第8話(サイド美鈴)
私は微妙に気持ち悪そうに寝ている護衛対象―神木正成を見つめる。同年代だしちょうどいいだろうという本部の勝手な方針で護衛に着けられた私の憂鬱な気持ちは、彼と生活をするうちに氷解していった。
幼いころ、両親を亡くして親族に預けられていた私は、誰に対しても心を閉ざして、世界の理不尽を呪った。そして、フクロウへの憎悪を募らせた。その後、公安に私の能力を見出されてスカウトされた後も、それは同じだった。人に驚異的、と呼ばれる私の演技力は、このころ身についたものだ。
だって、当時の私は漂白されたようになにも持ち合わせない真白な状態だったから。そこにぺたぺたと色を塗れば、どんな人間にもなることができた。
それが少しずつ変わり始めたのは、彼とともに過ごすようになってからだった。初めての印象は、”不思議な人”。彼と私が高校二年生の時に始めて任務で一緒になった。中学二年生で内調の調査官に抜擢され、わずか一年後の高校一年生の時には係長である主査に、高校を卒業するころには国内と国際、衛生部門の複数を兼任して担当する、内調のエリート中のエリートで、この国一番の天才と呼んでも差し支えない存在。実際周りからもそう捉えられているし、信頼も厚い。
でありながら、日常の言動にはそんな雰囲気はみじんも感じさせない。フレンドリーで、気さく。明らかに疎まれているとわかっていても、私に永遠に付きまとって、でも本当に嫌だということを察知したら距離を置く。
それがひどくちぐはぐに見えて……あぁ、だからたぶん、私は彼への許容範囲がどんどん広くなっていった。任務を重ねるごとに、彼を特別に思う気持ちが強くなっていった。そんな時だ、彼の護衛任務が下ったのは。それから、私の周りはもっと楽しいものに変わった。彼がいなければ美鈴という友人とも出会わなかったし、私の大学生活もここまで楽しめるものにはならなかっただろう。
私が思うに彼はこの世界の主人公、なのだと思う。まれにいるだろう?自身の周囲に影響を与えて、作り替えていく人間が。彼はそちら側……世界を作り替えていく側の人間。
だから、彼は私が守り抜く。――絶対に、守り抜かなければならない。
それは愛国心だとか、彼がこの国と世界を変えうる力を持っているからじゃない。もっと身近で、根本的なもの――だって、私に憎悪以外の道を示し、根本から生活を変えたのは――彼なのだから。
私は、背中にある服の下に隠されたH&K USP――9mm拳銃にそっとさわり、また決意を新たにした。
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