6.人魚の足留め

最後に、と沿岸を軽く回った地元の捜索隊が、内海側の『足留め』の抜け道の所に、放置してある小型の船を発見した。足留めの入り口に隠すように停めてあった。誰か足留めの中に捜索に入ったのか、と思い、合図を送ったが、返事はない。近寄ると、空だった。行けるところまで中に入ると、確かに奥に人がいる。


中は狭く入り組んでいて、路はあるが、途中で落盤でほぼ分断されていた。向こう側は、壁画の洞窟があり、そちらは広いが、位置はこちら側より低く、半分は水没している。外側の入り口は、ごく小型の船なら途中まで行けるし、最初は内側より平坦な道もある。しかし、途中から急勾配になり、メインの水路は、船で下れない。徒歩の道は奥まであるが、洞窟までは、上がったり下がったり、狭く険しい。ただ、内側からも、落盤を越えれば、無理矢理向こう側に行けなくもない。現に向こう側から声がする。


女性三人も連れた団体が、無事故で越えられるとは思えなかったが、一味には、風魔法使いがいたことを思い出した。


夜に外側から船、よりは、ましな選択肢だと考えたのかも知れない。確かに、人目につきやすいのは、外側ルートだ。


捜索隊は声をかけ、怪しい、出てこい、と言ったが、声はすれども、返事はない。隊には、メイドのリンザの兄がいて、妹がそこにいるのか、返してくれ、と食い下がった。すると、落盤の上から、手紙を投げてきた。


用件は簡潔に、


「メイド二人とレイーラを交換する。落盤前に彼女をつれてきて、置いていけ。後で無事に返す。男爵や王子には知らせずに、こっそりとやれ。」


だった。村人には無理な話なので、結局、騎士からグラナドに伝わった。


捜索隊は、去り際に、ガーベラの事を聞いたが、それは無視された。


そんな要求は呑める物ではないが、メイド逹の両親が話を聞き、屋敷に「お願い」に来た。レイーラは、自分が行きたがったが、当然、俺達は止めた。


しかし、レイーラは、グラナドが女王と連絡を取っている隙に、一人で足留めに向かってしまった。慌てて追いかけたので、メイドの家族が船を出そうとした時に、捕まえる事が出来た。


レイーラなら、シレーヌ族の力を使えば、船を進めて、灯りも確保できる。彼女の性格からして、身代わりはやりそうな事だったが、グラナドは、


「こちらも交渉の段取りがある。ガーベラ嬢の身柄もあるし、交渉の切り札になる貴女が、敵の手に渡るのは、困る。」


と、レイーラに言うにしては、珍しく厳しい口調になった。レイーラは、


「すいません。でも、親御さんの気持ちを考えると。」


と言ったが、皆まで言わせず、シェードが遮った。


「それじゃ、なんで俺の気持ちは、考えられない。」


燃える緑の目が、赤く見えるほどの激情があった。


「一人で黙っていくほど、俺逹は、頼りないのかよ。姉さんにとって、俺は、俺達は、何だ?」


彼がレイーラに、こういう口の聞き方をしたのは、初めてだ。きつい言葉なのに、泣き出しそうな悲痛さを感じる。


レイーラは、


「ごめんなさい、シェード、みんな。私、本当に浅はかだったわ。」


と、泣き出した。すると、シェードが慌てて、彼も謝りだした。一気に空気が変わった。グラナドは大笑いし、


「おかげで、思い付いた。」


と明るく言った。




グラナドは、マルケスに頼み、派手に交渉し、人質を連れて、連中に、内側の入り口まで、出てくるように言い渡した。


連中は、メイド二人を連れ、あっさり出てきた。とは言っても、転送の使える白マントの長身の男と、頭1つだけ小さい、灰色マントの男だけだった。これまた転送のできる女がいたはずだが、彼女は出てこなかった。


交渉にはレオニードを連れていった。打ち合わせた訳ではないが、彼は、ガーベラは無事なのか、と、犯人逹に食って掛かった。ファイスが(これは打ち合わせ通りだが)、彼をなだめて、止めた。


