第28話 不穏と、決意。

 エルフに気を付けるって、おひいさまのこと?


『……彼女は未知数ですが、とにかくこの場にいるすべてのエルフに、です』


 トモさんの声が緊迫している。

全てのエルフぅ……?


 今更だけど、ボクの目には眼球がない。

カブトムシだからね、ただ複眼があるばかりだ。

だから、視線を向けられているかわからないだろう。

さらに外から見たら、薄青く発光している光の玉だし。


 ので、体を動かさずにおひいさまの後方を見てみる。


 ――うん、鎧の人はいつも通りだけど……薄着のエルフさんたちの動きがおかしい。

朝の料理の支度をしながら、こちらをちらちら窺っている。

いやまあ、鎧さんたちは僕と一緒で視線がわかりにくいから確実ではないけどね。


 なるほど……これはアレね、アカが珍しいことが関係しているってこと、お、おお、おおお!?

おひいさまが、ボクの体を抱えてアカごとふわりと宙へ浮いた。

いきなり何すんのォ!?

アカがビックリ……してないな、リンゴに夢中だ。


「めでたいのう!祝いに珍しい魔法を見せてやるわい!」


「エ、チョッ――」


 そのまま、はるか上空へ飛び出した。

はやい!フワフワしていて風の抵抗もないけど無茶苦茶速いィイ!?!?!?


「おやびん!たかい、たかーい!!」


 アカが喜んでいるのでまあ、良しとする。



・・☆・・



「さて……ここらで、よかろう」


 上空……たぶん何百メートルくらいまで飛んだ。

無茶苦茶高い。

そして、こんなに高い所にいるのに四方の森の切れ目が見えない。

この森デカスギ。


「ナイショバナシ、デスカ」


「察しがいいのう、ムーク」


 おひいさまがボクを見てにやりと笑った。

いやまあ、明らかに唐突だったしねえ。


「久方ぶりに面白い連中と会ったゆえのう、お主らさえよければ国に従魔扱いで連れ帰ってやろうかと思ったのじゃがな」


 じゅーま?


『使い魔のことです。エルフの国に入るにはそれしかありませんね……よほど気に入られたのでしょう、むっくん』


 マジで!?

このままくっ付いてたらエルフ天国に移住できたの!?

だけど、この口ぶりじゃあ……


「――じゃが、そうも言っておられんようになった。お主ら、今日にでも我々から離れて遠くへ行け」


 うそん!?

なんで!?急すぎるっしょ!?


『やはり、ですか……』


 トモさんはなんか納得してるけど!

なんで!?説明プリーズッ!!


「デミ・フェアリーは、デミとはいえ妖精の一種じゃ。他の国ならその限りではないが、我々エルフにとっては特別な意味を持つ」


 ほ、ほほう?


「トクベツ?」


「そうじゃ、我らエルフの古き言い伝えに――『無より始まり、森と成す』というものがある。つまり、我々の祖先は妖精より始まったとされる考え方じゃな」


 へえー!

エルフさんたちって妖精が進化?したやーつなんだ?

ボクのビカビカじゃなくって、猿が人になった的な進化なんだろうけど。


「妖精種というのはな、それだけエルフにとって特別な存在なのじゃ。国では自然と共に妖精を崇めておる」


 原始宗教っぽいな、エルフさんたちの。


「じゃが、妖精はこの世界を満たす空気や水のようなモノ。形を持たぬ故、留め置くことは基本的にできぬのよ……しかし、デミ・フェアリーは違う」


 あー……ふむふむ。


『あれ?でもデミはいつか妖精に進化するんですよね?』


 まだたどたどしい口は捨てて、念話を飛ばす。

確か前にそう言っていたでしょ?おひいさま。


「そうじゃ、よく覚えておったの。じゃが、それには長い長い時間が必要になるんじゃ。それこそ、100や200以上の年がのう」


 うええ!マジで!?

アカむっちゃ長生きじゃん!?

おやびんのボクが10カ月の寿命でヒイコラしてるってのに……いいな!

いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。

おひいさまの表情、すっごく硬いもん。



「――それでのう、本国では、デミ・フェアリーを見つけると『保護』する。真の妖精となるまで、何にも害されぬように」



『ああ、やはりそうなりますか』


 トモさんが、溜息をついている。

え、おいおい……ってことは……アカと離されちゃうってこと!?


『エルフさん的には、この子を、その……無理やり『保護』して国に連れて行っちゃう、ってことですか!?』


「ふむ、理解が早いの。それで間違いはない」


 ……外れて欲しかったァ、この想像だけは。

えええ……


「先程も言ったように、大多数のエルフにとっての妖精とはそういうものなのじゃ。心からの善意で、お主からそ奴を引き離すじゃろう。お主も『保護者』とすれば国に入れるかもしれんが……まあ、その後一生再会することはあるまいな」


「え?なに?やだ!アカいっしょ!おやびんと、いっしょ!!」


 『はえ~』みたいな顔をして話を聞いていたアカが、泣きそうな顔でボクの触角に飛びついてきた。

うひゃひゃ、くすぐったい。


『ハッハッハ!当たり前でしょアカ、ボクはおやびんだよ、おやびん。アカが嫌になるまでずうっと一緒さぁ!』


『おやびーん!!』


 そんなわけのわかんない教義?法律?で、カワイイ子分を攫われてたまるもんかよ。


『なるほど、即座に逃げます』


 そう思念を飛ばすと、おひいさまは歯を見せて笑った。

わお、イケメンだ。


「ふふ、よい判断じゃ。お主らにとっては何の意味もない、黴の生えた取り決めじゃしのう……じゃがの、そう考えぬ連中の方が多いことは心しておけ」


 でしょうね。

こんな風に内緒話の場を用意してくれるくらいだしさ。

おひいさまは、そう思ってないみたいだけど……この話しぶりからするとレアケースだろう。


「この問題について、『下』で信頼できるのはレクテスとラザトゥルだけじゃ。それ以外は全員そのアカを『保護』しようと動くじゃろう……そして恐らく、この瞬間にも本国へ伝令の魔法が飛ばされておる」


 思ったよりも余裕がなかった!

