第4話 背に腹は代えられなさすぎる。

 臭い。

目の前に臭さの化身がいる。

今更ながら、なんでボクは芋虫なのに人間の時と同じように臭さを感じるのだろうか。

記憶ないけど。


『さあむっくん、ガブリといきましょう』


 いくけどさあ……寿命伸ばしたいしさあ。


 ガブリ。


 ……気絶しそうなくらい臭い。

生臭さが口いっぱいに広がる。

なんだろう、異世界罰ゲームかこれ。

まさか葉っぱを恋しく思う日が来るとは思わなかったよ……


 ガブリ、もぐもぐ。

よかった、地竜くんとは比べ物にならないくらい柔らかい。

これならボクでも問題なく食べられる。


 臭いその他に目を瞑ればね!!

ああああ、この体になってから不味さの限界値を突破する経験ばっかりだよォ。

記憶ないけど、流石に人間時代のボクは腐った蛇の成れの果てを食べたことはないと思うな!


『生命力増大を感知。魔力の総量も増えましたよ、むっくん』


 やったあ。

死ぬ思いをした甲斐がありましたよ!


『全部食べてくださいね。食べれば食べるほど増加しますので、頑張ってください』


 ひぃん。

もっと美味しいものが食べたいよォ。

贅沢は言わないからさぁ、天ざる定食とか食べたい。


『凄まじい贅沢ですね』


 そう思います、ハイ。

この世界だと王様でも食べられないんじゃない?

王様いるかわかんないけど。


『少なくともこの森の周囲だけで五つの国があります。王も五人いますよ』


 結構いっぱいいた!

え、この森って意外と小さいのかな?


『食べながら聞いてくださいね……ここは『ロア・グランデ大陸』の中央に位置している『原始の森』という場所です』


 あーすごい、なんかファンタジーを感じちゃう!

ちょうだいトモさん、そういうのもっとちょうだい!

蛇くんのエグい味を忘れるために!!


『この森の大きさとしては……そうですね、むっくんにわかりやすく言いますと四国よりも一回り程小さいです』


 予想を超えるクソデカ大森林!!

え、なにそれは。

スケールが大きいなあ。


『森の中心部にはエルフの国家が、そして東西南北に四つの国家が存在します』


 ふえー、トモさん詳しい。

さっすが神様。

じゃあ、ボクの現在地は?


『私の位階が低いのでわかりません。周辺の魔力濃度と魔物の種類から、さほど奥地ではないと思われます』


 ああん。

そっかあ、出世しないとGPS的なの使えないんだあ。

……ってことはアレですね?ボクが生き延びればどんどん便利になるってことですね?


『そうです。素晴らしい判断力ですね、誇らしいですよむっくん』


 うへへ、褒められた。


『口が止まっていますよ。頑張って食べてください』


 怒られた……


 もぐもぐ。

蛇くんが相変わらず不味い。

もう半分くらい食べたけど、泣きたいくらい不味い。


『その体に涙腺はありませんよ』


 わぁい、朗報。

むっくん嬉しい。

心は号泣している気がするけど。

……トモさんトモさん、異世界情報ちょうだい。

くじけそうだから、臭さに。


『そうですね……では国家の内訳を説明します』


 いいねいいね!


『ますは北ですね、ここは人族……平たく言えば地球の人類と同じような人種が統治しています。政治形態は立憲君主制と言った所でしょうか』


 ふむふむ。


『次は東です、こちらもほぼ人族が主体の国家ですね。絶対王政の国家で、北の国家とは冷戦状態です』


 ええっと……憲法があって象徴的な王様がいるのが立憲君主制で、王様に全部の権力が集中してるのが絶対王政だっけ?


『ええそうです、補足しますと憲法に則って議会が国家運営をするのが立憲君主制です』


 ふふん、高校受験の知識が活躍したね。

受験した記憶ないけども。


『さて、南の国家です。こちらは獣人が主体となった議会制民主主義で運営されています……終戦後の日本と同じような国家ですね』


 ほほう、それはそれは。

ボクが芋虫じゃなければ興味がある国ですな。


『残念ですが獣人にしか選挙権はありませんし、それも男性に限ったことです』


 芋虫な時点でどうにもなりませんでした!

そっかあ……戦後の日本ってそういうことですかあ。


『最後に西の国ですが……こちらは様々な人種が寄り集まった小国家群と言った方がいいでしょうね。普段はさほどではありませんが、外敵に対しては一丸となって立ち向かいます』


 ふむん、芋虫でもワンチャン生きていけそうなのってそこしかなくないですか?


『そうですね……いずれむっくんが進化を繰り返して人型、もしくは『知性がある』と認められる状態にまでなれれば、そこで暮らすことも不可能ではないかと思われます』


 なるほどねえ。

先は長いや……ん?



