第7話

 さて、ところ変わって放課後。俺の仕事用スマホには、やはり現地へ要員を派遣して調査することはしないことを決定した、という連絡があった。

「そりゃそうだよなぁ」

 なんて思いつつ、俺の部屋では卓上IHを設置し、鍋がおかれ、いわゆる鍋パというものがが行われていた。最初は逢桜の家という話だったが、今朝の話とこの前断った話を出しにされ断ることができなかったのである。

 近所のスーパーで買い出しを終え、今しょうゆベースのスープと一緒に具材がぐつぐつと煮込まれているところだった。

 逢桜がぼやく。

「私、キムチのほうがよかったんだけどなー」

「おごってやってるんだから文句言うな」

「私は、しょうゆもすき……」

「美玲ちゃんはどの味が好きなの?」

「ゴマ豆乳味」

「し、渋いな……」

 豆乳って、俺飲んだこともないぞ。

「あれっておいしいの?」

 美玲が刻々とうなずく

「今度は、それでやりたい」

「今度かぁ」

 今は4月だ。もうそろそろ鍋パという時期ではなくなるだろう。

「まぁ、やるなら早めがいいだろうな」

「次こそお酒飲みたーい」

「はぁ、またか……。なんでそう酒にこだわるんだ?」

「友達が飲んでて楽しそうだからうらやましいの!実際よく誘われるし」

 俺は目を見開く。さすが人気者、友達が飲み会をやることも多いのだろう。

「それは男からなのか?」

 男からだと下心や体目的のやつも多そうだから、危ないだろう。そう思っての質問だった。

 逢桜は、少し驚いた顔をしつつ質問に答える。今の、驚く要素あったか?

「男の子も多いし、女の子も多いかなぁ……」

 そう答えると一転、にやついた顔でこちらを見る。

「なに~、嫉妬しちゃった?ま、さ、くん♡」

 肘で俺の脇腹を突っついてくる。

「違うわ!単純に心配になったんだよ、お前簡単に男についていきそうだしな」

「まーた、照れちゃってー。わかってるぞ、かわいい逢桜ちゃんがほかの男にとられないか心配だったんだな~」

 うざい。単純にうざい。あと自分でかわいいとかいうなよ、いや実際かわいいけどさ……。

「まぁ、普通に断ったから安心していいよ?まさくん♡」

「そのキャラ、普通にうざいから勘弁してくれ……」

「でも、腹立つのは、図星の証拠……」

 美鈴さん!?

 バット逢桜の方を見ると、さらに口角を挙げてにんまりとした顔をこちらに向けてきた。

「やっぱり心配だったんだ~。そんなまさくんのためならしょうがないなぁ。うりうりー」

「ちょ、頭ぐしぐしするな!」

 美鈴に向け恨みがましい視線を向けるが、すぐに視線をそらされる。こいつ、絶対後でなんかおごらせてやる。

 だが、とりあえずはこいつの対処だ。

「おい逢桜、俺が行ったのはあくまでもお前の態度であって……

「まぁ、言われなくても断ってるけどね」

「ほぇ?」

 長々と言い訳をしようと話し始めた俺を、逢桜があっけらかんとした口調でさえぎる。俺はさっき20歳未満は禁酒云々といったが、それは方便であって、本気で言っていたわけではない。大学生において、それほど飲酒が常態化し、飲酒しやすい環境にあるからだ。コンビニで年確されることはほぼないし、ネットが普及したこの時代においては20未満も簡単に酒を入手できる。だからだろう、美鈴は逢桜に疑問の視線を送っていた。だが、俺はおおむね回答に予想が付いた。

 美鈴の視線に気が付いた逢桜が、少し大げさな口調で話し始める。

「ほら、私ってモテるじゃん?」

 お、おう。

「ま、まぁそういう事実はあるな」

「だから、男子もそれにつられた女子もたくさん来るんだよね~。別にその子たちといて楽しくないわけじゃないけど、なんか、ね?それに、昔それで事件もあったしね、まさくんは覚えてるよね?」

「覚えてるぞ」

 確か、小学校五年生のころだ。年齢的に恋愛のれの字が芽生え、男女間の関係に子供が興味を持ち始める時代。そして、自分がしたことを過ちとも気が付かない、純粋無垢な子供の時代。逢桜は、いじめにあったことがある。

 きっかけは些細な事。クラスの中心人物である……未成年だ、ここはAと仮定しよう。そのAは同じく中心人物で、当時の俺から見てもイケメンだと感じる整った顔立ちをしたBのことが好きだった。

 そして……なに、簡単なことだ。Bが逢桜のことを好きになってしまったわけだ。そのあとがまぁ大変。クラスはAを中心にして大騒ぎ。大体一週間くらいで逢桜はクラスの女子から孤立した。俺は普通に逢桜と話していたが、俺はどのみち元から孤立していたので特に関係はなかった。そこで、俺が少し芝居を打って解決したのだ。結果、ぎくしゃくを残しつつも雰囲気は正常化された。

 総括して、運がよかった事件だと記憶している。Bはいろんな女の子を好きになるタイプで、またAも根っからの悪人ではなく、自分の引き起こした空気に罪悪感を感じていた。あとは少しの”禊”を済ませればよかった。

 これが中学や高校ならば、もっと面倒なことになっていたに違いない。

 ……そして、それから逢桜は人と距離を置くようになった。当人たちがわずかに――だが俺にとっては明確に見える壁を逢桜は築いたのだ。だから、告白してきた人には明確な拒絶を示し、そぶりがある人とは距離を置いた。

