第16話

 次の日、また市ヶ谷に向かう。もちろん今回は大学ではなく仕事で、だ。

 正直言って、俺は美鈴をこの件にかかわらせることに迷いを持っている。誰もが恨みや怨念といった感情を持ち合わせるが、彼女がフクロウに対して抱く怨念は大きいはずだ。

 だから、今日来る際もなんとなしにそのことを伝えたが、

「大丈夫」

 の一言で一周されてしまった。

 あまりにも意思が固そうだったので、本当にやばそうだったら、早々にこの件から引かせよう。

 とりあえずそう考え、連れてくることにした。

 

 

「失礼します」

 前回オロスの局長と会議した部屋へ入ると、そこには満面の笑みの武口さんが……何らかの成果があったらしい。わかりやすいなこの人。

「なにかありましたか?」

「あぁ、大発見だ……まず拠点だが、これは完全にオロス警察によって破壊された。もちろん、そこからVX15の残留物が検出されたが、これはわかっていたことだろう。一番の成果は……この国の拠点との通信記録だ。もちろん暗号化もされているようだが……神木、これは解けるか?拠点のほうは通信履歴のほうからの拠点割り出しも試みているが、ほかの情報も欲しい」

「拝見します……換字式ですね、文字を数字に置き換えているようですが、これくらいなら今でも読めます」

 換字式は最もポピュラーな暗号方式だ。単純に言葉を数字や記号、文字に置き換えたもので、解読は比較的容易になる。ただの一組織が作りした暗号ならば、なおさらあらは多い。これは簡単な部類に入るだろう。

「本当か?」

「ええ、記録がどっさりありますし、ばれると思ってなかったのかずっと同じのを使っているようですから……。これなら、いろんな情報が取れるかもしれません。30分ください」

「……こういう時、お前の非凡さを感じるよ、もそう思わんか、桜田」

「……こくこく」

「こんくらいはできないと、この仕事やってけませんから」

 俺が笑顔でそういうと、二人に少し引かれた……なんでやねん。


 俺はパラパラと資料をめくり、高速でオロスと日本の拠点で行われている文のやり取りを見ている。そして、羅列から置き換えられている文字を割り出し、暗号化されていない平文を頭の中で作り出していく。

 誰かが人間スパコンといったらしいが、言いえて妙なのかもしれない。俺はこういう方面ではやたら頭が切れる。

 もうすでに、半分以上の文字を割り出していた。アルファベットを使用していたようなので、パターンから英文を作り上げていく。

 すべての文字の置き換えパターンを特定したちょうどその時、ある会話ログが目についた。

「……あほだなぁ」

 それは、日本側の拠点を新しい場所に移した、という情報だった。住所まで送られている。

 少し時間をもらって衛星画像からその場所を確認すると、廃墟のようだが確かに人の出入りや車の往来が見られる。おそらく、本物の拠点で間違いない。

「拠点の場所、わかりました」

「……本当か?」

 なぜか微妙にいぶかしんでいたが、俺の説明を聞くと納得して、逆にどこか引いた表情をし始めた。

「こういうところだよなぁ……なぁ、桜田?」

「……こくこく」

 ……確かに俺は非凡だが、そこまで驚くほどじゃないだろ。

 

 教団の管理はがばがばで、双方でどの部屋にVX15を置いた、間取り、いつどんな形で輸送するか、等々を暗号化されていたとはいえ大っぴらに話していた。

「……さすがになめられてますね、これ」

「向こうもばれてないと思って調子に乗っていたのかもな……それでこちらは大いに助かるわけだが」

「そうですね……」

 やはり、何かが引っかかる。彼らがここまで狡猾極まりなかったのに、このがばがばさは何なのだろう。

「神木、地図を出してくれ、ついでに今得た間取りも」

 武口さんに言われ、思考を断ち切る。とりあえず今はこちらに集中しよう。

「了解です」

 この建物は、建設途中で放棄された施設で、地上2階建、地下1階建の構造だ。中の図面も確認するが、普通の建物のような構造。

 どうやらこの建物、中の区画部分まで作り終えあとは装飾だけ、というところで発注者が破産し、そのまま放置されたようだ。ある程度作り終えていたので、そこにフクロウが目をつけたのだろう。

「あと、現在VX15は5kgを輸送し終えていて、次回の輸送を待っていたみたいですね」

「なるほどな……前回の犯行で使われたのと同量のVX15はすでにあるのか......」

 前回の犯行で使え割れた量は、およそ5kg。だが、それで多くの人間が死んだ。

「はい、ですがオロスの拠点が壊滅したことがわかれば、やつらも動き出すかもしれません」

「そうだな、内閣でも拠点が判明し次第すぐに制圧する方向だ。おそらく今夜には始まるだろう」

 そこまで早く動けるのか。ならば向こうに逃げる猶予を与えずに制圧することができそうだ。

「さすがです……ねずみさんはどうなりました?」

「あぁ、それはもう確定した。黒、だったよ」

「やはり、そうでしたか……」

 改めて聞くと、複雑な気分になる。

「だから、彼らには別の情報を流す。まぁ、そこの対処は安心してくれていい」

「わかりました」

「あと神木も現場に同行してくれ。現地で直接指揮を執ってほしい」

「かまいませんが……これの担当ってどの部隊がやるんです?」

「あぁ、それなら特選群だよ」

「おぉ、それならまさに適任ですね」」

 特選群。自衛隊の中で最強と呼ばれ、内閣の命令で秘密裏に事を行い、外敵を処理する。超絶エリートな特殊部隊だ。基本的に群隊長のみしか素顔を見せることをゆるされず、それ以外の隊員は一般の場では常に顔を隠している。彼らはあらゆる任務に対応することができ、今回のような事例にはたまに投入される。仕事柄任務をともにすることが多いので、彼らとはそこそこ見知った仲である。

「そうだ。立川に集結させるから、建物の図面なんかを使って向こうで作戦を立ててくれ」

「了解です」

「では俺はもういく、頼むぞ」

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