第11話

「こりゃダメそうだな……」

 武口さんがそうこぼしたが、同意せざるを得ない。おそらくフクロウの会でもかなりの下っ端なのだろう。俺らを誘拐する以外の指令は受けていないようだった。もう1人もいるが、この分じゃ満足な結果は得られないだろう。

 だが――

「……強制捜査の口実には使えます」

 誘拐事件を事件からずっと監視処分を受けている宗教団体が起こそうとした。

 これだけで強制捜査の口実になる。

「そうだな、そっからの方が情報を取れそうだ……上と掛け合ってみるよ」

 武口さんは、疲れた表情で肩をすくめた。……前回の会議から、3日も経っていない。まだ衛星による画像収集さえ終わっていないのにこの一件だ。どうも向こうに先手を取られ続けている感じが否めない。


 結局、2人目も目ぼしい情報はなく本日は解散となった。だが、俺はもう一度画像や書類情報からの分析をすることになったし、他の部署もそれぞれ緊急で仕事が与えられた。判明している全拠点へ一斉に強制捜査を行う、ということが目標だ。数日中に正式な書類が用意され、調査が行われる。

「それで何か見つかるといいが……」

 全拠点への一斉調査だ。ボロの一つや二つは絶対に出る、出るだろうが……

「求めている情報は出るのかねぇ」

 それだけが、大きな気掛かりとなって心に残った。

 

 次の日も学校をサボることになった。学校へ行く逢桜へは「今日もちょいだるいから」と伝え、逢桜が学校へ行ったことをしっかり確認してから市ヶ谷へ。

 ちなみに車でもよくね?となるかもしれないが、これも身バレ対策の一環でもある。車で通勤なんてしたら目立ってしょうがないからな。

 前回は地下一階の会議室だったが、今回は俺がいつも仕事をしている地下二階の小部屋へ。キーを通して鍵を開けると、中は6畳ほどの縦長な空間で、壁際にパソコンやプリンターなんかの機械類、書類が所狭しと並べられ、そこにポツンとゲーミングチェアが置かれていた。

「本当にいいのか?」

「だいじょぶ、問題ない。何すればいい?」

 

 ……美玲には、今日は仕事をする必要はないと言うことを伝えたが、

「手伝う」

 と言って譲らないので、簡単な仕事だけ任せることにして連れてきた。

 

「はぁ……無理はするなよ。じゃあ、送られてきてる内部資料チェックをお願いしようかな。使えそうなのあったら別のファイルまとめといて、俺は衛星画像の方を見る」

「了解」

 俺は専用アプリを起動し、これまで取られてきた衛星画像のチェックを始める。

 すると、白黒の画像が次々と表示されていく。

 もちろん、現代の技術であればカラー画像の画像……普通の写真と同じような画像を撮ることもできる。

 ならば、なぜ白黒?と思ったかもしれない。それは、これが合成開口レーダーを利用して撮影された画像だからだ。この衛星は、文字通りレーダー波をとばし、その強弱を通じて白黒で画像化する。当然、レーダー波なので気象にも左右されない。おまけに磁気を探知したり、数センチ単位の変化をキャッチでき、また船舶の動きなんかもよくわかる優れものだ。

 日本はこういった衛星をいくつか運用していて、それを管理しているのが内閣衛星情報センターなのだ。

 オロスに面している日本海上の画像が蓄積されたファイルを呼び起こす。これはフクロウの会とは別の用事で撮影されてきたものだが、思わぬところで役に立った。

 オロスに拠点を作ったのならば、この国と海でやりとりする可能性が高い。ただ、向こうでも密入国なんかは厳しく規制されているし、船での行き来もレーダーで監視されている。そして異常は報告されていないはずなので、今のところは大丈夫、なはずだ。だが、念のためこちら衛星でもチェックすることにしたというわけだ。

 とりあえず、数時間ごとに定位置から観測されている海面のデータを余すことなく確認していく。何年か分ある上に時間がないので、大体フラッシュ暗算くらいの速さで流してみることが多い。慣れないうちは辛いが、慣れれば画像一つ一つをチェックすることは造作もない。もっと慣れればデュアルモニターでやることも……

「っと」

 気になった箇所があったため画像を流すのを止め、何枚か戻していく。

 先月撮影された画像。一見するとただの海だが、ほんのわずかに磁気の反応が見受けられる。

 画像を拡大し、磁気がどのくらいの大きさでどんな形なのかを確認していく。

「これは……潜水艦?ずいぶん小さいな、40mくらいか?」

 縦型に伸びた涙滴型で金属の物体。潜水艦のように見えるが、かなり小さい。……通常の考え方で言えば、これはオロスの原子力潜水艦だろう。だが、それならここまで浅く浮上するのだろうか?

