1-10

 

 月曜は朝から茹だるような暑さだった。

 トタンでできた工場はおそらく灼熱の地獄と化しているだろう。暑い日は、従業員たちの士気が一段と低くなる。

 そんな彼らに声掛けして、何とか納期に間に合うように働いてもらわなければならない。

 嫌そうな顔を隠しもせずに気怠そうに僕を睨む従業員たちの顔が浮かんでくる。

 憂鬱を呑み下した胃腸が鉛みたいに重くなる。

 いつもなら冷え切った内臓を引き摺るようにして家を出るはずなのに、その日は作業服を来て家を出る僕を夏帆と愛海が見送ってくれた。

 それだけで、笑顔で手を振って工場に向かえる。人間はそれくらい単純だ。

 ポンコツバンを運転して工場に着くと、僕はまず工場中のシャッターを全開にして空気を入れ替えた。

 それでもトタンが熱を持ち、立っているだけで汗が吹き出してくる。

 そう言えば勝又さん、コンベアの調子が悪いとか言ってたな……

 コンベアを点検しようと思ったその時、僕は勝又さんが告げたもう一つの話も思い出した。

『見知らぬスーツの男がうろついていた』

 夏帆と愛海のかけてくれた魔法が解けて、ずしりと内臓が重くなるのを感じる。

 ぐるぐると渦を巻く思考のままコンベアに向かったが、コンベアには不調もメンテナンスの跡も見つからなかった。

 恐らく勝又さんはスーツの男たちを見てすぐに報告しにきたのだろう。

 そう結論付けて顔を上げると、防犯カメラの映像に目が行った。

 映っているのだろうか……?

 四台の小さなモニターの前に座り、僕は映像を巻き戻した。

 土曜の朝、八時の映像には確かに黒服の男が三人映っていた。

 男たちは何をするわけでもなく、工場を見上げて微動だにしない。

 その姿がひどく不気味で、画面から目が離せない。

「なんだこれ……?」

 思わず声に出して言うと、まるでそれが聞こえたかのように、画面の中の男の一人がカメラの方に振り向いた。

 笑っている。

 荒い映像で細部は見えないが、確かに笑っている。

 その時別のモニターに自転車に乗った勝又が現れた。

 それと同時に男たちは勝又の方を一瞥し、示し合わせたように去っていく。

 車に乗り込む男たちに向かって勝又は声をかけている様子だったが、話の通り、男たちは何の反応も無いまま車に乗り込み画面から消えてしまった。

 僕は念の為、男たちが立っていた場所を確認することにした。

 男たちと同じ場所に立って工場を見上げたが、おかしな点は見つからない。

 何を見ていたんだろうか……?

 ふと素肌にチクリと草の感触がして飛び上がった。

 工場の正面に設けられた駐車場を兼ねた空き地には砂利を敷いてあったが、しぶとい雑草たちが硬い地面を突き破って足首ほどの背丈になっている。

 草刈りしないとな……

 そう思って下を向いた視界の端に、奇妙な色の紙くずが落ちていた。

 拾い上げようと屈んだ時、背後から声をかけられ思わず心臓が跳ねる。

「おはようございます!」

 振り返るとそこにはパートの藤井が立っていた。

 白髪染めをしたショートヘアに作業着、少し太った体型が、いかにも良母といった雰囲気を醸している。事実三児の母で子育てと家事をこなしながらパートリーダーを務めるベテランだった。

 従業員の中でも古株で、開業初期から働いている勝又と並ぶ主力メンバーでもある。

「おはようございます。今日は暑いですよお」

 僕が言うと、藤井さんは腕組みして険しい顔をした。

「ほんとに! あーあ、加藤さん絶対ブツブツ文句言うわ」

「僕もチェックしておくので、藤井さんからもよろしくお願いします」

 苦笑いして頼んだ僕にヒラヒラと手を振りながら藤井さんは工場の中に入っていった。

 先程の紙を拾おうともう一度辺を見渡したが、おかしなことに紙が見当たらない。

 キョロキョロしているとフラフラと自転車に乗った勝又が近づいてきた。

「おう! 大将! 何やってんでい?」

「ああ……この前言ってたスーツの男……監視カメラに映ってたので現場の確認を……」

「誰か分かったのかい?」

「いや、さっぱり……ところでコンベアはどうなってますか?」

「コンベア?」

「ほら、土曜の朝、メンテしに行ったって」

「あー……それが調子が戻っててよ? 結局何にも触らずじまいよ」

 勝又は「へへへ」とおかしな笑みを残し何処かに行ってしまった。

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