5.人魚を狙う者

空中に、いきなり、シェードとレイーラが現れた。転送魔法だ。落下する所を、近くにいた俺が受け止めた。いきなり二人を一度に、はきつかったが、グラナドが風で少し吹き上げ、速度を弱めた。


転送魔法は、術者が出現地点のイメージができないと、うまくいかない。転送は出来ても、足場のない水中や空中に出てしまう事があるからだ。一度行った所(長距離過ぎるとうまくいかないが)か、目で見てわかる場所に飛ぶのが確実とされる。シェードは、レイーラを神殿に送る道で、いきなり数人に取り囲まれた、と言った。


「姉さんをさらおうとした。ベクトアルが、『とにかく離脱しろ』って。サリンシャとソーガスも、まだ戦ってる。」


海岸沿いに、不規則な光が見える。魔法か魔法剣の物だろう。グラナドは、シェードとレイーラを屋敷に戻し、俺達を連れて、光る点に飛んだ。戦いの真っ只中に出ては危険なので、上手くずらして、近くに出た。




しかし、戦闘は終わっていた。サリンシャとベクトアルが倒れている。サリンシャは、俺達を見て、立ち上がろうとしたが、足を怪我しているようだ。ベクトアルは動かない。グラナドは、二人を連れて、直ぐにマルケスの屋敷に飛んだ。


「隊長のソーガスは?」


ファイスが言った。海は暗く、灯りは蛍のように儚いが、火魔法仕込みのカンテラが転がって、影を薄くしていた。その薄い影の中に、ソーガスが現れた。マント姿の女性を連れている。転送は使えない、と聞いていたが、女性に転送させたらしい。


「情けないですが、女性一人捕まえるのがやっとでした。


回復が使えるので、サリンシャ達を治すのと引き換えに、殿下に取り成してくれ、と言うから、連れてきたのですが。」


女は、北西コーデラ系のようだった。鋭く俺達を睨み付け、


ソーガスが


「サリンシャ達は?」


と尋ねる隙に、彼を思い切り突き飛ばして、走り出した。砂地で女性の足、逃がすはずは本来はないが、数歩の遅れで離れた隙に、再び転送で仲間がやってくる。白っぽいマントが二人、魔導師のようだが、一人は銛、一人は斧を持っていた。銛は積極的に動かないが、斧は果敢に切りかかる。


ソーガスが、突き飛ばされた時に、派手にバランスを崩し、俺に倒れこみ、俺も足を砂に取られ、ファイスにぶつかるという、情けない連鎖を起こしてはいたが、そこから直ぐに体勢を建て直し、抗戦しようとした。しかし、斧が


「勝手が違う。退くぞ。」


と合図、銛が転送で斧と女性を連れて消えた。女性の転送は警戒したが、風魔法使いがもう一人、と言うことに、に不意を突かれた。


俺の服には、血が付いていた。


ソーガスは左手と右足を怪我していた。回復をかけようかと思ったが、傷口が砂まみれだ。


とりあえず止血をする。


グラナドが、シェードを連れて戻ってきた。シェードは、


「奴等は?」


と辺りを見回しながら、ソーガスに尋ねた。彼は逃げた、と短く答え、事情を説明した。


「急に魔導師風のマント五人、転送で現れました。もともと、地元の風魔法使いが来る予定でしたが、家族が急に倒れた、と言うことで、私達が送ることになっていましたから、その彼が来たのかと思いました。


ですが、当然、違いました。奴等は、レイーラさんが目当てで、


『用があるのは、そっちの、人魚の女だ。大人しく渡せ。』


と言いました。こちらは騎士三人、魔法を警戒して、陣形を取りましたが、いきなり、マントから斧が出て、ベクトアルがやられました。


レイーラさんが、ベクトアルを止血しながら、


『私はシレーヌ族で、人魚じゃないですよ。』


と会話を逸らせて、サリンシャが身軽さを利用して、奴等の背後に回り込みました。シェード君にはその隙に、直ぐにレイーラさんと離脱してもらいました。


サリンシャは一番小柄な者から、フードを剥ぎ取りましたが、それがさっきの女でした。女、というのに驚いて手が緩んだのが、女はうまくすり抜けてしまいました。私とサリンシャ、持ち直したベクトアルで戦い、二人倒しました。女が転送で逃げる、と口に出して言ったので、腕を捕まえたら、私ごと転送しました。