 一種の人間不信なのだろう。俺は大学生活でそれが改善されたのかとてっきり思っていた。彼女は見る限り、まったく違和感も壁もなく友人と接しているように見えた。少なくとも、俺にとっては。

「……それが原因。美鈴ちゃんに説明するとね、私、昔やらかしてクラスがぎくしゃくしたことがあってさー、それ以来、なるべく人と距離置いてるんだよね」

「……気づいてた。逢桜、私とほかの人とじゃ距離感違う」

「え、まじで?」

 素で反応してしまう。幼馴染の俺でも気が付かなかったのに。

「私、感情読み取るの、得意だから」

逢桜は、最初はぎょっと顔をして、すぐ苦笑いに変わる。

「あはは~気づかれちゃってたか~。……気を付けてたんだけどな、どこで気が付いたの?」

美鈴は、少し考えるそぶりをした。そしてそのあと珍しく口に出すか迷い、結局口を開く。

「……全部。私、人の感情、読み取るの得意」

「あちゃ~、それは誤魔化せないなぁ〜」

 ……美鈴は、卓越した演技能力を持っている。それに付随して、人の感情の機微を読み取るのが非常にうまい。人の表情が変わる間、0.5秒間人の素の感情が現れる美表情や、しぐさ、目の動き、発汗、体温……あらゆるものを読み解くことができる。俺も美表情ならぎりぎり読み取ることができるが……それ以外ははっきり言って超能力じみている。

「……なるほどなぁ」

 俺が読み取れなくて、美鈴が読み取れたことに素直に納得してしまう自分がいる。

 俺は、逢桜に向き直り、励ましの言葉をかけてやることにした。

「まぁ、美鈴の読み取り能力は正直やばいから、気にしない方がいい。俺でも気が付かなかったんだからな!」

「威張られるとなんかそれはそれでもやもやするんですけど……」

「まぁ。気にしたら負けというやつですよ」

「二人とも、鍋」

「「あっ」」

 会話に夢中ですっかり存在を忘れていた。しょうゆベースのスープはいつのまにか半分くらいまでに減り、ほかの具材もだいぶしんなりしていた。とりあえず俺はIHの電源を落とす。

「……」

 醤油でひたひたになった具材を見る。とりあえず、俺は白菜をひとつかみ。

「……うまい」

 普通に美味かった。


 ぶーぽろぽろろ!ぽろぽろろ!(アラーム音)

 朝、アラームの音で目を覚まし、起き上がる。時計は10時を指している。少しの具材を残して放置された鍋、開けっぱなしのお菓子の袋、そして爆睡している幼馴染と既に起きている相棒が1名ずつ。

「……思い出した」

 思い出したくないことを思い出してしまった。確か昨日話が盛り上がり、爆食いしてこともあって全員寝落ちしてしまったのだ。……寝た時間は覚えてないが、うっすら5時くらいだったような......。

 もぐもぐと朝ごはんにお菓子を食べる美玲を見る。

「美玲は何時に起きたんだ?」

「8時半」

 はやっ

「はやすぎないか?」

「......仕事がある」

「律儀だなぁ、お前以外にもついてるの知ってるだろうに」

 直接言われたわけではないが、未来にプラスして常に2名程度が俺のことを車や徒歩でつけてきているのは知っている。

 もうすでに知っていたので、何気なく口にしたが美玲は少し驚いた顔、俺が気が付いてないと思っていたようだ。

「いつから?」

「とっくに。そりゃあつけてきてたらわかるさ」

 向こうもプロであるが、こっちもプロだ。尾行くらい気がつけんとやっていけない。一応そういった対策用に訓練もしたし、まぁ、一応自営用の拳銃も渡されている……ほとんど使うことがないので、内調の武器庫にしまわれたままだが。

「……そ」

 美玲は短く答え、またお菓子を食べ始めた。

「そんなお菓子ばっかだと健康に良くないぞ」

「これが好きだから、いい」

「好きなものばっか食べてたら体壊すぞ......」

 美玲はカントリーマームを食べているようだ。美味しいよね、あれ。

 まぁいい、取り敢えず横でぐうすか寝ている逢桜を起こすか。

「おい、逢桜」

「......すぅすぅ」

 ゆさゆさと揺らすが、起きそうにない。この前やられたみたいにぶっとい本で叩いてみようとも思ったが、睡眠を邪魔されて腹が立つのは全日本人共通のことだと思うのでやめておく。

 えーと、確か冷蔵庫に野菜ジュースとバナナがあったはずだ。取り敢えずそれを朝ごはんに食べよう。

 ゴソゴソと冷蔵庫を漁る傍ら、美玲に話しかける。

「3時間半くらいしか寝てないだろ、それで大丈夫なのか?護衛云々じゃなくて生活的に」

「問題ない。私、ショートスリーパーだから」

「ショートスリーパー、ね。普通に寝てても短時間で自然と起きるのか?」

「大体目が覚めるの、4、5時間くらい」

「そりゃすごい、羨ましいな」

 ショートスリーパーは、狙って慣れるもんじゃない。体質的なものだ。大体の時間に追われている日本人は羨ましがるに違いない。

「にしても、3時間半は短いけどな。無理はするなよ?」

「……ん」

 美玲は微妙に不服そうに頷いた。素の美玲って、何考えてるかわかりやすいんだよな。

「ふぁぁぁ」

 ちょうど逢桜も起き上がったようだ。それにしても、全員の家が徒歩30秒圏にあるというのに俺の部屋で寝るの、よく考えたら意味わからんな。いや、よく考えなくても意味わからんか。

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