第9話
2人が帰った後、俺はデスクトップPCを起動しながら昨日から今日にかけてのことを振り返る。
「いやぁー、ラノベっぽいイベントだったなぁ……」
俺はアニメやライトノベルが好きでよく読むが、美少女二人に囲まれながらパーティーというのはラノベイベントでは定番ネタだ。仕事をしているときはまた別なのだが、普段の俺は等身大の大学生……のつもりだ。当然、俺もあんな絶世の美少女二人に囲まれれば多少は思うところがあった。
逢桜こいつ相変わらずかわいいな、とか美鈴の今の顔ドキッとしたぁー、とか。
贅沢なことに俺は彼女らと大体行動を共にしているので、慣れてしまいあまり実感する機会がない。だが、今回改めてラノベイベントっぽいことをしたことでこう……感じるものがあったのである。
ぶっちゃけ、「今の俺主人公っぽくね?強くね?」
状態である。
謎の万能感と高揚感、非常に素晴らしい。
まさに、思っていた通りの大学生活。
それに、日曜日の明日も予定が入っており、そこでは根木も含めた四人で新宿へ買い物に行く予定だ。
そろそろ季節の変わり目。何かとおしゃれな人間が多い東京では、自然と自分の中のおしゃれレベルというのも引き上げられ、上京時に持ってきた服はほとんど着ていない。だから普通に数が足りなく、ほかのみんなもちょうど買いたいとのことだったので決行されることとなったのだ。
……入学する前は、友達や仲間とこんなに仲良くなってどこかへ遊んだり、どこかへ行くというのは想像もつかなかった。ただただ、逢桜や美鈴、根木といった仲間たちに感謝しかない。
こんなひねくれたやつといて何が楽しいやら、と思わなくもないが、それでみんな楽しそうなので、もう気にしていない。
大学の課題をこなしつつ、明日の予定に思いをはせながら一日を終えた。
次の日。
本日の天気は快晴。最高気温は19度と少し寒いが、徐々に温かみを感じる季節になってきた。
今日は新宿駅で10時に集合することになってはいるが、どうせ逢桜と美鈴は同じアパートなので一緒に行くことになっている。新宿までは中央線で大体20分。そこまではかからないので、一時間前の9時にアパート前に集合すれば十分ということになった。
ベージュのシャツに黒いスラックス、上に薄めのジャケットを羽織って家を出る。
ドアを開けると、ちょうど上から逢桜が降りてきたところだった。
……正直な感想を言えば、あぁいつも通りかわいいなこいつ、なのだが。それでは伝わらないだろうからもう少し解説。といっても、ピンクのシャツにベージュにチェックの柄が入ったロングスカート、白めのスニーカーそれにピンクのヒールを付け合わせた装いだ。シンプルすぎず、派手すぎない。それでいて彼女によく似合っているいいコーデだと思う。最も、彼女に似合わない服もなかなかないだろうが。
「うーむ、相変わらずかわいいな、お前」
「急に何!?」
照れているのか、かなり頬が赤い。まぁ、こうやって素直に口に出すことはほとんどないからな。
「そのまんまだよ、今日の格好も似あってるぞということ」
「え、えぇ……そんな急に言われても照れるっていうか……」
そういいながら、靴をもじもじとする。こういった一つ一つの所作がかわいらしいのも、こいつが人気な理由だろう。
「ま、まさくんもいつも、かっこいい、よ……?」
上目遣いでそういうこいつの顔はかなり真っ赤でだいぶ無理をしているのがよくわかる。
「そんな照れるなら……」
「いいの!!せっかくならこういう風に直球に言うのも大切かなって……あれ」
「なんだ?」
「まあくんもちょっと顔、赤いよ?」
……まぁ、そりゃ照れもする。あんな風に逢桜に上目遣いで見られて、照れないやつのほうが少ないに違いない。このまま恥ずかしい空気になるのも嫌だったので、話題を変える。
「逢桜は今日何を買いたいんだ?」
「露骨に話題変えてきたね……まぁ、全部?羽織るものも、シャツとかも、下に着るやつも、アクセサリーも……」
「それ、お金足りるのか?」
