第6話
家を出ると、ちょうどいい感じの風が頬を撫でる。4月7日。東京の今日の最高気温は20度前後の予報だ。これが夏に近づいていくと、地獄なような暑さになるのですでに憂鬱である。汗っかきである俺は、東京の夏の暑さにたいそう苦しめられたものだ。
きぃ、と隣のドアの開く音がした。振り向くと、相変わらずすました顔の美人な友人がいる。
「政成、おはよう......」
美玲が、少し眠たげな様子で扉から出てくる。俺と美玲は、隣同士のアパートに住んでいるのだ。もちろん、これはラノベでよくあるようなたまたまヒロインが引っ越してきて云々かんぬん、というものではない。当然意図的なものだ。俺が上京し、部屋を決め、引っ越した翌日のことである。
新しい部屋で目覚めたことに感慨に浸っていると、突然呼び鈴が鳴らされた。
なんの気もなく、大家が何かを伝え忘れたのか?なんて思ってドアを開くと、こいつがいたのだ。
「今日から、正式に政成の護衛を務めることになった、桜木美玲......よろしく」
元々美玲と知り合いで、何度か護衛としてついてもらったり仕事をしたことはあった、あった、が……
「流石に急すぎだろ!報連相どうなってるだよ!」
と若干キレながら武口さんに電話したところ、
「お前は力ないからな、はっはー」
と煽られたので、一瞬この仕事を辞めようか真剣に検討した。
ばたん!
今度は、上のドアが閉まる音がした。かんかんかん、と階段を下る音がする。
これはたぶん……。階段を下りてきた主は、俺たち二人をみて、にぱぁと顔をほころばせる。
「おっはよー」
「おはよう、逢桜」
「逢桜さん、おはようございます」
やはり、逢桜だったようだ。相変わらずかわいらしい雰囲気を周囲にまき散らしている。美玲と違って眠そうな様子でもなかった。
「じゃぁまぁ、駅行くか」
「そうねー(ん)」
さて、この小説のご都合主義じみた現実は、だが考えてみると意外にあり得なくもないことに気がつく。
俺と逢桜は幼馴染、親も仲いい。娘の初めての上京。おっここにちょうどいい奴いるじゃーん。
で、こうなったわけなのだ。何ともおかしなことに、それぞれが守り守られることを前提にこのアパートに引っ越してきたことになるわけだ。
......え?こんな可愛い幼馴染も美人な護衛もいるわけねーだろって?......まぁ、それは、うん。なぜかリアルがこうだったという説明しかすることができない。
ちなみに、このアパートは杉並区の西荻窪という場所で、区内駅まで徒歩10分以内にもかかわらず家賃44,000円の激安物件である。そこに美少女二人が住むって、どうなのよ。特に普通に逢桜とか危なくないのか?と思わないこともないが、向こうに「その時は正成君が守ってくれれば大丈夫!」とまで言われてしまえばもう何も言えなかったのである。ちなみに、アパートも築年数は立っているが内装は普通でリノベーションされているので、不満は無かったようだ。
まぁ、楽観的に考えれば、もともと日本を守る仕事なわけだし?あまり変わらないといえばそうなのかもしれない。そうだ、そう考える事にしよう。
思考をやめ彼女たちを見る。二人は仲良さげに話をしていた。少し話している内容を聞いてみる……
「え、美玲ちゃんまた告白されたの???」
「えぇ……」
興奮した逢桜が美玲に詰め寄る。
「そ、それでどうしたのよ、返事は」
「いつも通り、断った……」
「えぇ〜......ってまぁ、知ってたけどさ」
美玲も告白を受けることが多いが、その全てを断っている。なぜなのかは正直知る由もないが、彼女のことだ。大型任務がある云々なんだろうな、と思う。
逢桜もこの返事が来るのはわかっていたのか、苦笑いだった。
「そう言えばさ、2人は今日暇?」
「ん?まぁ暇だが......」
「今日は、予定、何もない......」
どこか興奮した様子で続ける。
「じゃあさ、今日はパーっと飲み会しない?飲み会!」
「急だな。てか俺もお前も美玲もまだ未成年だろ、飲むな飲むな」
そう、我々はまだ未成年、お酒は20になるまでだめ、お兄さんとの約束だぞ!