次に、レイーラとシェードが進み出る。


「シレーヌの女だけでいい。後で無事に返す。」


と、白マントは言ったが、グラナドは、


「女性を一人で行かせる訳にはいかん。彼はレイーラの身内で、自分が付き添わなきゃ、承知しないと言っている。」


灰色が一歩進み出たが、シェードは、レイーラの手を離さず、引き寄せる。


「その小僧は転送が使える。駄目だ。」


「駄目だ、はこっちの台詞だ。お前逹がバーベナ嬢に使ったのは、オリガライトだろう。彼女は、ずっと意識不明だ。ガーベラ嬢もさらっているお前逹に、これは破格の条件だと思うが。」


白マントは、考え込んだ。灰色が、


「俺たちに、誰がついてると思っている。」


と言った。白マントは、短く灰色を叱責した。


カオスト公爵?ラエル伯爵家の長男のカールラルト?俺は軽く吹き出した。グラナドが、しょうもない表情で俺を見るので、


「失礼。」


と言っておいた。


カッシーがいたら、俺と同様、吹き出したかもしれない。ハバンロやミルファなら、真面目に怒ったか。ファイスは、微妙に 目を丸くしたにとどまった。


「私は、王子だが?」


と、グラナドが静かに、殺気を込めた正論を言った。


灰色は怯み、


「戻って旦那に金を。」


と白マントに小声で言ったが、反応しない。旦那、というのが、カールラルトの事かどうかはわからない。しかし、彼は20代後半くらいのはずだが、この白マントは恐らくもっと上だろう。灰色は、彼より若そうだ。マントだから正確には解らないが、多分、彼ら二人は、貴族ではなさそうだ。いや、王子を金でなんとかしよう、という発想は、かえって貴族らしいかもしれないが。


白マントは、一息入れてから、急にすらすら話し出した。


「殿下、こちらはね、貴方を侮っているわけじゃないんですよ。細かい話は知りませんが、ボスの『古代史の研究』に、シレーヌ族の女が必要だって話で、たまたま条件に合うのが、


貴方の友人だっただけです。


メイド二人は、シレーヌ族の血筋だから、代わりにならんかと思ったらしいですが、使えんとわかったから、返す、そうです。令嬢は、メイドを連れていこうとしたら、付いてきたみたいで、保険で最後まで帰さないだけですよ。


悪党の理屈ですいませんが、契約がありますんで。貴方と騎士団みたいなもんです。」


悪党にしても、勝手な理屈だが、こうすらすら言われると、相手にも理があるように聞こえる。彼らには、バーベナはまだ意識不明と言ってあり、俺達は、カールラルトが一味だとは知らないことになっている。白マントは嘘を付いているが、咄嗟にこれだけ出るとは、敵もさるものだ。


「転送なら、お前たちも使える。ガーベラ嬢がまだいるかぎり、損な選択肢ではないと思うが。」


グラナドがこういうと、白マントは、


「小僧じゃなくて、別の、転送が使えない奴が一緒なら。」


と答えた。灰色は、


「おい、そんな話。」


と、抗議したが、彼は無視した。


「わかった。誰にする。ああ、あの青年は駄目だ。風だからな。」


グラナドは、レオニードを目で示しながら、彼に聞こえないよう、小声で言った。白マントは、


「じゃあ、そっちの男で。属性は水だな。魔法剣は困るから、武器は置いていけ。」


と、俺を選んだ。




剣をグラナドに預け、俺は奴等に従った。服の下には、中の開くタイプのペンダントをつけていた。騎士が妻や恋人の髪を入れるタイプの物だ。中にはゲイターで使用した盗聴装置の、より小型の物が仕込んである。ソーガスが持っている物と構造は同じだが、蓋の一部を透明にして、中が見えるようにしてある。一部を見せることで、装置の存在をカモフラージュするためだ。