「足りないから、ただの願望なんよ……」
「お、おう」
「まさくんは?」
「そうだな……、俺はインナーとか、まぁ普通にトップスとかもほしいしなぁ……。俺も逢桜と変わらんかもしれん」
「やっぱり、そうなるよねぇ……」
「上京すると、いままで自分が着てたものが急にダサく見えるよな」
「わかりみが深い……」
逢桜がうんうんとうなずく。
これは本当に真理だと思うのだが、東京で歩いている若い人は、俺の基準では99%がおしゃれだ。静岡ではファッションに無頓着だった俺でも、周りがここまでファッションに気を配っているならば、やらねばという気持ちが自然とわいてくる。
そして、そう思うままに服を買いだすとこれがなかなか面白く、自分の好みに合った服なんかがたとえ高くても欲しくなるのだ。
服に1万もかけるなんて、高校の頃の俺が聞いたらせせら笑うに違いないが、今は笑うことなどできなかった。
と、話しているとちょうど美鈴が来たようだった。ドアの開閉音とともに、美鈴が現れる。
「あっ美鈴ちゃん、おはよー」
「よう」
「……おはよう、逢桜、正成」
さて、俺の周りにいるおしゃれな奴第二号(一号は逢桜)ですが……
真っ黒なワンピースにベージュのスニーカーと非常にシンプルな装いだ。だが、シンプルだからこそ美鈴のきれいさが際立っている。いい素材に塩だけかけただけでもおいしいのと同じような装い、といったところか。
「まじで美鈴ちゃんかわいい(*´Д`)」
横では逢桜が至福の表情で美鈴を見つめている……表現がおかしいが、本当においしいデザートを前人した時のような表情で見つめているのだ。
「逢桜、ステイだぞ」
「おそわないよ!?」
正直、襲うのかと思った。
今日は中央線快速が止まらないので、各駅停車で新宿駅へ向かう。
各駅停車は相変わらずすいていたので、三人並んで座る席を確保でき、横では逢桜と美鈴が楽しそうにおしゃべりをしていた。
そんな二人を横目に、俺は流れていく景色を見る。効果から眺める景色は、平野部に一面住宅地が続いていて緑が全く見えない。本当にまっ平らで、おまけに線路もずっとまっすぐなので景色が見やすく、関東平野とはかくあるものであるということをわかりやすく教えてくれた。
その中でもひときわ高いビル群へ、カーブしながら近づいていく。これが新宿、日本一の大ターミナル駅だ。乗り換え放送もくそ長である。
話がひと段落ついたのか、逢桜がこっちを振り向く。
「もう着く?」
「次だ」
「道わかんないんだけど……」
「今日の集合場所は東改札前だから比較的わかりやすいと思うんだが……」
今日見て回る予定のルミネESTは
すると逢桜はもじもじしながらこんなことを言ってのけた。
「ま、毎回美鈴ちゃんとかまさくんについていってるから……」
「はぁ……」
「逢桜、東改札くらいは覚えないと生きてけない、よ?」
「み、美鈴ちゃん、ひどい……」
美鈴の何気ない一言が、逢桜の胸にクリティカルヒット!こいつはたまに素で心をえぐってくるので、注意が必要である。
「まぁ、それだけやばいってことだろ、今日は覚えたらどうだ?」
「えぇ……でも、新宿は人がいっぱいいすぎてなぁ……」
「うーむ、まぁ確かに。それに今日は土日だしもっといるだろうな」
確かに、逢桜や美鈴はかなり目立つし、街でよく声をかけられるとも聞く。今日は日曜日だし、そういう輩も多いかもしれない。
ふと見ると、ちょうど電車がホームに滑り込み始めていた。
「まぁ、じゃあまた今度でいいか。二人ともとりあえずついてきてくれ」
美鈴にアイコンタクトを送り、逢桜をそれとなく二人ではさみながら電車を降りる。向かい側に山手線のホームが隣接している関係で、すごい人だかりだった。やはり俺が前に出て正解だっただろう。
予想以上に人が多かったため、安全を期して逢桜の手を取り歩く。美鈴はその後ろからとことこついてきていた。
階段を降り、人の波と同様に東改札方面へ。この駅に限らないが、人の流れが左側通行になっているのでそれに従い歩いていくと、ひときわ強大な改札が姿を見せる。