「ぶー、2年生になったんだからよくない?やっぱりまさくんは頭固いよねー、大学生と言ったら未成年飲酒は鉄板!」
「2年生になったことはこの場合関係ないだろ!ほかで鉄板でも俺の目が黒いうちは許さん」
「はぁ、まぁわかってましたよ……最近遊んでなかったしいい機会かなと思ったのに」
ふてくされた様子だが、最期に付け加えた言葉には本音が含まれているように見えた。確かに、最近は俺の任務が重なってなかなか遊んでなかったし、たいてい美玲も一緒に駆り出されるので逢桜にとっては寂しかったのかもしれない。俺と美玲は、顔を見合わせて少し笑う。
「そうか……逢桜お前、寂しかったんだな」
「逢桜……寂しかった、の?」
「ちっが、いいいいや、そんなんじゃないし!」
逢桜の頬がみるみる赤く染まっていく。図星だったのだろう、すぐにわかる。
パシャリ
「逢桜、顔真っ赤……」
ここぞとばかりに美玲が逢桜をあおる。
すると、ますます顔を赤くした。そして、限界が来たらしく
「もう知らない!」
と言ってさっさと歩いて行ってしまった。
また美玲と顔を見合わせて、苦笑する。
「少しからかいすぎたかもな」
「でも、さいきんあそべてなかったのも、事実……」
「そうだな、まぁ今日は何もないし、どっかで遊ぶか」
結局駅で待っていた逢桜にこの話を持ち掛けたところ、そっこーで機嫌が直った。しかし代償として、俺のおごりで俺の部屋でやることとなってしまった。働いているとはいえ、そんな金があるわけじゃないのに……とほほ
俺が未知なる支出に怯えていると、逢桜が話しかけてきた。
「そういえば、ねっぎー誘う?」
そういわれ、俺は男子で唯一の友人を思い浮かべる。
「いや、無理だろ」
イエスかノーかの質問に無理だ、と返された逢桜は疑問の表情を浮かべながら、
「なんで?なんかあったっけ?」
と聞いてくるが、こいつ昨日の会話覚えてないのか?
「あいつ、館山に行くって言ってただろ。明後日までは大学来ないだろ」
「あっ確かに。なんか出かけるのが自然すぎて忘れてた……」
まぁ、確かにその気持ちはわかる。気が付けば、あいつはいつもどこかに旅行しているのだから。
「探検部、って何なんだろうね……」
内調と公安で分析やってる人間が考えてもなお理解不能な部活、探検部。最も、この理解不能は「くるっている」という意味を内包しているが、ともかく。
「俺は探検部には入りたくないな……」
以前、探検部の部室に行ったことがあるが、そこの活動記録を見ておったまげた記憶がある。一番印象に残ってるのは、オロスの山で遭難してオロスの山岳救助隊に救助されたとかいうわけわからんエピソードだ。怖すぎる。
二人とも同じ気持ちのようでうんうん、とうなずきが返された。
そういえば、と逢桜が口を開く。
「二人はサークルとか入らないの?なんも入ってないじゃん」
「うーん……」
正直なところ、別に入っても構わない。ただ、急な任務や予定ができる都合上、なかなか活動に参加しづらいのだ。それは美玲も同じこと(美玲は人見知りなのもあるが)なので、二人してサークルには所属していない。だが、逢桜は所属している。
「逢桜は確か……天文研究会だっけ?」
「そうそう、結構緩いけど、面白いよ~」
星ねぇ……。
「正直、星あんま興味ないんだよな」
と、いうか夜空を見上げると、どうしても人工衛星のほうを考えてしまう。
「はぁ、これだからまさくんは……」
「これだから、何なんだ?」
「友達ができないんだよ」
「うぐぅ」
美玲のことを”コミュ障”と呼ぶ俺だが、決して俺も友達たくさん、というわけではない。と、いうか俺が友達と呼べる人間は本当に逢桜、美玲、根木の三人くらいしかいない。美玲は口下手なだけだけど、まともに会話できるのに友達ができない俺の方が、レベルとしては酷いのかもしれない。
そんな変なことしてる自覚、ないんすけどね......
「あっ、美玲ちゃんは大丈夫だから!私がいればオールオッケーだよねー」
ウリウリ―とする逢桜に、美玲はされるがままになる。仲がいいことで。どちらも、よく心を許しあっているなぁ、というのが見ていて分かる。二人の共通の友人である俺にとっては喜ばしいことだ。一年ちょっと前、初めて逢桜に美玲のことを紹介したときは心配したものだが、二人ともすぐに打ち解けてしまった。特に美玲がここまで早く打ち解けるとは思わなかったので純粋に驚いた。今ではむしろ友人として、俺よりも仲がいいかもしれない。大切な友人ができて何よりである。
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