4.暗闇の金砂

舞い上がる、夜目にも白い砂は、月明かりを映して、金砂のようだった。




   ※ ※ ※ ※ ※




夕方には男爵の屋敷に戻った。男爵は病室兼寝室から出られなかったので、ホストはずっとマルケスだ。


彼は、ガーベラの様子を聞いて、見舞いを遣わした。結果、どうなったかは知らないが、夕食時に変わったパンが出て、ついでにソーダブレッドと、彼女の話が出た。


変わったパン、とは言っても、変わっているのはパンではなく、まぶしてある、飴の粒だった。炭酸を小さな飴にして、飾り塩のようにつけていた。


マルケスが、


「昔のものは、炭酸の配分が多くて、口の中で派手に弾けてしまって、油断すると、かなり痛かったですね。舌の下に入れて、押さえつけるようにして、口の中に、弾ける隙間を与えなければ、問題ないのですが。


今は改良して、そういう事もありませんが、一度弾けて痛い目にあったから、炭酸自体が駄目になった子もいました。」


と言った。ハバンロが、


「ラエルの下の令嬢も、炭酸が駄目だそうですが、それが原因でしたか?」


と尋ねた。マルケスがそんなことを知るはずはないと思っていたが、彼は知っていた。子供のころ、この屋敷に遊びに来た時に、出された菓子で、痛い目にあったそうだ。慌てて飲んだ水が炭酸水だったのも不幸だ。


例の園遊会のソーダブレッドには、炭酸の飴の粉はまぶしてなかったが、何故かジャムの中に練り込んであったそうだ。グラナドは、その辺りは覚えていなかったが、マルケスは覚えていた。




レイーラは、騎士に送られて、神殿に戻った。シェードも着いていった。俺たちは、屋敷の外の海岸まで見送った。カッシー、ミルファは、直ぐに屋敷に戻った。グラナドは、歩みを遅めて、夜の海岸を眺めていた。


「良い景色ですが、潮風は、当たりすぎると、後が大変ですよ。」


とハバンロが振り向きながら、声をかける。俺は、


「明日、何か気になる事でも?」


と尋ねた。明日は、午前中は、医療施設と養護施設の訪問だった。午後は、船で、「人魚の足留め」を外側から見る予定だ。王都に戻るのは、明後日だ。


「さすがに今日のようなことはないと思いますが。」


とファイスが言った。


「ラエルのお嬢様達のことですかな?」


と、ハバンロがストレートに聞いてきた。インパクトのある出来事だったが、今日の様子では、明日は出現しないだろうし、出現しても、だからどうと言うほどじゃない。グラナドからはっきり聞いた訳ではないが、彼は、姉妹二人には、昔馴染み以外の感情は無さそうだ。しかし、彼は、


「彼女達には、気になる所がある。」


と、予想外の発言をした。


「炭酸水に密輸、カオスト公。ひっかかる部分が多いからな。」


炭酸とカオストはそうだが、ラエル家が密輸に関わった、という話しは聞かない。


「ラエル家は宝石のコレクターだ。特に今の当主と、先代の夫人は熱心で、当時、厳しい規制のかかっていた品目…シュクシンのロウカン翡翠や、ヒンダの七色珊瑚を、派手に輸入していた。コーデラ人とラッシル人は、 もともと透明度の高い石が好きだが、『東方風』『異国風』は、定期的に流行ることがあるからな。


コーデラ側から見たら、 法的には密輸とまではいかないんだが、シュクシンやヒンダが国で規制しているものを、産地の住人から直接買い付けてた。


ラエルの当主は、奔放というか、正式な国交がない国相手なら法律も条約もない、という考え方だったようだ。が、国交がなければ、下手すれば戦争だ。


だが、そのうち、とうとう、ラッシルの虫入り琥珀に手を出してしまって。


琥珀は正規輸入品目だが、虫入りや木葉入りは、学術資料になるから、原則、持ち出し禁止だ。小さいものなら許可は取れなくもないが、ラエル家の部下が、当主のために、こっそり持ち出そうとしたものは、貴重な大物だった。


木葉が数枚入っていて、花のように見えた。破産した貴族のコレクションにあったもので、競売で競り落とせば、どうどうと持ち帰れたのに、こっそり買い取って、隠して持ち出そうとした。


結局は国境でばれて、父様が奔走して片付けた。うちうちにラールさんから女帝陛下にとりなしてもらったが、顛末をロサヴィアン誌がすっぱぬいた。」


俺は初耳だったが、ハバンロは、ああ、そう言えば、と言った。俺は、女王が、ラエル家の二人は面倒だから選ばないように、と言ってたのは、それが原因か、と一瞬思った。だが、確かにイメージは悪いが、財力のある、名門の伯爵家だ。一応、解決した事件に、どれ程障害があるだろう。


「まあ、この件は今さらだ。」とグラナドは言った。


「魔法結晶を溶かした聖水が、炭酸水になるとは、初めて知った。王子としては不心得かもしれんが、王族でも、男は飲む機会が無いからな。


それで『通った』話がある。ジェイデアの所でやった実験、覚えてるだろ。」


暗魔法の薬(向こうでは幻惑術とか言った。人族、つまり人間には使えない、魔族の術を使えるようにする薬)を、聖女のワイン(向こうの、ある神殿で作られたワイン)と、聖水(その神殿付近の天然炭酸水)に反応させた実験だ。実験の前に、偶然に薬を飲んでから、そのワインと炭酸水を摂取した、敵の魔導師が、悶絶して死んでしまった。これを探るために、後から薬をワインや炭酸水に混ぜて、反応実験をやった。同じ薬、ワイン、炭酸水を混ぜたものは、グラスが熱を帯び、ぽんと音を立て、液体が一気に、半分も蒸発した。


