られたら絶対ヤバかった。
『生活が落ち着いたら、おひいさまを象った像を作って1日に5回くらい礼拝しますね』
「き、気色悪いことはやめんか!」
なんか怒られた。
エルフって偶像崇拝NGなんすか。
「は~……やはり外は面白そうじゃのう、先程のは冗談のつもりじゃったが……わらわも機を見て逃げるかの」
『王族でしょ!?』
「はっはっは、我が父には36人の子がおる。わらわ1人くらい消えたところでなんの問題もあるまいよ」
想像を超える子沢山!!
そうかあ……エルフさん長生きだもんねえ。
そりゃあ兄弟も多いか。
「おう、野営地が見えてきたの。それでは手筈通りに動けよ?」
『はい、何から何までお世話になりました!』
「よいよい……生きとし生けるものは思うままに生きる権利がある。それを、たとえ善意であっても曲げてはならぬ、とわらわは思うのじゃ」
むっちゃいいこと言うじゃん、おひいさま。
ジーンときた。
ボクの心に刻んでおきたいね、永遠に。
前にも思ったケド……ほんと、人間関係だけはチート級に運がいいよ、ボクってばさ。
『いつかおひいさまも西に来てくださいよ。その頃にはもっと強くて格好いいボクになってますから』
「ほお~う?吹きよるわ、虫の分際で不敬なやつよ!こやつめハハハ!!」
そんな軽口を叩きながらも、地面が近付いてくる。
……なんか、鎧の人たちが緊張してる気がするんですけど。
これ、速包囲&捕獲ルートじゃん。
『むっくん、着地と同時に西に向けてダッシュですよ』
了解、トモさん。
アカのスキルとかも知りたいけど後回しだな。
今日はもうずっと逃げてやるぞ!
『アカ、ボクの触角以外の掴まりやすい所に掴まっといてね。むっちゃ走るから』
『あいっ!』
「降りたらお別れじゃ、ムーク。おっと、忘れておったな」
おひいさまが、ぎゅっとボクを抱きしめて……触角にキスをした。
ふわー!?急になんなんですか!?
ビックリしちゃうでしょ!!
「そなたに、祝福を。『リューンバルカル』の子、『リオノール』の名において――その前途に、幸多からんことを」
そして、ボクらはふわりと着地した。
「おひいさま――」
鎧さんたちが、一斉にこちらへ寄ってくる。
「――さらばじゃムーク!また会おう!きっとまた会おうぞ!!」
「っが!?」「っぐぅう!?」「なに、を!?」「がああっ!?」
そして、おひいさまの体から幾筋も閃光が走った。
それに撃たれた鎧さんたちは、そろって地面に膝を突く。
あ!後ろの方でレクテスさんとラザトゥルさんが、薄着のエルフさんたちを杖で思いっきりぶん殴って昏倒させてる!?
すげえ!脳筋だ!!
でもありがとう!!
『ありがとうおひいさま!あと、ボクの本名は『むっくん』です! お世話になりましたァ!!』
おひいさまも教えてくれたんだし、ボクも本名を名乗らないとね!
思念を飛ばし――思い切り地面を蹴った。
土がめくれ上がり、その瞬間に木の上まで跳ぶ。
「いかん!逃がすな」「おひいさま、これは重大な協定違反――」
「――じゃかあしいッ!! 友の旅立ちじゃ、500年も生きておらん分際で、邪魔をするな痴れ者共ォッ!!!!」
背中から、アカの雷撃の何十倍もありそうな雷鳴が聞こえた。
ははは、はははは!
なんて豪快だ!
やっぱりエルフって最高だぜェ!!
『――さようなら!リオノール!きっと、きっとまたね!!』
ないはずの涙腺が熱くなる気持ちを抱えながら、ボクは――身を捩って後方を向いて、溜めに溜めた衝撃波を空中へ向かって放った。
ぎし、と体が軋み、反動で景色がカッ飛んでいく。
はははは!どうだこの衝撃波アフターバーナーは!!
マトモに走るよりもずうっと速いぞぉ!!
これで黒い森ゾーンも一気に突破じゃあ!!
『――オオムシクイドリ……』
あっ。
く、黒い森の手前まで、一気に行くぞォ!!