 合成開口レーダーは、100mも潜って仕舞えば潜水艦を探知することはできない。普通にその能力を活かすならば、もっと深く潜って探知されるリスクを減らすはず……。

 それに先ほども言ったが、かなり小さいのだ。普通100mはある潜水艦だが、これはせいぜいその半分と言ったところか。こんな潜水艦、あった記憶が余り……

「いや、待てよ?」

 俺はあることを思い出し、オロスの兵器リストのファイルから彼の国で使用されていた潜水艦についての項目を呼び出す。その中にある、さまざまな兵器の中に……

「あった……」

 ルーヤン型特殊潜水艦。全長41mのこの潜水艦。小型なのが特徴で、魚雷等の武装は装備されておらず、主な用途は特殊部隊の輸送。そのため、潜れる範囲も小さい。が、水上レーダーに探知されないことはできる。

 しかし、社会主義体制崩壊後は破棄され、日本海側でもいくつかが放置されていたのが確認されている。

 別の地点を観測していた光学画像を確認すると、なるほど確かにフクロウの会拠点近くの港に留め置かれているのが見える。つまり、奴らはこの放置されていた潜水艦を使ったわけだ。

 ……普通の国なら、退役した兵器は厳重に保管される。が、体制崩壊後の混乱の最中にある彼の国ではろくな管理ができていなかったのだろう。おまけに魚雷などの攻撃できる兵装も搭載されていない平凡な潜水艦のため、管理もゆるゆるだったのだろう……。

 そしてこの潜水艦を利用して何をしているか、といえば……おそらく何かを運んでいる。だが、データの航続距離ではこの国は届かない。おそらく海上のどこかで受け渡しを行なっているはずだ。

 そう思い、先月のこの地域で撮影されたデータをすべて呼び出し、一瞬で目を通していく。

「……あった、多分これだ」

 先月された数多の画像。その中の一枚に、わが国の領海外、彼の国と日本の真ん中くらいのところで潜水艦に横付けする船の姿を捉えた写真があった。

 なるほど……領海ならともかく、そこから少し離れた場所ならば潜水艦のソナーに引っかからないし、漁船はオロスから直接来たわけでもないので特に検査もない。まんまとしてやられたわけだ。

 ……ここまで証拠が上がれば、彼らがVX15を製造しそれを日本へ運び込んでいるのは間違いないだろう。俺が前に確認した資料によればオロスからフクロウへ機械類が渡ったのが1ヶ月前だ。だが、この1ヶ月でオロスは毒ガスを製造しこの国に運んでしまった……放置された潜水艦まで使って。

「異常、だな」

 間違いなく裏に何かがいる。公安調査庁の報告を鵜呑みにすれば、フクロウはとてもじゃないがここまでのことをできるような団体じゃない。

「一体何がどうなっているのやら……」

 

 ちらりと美玲の方を見る。まだ資料の整理は終わってないようで、内容のチェックを行っているところのようだった。

 俺は彼女の母親がこのテロで亡くなったことは知っている。だが、彼女がそこで何を思い、この仕事についたのか。どれほどのトラウマを抱えているのかを俺は知らない。

 ……だけど、普段の様子から見てフクロウに対してトラウマを抱えているのは明白だ。

 だから、美玲にこの事実を話すことはかなり躊躇われた……が、明かさないと言うわけにはいくまい。

「……美玲」

「、どうかした?」

「ちょっとこっちにきてくれ、かなり、重大な話だ」

 美玲に、今俺が発見した内容についてゆっくりと説明していく。

 奴らが放棄された潜水艦を使用していること。それを利用して日本海上で漁船に何かを移し替えていること。それが先月行われていたこと。ここまでの事実から推定するに、おそらくある程度のVX15がすでに国内へ運ばれていると言うこと。

全てを話し終わると、美玲はいつも通りの表情に見えた。

 それに少しホッとしつつ、美玲に指示を飛ばす。

「一体、どこからそんな金を持ち出したのやら……。武口さんにここに来るよう連絡してくれ。俺は報告書まとめる」

「わかった」


 数分後、俺がまとめ終わった報告書を眺めていると美玲と武口さんがやってきた。一通りの説明を武口さんに行うと、悔しさを滲ませた声で

「……わかった、俺は上に報告してくる」

 と言ってこの場をさっていった。

 おそらく、ここまでくると日本政府も動くことになるだろう。特に、放棄された兵器を使われている、というのはかなり重大だ。向こうの政府がどこまで協力してくれるかは微妙なところだが、しらを切られることはないだろう。

 どうなるのか、まだ何もわからない。ただ、一つ確かなことがある。

 "奴らがVX15を使う前にとっ捕まえなければならない"ということだ。2度とあんな事件は起こしてはいけないし、起こさせる気もない。

 俺は今の平穏な友人関係を、今の平和な日本を、心から愛しているのだ。

「壊させて、壊してたまるか」

 俺は美玲がまとめた資料を確認しつつ、そうひとりごちた。

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