第4話
俺たちが隣り合ったネームプレートの場所に着席すると、すぐに会議が始まる。どうやら、俺たちが一番最後だったらしい。周りを見渡せば、南慣れた人ばかりで、片手をあげて挨拶してくれた人もいる。
俺も軽く合図で返すと、部屋が暗くなり、中央の巨大モニターに資料が写される。
最も、最初に分析を担当したのは俺だったので俺はこれを確認済みだ。内調の担当職員が、報告を始める。
「ここ最近フクロウの会で動きがありました。知っての通りフクロウの会は、5年前に同時多発テロを起こした(フクロウ真理教)の後継団体で、その教祖である馬飼は逮捕されすでに死刑の執行が成されましたが、今なお馬飼を崇拝する信者が活動を続けています」
特別区同時多発テロ……。先ほど、国内要因以外は、と書いたがこれが国内要因により引き起こされたテロに該当する。新興宗教であるフクロウ真理教の信者が教祖馬飼の号令の下、東京の地下鉄に神経系毒ガス、VX-15を散布して54人が亡くなり、今なお多くの人が後遺症に苦しめられている。
この国の情報機関が防げなかった事件の中で最大級の事件で、最大級の失態の1つ。フクロウには辛酸をなめさせられている捜査官も多いため、自然と皆の目つきも険しくなる。
「我々が構成員の身元や素性、行動を捜査したところ、やつらがオロス連邦へ新たな施設を建造したことが確認され、内調の神木君に調追加で調査を依頼しました。今日は、その報告をお聞きいただき対応を検討したいと思います」
神木君、と公安調査庁の人に声を掛けられる。
公安調査庁は美玲の属する公安警察とはまた別の組織で、危険団体の監視や情報収集を行い、フクロウに関する事柄も彼らが主に担当する。
俺はその公安調査庁の人と入れ替わるように前に立った。
「こんにちは、内調の神木です。今回は、主にCSICE所属の衛星を用いた画像調査、あとは入手した内部文書の検討を中心に行いました」
やはり見慣れた人ばかりなので、見目が若い俺が話すことに違和感を持つ人はいない。まぁそもそも、俺と美鈴のコンビは割とこの界隈では有名なので、大体の人は知っている。
報告を続けていく。
「衛星画像を詳細に分析したところ、施設内には高度な合成装置などが運び込まれているのが確認されており、それらの装置を分析したところ、VX15製造のための施設である可能性が極めて高いことがわかりました」
静寂な会議室内が、ざわりとした空気に包まれる。無理もない。あの大事件を引き起こした毒ガスが国外で、フクロウ真理教の後継団体が作成しようとしているのだ。そして、杞憂ならよかったが残念なことにいくつかの証拠も挙がっている。
「いくつか証拠があります。これは、オロスで最近閉鎖された研究施設の備品記録です」
様々な項目が並ぶ。一般的な備品から、研究に必要な機械類まで。そのうちの1つを拡大し、表示させる。
「この、機器類の項目の中に有機リン化合物生成装置という項目があるのがわかるでしょうか。これはVX15の生成過程で必要な合成圧縮装置です。右の欄を見ると、譲渡済みを示す文字が書かれています。また、ほかにもVX15生成までのろ過に必要な装置などがフクロウの施設に流れているようです。このデータと、研究施設から運び出された装置がフクロウの施設へ運び込まれたのを見るに、必要な設備をある程度整えていることがわかります」
「オロスがフクロウの会に加担している、ということかね?」
ざわつきを静観していた室長から質問が飛ぶ。
「一部が加担していますが、軍中央やその他の軍組織は関与していないと思われます。この研究機関も、予算縮小により閉鎖され場所です。おそらく、フクロウと結託しているオロスの一部が横流ししたものでしょう。オロスの軍、およびオロス連邦保安庁などの情報機関と直接的な関連性はありません」
「ふむ」
別の職員からも質問が飛ぶ。
「フクロウはすでに存在VX15の生成が行える、ということかね?」
「VX15の生成経験をフクロウは持っており、また高度な機械類さえあれば生成に必要な物質の入手は極めて容易なため、生成までに至っている可能性が極めて高いと推察します。しかし、まだ現地で残留物質の調査をしなければなんとも言えません。」
VX15の厄介なところは、生成する機会さえあれば材料の用意が比較的容易なために作成がしやすいということだ。機械類さえ入手することができれば、あとは市販に売られている物質だけで合成、生成ができてしまう。また、無色透明で無臭でありながら、きわめて毒性が高い非常に厄介な薬品だ。