ちらりと美鈴が付いてきていることを確認し、逢桜と手を放す。
「ここだから普通に通るぞ」
スマートフォンをかざし、駅から出場。改札を出ると人の流れが分散され、幾分常識的な量になる。
「さて、根木のやつは……っと」
東改札の前は巨大な通路となっていて、対面には巨大なスクリーンがそびえる。アニメの告知やらなんかの広告が流れるとよく話題になるあそこだ。今日の集合場所はその近辺ということになっているのだが……いた。
根木はパープルのスウェットに黒のジーパンというよくスポーツマンで見かける装いで、巨大だからわかりやすい目印になる。
「相変わらずわかりやすいな、根木」
「それを言ったらお前さんもわかりやすいぞ、なんせ美少女二人を連れてるんだからな」
「まぁ、確かに私たちと一緒にいたらだれでも目立つよね」
「お前がそれを言うのか、逢桜」
呆れた顔で逢桜を見つめる。
「だって、事実だし……ね、美鈴ちゃん?」
「ん、逢桜はかわいい」
「それ言ったら美鈴もかわいいだろ……」
「……そうかな?」
「そうだよ、美鈴ちゃんはもっと気をつけなきゃだめだよ?世の中には悪い男や女もいっぱいいるんだから」
「……ん」
確かに、美鈴は自分の可愛さをあまり自覚できていないように思える……演技中は美貌を利用することをいとわないのに、だ。これはなぜなのか、俺もよくわからなかった。
……だがまぁ、今は気にするときじゃない。
「とりあえず、ルミネ行くか」
「はーい」「ん」「おう」
三者三様の返事に苦笑いしながら、通路を進む。ルミネESTは駅直結で、通路を少し行けばもうルミネに入ることができる。
JR東日本が運営しているからか、とにかくアクセスのいい場所だ。
ただ、目当てのものはこの階にあまりないので、そのままエスカレーターへ。
「上から回っていく感じでいいか?」
八階建てのこのショッピングセンターは上から、メンズ、レディース、アクセサリーという風に構成されている。どうせ俺と根木の方が早く買い物が終わるだろうから、あとは下でゆっくり買い物をする方が時間的にも効率的にもいいだろう。
「異論なしー」
とのことなので、メンズのフロアがある6階へ。
「……さて、何から見ようか」
六階も相変わらず人が多い。男通しやカップル、一人等々、様々な人が思い思いにショップで服を見ていた。
「根木は何の服ほしいとかあるか?」
「んー、やっっぱりトップス系だな」
「OK……さっき見た感じこの階にバックパックは無さげだからとりあえずトップスから探すか」
「?さっき見たって言ったって一瞬だったよな、それでわかるもんなのか?」
「あぁ……」
「それはね!まさくんは一回見たらなんでも覚えちゃうんだよ!」
どや顔で逢桜が入り込んできた。
「まぁ、逢桜の言うとおりだ。瞬間記憶能力ってほどじゃないけど、覚えようと思ったら大体のことは覚えられるな」
瞬間記憶能力は見たものすべてを覚えてしまうが、俺は覚えたいと思ったものだけを覚えることができる……この能力はとても便利で、仕事にも大いに役立ってきた。実際超便利だ。
「そりゃ便利そうだな!うらやましいぜ……それで成績もやたらいいんだな」
「まぁ、お前と違って少しは勉強しているからな」
「そこを言われるとつらいぜ……」
こいつは気が付いたらいつの間にか出かけているもんだから、ほとんど勉強をしない。確か去年何個か落としていたはずだ。
「つらいなら勉強しろ」
「……根木は、もう少し勉強した方がいい」
「……美鈴にまで言われちゃ、今度からは勉強するしかないな。今期はテントに勉強道具を持ち込んでやるぜ!」
おや、俺と美鈴で扱いが違くないか、というか旅行にはいくなよ。
「探検は俺の命題だからな!」
さいですか。
「みてみて、この服なんかどう?まさくんに似合いそうだけど」
服をつまんで声をかけられる。見てみると、逢桜が指差したのは俺でも知ってるような、KOSENというやや高めな価格帯のブランドだった。店頭に並んでいるのはシックな落ち着いた感じの服で、確かにこれなら俺にも合いそうだ。
