第22話

 そして美鈴を探すために眼球を動かすと、彼女の小さな背中がその先に映し出された。

「よかった……おい、美鈴。大丈夫、か?」

 少しの安堵とともに、俺は美鈴に近づいていく。しかし、すぐに様子がおかしいことに気づいた。それは様子もそうだし、何やらずっと、カチ……カチ……と音がする。

「おい、美鈴!」

 急いでそばによると、そこには変わり果てた敵の遺体が散乱している。その血だまりの真ん中に……彼女はいた。ただ、いつもの無表情からさらに表情は抜け落ちて、目に生気はなく、弾倉が空になったM4のトリガーを引き続けている美鈴、だが。

「……」

 俺は静かに、優しく彼女からM4とサイドアームのハンドガンを抜き取り、後の隊員に渡す。そして、そのまま彼女のことを優しく抱きしめた。

 俺は人生長く生きていないし、女心もわからない。人が本当に傷ついている様子を見ても気の利いた言葉は言えない。

 だから、俺は行動で示すことしか知らない。

 でも、今はそれで十分なのだと思った。ただ、彼女に俺の想いが伝わるのならば、形なんてものは後付けにすぎないのだから。

 後ろで、特選群の隊員たちが静かにクリアリングしていく。だが、もう敵はいないようで、そこはただ静かな空間が流れている。

 ふと、俺の手にしずくが落ちた。ふと彼女の顔を見ると、ずれて半分取れてしまったマスクの隙間から、いくつものしずくが筋を描いて落ちていく。俺は危険がもうないことをかくにんして、彼女のマスクを優しく外した。

「美鈴……」

「ごめん……」

 俺が彼女に声をかけあぐねていると、美鈴が最初に発したのは謝罪の言葉だった。

「なんで謝るんだ、美鈴は悪いことなんてしたわけじゃないんだしさ」

 だから俺は笑って少し茶化して、彼女に問いかける。もう正気に戻った代わりに、彼女を大きな罪悪感が襲っていた。

「……勝手に飛び出したこと。勝手に、彼らを殺してしまったこと……正成に、相談、しなかったこと」

「……」

「それから、それ、から……」

 言葉を紡げない代わりに、彼女の頬から、絶え間なく透明なしずくが流れ落ちていく。俺は急に俯瞰して気分になって、それを美しい光景だなんて場違いにも感じていた。

 なんて声をかければいいのかもわからない。あぁくそ、こんなことならもっと女心というものを勉強しておくべきだった。――後悔というものは、いつも必要な時にその備えをしなかったことに対して訪れるものだ。

 だから俺は優しく、ただ優しさで包み込むように声を絞り出す。

「いいんだ、美鈴」

「でも……でも……私、わからない、自分のことが……わからないよ……」


 周りには少なくとも五人の遺体がある。それを彼女は一人で奪った。この人たち、とは彼らを指しているのだろう。

 ここで今力なく横たわっている彼らにも、人生があった。きっとそこには家族がいて、俺らと同じような暮らしをしてきたはずだった。

 ……ただ、生まれた国や場所、個人が持つ目的が違うだけだった。

 彼女は、そのほんの少しの差で人間が相違えてしまう現実を知っている。

 だから普段人を殺すこと極力避けるし、それに敏感だった。本人にしかわからないが、そこには過去の事件も関係しているのかもしれない。

 でも、今回の遺体はひどく損壊していた。いつもだったら持つ敵に対する経緯も何もかも、かなぐり捨ててしまっている。

 遺体は、あるものは頭部が丸ごと消え去り、あるものはお腹に大穴が空き中身が飛び出していた。そしてまたあるものは、体がちぎれている。

 ……一体、どうしたら加害力の低い小口径高速弾でここまでなるのかわからないほどだ。

 だから、今彼女は自分を責め、恐怖している。なぜ感情に突き動かされてしまったのか、それがわからw 

 でも、その復讐心は人間としていたって普通の感情だ。

 一般的に、復讐したいという気持ちができる要因は二つある。

 一つは、返報制の法則というもの。これは、相手から受けた行動に対して同様の行動で返そうとする心理のことで、今回であれば"死"に対して"死"で返そうとしたことがこれにあたる。

 そして二つめが、自分の気持ちをわかって欲しい心理、だ。強大な復讐心の裏には、えてして絶望が隠れている。家族の喪失、独り身で生きていく辛さ、理不尽。そういった感情を共有したい気持ちが、根底にある。

 

 ……ならば、俺がその気持ちをわかる良き理解者となれば良い。

 そもそも今回ことの発端は、美玲の復讐心に対して察知しつつもそれを深く知ろうとしなかった俺の責任。ならば、自分の責任は自分で取るのが筋だろう。

「美玲、今回のことはもういい。だから、今度はお前が今までいったいどんな経験をしてきて――どんな感情を抱いてきたのか。俺に教えて欲しい」

 美玲は、泣き腫らした目でこちらを見上げる。

「俺が全部分担するからさ、わかろうとするからさ。だから、こんなことはこれで終わりにすればいいんだ」

 分担すれば苦しみは減るから。

「え……」

「そしたら、もうみんなが悲しむことはない。人類は学び改善することができる生き物で、失敗というものはつきものだ」

 たとえ、それが生命を奪うものであっても。彼女が生きていれば何度でもやり直せばいい。

 「だから美鈴。今回のことをめちゃくちゃ後悔して、悔やんで悔やんだその先に……またやり直せばいいい。人はそういう生き物なんだ」

 過去は変えられない、でも、未来なら変えることができる。月並みな言葉だけど、それは間違いようのない事実。

 ここまで言葉を尽くしたが、俺の想いは伝わったのだろうか。

 少し心配になって、彼女を見つめなおす。

 いつの間にか、彼女の涙は止まっていた。

「……そんなこと言えちゃうの、ずるい……ずるい、よ……」

 そういって、彼女は笑った。

「やっぱりきざかな?」

「なんか中二病、ぽいかも」

「中二病ならかっこいいからセーフだな!」

「何もかっこよくない」

 急に真顔になってそういわれたので、思わず噴き出した。

 いつの間にか、あの空気は霧散してまたいつもの空気に戻りつつある。

 

「ゴホン」

 咳払いで、思考が現実へ引き戻される。

「え~、お二人さん。というか神木」

 板垣さんだ。

「あっはい……」

「VX15を発見した、来てくれ」

「あっはい」

 俺は急に恥ずかしい気持ちになりながら、美鈴と立ち上がる。美鈴も、流石に恥ずかしいようでほほを染めているのが見えた。

 ……これは、後で武口さんにいじられそうだな。普通に憂鬱だ。

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