第10話
四人でショップを見る傍ら、俺は静かに尾行する人間の観察をする。……確かに、俺らのことをつかず離れずでついてきていた。さすが美鈴だ、俺だったらこの人込みで気が付かなかったか、気が付いたとしてもだいぶ遅れただろう。
俺は静かに唯を這わせながら、武口さんへチャットを打つ。
物の数秒で、15分後に応援が到着するからおとなしくしていろ、とのメッセージがきた。
「美鈴……増援が15でくる、それまで服でもみていよう」
「了解」
適当に服を見て回っていると、チャラい感じの青年が俺の真横にきてアイコンタクト……早い。まだ10分少々しか経っていないのに本部から増援が来たらしい、俺は特徴等をあらかじめ打ち込んだ画面を男に見せる。
「グッ」
理解したらしい。あとは彼らに任せれば大丈夫だ。
……俺が戦えよと思った方もいるだろうが、力のない俺がいても足手纏いなだけだ。だったらできる人に頼むのが効率がいいし、楽だ。
……しばらくした後。
「キャァァァ」
という悲鳴が聞こえてきた。俺ら以外の2人も気がついたのか、心配そうに見つめる。もちろん、倒れたのはさっきのおじさん2人だ。
「なんかあったのかな?」
「誰か倒れたみたいけど、みんな助けてるっぽいから大丈夫だろ」
先ほどのチャラ男以外に5人ほどが倒れた2人の周りで救命活動……らしきものをしている。あのうちの半分以上は同業だ。おそらく、この後来るであろう救急車も仲間のもので、施設に収容されるのだろう。
彼らの病名は何になるのだろう、2人同時に倒れているのだからなかなか大変だ。まぁ、過呼吸とかに落ち着くのだろう。
……あとで俺らも行くことになるだろうが、今はその必要はない。とりあえず彼らに託し、現場から離れることが先決だ。
みると、逢桜はまだ心配そうな表情で現場を見ている。
「あの中行っても俺らができることはない。気にしないで行こうぜ」
「……そうだね、いこっか」
俺がこういうと、心配げに見ていた逢桜も納得したのか表情を崩した。
こうして俺らをつけてきていた不審者2人は、根木や逢桜どころか、客にも勘付かれることもなく回収されていった。
買い物の翌日。俺は大学をサボり美玲と共にいつもの内閣衛星情報センター……ではなく、お茶の水に設置された公安警察の秘密拠点へと足を運んだ。ここには公安によって身柄を拘束された人員や、調査拠点等が設置されている。先日のおじさん2人もここへ収監された。……収監、と言っても彼らは逮捕というより拘束、だが。
ちなみに、新宿で白昼堂々2人が倒れた事件はそこそこのニュースとなっていて、今日の朝テレビでアナウンサーが過呼吸症候群についてしきりに説明をしていた。
……ともかく、今日はここで取り調べが行われるため、俺や関係各所が集められたというわけだ。早速内部に入り、取り調べが行われる部屋へ。
美玲はついてきているが、別の部屋で待機してもらうことにした。……自分の母親を殺した組織がまた同じようなことをしている、となれば誰だって動揺するし、大きなストレスになる。この件に関しては美玲に護衛の域を超えた仕事をさせるつもりはなかった。
「失礼します」
部屋に入ると、もうすでに必要な面々が揃っていた。武口さんの姿もある。
俺たちを見ると、表情を崩しこちらへ歩いてきた。
「お疲れ様です、武口さん」
「おお、お疲れさん。昨日は災難だったな」
「まぁ、災難ではありましたけど僕は何もしてませんから……気がついたのも美玲です」
「おー、そうだったのか、流石だな……。やはり護衛がいないとダメだな」
「ええ、僕もいらないと思ってましたけどこういうことがあるとやっぱり心配になりますね……公安の2人はどうなりました?」
俺のことをいつも遠くから護衛してくれている2人の安否は昨日の時点では不明で、単純に心配だった。
「あぁ、2人ならさっき見つかった。無事だったよ」
「よかった……」
「どうやら、睡眠剤で寝かされて拘束されていたらしい。西荻窪の使われていないマンションの一室から発見された」
「マンション?」
「不動産屋が鍵を郵便ポストに入れたまんまだったんだとさ」
「あぁ……」
「おそらく、前々からそう言った物件に目星をつけていたんだろう。全く、どうしてこういうことをするのかね」
「同感です……」
「ともかく、2人は無事だ。睡眠剤で寝かされてただけだから外傷もない。もう復帰するってピンピンしてるくらいだ」
それは元気すぎだろ……。
「まぁ、よかったです」
あぁ、それとと武口さんが付け加える。
「わたし忘れてたが、今現在判明してることだ」
数枚のホチキス留めされた資料を渡される。
「ありがとうございます」
資料にはこれまでに判明しただろうデータが事細かに記載されていた。
まず、1人目の男。
30代男性。身分証等を所持していなかったため正確な年や名前は不明。指紋とDNA、歯科治療痕から現在身元特定中。
所持品
切符、現金5000円、マカロフ自動拳銃とマガジンに弾8発。さらに拘束用の結束バンドやスタンガン、睡眠剤。そして――フクロウの紋章が描かれたバッチ。
備考
左下7番に自決用薬剤アンプル。除去済み。
――2人目もほぼ同じ内容が続いていた。
フクロウの構成員であればマークされていそうなものだが、どうやら判明していない構成員を引っ張り出してきたようだ。
「彼らはフクロウでしたか……」
「そのようだ、奴ら他の身分を表すものはことごとく消しているのに、フクロウだけは残すのがアホらしいな」
「彼らにとってはアイデンティティのようなものですからね。意地でも持ち続けたいのでしょう」
「……宗教というものが嫌に見えてくるな」
「同感です」
この仕事をしていると、宗教団体が問題を起こす場面に山ほど遭遇するので宗教というものが大半は善であるはずなのに、嫌なものに見えてくる。
ガチャ
そんなことを考えていると、1人目の男が連れられてきた。鋭い目つきで、線が細い。
対する捜査官の方は……こう、なんというか……すごい大男だった。こんな男が歩いていたら思わず道を開けてしまいそうな、ベンツじゃないが黒塗りの高級車に乗っていそうなおじさんだ。
捜査官に着席させられ、聴取が始まる。関係各所との調整のため、拘束されてから聴取を行うのはこれが初めてだ。
「では、聴取を始める」
こくん、と男が頷く。
「では始める、最初にお前の名前と生年月日を教えてくれ」
「……黙秘する」
「名前すらもか?」
「……」
「じゃあ質問を変えよう、なぜあんたはあの子らをつけていたんだ?」
「……」
「これも黙秘か……、あんちゃん、俺らはあんたをいたぶることもできるんだぞ?」
「……」
無反応。
捜査官が後ろに控えていた別の捜査官にアイコンタクトする。
すると後ろの捜査官が男を殴り始めた。1発、2発、3発……殴ったところで手を止める。男の方は、息も耐えだてで震えているようだった。
「よし、もう一度チャンスをやる……あんたの名前は?」
「……公賀だ。公賀、吉久……」
流石に答えたらしく、ポツポツと答え始めた。
「一応聞くが、あんたら2人はフクロウの会の構成員だな?」
「……そうだ」
「よし……あんた、なんであの子らをつけていたんだ?」
「上からの……命令」
「どういう命令だ?」
「拘束して……もってこいと……」
「どこに?」
「用賀の……サービスエリア……」
「そっからどこに運ぶんだ?」
「……聞かされていない」
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