ただ、合成施設で生成すれば必ずその残留物質が周辺に残る。これも発見、特定は容易だ。
「ふうむ……」
だが、現地の調査にも問題がある。俺は深く息を吸い込み、報告を続ける。
「オロス連邦は旧体制崩壊後の政治、経済での混乱が続いており、また内部の民族内でもごたごたが起きているため、中央の指揮統制がいきわたっていない、そこをフクロウがついた形になります」
オロスは近年社会主義体制が崩壊、構成国の多くが独立した。そのため、最大の構成国であったオロスも国内で混乱が続いている。さらに、経済的困窮による公務員の給与削減は軍人にまで及び、多くの軍人が生活に困窮しているという報告も寄せられている。加えて、賄賂が常態化している国民性のため、彼らにとって賄賂とは「普通の」ものだ。フクロウの会から相応の賄賂があれば、彼らはなんだってやってのけるだろう。
「また、オロスの軍人が施設周辺をパトロールするような様子も画像で確認しています。おそらく、賄賂で雇われた施設の警備要員でしょう。このことから、現地で残留物質の調査を行う場合、現地要員と衝突の可能性があります。現地調査は相応の覚悟が必要でしょう。……私見としては、現地での調査、回収、破壊は政治的理由により厳しいと考えています」
報告を終え、席に着く。長々と話したので少し水分を口に含む。
「御苦労……」
室長の武口さんや、ほかの組織の人もそろって気難しい顔をしている。無理もない。
この国は近年、崩壊し混乱したオロスの支援を行っている。それは日本がかの国と「北方諸島」という領土問題を抱えているからだ。現在、官邸は領土返還に向けた融和的な外交政策を展開している。そこでこのような事態が起これば、水を差す事態になりかねない。
……かの国の外務省は優秀な人間が多いのか、外交のテクニックに関しても他国と一線を画す。崩壊しがたがたになったとしてもそれは同様。その中でどのように転ぶかわからないこの件の話を外交のテーブルに持ち込むというのは、俺としてもリスクのある行動に感じた。
ちらりと隣に座る彼女を見つめる。彼女も被害を受けた一人で、母を亡くしている。彼女はこの案件をどう思っているのか、それが気になったのだ。
だが、すぐに後悔した。
彼女はただ、投影された施設の画像を見つめていた。真っ黒な、すべてを飲み込むようなブラックホールのような目。そこからは、一切の感情も表情を読み取ることができなかった。
「はぁ……」
思わずためため息が出た。野次馬のような目で彼女を見た自分の浅はかさに、嫌気がさす。それがどれほど当人たちに取って辛く、苦しいことか。今まで関わってきた事件から、少しは理解していたはずなのに。
「現地調査は不可能だ、目立たない最小限――とりあえず、フクロウの拠点を遠くから監視する程度でいいだろう。下手にオロスを刺激するべきじゃない」
陰鬱な表情の面々を見渡し、武口さんが活を入れる。
「その代わり、国内の拠点を徹底的に洗う。公安調査庁は拠点の操作、公安警察は新たな拠点を作っていないかの調査を行ってほしい。……我々は、引き続き画像や情報を用いて調査する。……担当は神木君、君でいいな」
「はっ」
大役を任され、気が引き締まる。二度と同じ失態を繰り返してはならない。その思いで、この仕事は全力で取り組まなければならない。
そして、外交にがんじがらめになったで、たとえできる手が限られていたとしてもこの国の機関は強い。適切な情報と対策さえあれば、何とかなるだろう――そう思う気持ちとは裏腹に、何か気味の悪い予感を捨てれずにいた。
市ヶ谷駅に戻るころになると、すっかり日は暮れていた。隣を歩く美玲の表情は暗い。そんな彼女を見て、自然と言葉が口を割って出た。
「美玲」
前を歩く彼女が振り向く。
「絶対奴らの好きにはさせてはならない。この国を、俺らで守ろう」
すると、彼女は少し微笑んで、
「なんか、きざっぽい、ね」
そういって、お互いに笑った。
仕事をするごとに気が付く。平和というものは紙切れ一枚の上に成り立つもろい存在であることに。何か事があると、そのたびにいつか失うのではないか、と不安や心配に押しつぶされそうになる。でも、そうあってはならない。その紙切れ一枚を、なんとしても守らなければならない。そしてそれを守るのは、我々の仕事なのだ。
決意を新たにして、俺と美鈴は市ヶ谷を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます