[2].見過ごされた街

1.見過ごされた街

ヘイヤントの紅垂れが満開になった時、シェードとレイーラの元に、ロサマリナのメドラから、連絡が入った。仲間のクミィが、急に亡くなったからだ。




ラッシルのアルメル自治区の外れの森で、「山狩り」の最中にに、モンスターに襲われて亡くなった。植物系モンスターのガスにやられて、弦に巻き取られて地面に叩きつけられた。硬い枝が体に刺ささったが、出血は少なく、仲間に回復で外傷を治してもらい、普通に歩いて、皆で森を出た。が、ちょうど出た所で、急に倒れた。


内出血が重く、死因はそれだった。モンスターの毒で、痛覚が鈍っていたから、自覚がなかった事も災いした。




メドラ、タラ、そしてクミィは、ロサマリナの「海賊仲間」の女性達だ。リンスク伯爵の事件解決後、タラとクミィは、ラズーパーリの孤児の保護施設に、地元の孤児を引率し、職員として勤めに行った。クミィが行ったとは聞いていたが、タラが同行した話は、知らなかったが、シェードとレイーラは知っていたようだ。




タラは、ラズーパーリのホプラス基金の支援する、各種事業に積極的に参加していた。アルメル自治区は、土の複合体事件のあった土地だが、そのため廃れ、一度はいわゆるゴーストタウン化してしまった。クーデターの前年、アレクサンドラ女帝が、公営の大きな孤児院を作り、それを中心に街を再建する計画を進めた。


リンスクの新しい伯爵が、レイーラの両親の孤児院を再建し、その職員にタラとクミィを打診していたが、タラは、このアルメル自治区の支援活動に参加するから、と断っていた。クミィは戻る予定だったが、その前にタラを手伝い、共にアルメル自治区にいた。




「山狩り」は、孤児院から娘ををさらって逃げた「父親」が、モンスターの出る森に逃亡しので、捜索のために行われた。


父親は、娘が幼い時に、再婚の邪魔になるからと手放したが(コーデラもラッシルも、そういう理由では認めていないが、彼は、とある自治領の出身だったから、地元では可能だった)、娘が働ける年になった(まだ十二歳だったのだが)から、と、引き取りに来た。当然、通る訳はない。ただ、孤児院側は、娘の希望もあり、面会は許可した。父親は、隙を見て、仲間二人と、娘を麻袋に入れて、拐った。が、逃げ道を間違え、森の奥に入り込んだ。。


仲間の一人はモンスターの幻覚のせいで、川にはまって溺れ死んだ。父親ともう一人は、川ではなく幻覚に溺れ、大木の根本でぶつぶつ言ってるのを捕まった。娘は、麻袋から抜け出したが、弦に絡み取られて気絶していた。だが、なんとか助かった。




子供が助かったのが、せめてもの救いだな、と、シェードが力無く言っていた。




アルメル自治区には、複合体の時、シスカーシアの兄(ホプラス達の同期)の騎士クィントス・オ・ル・タルコースが、土の複合体にされた時に、自らを隔離するために選んだ、琥珀の森と、旧アルメル邸がある。周辺には、幻覚を見せる植物系モンスターのいる森と、特殊な魔法のかかった遺蹟などがある。街の人々は、それらを観光資源として、上手く利用していたが、それも廃れ、昔の地震でダメージを受けた転送装着や、街道の整備もあまりされなかった事もあり、街は一度、放棄された。


女帝の計画は、アルメルだけでなく、良く似た街を再建支援する、全国レベルのプロジェクトだった。




クミィの遺体は、故郷のロサマリナに搬送され、海賊島に埋葬される事になったが、アルメル自治区では、土のエレメントは死体や無機物を動かすから、と、早い火葬が義務づけられていた。だが、若者の急死なので、遺体は不審点を確認するために、急な火葬はしなかった。アルメルは女帝の再開発計画中とはいえ、自治区なので、行政は、クミィが外国人とは言え、地元の流儀を優先させたがった。さらに、地元の転送装置の管理者は、遺体を運ぶのをひどく嫌がった。


アルメルではないが、ラッシル国内で、幼児や胎児の遺体を、薬の材料として、不正にやり取りする業者が告発されたばかりだったからだ。寒村や過疎地から、普通の荷物を装い、「新鮮な」(というのも憚られるが)うちに、皇都に送る。クミィは幼児でも胎児でもなく、コーデラ人で、身元もはっきりしているにも関わらず、だ。


結局、


「コーデラから正式に使者が来て、直接、引き取りにくるなら。」


で合意するまで、かなり揉めたらしい。




使者はシェードとレイーラになった。二人は、ロサマリナまで随行する。それに俺とソーガス、オネストスが付いていく。ソーガスは復帰後直ぐだったが、自ら志願した。もう一度隊長に就任するまでの肩慣らしだろう。オネストスは、事情を聞いた女王が、適当に選んだ。二人は、俺に付けられた事になる。


これは躊躇った。二人は正式な騎士だが、俺は違う。役職はグラナドの護衛だ。それに、守護者としても、グラナドから離れることは想定していない。しかし当の彼は、


「曰くのある土地だ。お前なら何かあっても、対処できるだろう。」


と言った。彼は、土地柄や昔の事件から、懸念している事があり、同じ土地で複合体と戦闘経験のある俺は適任、と考えていた。




こうして、一見、複雑な取り合わせで、アルメルに向かうことになった。




出発の前日、ファイスが部屋まで話に来た。唐突に、


「ゲイターでは、すまなかった。」


と言われた。何かと思えば、拐われたミルファの対策を話し合っていた時に、俺がファイスに意見を求めたのに、彼が答えなかった事だった。


答えがないのは、ハバンロが意見を述べ、即座に皆が賛成してたからだと思っていた。俺は苛立っていたので、普段より強い言い方になってしまったのは確かだが、それなら謝るのは俺の方だ。どちらにしても、そう長く気にするような話ではない。俺はその旨を彼に伝え、


「すまない、俺はすっかり忘れていた。でも、何で今?」


と訊ねた。


「君がしばらく、別行動になるから、話をする機会も、当分ないと思ったからだ。」


俺は、笑って、大袈裟だなあ、と言った。




その翌日、俺はアルメルに向かった。苦いが静謐な記憶の眠る、「琥珀の森」の街に。




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