 今なんか……聞き捨てならぬ言葉が聞こえてきたんですけども?

ボク……人型になれるのォ!?



『可能性の話ですよ、むっくん。生き延び、進化を経れば……いずれはそうなるかもしれませんという、可能性の話です』


 いやいやいや、それでも可能性があるってことでしょ!?

わーっ!なんか、なんか視界が開けた気がする!

そっかあ……人型かあ!


 ……人型?


 人間に化けるとか、そういうの?


『……申し訳ありませんが、むっくんの種族形態では人化の魔法は習得できません。あくまで『人型』です』


 ……アレだねトモさん。

つまり僕が転生前に話していた……虫ベースの特撮ヒーロー的な外見まで持っていけるかもしれないってこと?

人間に化ける魔法は無理だけど、見た目だけはギリギリ人型になれるってこと?


『概ねその通りです。むっくんの記憶にある……子供向けレーベルほどポップな外見では恐らくないでしょうが』


 あーね、原作版っていうか、大人向けのリアルな方ね!

あ、全然OK!ボク、バッタの改造人間大好きだし、たぶん!

今の芋虫形態よりも全然マシだし!何よりカッコいいもん!

この状態でもイかす一本角生えてるし、ボク!


『おや、綺麗に平らげましたね……偉いですよ、むっくん』


 そりゃあね!進化とやらの先に格好いいヒーローが待ってるんならね!

気合も入るってもんだよトモさん!!

臭さも不味さも我慢できるさ!


『その意気ですよ、むっくん。さて、もう一つ死体の反応があります……前方の林の中です』


 う~~~~~ん、木の上で休憩してもいい?

さすがに死体二連続は辛いよ……


『駄目です。死体はいつでもあるとは限りませんよ?進化が遅くなってもいいなら別ですが……』


 ちくしょーう!

食べる!食べますよ~!!

芋虫ダッシュだァ!!

あ、明らかに足が速くなってる!ありがとう蛇くんの死体!!



『アレは毒走り茸ですね。珍しい魔物ですよ』


 ……食べてもいいのォ?

なんか、明らかに食べたら駄目な色と臭いなんだけどォ?

なにあのムキムキな足が生えた茸の化け物。


『あの魔物は死んでいれば無毒になります。筆舌に尽くしがたい程不味いだけです』


 筆舌に尽くしがたいくらい不味さの死体を食うの……?

さっきの蛇くんの時点でキツかったんですけお……?


『魔物としての脅威度は、黒蛇よりもはるかに上です。つまり強力な魔物ですよ』


 ……昨日の地竜くんよりも?


『アレよりはぐっと下がります』


 結構強かったんだ、地竜くん。

返す返すも芋虫マウスの弱さが恨めしい……


 仕方ないか、食べよう。

キモ茸くん……いただきます!!


 ガブリ。

――おぶっ!?

な、にこれェ!?

固形のヘドロを齧った感じがするゥ!!

あ、駄目死ぬ。

不味さで死ぬ。

毒じゃなくて不味さで!!


『むっくん、頑張れ頑張れ。ファイトですよ』


 くそう!トモさんの綺麗な声で応援されても心が折れそう!

うんにゃ、折れた!

現在進行形でボキボキ折れてる!!

こんな不味いモノ食べたことない!!!!


『あら、生命力も魔力も増大していますよむっくん。頑張って食べてえらいですね』


 褒められて嬉しいけど不味さで発狂しそうだよォ!

無心だ……無心になるんだ……!

無心で茸くんを食うんだ……!!


 あっ駄目。

これ駄目。

無心を不味さが凌駕してくる!!


『吐いたら駄目ですよ。まあ、口に入れた時点で魔力に変換されるので吐くという行為自体できませんけども』


 うううう!

やけに高性能なこの体が憎いよう!!

ぐぶ、グエエエ……


『むっくん、後方から魔物の気配が来ています』


 なんだってェ!?

そいつは大変だ、とっとと逃げなければ!


『あ、引き返しました。そのまま食事を続けてください』


 こっち来いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!

何してんの魔物でしょ!?

襲いに来なさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

キャタピラーレッグダッシュで逃げるからさあ!!


 あとね、トモさん!

これを食事って言うのやめて!!

もっと崇高で甘美なモノだと思うの!食事って!!


『はい、そうですね』


 いい声で同意しやがってからに!!


 ちくしょう!ちくしょう!!

不味い!臭い!不味い!臭い!


 特撮ヒーロー形態になる以外にもう一つ目標ができたぞ!

手がちゃんと使えるようになったら……美味しい料理を自分で作って食べるんだ!!


『あら、素敵ですねむっくん。目的があるとモチベーションも上がりますよ』


 褒めてくれて嬉しい!!

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