中には、グラナドの髪が入っていた。


深い意味はなく、髪が要るな、と言ったら、グラナドが、ミルファにナイフを借りて、自分のを切っていれた。


服の下の小さな質量が、僅かに緊張を生んだ。


行き際、グラナドは、白マントに、名前を訪ねた。


「お前は、そっちの灰色より、交渉相手に向くようだから。」


と言ったら、


「ルヴァン。」


と、あっさり答えた。


ルヴァンは、先頭に立ち、レイーラ、俺、灰色の順で入る。中は暗いが、途中まで、ルヴァンの転送で何回か分けて進む。途中、行き止まりに、黒マントの女が立っていた。杖の形のランプを持っていた。灯りに、髪が光っている。さっきの女だった。同行に文句があるらしく、


「ちょっと、あんた。」


と、抗議したが、ルヴァンが、


「余計な話をしてる暇はないんだよ。この男は、王子の騎士だ。シレーヌの女の護衛に付いてきた。…顔は隠しておけと言ったろう。」


と言うと、イラついた口調で、


「あたしの顔は、馬鹿のせいで、ばれてるわ。」


と答える。馬鹿とは、ソーガスの事だろう。


女は、落盤の壁の、向かって左に進んだ。灯りを向けると、端に、人が通れる縦穴がある。この話は聞いていないが、後から開けたか、広げたか。


まず、女が先に、穴を通った。次にレイーラ、次が俺だ。俺には小さい穴なので、苦労した。次に、ルヴァンと灰色が通る。


中は、思ったより広い。浮き島のような、平たい大きな広間で、水がぐるりと囲んでいるが、軽く飛び越せる程度の幅だ。壁は丸く、壁画がある。下半分の絵は、水の下だ。


中心に明々と何本も松明の火が燃えている。敷物が引いてあり、ガーベラが横たわっていた。意識がないようだ。バーベナが着ていたのと、同じ部屋着が、「掛けて」あった。部屋着の生地は厚めだったが、まじまじと見るのは、気が引ける。


傍らに、銀色の(同行した灰色より、薄く白に近い、と言う程度の意味)マントが一人、黒いマントが二人いた。


銀マントは、黒髪だったが、俺達が近づくと、慌ててマントを被った。顔は解らない。黒の一人は、堂々と顔を出したまま、俺逹を見た。


栗毛に色白の、長身の青年だ。


貴族で1、2を争う容姿、と言われた、若き日のラエル伯爵の面影がある。彼がカールラルトだ。だが、容貌は妙にすさんでいる。目が妙に大きく見え、頬はこけている。


「掛けるなら毛布にしないと、風邪を引きますよ。」


とルヴァンが伯爵に言った。しかし、毛布らしき物はない。だが、洞窟内部は、季節と、日陰である事を考慮すると、かなり暖かい。


カールラルトは、鋭くルヴァンを見た。ルヴァンは、飄々とした物で、レイーラをさして


「連れてきました。」


俺をさして、


「付き添いです。」


と言った。二人目の黒マント(左の胸元に、継ぎ当てがしてある)が、


「これで最後ですね。」


と言った。男性の声だ。ルヴァンは、俺たちを軽く押し出すと、


「じゃ、俺達はこれで。」


と言った。


「裏切る気?!実験はどうするの。」


と女が言った。継ぎ当ての男も、


「逃げる気か?!」


と激昂する。


「裏切るも何も、令嬢達と、シレーヌの女と、どっちか、と言う忠告を曲げたのは、そっちの若様だろう。契約外の想定外だ。俺逹は引き時だ。内側には、王子やら男爵やらが待ち構えている。待ってたら、終わりになるぞ。」


ルヴァンは、そう言うと、


「お前たちも今なら逃げられるぞ。『奴等』が戻ってこない訳も考えたほうがいい。」


と駄目押しした。それで、数秒もめて、カールラルトの他は、女と、継ぎ当てマントが残ることになった。


ルヴァンは、俺達が来たのとは反対に歩き出した。外側に向かう道だ。俺は、思わず、引きとめた。外側には、カッシー達が、出てくる者のを待ち受けている。外で予定より早く戦闘になったら、カールラルトに逃げられる。彼はどうしても捕らえたい、とグラナドは言っていた。