同時に、さっきの斧と銛が、仲間の死体も含め、同じ場所に転送してきました。私が女を離さないので、結局、置いていきました。


後は、この通りです。」


グラナドは聞き終わると、


「全員で屋敷に戻り、マルケスに言って、すぐ近隣を捜索だ。地元の反王政派なんぞじゃないことは確かだが、転送の手際からして、地元の者が混じっていそうだな。」


と、指示しながら言った。予想は当たり、騎士やマルケスの部下が、総出で探すと、地元の医師の所に、男が一人、転がり込んでいたのがわかった。

彼は、ラースという、地元の役人で、レンジャーのような仕事をしていた。妻と二人暮らしだが、いきなり家にマントがやって来て、妻を人質に、言うことを聞かせたそうだ。


ラースは、怪我をして、医師の庭先に投げ入れられた。転送魔法は、逃げた女より、彼の方が得意なようだが、街を出るまでつれ回す気はなかったようだ。妻も計画失敗で、あっさり解放されていた。


俺は、ラースが、予定していた風魔法使いだと聞いて、「一味」の計画性を確信したが、ターゲットがグラナドではなくレイーラ、と言うのが腑に落ちなかった。ラースには動機は無さそうだが、彼はもっと積極的に関与していたのでは、と疑った。さらに、不意を突かれた、と言っても、騎士が三人とも負傷、というのも引っ掛かる。しかし、サリンシャが、


「魔法盾が、危うく突き破られる所だった。盾は最初は普通に出ていたが、何度か引っ込めて、出し直すうちに、少しずつ薄くなっていた。」


と言っていた。魔法を弱める何かが(オリガライト)が絡んでいるのだろう。その割には、転送は使えている事になるが、敵の技術も日進月歩なのだろうか。


ベクトアルは意識がなく、神殿から来たファランダと、マルケスの呼んだ医師の手当てを受けた。怪我は治療したが、リンスクで俺を射った矢に塗ってあったのと同じ毒のようだ。サリンシャとソーガスは、ベクトアルには及ばないが、同じ毒を使われたなら、魔法が出にくいのもわかる。




夜中近く、自警団が、屋敷付近ををうろついていた不審者を捕まえた。臨時本部になった、屋敷の居間に連れてきた。


居間には、その時は、俺とグラナド、ファイスの他は、マルケスとサリンシャがいた。レイーラは、ベクトアルに付いているファランダを手伝いたがったが、狙われたのは彼女だ。ミルファ、カッシーと共に、ミルファに当てられた客室で休ませた。シェードとハバンロ、オネストスとデュオニソスが、しばらく交代で廊下で見張る。ソーガスとグランスは、捜索隊にいた。


マルケスの部下のエラルが、その不審者を連れてきた。長身で色白だが、髪は赤みのない明るい茶色の巻き毛、目は薄青い。ラッシル系と北西コーデラ系が程よく混ざっている。


「不審者ではなく、オーロフ様のご令息でした。」


と紹介しながら。


「レオン!」


「オーロフ!」


マルケスとサリンシャが、同時に叫んだ。グラナドが、俺とファイスに、


「オーロフ伯爵の次男レオニードだ。パーティーで会っているかな?彼の祖父は騎士団の副団長を勤めた。」


と説明し、


「ヘイヤントでは、卒業試験の直前だろう。ここで何をしている?」


と、レオニードに柔らかく話しかけた。


彼は騎士見習いのようだ。レオニードは、騎士らしく畏まりはしたが、釈明を躊躇していた。マルケスに促され、重い口を開いた。


「ラエルのガーベラ嬢に、どうしても、お話したい事があって、参りました。


私とガーベラ嬢は、将来を約束していました。ですが、殿下の御帰還なさった後、ほどなく、一方的に、カオスト公爵を通して、婚約解消を伝えられました。驚いて、説明を求めても、


『婚約は正式に発表されていないから、別の方との話を進めている』


以上の返答はありません。せめて令嬢と直接話したいと思い、試験前休暇を利用して、参りました。」


試験前休暇、昔は無かったな。呑気な事を考えたが、一瞬後には、告白に驚いた。ただし、マルケスは知っていたようだ。


「ああ、やはり、そのお話か。」


と言った。


レオニードは、続けて、


「ラエル伯爵は、今はご病気ですが、お倒れになる前には、お話しして、承知していただいています。私の父と兄もです。ですが、私の母が、猛反対していました。説得して、しぶしぶですが、ようやく賛成して貰えました。その矢先の事です。


ガーベラ嬢は、 物をはっきり言う方なので、それなら、私に直接言うのではないか、直接言われたなら、潔く諦められる、と思いました。


大変な事件の起こっている時に申し訳ありません。日を改めるべきでしたが、今、聞かないと、機会がない、と思ってしまいました。」


と一気に喋った。思い出した。あの、夜光華の夜、パーティーで、貴婦人が噂していた。


≪マリエの所は、ひと安心ね。≫


≪レオンには気の毒だけど≫


≪反対してたし≫


≪失敗したら後がないし、レオンとの話も、無くなるでしょう。≫


年頃の貴族の令嬢なら、そういう話は、あって可笑しくない。身分も財産もある伯爵令嬢との縁を、頑なに断る、母マリエの心理は謎だが、そこまでして、ガーベラを推すカオストもだ。バーベナとのうち、どちらか、保険の意味合いだろうが、少なくとも、王子に仕掛ける保険ではない。カオスト公は、一見、歩み寄っているように見えるが、どこかで、やはりグラナドを軽く見ている。

不快なものが込み上げそうになったが、


「君が今回の件に、関係ないのはわかった。」


と、グラナドの淡々とした声に、なんとか治まる。


「君が気にしている件だが、私も、初耳でなんとも言えないが、カオスト公爵から、具体的には、何のお話もない。ラエル家の令嬢お二人は、男爵のお見舞いで、偶然一緒になった。ミルファ嬢も含め、子供の頃から知っているから、こちらに来たついでに、資料館を案内して貰った。


ガーベラ嬢は、ご気分が優れず、姉君と早々にご帰宅したので、こちらにはいない。」


そうなると、レオニードは実はグラナドに『用事』があるのでは、と勘ぐったが、次のレオニードの発言に、俺は了見を変えた。


「最初は、別荘のほうに伺いました。ですが、誰も居ませんでした。明かりもなく、メイドも出てきません。いきなりの訪問だったので、勿論、御在宅とは限りませんが。


照明魔法も、焦ったせいか、集中出来ず、『充分』出ませんでした。町で何かあったらしい、とは聞いていましたから、もしかしたら、男爵のお屋敷にいるのかもしれない、と思いました。」




すわ一大事、と、直ぐに別荘を確認した。レオニードは、重い扉を開けてまで、淑女の家に入るまではしなかった。だから、わからなかったのだが、中には、ガーベラはいなかったが、バーベナはいた。




バーベナは、居間に倒れていた。



 ※ ※ ※


バーベナは、まず、男爵家に運ばれた。ベルシレーで一番設備の充実した病院は、男爵家の敷地にあったからだ。


大きな外傷や出血はないが、意識もなく、ファランダが浄化しても目覚めない。ガスか薬だと思ったのだが、看護師が、左手の怪我(二の腕に包帯を巻いていた)を確認して、包帯を取り替えようとした所、オリガライトを発見した。


