第4話 石北家

 4月11日 19:41 石北宅 玄関


「……た、ただいま」


 橘花ちゃんと別れて、七条河原町からバスに乗って家に帰って来た。

『ただいま』と言っても返事は無い。

 靴を脱いで、家に上がる。


「あぁ、またお酒……」


 お父さんは勤めてた会社が4月に倒産してアルコール中毒に。

 その上、パチンコに入り浸る様になった。

 後、しっかり煙草もやっている。

 ……橘花ちゃんから貰った大切なお金が、こんな事に使われてるなんて知れたらどうしよう。


 手を洗って、自分の部屋へ向かう。

 はぁ、今日はお母さん帰って来るのかな。


 鞄を置いたら、シャワーを浴びる。

 湯船にお湯を張る余裕はないから、手早くシャワーで。

 最低限身体を洗ったら、シャワーを止めてお風呂を出る。


 髪は自然乾燥に任せて、部屋に戻る。

 すると、お母さんからメッセージが届いた。


[ごめんね、お母さんもう限界です]


 メッセージの内容はこの1文だけ。

 でも、私は悟った。

 もう、お母さんは帰って来ないんだと。


「嘘……、あぁ……」


 ど、どうしよう……。

 お母さん、夜逃げしちゃった。

 本当に、これからどうしよう。


「……あ、お金」


 どうしよう、お金。

 お母さんが夜逃げしちゃったから、お金が入って来なくなっちゃう。


「また、橘花ちゃんに頼むしか無いのかな」


 橘花ちゃんには頼りたくない。

 私の力だけで何とかしたいけど……。

 ……今の私じゃ、どうにも出来ない。


「うぅ……」


 私は申し訳ないと思いながらも、橘花ちゃんに連絡する。

 お父さんの娯楽代も含めて、30万円。

 橘花ちゃん、承諾してくれるかな。

 返事はすぐに帰って来た。


[OK、明日持ってくね]


[ありがとう]


 私はすぐに"ありがとう"と返す。

 あぁ、橘花ちゃん……、私の為に30万も……。


「……橘花ちゃんにお金せびりたくないのに……」


 途轍もない罪悪感が私を襲う。

 でも、こうする以外に道はない。


「はぁ……、橘花ちゃんと一緒に居たい……」


 あぁ、橘花ちゃんとずっと一緒に居たい。

 同じ家に帰って、同じご飯を食べて。

 同じ家で寝て、同じ時間に家を出る。

 そんな生活を送りたい。


 ……でも、私が関わった家はことごとく離婚している。

 もし、今、橘花ちゃんの家に行ったら、橘花ちゃんの家も壊れちゃうかもしれない。


 七条家は京都市で1番有名な家。

 その名前を知らない人は居ない。

 そんな七条家が崩壊するとも思えないけど、これまでの私の人生を見てると、七条家でさえも崩壊しそうな気がする。

 だから、怖くて言い出せない。

 橘花ちゃんと一緒に居たいけれど、橘花ちゃんには幸せで居て欲しいから……。


「……今度の大阪、橘花ちゃんと長く居たいな」


 今度の大阪遠足、私はミュージカルとかには疎いから良く分からないけれど、橘花ちゃんと一緒に遠くに行けるから楽しみ。

 出来るだけ、橘花ちゃんと大阪に長く居たい。

 ……うーん、どうしよう。


「あ、そうだ」


[橘花ちゃん、大阪で服買おうよ]


 私はすぐにdiscordのDMで橘花ちゃんに連絡を送る。

 また、返事はすぐに来た。


[OK、勿論良いよ!]


[嬉しい! ありがとう!]


 えへへ、やった、橘花ちゃんとお買い物!

 これで、少しは気分を紛らわせる事が出来る。

 えへへっ、大阪、楽しみだなっ。


[彩華にピッタリなお店があるから、一緒に行こう]


「うぇ? 私にピッタリなお店?」


 橘花ちゃん、私の為に調べてくれてたんだ。

 えへへ、嬉しいなぁ~。


[分かった。 行こう行こう]


 私はすぐに返事を返す。

 毎日橘花ちゃんには会えるけれど、他の所で会うのは格別。

 あぁ、楽しみだな。


「えへへ、金曜日が楽しみ」


 あ、ご飯どうしよう。

 取り敢えず、ダイニング行ってみようかな。


 ベッドから立ち上がって、ダイニングへ向かう。

 お母さんが最後に何か残してるかもしれない。

 そう思って、ダイニングに向かったが何も無かった。

 あったのは誰かがご飯を食べた跡だけ。

 ……お父さん、私の分も食べちゃったんだ。


「はぁ……、今日は晩御飯抜き……」


 仕方無く部屋に戻ると、お父さんが待っていた。

 ベロベロに酔った状態で。


「……? お父さん……?」


 お父さんは私の姿を見ると、ニヤリと笑って私に近づいて来る。

 そして、私を床に押し倒した。

 倒れた瞬間、後頭部から背中にかけて、痛みが私を襲う。


「うぇ……? Что ……?」


 押し倒されたかと思ったら、今度は私を殴り始めた!

 私のお腹を執拗に殴ってくる。


「うぐっ、や、やめ、ぐあっ……」


 お父さんは笑いながら私を殴り続ける。

 その目の中には確かに狂気があった。


「やだっ、痛いよ、やめて、お父さん!」


 しかし、お父さんは殴るのを止めない。

 何で? 何で殴るの?

 私何か悪い事した……?


 そんな疑問を問う余裕は無い。

 お父さんは私をただ殴り続けた。

 そして、1時間が経過。

 お父さんは満足したらしく、去っていった。

 私は暫く放心状態のまま、ベッドに倒れ込む。


Почему ...... 何で……почему .....?何で……?


 お腹の痛みはまだおさまらない。

 ……でも、多分、これは今日だけだよね。

 きっと、ストレスが極まって……。

 ……殴っちゃっただけだよね、きっと。


「多分、ずっとは続かんよね」


 私はさっきの出来事が長くは続かないと信じて、そのまま眠りについた。

 脳裏にはこれからどうしよう、そんな心配が頭の中を駆け巡る。

 唯一の稼ぎ頭が居なくなった今、どうやって食べて行こう。

 バイトは禁止だし、私が稼ぐ事は出来ない。

 あぁ、本当にどうしよう……。

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