第2話 下校

 4月11日 16:12 深山中学・高等学校 1階 生徒会室


「橘花ちゃん、クーラー要る?」


「要らへん要らへん、丁度ええ」


 今日の授業を終えて、生徒会室にやって来た。

 生徒会室は校舎の隅にあり、場所を知らなければ到底辿り着けない場所だ。


「彩華〜、PCのコンセント繋いで〜」


「は〜い」


 床にある電源ポートからノートPCの電源を繋ぐ。

 一応電源は無くても、充電で動くのだが、1時間しか持たない。

 それに、折角電源があるなら活用した方が得だ。


 PCを起動して、予算配分のファイルを開く。

 このPCは生徒会用のPCではあるが、学校支給の物では無い。

 学校支給の物もスペックは良かったが、私を満足させるには至らなかった。


「全体でなんぼなん?」


「えー、400万やね」


「400万かぁ。 私財入れてええ?」


「あかんに決まっとるやろ、卒業してから予算酷い事なるで」


「あぁ、それもそうか」


 この学校には13つの運動部と7つの文化部、合計20の部活動が存在する。

 それぞれ前年度の予算の使用具合を見て判断していく。


「えーっと、運動部からやってこ」


「まずは陸上部やね〜っ」


 陸上部は去年20万円中、12万円を使用している。

 特に要望も無かったし、15万円で良いかな。


「今年は15万円に決定」


 この様に、他の部活も決めていく。

 殆どの部活は予算過多であった為、予算を減らした。

 因みに、天文部だけは予算を増額。

 天文台の整備費用が足りないとの要望があったからだ。


「天文部は50万円っと、これで良し!」


 予算配分は彩華との綿密な会話によって決定される。

 故に、かなり時間が掛かるのだ。


「「かんせーい!!」」


 今年の分の予算配分が出来上がったのは、1812頃となった。

 あぁ、2時間も使ったんだ。

 外は夕焼けが空を支配していた。


 結局、厳しい厳しいと嘆いていたが、誰の助けも借りる事無く、私達だけでこの仕事を成してしまった。


 まぁ、そもそもこんな事になったのは先輩方のせいなんだけども。

 私達の5つ上の先輩が生徒会の資金を横領。

 このお陰で生徒会の印象は最悪。

 後輩も来なくなって、生徒会を辞める生徒が続出。

 私達は先生に止められて、踏みとどまったのだ。

 高校1年生も元々5人居たけど、結局は私達だけが残された。

 そして、絶望的な今がある。


「もう18時なんやね」


「あっという間やったね」


「うん、帰ろう。 橘花ちゃん」


「帰ろう帰ろう」


 鞄を持とうとした時、彩華が私を呼び止める。

 私の肩を掴んで、歩き出すのを阻止した。


「ん? どないしたん?」


「き、橘花ちゃん」


 彩華は恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 一体どうしたのだろうか。


「……抱っこ!」


「うん、ええよ」


 彩華の要望に従って、彩華を優しく抱き締める。

 彩華の甘い匂いが鼻を突き抜けた。

 私はこの匂いが大好きだ。


「彩華」


「……なぁに?」


「温かい?」


「……うん、温かいよ」


「んふふ、良かった」


 彩華は私にしっかり抱き着いて、私の身体を堪能している。

 学校でこんな事が出来るのはこの生徒会室だけ。

 意図して探さない限り見つからない場所であるから、人目を気にせずこんな事が出来るのだ。


 5分程彩華を抱っこしたら、鞄を持って生徒会室を出る。

 迷路の様な廊下を進んで、校門を出た。

 校門を抜けたら、長い階段を下る。


「橘花ちゃん、手、繋いで」


「うん、ええよ」


 彩華の左手を私の右手で優しく掴む。

 手の温かさが直に伝わってくる。

 夕焼けが照らし、桜が舞う中、道路への階段をゆっくり下る。

 この時間を邪魔する物は誰も居なかった。


「彩華と手、繋いでるとさ」


「うん」


「安心するって言うか、心が温まるって言うか……」


 私はこの後に続く言葉を思いつけずに居た。

 彩華は笑みを浮かべながら私の言葉を待っている。


「……その、えっと……」


 私は言葉に詰まってしまう。

 結局、この階段を下り終えるまでに続きを発する事は出来ずに、話題は別の物に移った。


「ねぇ、橘花ちゃん」


「……なぁに?」


「橘花ちゃんって、モデルとか女優、目指さんの? 背、高いし、顔も良いし、身体も良いし、向いている思うよ?」


「それ、何回も言われた。 でも、私の気持ちは変わらんよ」


「そっか、どうして?」


「お父様がカッコ良かったから」


 お父様は彩華よりも小さい。

 しかし、それでも軍服を身に纏い、指揮を取る姿は誰が言おうと格好良かった。

 私の自慢のお父様だ。