ルヴァンは、いぶかしげに俺を見た。俺は、


「帰りの転送はどうなる。」


と言ったが、ルヴァンは、


「なんとかなる。」


と、仲間を連れて、さっさと出ていく。反対側には、洞窟が 見えるが、その手前まで歩き、転送を使った。


レイーラが、俺に近より、


ちょうど胸のペンダントの辺りで、


「まあ、三人もいなくなってしまって。半分いなくなったのね。」


と、驚いたように言った。


それで平常心に戻った俺は、「任務」に集中できた。


継ぎ当てが、レイーラに、


「こっちに来い。」


と言った。彼は剣を持っている。女は灯りを、カールラルトの足元には、銀の壺がある。彼が「明るく」と言うと、女が杖を上げた。僅かに灯りが大きくなる。


しかし、カールラルトが、壺の蓋を開けると、灯りが弱まった。一方、壺の中からは、握りこぶし大の、丸い燐光が現れた。


「バージナ。」


カールラルトは、柔らかく微笑み、光を見た。


「これで、君と話せる。」


俺は、ガーベラ、レイーラ、カールラルトを見渡した。彼がやりたいことは予想していたが、バージナは、生きている。意識はずっとないらしいが、あれがバージナのはずはなかった。


「妹の体に、妹の魂を入れるのか?」


刺激はしたくないが、彼の次元の範疇で訊ねた。彼がカールラルトだというのは、バーベナが言った話しかないが、彼女の話が正しい事を確認したかったからだ。


「品がないな。貴族の教養のないものは、これだから。私とバージナは、心で繋がっていた。話をしたいだけだ。」


こういう事をする奴に、教養だの品性だのを貶められたくないが、突入まで、間は持たせなくては。外側から微かだが、戦闘らしい物音もする。


「話して、それが、君の期待する内容じゃなかったら、どうする?」


と聞いたが、彼は、俺には構わず、レイーラに、


「飲め。」


と、小瓶を投げた。だが、受け取ったのは、灯りの女だ。彼女は、灯りを放り出し、瓶を横取


りし、自分で飲んだ。


俺は継ぎ当てから、剣を奪った。灯りの女は、


「何よ…カ…は…物よ。」


を最後の言葉に苦しみ出し、紫の煙に包まれる。


後味は悪くなるが仕方がない。ゲイターのように、地形が変わる規模の戦闘にはならない、と見ていたが、足留めが万が一、吹き飛びでもしたら、ベルシレーは成り立たない。女に向かい、魔法剣を放とうとした。だが、やはり出が遅い。女が踊るように倒れたため、衝撃波は彼女を避けて、カールラルト、壺、そして燐光に当たった。


燐光は、あっさり別れた。無数の蛍になって、淡く光り、そっと集まる。


レイーラの周りに。


俺は、彼女に、避けろ、と言った。だが、彼女は、悲しげに微笑み、歌う。燐光は輝きながら上昇し、天井に向かう。


見上げても解らないが、天井には、外に通じる、穴があるようだ。周囲の水路からも、無数の光が立ち上ぼり、同じ道を辿る。


レイーラが歌うのをやめると、燐光らは漂い、水に戻った。


「別々の心は、決して繋がらないわ。彼女が何を望んでいたかは、もう、わからないの。」


レイーラは、紫の瞳を、悲しそうに伏せた。


「黙れ!よくも!」


カールラルトが我に返り、レイーラに掴みかかる。俺は彼女を守り、彼に剣を向ける。切るつもりはなかったが、突っ込んできたため、避けきれず、もろに肩に刺さった。剣が弱く、マント厚いため、傷は浅い。痩せこけたカールラルトはばったり倒れたが、レイーラが、すかさず回復をかけ、血を止めた。


