第2話
上を見上げると、もう大学が見えてきた。我が大学のシンボル、26階建ての五号館だ。新学期ということもあり人が多く混雑した信号を渡り、大学正門へ。かなり人が多く、歩道からはみ出さなければ歩けない。
「東京は相変わらず人がおおいなぁ……」
思わずぼやいてしまう。
高校までは静岡に住んでいたが、大学進学を機に上京した。仕事をするにしても、静岡の地元のままじゃ何かと都合が悪かったのでちょうどいいタイミングでもあったのだ。ただ、仕事でなんやかんや東京に来ることもあったので慣れていると思いきや、住むとなるとなかなか慣れない。もちろん、観光気分で名所を見ることもできるので、楽しくはあるし面白くもあるのだが……
ピタリ。
少しひんやりした生物の手と思しき物体で目を覆われ、急に視界がふさがれる。
「だーれだ!」
世の中に俺に対してこんなバカなことをする奴は、1人しかいないと(俺の中で)相場が決まっているのである。俺は振り返りつつ、昔からの幼馴染の名を呼んだ。
「
「桜だよ桜!めっちゃきれいじゃない?」
「まぁ確かに綺麗だけども......」
相変わらずハイテンションだなぁ……
こいつの名前は白木逢桜。俺とは全く真逆の性格をしたくそハイスペック幼馴染である。どの辺がハイスペックかと言いますと......
まず容姿。白磁のように真白な肌、ぱっちりとした目、少し茶色がかったボブの髪型。およそ”かわいい系”などという単語はまさにこいつのためにあったのではないかという紛れもない美少女。スタイルは胸こそ控えめだが、女性らしいスリムな、すらっとした姿だ。彼女の身長は160cmで、俺は167cmなのだが、その俺と同じくらい足が長い。どうなってるんだこの世界の物理法則は。
……俺の足が短いだけともいう。
んで、少しあどけない容姿で普段はポンコツながらも、勉強も結構できる。おまけに優しく平等で誰かの愚痴を言うのも見たことない。
極めつけに最近はおしゃれにも力を入れているようで、今日も青系のシャツとミニスカを合わせそれが驚くほどよく似合っている。
同学年の全男子人口のだいたいが、こいつを見たらタイプでなくてもタイプだと答えるだろう。誰がタイプとかそういう話ではなく、彼女そのものが1つのタイプとして成立する。そういう少女だ。
さてはて、つまり彼女は容姿と性格に優れ、さらに勉強や運動も結構できるという超絶ハイスペック美少女だ。
そんなんだからたいそうモテる。高校で浴衣を着るイベントがあったのだが、その時には写真を撮りたい男子が行列を成し、卒業式には告白をする男子で行列ができた。たぶん、我々が卒業した後伝説として向こう三年は語り継がれるだろう。告白された回数も、俺が確認している限りだと、小学校で16回、中学校で23回、高校で37回と右肩上がりで上昇している。大学でも、すでに10回は告白されているのを確認したため、もっと増えるかもしれない。おそらく大学在学期間中には……
ごん!
「いっっつ!」
急に頭を重量物でたたかれ思考の渦から引き戻される。
「なんで叩くんだよ!」
意味が分からない。叩かれるようなことをしたか?
「まさくん、また考え込んでて話聞かないんだもん。だからちょっと一発かまそうかなと」
余談だが、こいつは俺のことをまさくんと呼ぶ。それが原因で中高と多くの男性陣から嫉妬の眼差しで……今も見られてるは。
「かますな」
いくら俺に考え込むと周りを見えなくなる癖があるとはいえ......叩かれた場所が普通に痛い。どんな物で叩いたんだ。
「だってまさくん、ちょっとやそっとじゃ戻ってこないじゃん」
「......」
まぁ正直、全くもって事実、その通りである。俺は一度物事を考え始めると、周りの感覚が全てシャットダウンされ、その物事にしか集中できなくなる。中学や高校の頃は、よくその癖を利用されて顔に落書きされたりもした。顔にマジックを滑らせても、全く気が付かないのだ。自分でもどうかと思う。思いはするが......ふつうそんな勢いでたたくか?女子にあるまじき暴力性である。
「ちなみに何で叩いたんだ?」
「ほう、それを聞いてしまいますか......」
やけににやけた顔で鞄から取り出したものは……六法全書だった。
「いや、なんでもってんだよ……」
よくある誤解だが、法学部だからと言って政治学科は六法全書を買ったり持ったりはしない。あくまでも学ぶのは”政治”であり、法律はメインでないからだ。それは同じ学部である逢桜も例外ではない。
「まぁ、教養科目で法学取ったから買ってみてもいいかなーって」
はぁ、わかるような、わからないような。
「いや六法全書で殴ったのかよ!?」
今更気づく。擬音が変だなとは思ったのだ。
「まぁ、多少は衝撃があった方がいいし?」
「下手したら死ぬぞ……」
探偵ものの小説やアニメで六法全書を使うというのは、その知名度や以上に分厚いという共通認識からか割とポピュラーだ。そんなものを使うなよ……。
半眼で彼女を見つめると、彼女はてへっと笑って
「まぁ、まさくんなら大丈夫かなって」
と、あっけんからんとした調子で言った。
「いや、本当に気をつけろよ?人を六法全書で殴るな」
「だいじょぶだいじょぶ、まさくん以外にはしないから!」
(`・ω・´)b
「グーじゃないがな!」
俺の立場で身内から犯罪者出るとか、シャレにならんぞ……
「それでー……えーと、なんの話だっけ?」
話し始めた本人が忘れたらしい。
「桜だ、桜。」
「あー!そうそう、めっっちゃきれいじゃない?」
「まぁ、それはわかるが……一応去年も見ただろ……」
「きれいなものは何回見てもきれいだからいいの!」
「さいですか……」
少し周りを見渡す。静岡の地元でこんな漫才みたいなことやっていたら大注目間違いなしだが、そこはさすが大学。人が多すぎてあまり目立っていない。最も、うちの大学の規模がそこそこ大きいことも関係しているだろう。
昭法大学。靖国神社裏の何かと物騒な地に構えるこの大学が、俺の通う大学だ。このキャンパスで確か1万人くらいが通っているとかなんとか。偏差値はそこそこよい、有名大学だ。
最も、学力によってこの大学に決めたわけではない。どこの大学も試験を受ければたいてい受かる俺だが、わざわざこの大学を選んだのは道路の水たまりより浅い理由がある。その理由は、ずばり防衛省が近い。いや、防衛省だけではない、どんな政府機関もこの近くに密集している。実に水たまりレベルの浅い理由だが、普通に便利なのである。おまけにそこそこ学歴的にも拍が付く。一粒で二度おいしいじゃん……それがここに決めた理由だ。
逢桜は小学校から一緒の学校に通っているが、なぜこの大学を選んだのかは謎だ。俺がこの大学を受けると言ったら、なぜか「私も受ける!」と言ってついてきたのだ。一応「将来を左右するからよく考えろ」と何度か行ったが、聞き入れられなかった。まぁでも、俺も浅い理由で大学を決めたので強くいうことはついぞ叶わなかった。
最もおかげで、俺は大学生活で孤立せずに済んでいるわけだが。俺は昔から友達を作るのが得意じゃない。俺の友人でぽっと出るのは、大体逢桜ともう2人くらいなもんだ。ちなみに、逢桜ともう1人の友人、美玲とはほとんど同じ授業をとっている。美玲の方は、また別の理由があってだが。
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