因果関係は、時間切れで向こうでは詳細に検証できなかったが。


その薬はワールド内の技術で作られたようたが、血迷った守護者のリアルガーが、超越界の技術を勝手に使い、より強力な暗魔法強化の薬を作った…ように見えたが、彼はあくまでも、ワールドの住人の魂を分離させる薬を作りたかったようだ。


彼の横恋慕(とはちょっと違うかも知れないが)の相手、美しき女性勇者ジェイデアのために。


グラナドは、ハバンロとファイスには、細かい人間関係は省いて、実験内容を説明した。あの別ワールドに飛ばされたのは、グラナド、ミルファ、シェードと俺だけだ。ただ、「ジェイデアの所」という表現を使うため、ジェイデアについては、戻った時に説明していた。(俺の立場としては、ワールドナンバーで呼ぶか、ジェイデアの新しい守護者の名を冠して「セレナイトの所」と呼ぶのが自然だが。)


グラナドは、さらに続けた。


「ワインも聖水も、同じ特定の場所で取れた品だ。こっちでいう魔法結晶の成分が入っていたと考えてみれば、強引だが、ガーベラの反応は、それと根は同じものに見える。


ガーベラ自身は魔法能力はかなり低いと聞いてるが、もしかしたら、潜在的に暗魔法の資質があるかもしれん。


ついでに、だれも後継者を確保していない状態で、姉妹二人とも神官にする、というのは、変だ。学校に通う代わりに神殿に通う貴族の娘はいるが、ラエル家は違ったからな。十歳くらいまでは、教師を屋敷に雇っていた。ガディナ叔母様やシスカーシアの通ってた女子校に入ってた時期もあった。神殿に行儀見習いに行く、行かない、という話が、たしか十四、五の時にあった。ついでに神官の適正を見ただけかもしれないが、十五なら翌年は結婚できる年で、いきなり神官、というのはないだろう。」


「それは、その、言うのもなんですが、例の噂のせいではないのですか?時期も重なりますし。」


ハバンロが、珍しく、ぼかした言い方をした。ファイスが、


「雑誌の記事の話しか?」


と尋ねた。思い出したが、噂、とは、前に聞いた、ロサヴィアン誌の記事で、ラエルの跡取り息子と、腹違いの『妹』との「あり得ない関係」の話だろう。なるほど、これなら、真実でなくても、女王が避けたがる理由にはなる。しかし、問題になるのであれば、カオスト公が彼女達をグラナドに薦める場合も、障害になるはずだ。


それに、魔法結晶は「噂」に反応する訳ではない。巫女系の魔法体系には、取得が「汚れなき乙女」に限定される例はある。だが、このワールドの聖魔法には、その手の制限はない。ただし、神官は少女の頃に志すため、一般には、汚れなき乙女のみ、と信じられている面もある。


ラエル伯爵が、娘を「試金石」にかけた、ということかもしれない。


考えていると、グラナドが、記事の話を始めた。


「記事のほうだが、あの『妹』は、姉妹の姉にあたる女性だ。バージナと言った。姉妹より十歳近く上だ。


庶子だが、伯爵は『養女』にして、引き取っていた。今は領地に引っ込んでいるが、もともと公の席には出てこない。俺も会ったのは二回くらいだ。実は庶子だ、ということは、記事で知った。急死した秘書の子供、で通していたからだ。


それで、いわゆる「顔が売れてない」状態で、ロサヴィアン誌は、名前は伏せて、イニシャル表記した。だから、最初はバーベナだと思った者もいる。伯爵はバーベナのために、『あれはバージナだ。』と言って回った。記事になっているのは、という意味だったろうが、実際にやらかしたのは、ということになってしまった。


長男が家出して、バージナが自殺未遂するまで、善良なはずの市民は、邪悪な記事を楽しんだってわけさ。」


グラナドは一息入れ、一瞬、俺を見て、海に目を向けた。しばし間の後、俺は、


「調べるとして、どうする?カッシーだけに頼める内容ではないし、君が直接、だと、姉妹に近づかなくてはならないだろう。彼女達はどう見たって婚約者候補だ。期待させるだけだと、『真相』を知った時に厄介ごとになるよ。」


と言った。


バーベナは大人しそうだが、ガーベラは素直に引き下がるタイプには見えない。この際だから、グラナドの心詰りも確認したかったが、彼は、


「いっそ、婚約してしまうという手もあるが。」


と、爆弾を落とした。俺とハバンロは、同時に「え?!」と言った。本人はしれっと、


「何を驚いている。」


と言ってのけた。ファイスが、


無言で俺とグラナドを交互に見る中、当の本人は、


「王族に必要不可欠なのは、『図太さ』だ。二人にはそれがある。」


と、また爆弾を落とす。バーベナのほうは、図太さとは無縁に見えたからだ。


「バーベナは、ああ見えて、かなりちゃっかりしてるというか、したたかな面があるぞ。カッシーなら賛同してくれるだろう。お前たち堅物三人にはどうかわからんが。」


と、にやついて見せる。ファイスが「しかし、殿下は…」と言いかけたが、ハバンロが、


「ミルファは、どうするんです?!」


と、はっきり言う言葉に遮られた。


「ミルファは…ああ見えて、姉妹より繊細だ。貴族の中で生きてきたが、貴族の常識にどっぷりはまっている訳じゃない。ラールさんが、王宮式は大嫌いな人だからな。


自由に、させたい。」


俺は気をとりなおして、「この前は、そんな話しはしなかったじゃないか。」と言いかけたが、グラナドが小声で「でも、もし…。」と言うのと重なった。お互いに先を譲り、僅かに沈黙した瞬間。




先は聞けなかった。金色の砂が風に舞い、何かが夜からと現れたからだ。




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