『アカ!ボクを浮かせてね!この調子でバンバン飛ぶから!!』
『あいっ!!』
胸元に縋り付いたアカが、ボクを真っ直ぐ見る。
「アカ、いっしょ!ずうっと!おやびんといっしょ!!」
『ハーハッハッハ!!当たり前でしょう!ボクらは最強のコンビだからねェ!!』
すっかり遠くなった、エルフの野営地あたり。
そこから、冗談みたいなごんぶとレーザーが真っ直ぐ天に向かって放たれた。
それがおひいさまの激励のように思えて、ボクはなんだか嬉しくなったのだった。
さあ行くぞォ!真の冒険の始まりだァッ!!
・・☆・・
「さて、これからどうしますかな、おひいさま。こやつらをいつまでも眠らせたままにしておくわけにもいきますまい」
「伝令魔法はもう放たれたしのう……よし、即座に欺瞞情報じゃ。あ奴らが南の国に向かったことにしておこう!あの速度ならば、その間にかなりの距離が稼げるじゃろうしの」
「ですが、かのデミ・フェアリーはニセムシの変異種……確認されたことのない種です。教会も血眼になるかと思われますが」
「ふん、いざとなれば伯母上の顔を張り飛ばしてでもやめさせるわい!その上でわらわはゆっくり漫遊といこうかのう」
「これはまた……随分とあの虫が気に入ったご様子で」
「はっはっは!輝く未来へ向かう男の背を押すは、よき女の勤めよ!はっはっはっは!!」
「お、おひいさま……雄、なのですか?アレは」
「――知らぬ!はっはっはっは!!」
・・☆・・
「おやびん!だいじょぶ!?だいじょぶ!?」
どうも!格好いいことを言って森の彼方に消えたボクです!!
「ダイジョバナイ、ンギギギ……」
『後方不注意ですね、むっくん』
現在、後ろを全く確認せずにカッ飛んだ結果――大木にめり込んでます!!HAHAHA!!
すっげえ格好悪い!!
『まあ、黒の森の末端にはたどり着きましたが……早く脱出してください。夜が更けるまでに距離を稼ぎますよ』
はい……
そう、ボクは黒い森の黒い大木にめり込んでいるワケだ。
コイツデカすぎ、40メートルはあるわ。
もっと上空を飛べばよかったかな……あ、でも空の魔物いるか。
結果オーライと思おう。
んぎぎぎぎ!頑張れボクの格好いい手足!!
おりゃああああああああッ!!
ふう、抜けた。
この木硬すぎでしょ。
黒い森は木まで強いのか。
「おやびん!おやびん!」
「ヨシ、イコウ」
再び、今度は肩に舞い降りたアカ。
早速足を――
おっと、忘れてた。
「チョイマチ」
念話の方が詳しく伝わるけど、口が使えるのは便利だね。
ちゃっと声が出せるから。
ポーチに手を入れ、おひいさまから貰った毛皮を取り出す。
それを、ぶわっと体に巻き付けた。
……だいぶ足元にこすれちゃうね、もうちょい上の方に持ち上げて巻き付けて……と。
よし、毛皮マント装備のカブトムシ、爆誕!!
鏡がないから詳しく確認できないけど、絶対に格好いいぞ!
しかも防御力までアップだ!!
「カッコイイデショ」
「ふわー!かっこい!かっこい!!」
ふふふ、アカにも大人気だ。
さて、気を取り直して出発。
「アカ、ツカマッテテ」
「あーい!」
肩に乗り、マントを掴むアカ。
嬉しそうなその顔を見ながら、足を踏み切る。
どん、と衝撃。
すぐさま、ボクは斜めの軌道で飛び上がる。
あっちょっと高い!
次の着地で軌道修正しないと!
どんっ!
よおし!これでベスト角度ォ!
『魔物に出くわすまで、これでいいでしょう。私の探知範囲も進化で50メートルまで拡大されています、索敵に引っかかったら樹上へ避難しましょうね』
頼りになるなあ!女神様!!
「わはー!はやい!はやーい!!」
楽しそうなアカの声を肩に、ボクの足は心と同じように弾んでいた。
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