ど、どどどどうしよ。


「のう、ムーク。お主はどうしたい?」


 ボクの顔をじっと覗き込んでくるおひいさま。

視界の端に、不安そうなアカも見える。


『――この森を脱出して、色んなものを見に行きたいです。アカと一緒に』


 うん、コレがベストだ。


 ボクにはエピソード記憶、つまり経験による記憶がない。

『ボク』として実感のある記憶は、転生する15分前くらいからだ。

だから、トモさんとアカと過ごしたこの森の記憶が……『ボクの全て』だ。

だったらねえ、そうするしかないでしょ。

前世は知らないから、未練はない。

でも――今世は別だ。


 ボクはまだ、生まれてからそんなに経っていないんだ。

この長……くなるかならないかわからないボクの人生。

その何倍も長い時間を、『保護』されたままアカに過ごさせるわけにはいかない。


 ――だってボクは、『おやびん』だもの。


 考えるのは嫌だけど、ボクが死んじゃった後ならまだ、いい。

だけど、アカがもっと立派になるまでは。

自分一人で、モノを考えられるような大人になるまでは。

おやびんが、ボクが一緒にいてやりたいんだ。


「ほう、いい光を宿す眼になりよったわ。なあるほど、大した親分じゃのう……ムークよ」


「ガンバリマス」


「いっしょ!アカ、いっしょ!!」


 いたいいたいいたい、触角が千切れる!

わかった!わかったから!わかってるからァ!!


『そうだよ、一緒だよアカ。さっきも言ったけど……アカがもう嫌~ってなるまでね』


『ならない!いっしょ!ずううっと!いっしょ!!』


 なんちゅういい子や、泣きそう。

涙腺ないけど。


「よし!そうと決まれば……作戦会議じゃ、ムーク」


 おひいさまの目が、ぎらりと光った。


「よっと、まずはこれじゃ」


 おひいさまが胸元から丸い物体を取り出して、ボクの手に乗せた。

これは……方位磁石に似てるな?

というかそのものだな?

刻んである文字や記号はサッパリだけど。


「これは『方位魔石』という魔法具じゃ。中心に針があろう?その切っ先が示しておるのが西よ」


 えっ北を差すんじゃないんですね?


「握って東西南北を念じると、その方向へ針が向くようになっておるのじゃ。お主らはこれを使って西を目指せ、小国合衆の国をな」


 おー!便利!

どういう理屈で動いているのか知らないけど!

今度トモさんに聞いてみよ!


「この森の四方には4つの国々があるが、妖精を抱えた虫人が行くには北と東は論外じゃ。南は若干マシじゃが、確実に逃げ延びたいのなら西にせい……あそこは国々が乱立しておって、我らとの国交は無きに等しい」


 ほうほう、前にトモさんも言ってたな。

ていうか今更だけど、ボク虫人ってカテゴリーなのね。

まあね、虫だもんね。


「ナルホド」


「そこそこ貴重なんじゃぞ?なくさぬように持っておけ」


 はーい、何から何まですみません。

すぐにポーチにしまっておこう。


「さて、次じゃ……ふんぬっ」


 うおお、胸元からずるっと毛皮が出てきた。

なにこの真っ黒い毛皮。


「これは漆黒猛虎という魔物の毛皮でな、魔力に対してそこそこの耐性を持つ。丸裸では寒かろう、くれてやるから寝巻にでもせよ」


 ふへえ、これは便利だ、便利すぎる。

おひいさまに足向けて寝れないや……エルフの国の場所を確認しておこう。


「なにぶん急な進化で、まさかデミ・フェアリーが出るとは思わんかったのでなあ……手持ちで役に立ちそうなものはこのくらいかのう。すまぬな、ムーク」


「イエイエイエ、メッソウモナイ!」


 これ以上を望んだら死んじゃうよ、罰が当たって。

恐れ多すぎるよう……


「まだまだ語り合いたい所ではあるが、これ以上長引くと勘付かれるじゃろうの……ムーク、元気でやるんじゃぞ、アカもな」


「ありがと!おひーさま!」


 アカ的にもおひいさまが色々アドバイスしてくれたのが分かったのか、親しみを示すかのようにその頬に飛びついた。


『有難いですけど、おひいさまは大丈夫なんですか?お国でこう、何か面倒なことに巻き込まれたりしません?』


 妖精を守れ~!みたいな国なんでしょ?

ボクらを逃がしたら死刑とかになったりしない?

まあ、そこは流石にないか……貴族もしくは王族だろうし。


「ふわははは!気にするでない、わらわは元々王の末子。もとより権力なぞには興味はないしのう!!」


 うわー!やっぱり王族だった!!

ボク、王族に抱っこされてんのか~……記念になりそう、何のかは知らんけど!


「のう、ムーク。お主にだけ教えてやる」


 おひいさまが、顔を寄せてきた。



「そもそも、わらわはのう――あの国から出たくて出たくてしょうがないのじゃ♪」



 ……あ~、納得。

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