継ぎ当ては、へたりこんでいた。腰が抜けたらしい。俺は、動くな、と言ったが、もう動く気はないようだ。


丁度、内側から、グラナドとファイス、レオニードが、転送魔法で飛び込んできた。続いて、シェードが、ファランダを連れてきた。


レオニードは、倒れたガーベラに、一目散に向かう。彼とファランダが、ガーベラを助ける合間に、地元の青年達が、三名、転送で入ってくる。一人はラースだ。


ファランダは、ガーベラは


「気絶しているだけ。」


とレオニードを安心させたが、灯りの女は、


「残念ですが。」


と首を降った。


レイーラは、グラナドに、


「彼は、壺の中身が、『魂』だと思ってたようです。」


と言っていた。グラナドは、


「聞こえていた。彼も、騙されたようだな。」


と言い、


「ガーベラはファランダ達に任せ。行くぞ。」


と直ぐに外側に向かう。


シェードがレイーラ、俺とファイスはグラナドが連れて、転送する。目で見て分かるところを足場に、何回も分けて進んだ。


外に出ると、激しい音と光が、頭上に炸裂する。


仲間は、戦っていた。足止めの上、足場の悪い、岩勝ちの崖の上だ。


元は灰色マントだったと思われる「物」が、例によって例の如く、煙をあげている。それを挟んで、女性魔法官とグランスがウィンドカッターを、ハバンロは気功で、攻撃していた。デュオニソスが土の盾を作りつつ、土礫で戦っている。傍らで、カッシーが、大きく照明魔法を使っていた。ミルファは、盾の影から、銃で狙っている。マルケスの部下が二人、槍で攻撃している。


グラナドは、素早くミルファに近づき、デュオニソスに盾をあわせ、


「どうなってる。指揮はソーガスだろう。」


とたずねた。


ミルファは、足止めの先、岬を指差した。銀マントと白マントが見える。騎士が三人ほど、これらの回りを巡る、「何か」と戦っていた。


「捕まえたら、いきなり、一人から、煙が出て、あの通り。属性がころころ変わって。だいたい、土か水だけど。


魔法のほうが利くけど、たまに跳ね返すから、物理攻撃とカッターや土礫で攻撃して、何とか追い詰めたけど。


ソーガスさん逹は、バーベナをさらった二人を追って、あれと戦っているうちに、岬の方に誘導されたの。」


「バーベナ?!来てたのか?!」


「彼女、魔法は水で、回復が少し出来るし、ガーベラが心配だ、と言うから。」


横からデュオニソスが、


「一人、知り合いだったようです。『お嬢様』と膝まずいて謝るふりして、気をそらしてから、一気に行動に出ました。鼠色のマントの、背の高いほうのやつです。」


と言った。


グラナドは、


「ラズーリ、ファイス、お前逹は、岬の敵を頼む。」


と言った。俺に有無を言う間を与えず、


「シェード、バーベナの手当てがあるから、戦闘には参加せず、レイーラを連れて、遠巻きにしておけ。ラズーリ達が倒したら、バーベナを頼む。」


と言い、


「あのマントには、全属性を同時にぶつける。弱まった所で、止めは物理攻撃だ。」


と鼓舞する。俺達は、シェードに岬に転送してもらい、彼が、レイーラを連れて戻る隙に、敵に向かった。


銀マントの男は、人の形は留めていた。バーベナを左手で抱え。右手からは、火の玉を出している。目が真っ赤に、ぞっとするほど輝いている。ルヴァンは落ち着いたもので、わざとウィンドカッターを火の玉に吸収させ、スピードを増していた。


オネストスは、火の玉を避けるために、時々攻撃の手を休め、盾を作っている。コーデラ剣術(片手剣と盾)の騎士は、大抵、魔法手と利き腕が同じなため、こういう時は一人だと苦戦する。火の彼が盾で、水のサリンシャが攻撃担当のほうが、と思ったが、サリンシャは、消耗していて、剣を杖にしていた。さっきの怪我が、響いているようだ。


ソーガスは、魔法剣でなく、ウィンドカッターを使っていた。バーベナに当てないように、隙を縫って銀マントを攻撃するのだが、器用に操っても、彼の風は、エレメント強弱で負ける、増幅した火の中に、半分は吸収されていた。