僅かな切り傷に、欠片ほどのオリガライトが、半分、埋まっていた。取り出し、手当てをすると、ほどなく意識を取り戻した。


バーベナは、落ち着いていた。というより、憔悴していたのだが、何が起きたかは、しっかり説明する事が出来た。彼女は、


「黒と白の、フードつきマントをまとった人達が、いきなり屋敷に乱入し、ガーベラと、メイドのリンザとマディを拐いました。」


と言った。その上、


「中心は、行方不明の兄・カールラルトです。」


とも語った。


「最初は驚きましたが、兄の他、昔、領地の屋敷で働いていた男性が一緒でした。兄について家出した訳ではありませんが、私たちは顔は知っていました。


兄が帰ってきたのだ、と、私もガーベラも驚きました。


ですが、兄は、私たちに、何かのガスを吸わせました。


『まず、これを見てくれ。』


と、宝石みたいな物を見せました。覗きこんだら、ガスが出たのです。私は、直ぐに気が遠くなりましたが、ガーベラは違うようで、言い合いの声が聞こえました。兄かどうかわかりませんが、男性が


『使える者は、連れていく。』


とか、そのような事を言っていました。」


直ぐに捜索隊に伝えられたが、


戻ってきたソーガスは、地元隊と、隠れ場所になりそうな所と、神殿や大学の付近の各施設も当たったが、怪しい潜伏者はいない、と報告した。


「海は探していないのか?」


とグラナドは尋ねた。レイーラを狙った連中が、人魚にこだわっていた事を考慮して、この土地でしか出来ない何かに、犯人逹は拘っている、だから、まだ、完全に逃走はしていない、と、判断しての地元捜索だ。怪しいのは、大なり小なりの洞穴や、地下に空洞があるらしい、人魚の足留めを構成する、突き出た半島部だ。


「内海の沿岸は、最初に探索しました。朝になったら、船でしか行けない所を回ってもらいます。来歴からすると、人魚の足留めは怪しいですが、潮の関係で、今夜は、外側に船を出すのは、慣れた者でも危ないそうです。地元隊の一部が、最後に、沿岸だけでももう一度、と一周してくれていますが。


中断、とは言え、夜明けも近いことです。明日の朝から出てくれる組は、先に帰らせました。」


ソーガスは、グラナドがバーベナの病室にいる時に報告に来た。俺とマルケスの他は、医師と看護師がいた。ソーガスは、バーベナに、


「夜は慣れない者は、海から移動するのは、困難です。明け方まで待つだろう、地元の者は言っていました。」


と言った。捜索の中断は身内には長い。バーベナは少しほっとしたような顔をした。


ガーベラ誘拐犯は、メイドも二人連れて行き、バーベナだけ残した。使える、という発言と、オリガライトからして、チブアビ団やリンスクを思い出す。しかし、レイーラの時に、人魚にこだわったのは、何故か。誘拐犯が複数グループいる偶然より、単一と見た方が自然だ。だから、俺は、バーベナに、レイーラの話を踏まえ、


「貴女逹のご先祖に、シレーヌ族の血が流れている、という話は、聞いたことはないですか?」


と尋ねてみた。


「私たちはありません。ですが、姉のバージナには流れていました。彼女の母親は、ここかどうかわかりませんが、海沿いの町の出身で、シレーヌ族の血を引いている、と聞いた事があります。私は会ったことはありませんが。でも、姉には、特にそれらしい所はありませんでした。」


グラナドは、マルケスに、


「もう一度ラエルに連絡して、バージナ嬢の無事を。」


と言った。マルケスとバーベナが、


「それは。」


と同時に言った。顔を見合せ、結局、話したのはバーベナだった。


「姉が自殺しようとした話は、ご存知ですね。その時、使った薬の後遺症らしく、ずっと意識がないのです。」


姉妹の父が体を壊して療養中、母は亡くなっている、と言うのは聞いていた。だからカオスト公が後見しているのだろう。しかし、バージナ嬢までそのような状態とは。その上、長く行方不明になっていた兄は、何らかの悪事に加担している。


グラナドは、そうか、それは、と言ったきりだ。細身のバーベナは、ただただより細く儚く見えた。


そこに沈黙を破り、グランスが、慌てて駆け込んできた。


彼は開口一番、


「見つかりました。『人魚の足留め』の所です。」


と言った。






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