1-9
日曜は穏やかな日だった。
来客も電話もなく、僕は夏帆と愛海と家で過ごしていた。
予期せぬ音といえば誰も見ていない隙に、賢治がトイレに行く時くらいのもので、愛海と絵を描いて過ごす静かな日曜日だった。
画家とまではいかなくても、イラスト関係の仕事を夢見たこともあったっけ……
そんなことをぼんやりと思い出しながら夏帆はスマホを眺めては何かメモを取りながら考え事をしている。
お絵かきが一段落した頃、僕は夏帆に声をかけた。
「何調べてるの?」
夏帆はノートを閉じて困ったように首をかしげた。
「笑わない?」
「内容によるかも」
僕がそう答えると彼女はわざとらしく頬を膨らませてからノートを開いた。
「実はね、東京にいた頃レジンアートを作ってたの。それを通販で売って、少しでもお金にならないかなって」
彼女は送料や原価率、制作時間を計算したページを指さして言った。
「どうせだしやってみなよ? こっちのページは?」
僕が次のページをめくろうとすると、夏帆は慌てて僕の手を押さえた。
夏帆の柔らかい手が僕の手に触れる。
「こっちはダメ! デザインの落書きみたいなものだから……」
「ママの絵見たーい!」
愛海も話を聞きつけて加勢しにやってきた。観念した夏帆は手をどけて「どうぞ」と開き直る。
開いたページは色鉛筆で描かれた色とりどりのドライフラワーや貝殻の絵で埋め尽くされていた。
「ここって、海が近いから、都会には海ないし、いいかなって。昨日のドライブのおかげ……」
「じゃあ、今度は砂浜に行かないとね」
それを聞いた愛海は目を輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねた。
「砂浜行きたーい!」
「今週中にいるものを揃えて、来週は砂浜に貝殻を拾いに行こう」
夏帆は少しだけ浮かない顔をして口を開いた。
「でも……迷惑じゃないかな? 休みの度に付き合わせちゃって……」
「いいんだよ。今日はゆっくり過ごせたし、そんなに遠くないから大丈夫。それより、必要なものは?」
「一応レジンもまだ残ってるし、乾燥用のシリカゲルも紫外線ライトも持ってきてるから……ホームページの作成をして、肝心の商品があればなんとか」
「僕のでよければパソコンも使って。仕事用のは工場にあるから」
「色々ありがとう。頑張って少しでもお金になるようにする。実は昔、賢治くんにはそんなの無理だって、怒られちゃったんだ……」
「あいつ、効率人間だし芸術とかには疎いからなあ。昔から、絵だけは僕の方が上手かったんだ」
「そう言えばそうだったね」
「けんちゃんすっごく絵が上手なんだよー!」
愛海はさっきまでしていた絵しりとりを持って来て夏帆に見せながら言った。
この時僕は優しいフリで格好をつけたけれど、本当は僕自身が一番、二人と一緒にいられる時間を望んでいた。
喜んでくれるのが嬉しかった。だけどそれと同じくらい、感謝されるのも嬉しかった。
それに、この時の僕は、次の土曜日に希望があれば、月曜の朝に決まって訪れる厄の奔流に、なんとか耐えられるような気がしていた。
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