「ちょっと見てみるか、二人ともいいか?」
根木と美鈴に一応確認。
「いいぞ」「ん」
同意が得られたので、店舗を見てみる。店舗の中もシックな感じで、どうやら少し大人目な人をターゲットにしている服やらしかった。
「これとかいいじゃん!まさくんに合いそう!」
「ふむ……」
刺されたのはベージュのシャツだ。綿製でポケットだけニットの生地になっているのがかわいらしい。俺はこういった少しかわいらしい感じの服装が好きなので、まさにあっていると言えた。
……的確に俺に合った服を見つけてくるこいつはさすがだな。
「よし、とりあえずこれは候補だな」
ちらりとタグを確認すると、大体1万ちょっと。給料をもらっている俺ならば余裕である。ただ、不審に思われない程度にづるのも大事、1万越えの服を買うのは1つくらいがいい。
そのため、とりあえずほかにめぼしいものがないか物色する。
「お。これなんか根木似合うんじゃないか?」
「どれどれ……おお、いいな」
俺が見つけたのは光線+というより大人向けで、少し派手めなものを取り扱うコーナー。そこにあったジーンズ生地のシャツ。
「どれどれ……げ、3万じゃんか……かえねぇ……」
「よく見ろ、40%引きだ」
「おお!3万の40%引きだと……」
「1万8000円、ぎりぎり買えなくはないんじゃないか?」
「そうだな……よし、試着してくる」
「あっ少し待ってくれ……よし、俺もこれ、試着してみるかな」
もう少し店内をみようとも思ったが、ほかにめぼしいものおな下げなので試着室へ。逢桜と美鈴に待ってもらうよう告げ、二人で着替える。
「さて……」
着替え終わったので、カーテンを開ける。どうやら根木はまだのようだ。
「どうだ?」
そばで待っていた逢桜と美鈴に感想を求める。
「めっちゃいい!」
「……似合ってる。すごく」
「俺もそう思う、これは買うしかないな」
「おーい、俺のも見てくれ」
ちょうど終わった根木が姿を現す。
「うん、ねっぎーもにあってるね!」
「……こくこく」
「よし、俺もそう思うし、これ買うかな」
ということで、二人そろって購入することに。そこそこ高い買い物だが、服の出会いは一期一会。本当にいいものならばさっさと確保するに限る。
「じゃあ次は……レディース行くか?俺らはもういいよな?」
根木に確認すると、彼満足そうにうなずく。
ということで、レディースフロアへ……行こうとした矢先、美鈴に服の裾をつかまれる。
美鈴が俺に何かを伝えたそうだったので、取り合えず二人を先にエスカレーターに乗せ、美鈴と二人で乗る。
「どうしたんだ?」
「……つけられてる」
「それは確証が?」
確認の意味を込めて少し語気を強める。
「……間違いない。つけてるのは二人、私服の30くらいのおじさん。」
「公安……」
「じゃない」
「そうか」
俺の護衛には美鈴のほかに公安から二人があてがわれている。その二人がいない、ということは……
「消された……、か」
あまり考えたくはないが、その尾行している二人が公安の二人を排除し俺らをつけている可能性が髙そうだ。
……そして、何よりも警戒すべきは公安二人を排除したことではなく、俺らのことを知っているという違和感だ。まだ学生ながら機関に身をおく俺らは当然ながら最高機密だ。
「どこから漏れたのやら……いや、とりあえずはあの二人をどうするか、か」
これがどこの国で、どこの機関なのかはわからないが……平穏を崩さんとする者たちだ。我々の敵であることは間違いない。
「どうする?」
「とりあえず武口さんに連絡して応援を呼ぶ。この人込みだからな、そうそう手出しはできんはずだ」
「了解」
「二人ともー、こっちみよー」
美鈴と顔を見合わせる。……こういう時は、逢桜の軽いテンションがありがたかった。
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