2.アルメル再訪

アルメル自治区に入るには、列車と転送装置を使った。車窓から見る琥珀の森は、一部は植生から、幻影の森、とも呼ばれている。深い森だったが、今は、開拓に必要な分だけ伐採されて、空いた空間に、昔よりしっかりした、計画性のある街がある。


列車を降りると、新しい綺麗な駅だった。町並みは、昔は、石や煉瓦の、比較的小さな建物が多く、二階建ては珍しかった。現在は、ややコーデラ風のデザインの、勾配のきつめな瓦屋根に、木造のしっかりした、数階建ての家屋がつらなる。


「きれいな街並ね。」


とレイーラが言った。ソーガスが、


「こんな田舎に、高層建築とは、すごいですね。」


と言った。オネストスが、


「田舎でも、三階建てくらい、珍しくも…。」


と、小声で言った。ソーガスが少し笑い、


「あ、お前の田舎じゃなくて、俺の田舎の話だ。北の果ての島だから、大きな木材がない。灰色の『キャビク石』で家を建てるんたが、遠目には氷で建てたように見えるくらいだ。」


と付け加えた。


「あれをもっと、四角く小さくした感じだ。」


と、駅舎の前の、灰色の建物を示した。シェードが、王都から持ってきた地図を見ながら、


「あれが役所か?駅前広場の形が、微妙に違うけど。」


と、灰色の建物と地図を、代わる代わる見ていた。


俺達はその灰色の、区役所の建物に向かった。




心配をよそに、アルメル自治区は俺たちを待っていた。


自治区長は、皇都エカテリンから派遣された官僚で、長となるにはまだ若々しい。他の役員・職員も、辺境の開拓ということで、全体的に年齢の低い者が多かった。


区長は、ラッシル人だが、名前はコーデラ風で、バルトゥスと言った。彼を初めとする地元の職員達は、


「やっと来てくれた。」


と喜んだ。いきなり、


「逃げたヨーシフは指名手配しましたから。」


とも言われた。ヨーシフが誰かも知らず、急だったので驚いた。


クミィが怪我をした時、チームの責任者だった魔法官ヨーシフは、回復魔法で傷を「綺麗に塞いだ」(つまりは骨や内蔵を考慮せず)が、他に転送魔法が使える者がいたにも関わらず、クミィの転送指示はしなかった。保護した少女と、捕まえた連中だけ、先に転送した。クミィのことは、状況からしたら、止血したら直ぐに医師に見せるべきだ、と意見した仲間がいたのだが、クミィが遠慮したのもあり、リーダーの判断で、残りは歩いて森を抜けた。


クミィが倒れた後、医師が彼女を調べて、仲間達から事情を聞いて、


「応急処置が不適切だった。」


と言い出すまでに、ヨーシフは逃げていた。チームの転送係だった、女性魔法官のヴェーラは、ヨーシフと恋人同士だったらしいが、自分になにも言わずに、一人で逃げたことに、仰天していた。彼女は、少女と犯人達を送り届けた後、戻ってクミィを転送するつもりだったのに、ヨーシフが必要ない、と言った、と述べた。しかし、同行していた仲間のランスキーは、


「自分がクミィの転送を薦めたが、ヴェーラが疲れた、と言って機嫌が悪くなったので、ヨーシフが、『そのまま休んで良い』と言った。」


と主張した。実際、ヴェーラは、ウィンドカッターに拘束魔法に、と大活躍だったので、一番疲労していたのは確かだったらしいが。


ヴェーラとランスキーは、事情聴取のため、皇都に一時、送還されていた。間も無く戻る、とは聞いている。この他、医師のマリンスキーには話を聞くことができたが、死因以外の事情はわからなかった。




タラは、目が腫れて赤く、顔色が悪かったが、シェードとレイーラの姿を見て、安心したようだった。彼女は、クミィとは本来、同じチームだったが、探索の最初に、ヨーシフのチームのボウガン使いが怪我をしたため、代わりに吹き矢のクミィが貸し出された。ヨーシフのチームは、犯人逮捕の主力だったからだ。


