1-8
「あん……ああ゙……! あんっ……!」
電気スタンドの明かりだけが灯った室内に喘ぎ声と男の荒い息遣いが響き、ギシギシとベッドのスプリングが音を立てる。
しかしその営みは
「あ゙あー駄目だ。歳は取りたくねえなあ。バイアグラ飲んでくるんだったなあ」
勝又は覆いかぶさっていた嬢から離れると、だらしなく萎んだ息子からコンドームを剥ぎ取ってごみ箱に捨てた。
机のタバコに手を伸ばすと、全裸のまま一服に入る。
「もお! せめてタオルかパンツくらい履いてよね!」
女はバスローブを身にまとってから同じようにタバコに火を点けた。
「いいじゃねえかよ? 愛し合った仲なんだからぁ?」
慌ててトランクスを履きながら勝又が言うと、女は小さく舌打ちしてから灰を落とした。
「エチケットよ! エ、チ、ケッ、ト! 大体ロングで入ったのにもうお終いなわけ? 情けない」
「歳には勝てねえんだよぉ。馬で勝ったお祝いなんだからツンケンすんなよぉ」
「ギャンブルでドブに捨てるくらいなら、そのお金でアタシに会いに来てよ?」
「分かってねえなあミカちゃんは。この歳になるとさ、万馬券でドカンと当てないと、もう逆転の目は無いわけ。逆転しないと、ミカちゃんを女郎屋から足抜けさせられないでしょ?」
「よく言うわよ。この前はエミリを指名したくせに」
男はシューと音を立てて息を吸うと、タバコをもみ消し女の隣に腰掛ける。
「悪かったってえ……あの日はミカちゃんが休みで、なのにどうしてもムラムラ来ちまったんだよぉ。ミカちゃんがいたら絶対ミカちゃんを指名してたってぇ」
「ほんとかしら?」
「ほんとだってぇ……信じてくれよぉ?」
ミカはしばらく考えてから意地の悪い笑みを浮かべて勝又の唇に指を添えた。
「わかった! 来週、アタシが店に出る日は、毎日来てくれた、勝又さんのこと信じてあげる!」
「毎日って……そんなに通ったらパンクしちまうよぉ?」
「可哀想だから今日はショートタイムの料金にしてあげるよ。それにもし一週間毎日通って、なおかつ万馬券を当てて人生逆転したら、勝又さんのお嫁さんになってあげる」
耳元で囁かれた言葉に勝又はゴクリと唾を呑んだ。
その音を聞いてミカは内心ほくそ笑んだが、表情ははにかんだような、それでいて挑戦的な目付きで勝又を見つめた。
「ほんとだな? 約束だぞ?」
何度もプロポーズを断られながらも通い続けた勝又の手に思わず力が入る。
勝又はミカの両肩を掴んで真剣な顔で呟いた。
「いいよ。来週毎日通って、そのうえで万馬券を当てたらね」
「こうしちゃいられねえ……」
勝又は慌てて作業着に手を通し、ベルトをカチャカチャと締め直し始めた。
「金、作ってくるわ……!」
勝又はそう言い残して部屋を出ると、軍資金を握りしめ照明がギラつく夜のパチンコ店へと呑まれていった。
「ふう……」
ミカはタバコを揉み消しながらため息をつく。
太客として育ててきた甲斐があった。
身の程も弁えず繰り返されるプロポーズを気持ちを折らない程度に断わるのもそろそろ限界に近かったし、近頃は心変わりの気配も見え隠れし始めていた。
最後に絞りとるには丁度いい頃合いだ。
「勝又さんはいくらになるかなー?」
ミカは自分のつぶやいた言葉にクスクスと肩を震わせると、ボーイに電話をかけて帰り支度を始めた。
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