俺は、両手剣を右手に構え、左手で水の盾を出し、オネストスに近づいた。


「氷塊を出すから、上手く溶かしてくれ。」


と言い、バーベナと銀マントに向かい、ありったけの氷粒を出した。水の攻撃魔法には、氷塊の他、ウォーターガンもあるが、ホプラスは、氷塊のほうが得意だ。最初から水だと、オネストスの魔法と合わせると、すぐに熱水になってしまうだろう。


俺はありったけの氷粒を出した。丁度よい具合に溶けるよう、加減して。


銀マントが、水をかぶり、火の気が消える。ファイスが飛び、一太刀軽く浴びせ、バーベナを助け出した。意識はあり、水魔法で自分を防御していたようたが、助け出されて気が抜けたのか、完全に気絶した。服は焦げていて、赤くなった肌が痛々しい。冷やそうとしたが、タイミング良く、シェードがレイーラと飛んで来たので、任せた。


俺はオネストスに礼を言おうとしたが、彼はいない。


「裏切り者!」


と叫ぶ声、まだ終わっていなかった。銀マントはウィンドカッターで引き裂かれ、倒れていた。白マントが、空中で翻る。ルヴァンが逃げた。ソーガスは、


「待て!」


と叫び、カッターを連発していたが、コントロールが乱れて、一発は自分に当てていた。こっちにも飛んで来るので、シェードと二人で、魔法盾で防ぐ。ファイスは、オネストスと一緒に、岬の先に飛びあがり、去り行くルヴァンに最後の一撃を食らわせようとしていた。


その時、カッターが、ファイスとオネストスに当たった。二人とも避けようとバランスを崩し、崖から落下した。


俺は、間に合わないと思ったが、岬に走った。ファイスは、崖淵に捕まっていた。遅れて飛んできたシェードと、彼を引き上げる。


「オネストスは?」


と問うと同時に、ソーガスが、オネストスを支えながら、転送魔法で戻ってきた。


ソーガスは、オネストスが落下する時に、足をしたたかにぶつけていたから、と、シェードに頼んで、レイーラの所まで送らせた。


ソーガスは、座り込んでしまった。放り出した剣を拾おうとして、二度取り落とす。


俺は、彼の左手を見た。火傷していた。


「プロテクターを落としてしまって。」


金属の盾を素手で持ち、火の玉を受け続ければ、こうなるだろう。


「海水を吹き上げれば良かった。」


と、無念そうに言う。俺は、冷やしながら、


「君、転送は使えたのか。」


と聞いた。


「使えませんが、使えました。とっさで、自分でも、良く。」


と、苦しそうに答える。


レイーラの所まで戻る。彼女は、彼も回復した。バーベナは、シェードが連れていったようで、いない。


ファイスは、ルヴァンについて、


「船の上を、転送で、次々とつたって、逃げた。」


と言った。小利口なやり方だ。そうして陸地か、逃走用の船をに逃げたんだろう。


グラナドが転送でやって来て、話もそこそこに、ソーガスとサリンシャを連れて戻る。


ファイスが、


「結局、全員、逃げられたか、倒してしまったか?」


と言った。


「いや、洞窟の中に、一人いるはずだ。ガーベラの横に、倒れていたのが、居たろう。」


俺は、ファイスを促して、ゆっくり歩き出したが、途中で、シェードが、来てくれた。


「俺じゃ一人ずつだが、向こうも大変で。グランスのカッターが急にコントロール失って、、デュオニソスの盾を超えて当たった。ミルファもカッシーも無事だけど、ハバンロが避け損なって、怪我した。かすり傷だって言ってるけどな。」


ファイスを先に行かせ、改めて、「人魚の足留め」から、内と外を見る。


内には町の灯り、外は暗い海。水面は静かだ。夜光虫か、魂か、光の粒が、目の前を外から内に飛んでいった。




生者の人魚には足がなくても、ここに足留めが利く。死者にも、足はないが、ここに留まりはしないのだ。


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