タラは、事情を話しているうちに、感情が激しくなっていき、自分が彼女を誘ったからだ、と、自分を責めるかと思えば、ヨーシフはいい加減な男で、勝ち気なヴェーラと、内気なクミィに二股をかけようとしていた、私たちと入れ替えで、皇都に戻った女性達にも言い寄っていたらしい、クミィが強く言わないのを良いことに、本当はヴェーラにベタボレの癖に、と激しくヨーシフを責める発言もした。一見、関係なさそうだが、クミィを転送させなかったのは、ヴェーラに対する「配慮」のしわ寄せだ、と考えているようだ。ヨーシフがどういう男か、直接知らないので、何とも言えないが、バルトゥスによると、回復が使え、看護技術の国家資格もあった、と言う。それなら、仮に動揺していたとは言え、クミィに対する処置は、やっては行けないことだらけだ。タラは、その当たりも許せない、と言った。

クミィはシェードを好きだったはずで、リンスクにそれを利用されるほど、強い感情だった。タラは、クミィの、シェードに対する気持ちまでは知らなかったようである。


一方、俺は、落ち度だらけの魔法官が、さらに落ち度を上塗りして逃げた、というのを、不審に思った。オネストスとソーガスも気にしていた。ラッシルは、コーデラほど魔法は盛んではない。コーデラと違い、魔法使いにフリーランスはなく、大抵は公務員だ。ヨーシフも、女帝のプロジェクトに参加するくらいだから、一応、役人だろう。それが、明確に責任を問われる前に、逃げた、わけだ。「ベタボレ」(怪しいが)の恋人を置いてまで。


「ヴェーラという女性に、直接、話は聞けないのですか?」


とオネストスが言った。俺もそうしたかったが、


「それで『遅れる』と、亡くなった女性が気の毒だ。そう言う事情なら、死者を思いきり罵倒するかもしれない。レイーラさん達のお耳には入れたくないな。」


とソーガスが言った。シェードも賛成しかけたが、レイーラは、


「いえ、伺いたいです。」


とはっきりと言った。


「シェード、クミィは、あなたのことを、慕っていたわ。だから、聞かなくてはいけないと思うの。ヴェーラさんだけでなく、ランスキーさんにも、はっきりした話を。」


シェードは、素で驚いていた。「自覚」 がないのは彼の長所ではあるが、同時に短所でもある。


しかし、埋葬は早くしてやりたい。遺体は特殊加工して、綺麗に穏やかな死に顔を保ってはいたが、限界もある。ソーガスが、一度、ロサマリナに戻っては、と言ったが、折よく、翌日にヴェーラ達が戻る、と連絡があったので、一晩だけ待つことにした。


遺体は、教会の隣の、集会所の小さなホールに安置されていた。協会は、エカテリン派の丸い屋根の建物だが、この小ホールは、デラコーデラ教徒のための、自主的な礼拝堂になっていた。この教会を管理する聖職者は、タキシン師という、初老の男性だった。教師も兼ねていた。昼は家族で移住している、開拓民の子供達(数は少ないが)に、夜は大人の希望者に、語学や何かを教えていた。このため、タキシン師は、夜学に生徒が来るから、と、その時間だけは、教会の方に行っていた。タラはそこで何か習っていたらしいが、今夜は、クミィの側にいた。


ホールの中には、他は俺とシェード、レイーラがいた。ソーガスとオネストスは、基本は中にいたが、度々、外を回っている。室内は、かなり強く、華やかな香が焚かれていた。デラコーデラ教に比べ、エカテリン派の儀式は派手だが、それでも強すぎて、鼻と目に染みた。いわゆる「お別れ」は済んでいたので、訪問者はいなかったが、バルトゥスが一度、様子見に来た。後は、クミィやタラと同年代くらいの女性が、二人ほど、タラと少し話に来たくらいだ。みな、香に疑問は持ったようたが、これはレイーラが持ってきたらしく、クミィの好きな花の香りだった。