「えへへ、そっか!」


「彩華も一緒に室蘭来るでしょ? それはどうして?」


 彩華は少し黙り込んでしまう。

 顔を覗き込んでみると、少し頬が赤くなってる事に気づいた。


「……言わへん!」


「え〜? 私も言うたんやから彩華も言ってやぁ〜!」


 彩華の肩を掴み、揺さぶりながら彩華に言い放つ。

 しかし、それでも彩華は吐かない。

 暫くしていると、可哀想になって来たのでやるのを辞めた。

 彩華は何処か満足げな表情を浮かべている。


「もー、彩華はしゃーないなぁ」


 そんな話をしている内に、駅に到着。

 出町柳方面ホームに設置されたIC改札機にNRカードをタッチする。

 彩華はオレンジの箱から乗車駅証明書を取った。


「き、橘花ちゃん」


「分かっとるよ、はい、お金」


「ありがとー!」


 可愛い、ただただ可愛い。

 もう可愛い以外に言葉が見つからないね。


 彩華の家はあまり裕福では無い。

 だから、定期外の所に乗る時は私がお金を出している。

 そして、彩華が住んでいる土地代は免除。

 維持費もウチが出している。


「毎回ごめんね、お金貰っちゃって」


「ええのええの、彩華と一緒に帰れるからええの」


「えへへ……、そっかぁ〜」


 一方、学費は彩華が学年5位以上を維持しているから免除。

 定期代も免除して貰っている。

 ……まぁ、私も何だけどね?


 彩華はそう言う家の事情から高成績を維持しなければならない。

 その為、私は出来るだけ彩華が上位5位に入れる様にワザとミスをする。

 ちょっと手を抜くだけで、彩華が幸せになれるなら、やるしか無い。

 私は彩華の為に生きている様な物だから。


 ログハウスの待合室の中で列車を待つ。

 駅には私達以外、誰も居なかった。


「彩華の髪ってさ、凄いサラサラしとるよね」


「えへへ、そうかなぁ?」


 彩華は照れながら自分の髪を撫でる。

 そして、私の髪を撫でてこう言った。


「橘花ちゃんの髪もサラサラやん」


「いやいや、彩華には敵わへんよ」


 私は彩華の髪を撫でる。

 お互いに髪を撫で合う状態になった。


 暫く撫で合っていると、列車がやって来た。

 クリーム色に緑のラインが入った1両の列車。


 待合室を出て、ホームで待機、

 列車が停車し、扉が開くと同時に車内へ。


 車内は寂しく、お爺さんが1人、ポツンと後ろの方に座っているだけだった。

 私達は扉の近くに座る。

 フカフカ……とまでは行かないが、それなりに柔らかい座席だ。


 列車に揺られる事30分。

 終点の出町柳駅に到着。

 出町柳に着く頃には、車内は満員とまでは行かないが、それなりの乗車率となっていた。


 改札を出て、今度は京阪の改札へ。

 それなりに長いエスカレーターを下って少し進むと改札口が見えた。

 彩華用の切符を買って改札内へ。


 改札に入り、ホームへと向かう。

 ホームには既に列車が停車していた。

 緑と白の上下ツートンカラーに黄緑のラインがあしらわれた列車に乗り込む。

 車内は座席が全て埋まる程の乗車率であった。


「あ、京阪で思い出した」


「? なぁに?」


「今度さ、大阪にミュージカル観に行くやん?」


「うん、行くね」


 今度、遠足として大阪の梅田にある劇場でミュージカルを鑑賞する。

 その時は、学校から向かうのでは無く、大阪に現地集合だ。


「そん時さ、京阪で行かん?」


「何でぇよ」


「国電いっつも混んどるやん」


「あー、せやね」


 国電の新快速はいつでも超満員。

 京都から乗って座れた事ってあったかな。

 ……あ、1回だけあった。


[ご乗車ありがとうございます。 12分発の急行、淀行です。 終点淀まで先に着きます、樟葉、枚方市へは後の特急にご乗車下さい。 間もなく発車します、車内でお待ち下さい]


 この放送から数十秒後、扉が閉まり列車が発車した。

 私達は進行右側の扉付近で立っている。


「あ、後さ」


「うん」


「プレミアムカーって言うの乗ってみたい!」


「お、ええね、乗ろ乗ろ」


 プレミアムカー、私も少し気になっていた。

 しかし、鉄道で京都から出る機会が少ないので乗れずに居たのだ。

 丁度良い機会だ、是非乗ろう。



 19:21 七条駅

 時刻通り七条駅に到着した。

 改札を出て、1番出口から地上に上がる。

 鴨川を渡って少し行くと、大きな館が見えてくる。

 それが私の家だ。


「じゃあね、橘花ちゃん」


「うん、じゃあね、彩華」


 泣く泣く彩華に別れを告げて、北門から家の敷地に入る。

 あぁ、彩華と一緒に住みたいな。

 そんな事を思いながら、家の中に入った。

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