金木犀らしいが、こんな香りだったか。天然の香りとは違うのだろうか。恐らく、儀式用の香に、そのまま混ぜてしまったのだろう。


そういった訪問者達の声がなければ、中は殆ど無音の世界だ。


タラは、昔の話をポツリポツリしていた。レイーラは、相づちを打っていた。シェードは、二人から少し離れた位置に座り、無言で棺の方を見ていた。


明日、ヴェーラ達に話を聞く。精神的にきつい話になるだろう。俺はシェードに近づき、


「少し休んできたらどうだ?」


と声をかけた。しかし、彼は、ああ、うん、とは言ったが、席を立つ気配がない。もう一度名を呼び、隣に座ると、気づいたようで、俺の方を見た。


いつもは、明るく屈託のない笑顔を向ける彼だが、今は違う。宙を見ていた目が、俺を写して、焦点を合わせた。


「ラズーリ。」


声も抑揚がない。だが、表情よりは、いつもの彼らしい。


「あんたは、気づいていたか。」


と尋ね、クミィの棺を見た。


「ああ。グラナドに言われて、だけどね。クミィは、こう、分かりやすいタイプじゃないようだし。」


気づかなくても無理はない、と匂わせたが、シェードは、


「そっか。グラナドは、やっぱりな。」


と力なく言った。グラナドは王宮育ちで、人の中身も見える。比べても仕方ない事だが、それを言っても慰めにはならない。


仮にシェードが気づいていたとしても、彼にはレイーラがいる。断るしかなかった訳だ。


「タラとレイーラは休ませたい。部屋に送ってやってくれないか。」


と言ってみた。レイーラなら、「貴方も休まなきゃ。」と、休憩をさせてくれるかもしれない。


シェードは、俺の思惑を知ってか知らずか、わかった、と立ちあがり、レイーラ達の所に行った。



シェードがレイーラ達と、外に出ようとした時だ。中に戻るオネストスと鉢合わせになった。彼は、俺たちを見渡して、


「みんないるなら、ちょうど良かった。」


みたいな事を言い、何かあったのか、と問いかける間も無く、


「ヨーシフが、捕まったそうです。」


と短く続けた。


オネストスとソーガスが、教会の周囲を回っていると、授業中のタキシン師の所に、使い(恐らくバルトゥスから)が来た。


タキシン師は直ぐに授業を切り上げ、バルトゥスの元に出向こうとした所、オネストス達とかち合った。


「捕まったヨーシフは、『聖職者になら、全部話す。』と言ったそうです。ソーガスはタキシン師と強引に同行しました。『秘密裏に処理されたら困る』と言っていました。皆で一緒に行った方が良い、と止めたのですが、彼にしては珍しく、やや喧嘩腰でした。」


このオネストスの説明に、シェードは、


「直ぐ行こう。ソーガスは正しいよ。区長は、なんで俺たちに先に言わないんだ。」


と憤慨していた。しかし、俺達は当事者・関係者であっても、ラッシル国内では特権はない。責任者のバルトゥスは、自分の立場で優先順位を付けたに過ぎない。不利な情報は押さえたいのかも知れないが。


レイーラは、


「聖職者に告白したい、なら、私たちは立ち会えないわ。バルトゥスさんでも、どうかしら。」


と落ち着いていた。俺もシェードも、飛び出す所だったが、彼女の発言はしばし足留めになった。タラが、


「区長も、前は教会の人だから、そういうのをちゃんとしたいだけだと思う。ソーガスさん、すぐ返されるんじゃないかな。」


と言い添えた。


レイーラが、少し考えた後、


「私が行ってみます。神官ならなんとかなるかもしれません。やっぱり、きちんと、お話は聞かなくては。」


と言った。シェードが勢いよく、俺も行く、と言ったが、俺は、


「君は残ってくれ。俺が行く。」


と、制した。それに、タラが


「あたしは残るから、皆で行ってきて。」


と意見した時だった。




背後で、何かが吹き飛んだ。




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