(4).いにしえの薔薇

1.王子の帰還

コーデラ王家の紋章は、ツルバラとオリーブの葉だ。王都コーデリアは、聖女の都、とも呼ばれている。




古い都というのは、30年程度の年月では変わらないが、クーデターの爪痕はまだ残っていた。二年、ということを考えれば、早い復旧ではあったが。




新しく白い建物が並ぶところもあれば、古いセピアの建物が残る所もある。外側から内側に向かって白くなるかというと、必ずしもそうではなく、商店街に新しい建物が目立った。


(壊しやすい所から、先に壊した、という訳だろう。)




クロイテスが迎えにきて、王宮までの道は、グラナドは魔法動力のではなく、儀式用の古式な馬車に乗り、騎馬の騎士団が囲んで進んだ。グラナドは時々、歓声に窓から手を降っていた。俺とファイスは同じ馬車にいた。ミルファ達は、後続の馬車に乗った。俺はあまり顔を見られないほうがいい、とまでは行かないが、騎士に混ざって騎馬で進むのも憚られた。ホプラスの時と違い、正式な騎士ではないからだ。ファイスは、馬のほうが落ち着くんだが、と小声で言っていた。


王宮に着くと、魔法院の副院長のヘドレンチナ、クロイテス夫人のシスカーシアなど、グラナドに近い人々が出迎えた。シスカーシアは幼少期の、ヘドレンチナは少年期の、グラナドの「先生」だ。


(グラナドは、院長のミザリウスの事は呼び捨てだったが、彼女の事は「ヘドレン先生」と呼んだ。)


クラリサッシャ女王は、神殿から広間に向かう最中ということで(何かあったらしい)、しばらく合間が出来、彼女達から、現在の様子を簡単に聞いた。


王宮の西側は、まだ修復中なので、グラナドが滞在するのは東の棟になる。クーデター時は王宮は改築を進めていて、西は国王一家の住居、東は来賓用のスペースだが、執務室や会議室のある中央と共に、先に修復して、西は一番後回しにしていた。


クラリサッシャ女王は、昼は中央の執務室にいるが、夜は神殿まで戻るそうだ。


グラナドが東棟に入り、ザンドナイス公はリュイセント伯の屋敷に、カオスト公は「オーダ伯爵」の屋敷に滞在する。


オーダ伯爵家は、今のカオスト公の生家で、先代は晩年、彼を養子にした。先代から見て、母方の身内に当たるが、今は途絶えている。カオスト公の従兄弟にあたる男性が継いでいたが、子供のいないまま死亡した。その妻は、ラエル伯爵(当時は男爵)と再婚したが、庶民出身の女性で、再婚の条件が、前夫の遺産の放棄だった。


後からこれが問題になり、もめた末に、ラエル男爵家が伯爵領の一部を継承して伯爵家となり、他は、カオスト公が管理している。数奇な伯爵夫人は、今は故人だが、ラエル家には、娘が二人いるため、将来はどちらかがオーダ伯爵となるかもしれない。


実質、今は、オーダ伯爵の屋敷は、伯爵が空位のため、カオスト公の屋敷の一つ、と見なされている。


「公爵は、一昨日、ようやく領地から戻ってきました。エクストロス様は領地です。シラルの、タニアス海峡の橋の工事の件です。混乱で中断していましたが、ようやく再会したということで、公爵様ご本人は、行ったり来たりです。」


ヘドレンチナが淡々と説明した。シェードが、小声でレイーラに、


「タニアス海峡って、あれ、姉さんの?」


と尋ねていた。レイーラは、


「ええ。…きちんとした橋が出来るなら、いいことだわ。」


と答えていた。シスカーシアがこれを聞き、


「貴女は、あの時の担当の方ですか?」


と尋ねた。レイーラは、


「はい。僅かですが、お手伝いさせていただきました。」


と返事をした。カッシーは、「ああ、あのお話ね。」と言い、ミルファとハバンロも、理解した様子だったが、ファイスは、当然、知らないようだった。


グラナドが概略を説明した。


「カオスト公爵の領地は、あちこちに点在しているんだが、ラッシル側に入り組んだ、港町のシラル中心の区域が、最北になる。そこから、ラッシル領のサイベラ半島を経て、北のキャビク島方面に向かう陸路を伸ばす計画が、昔からある。


陸路と言っても、最後は転送装置なんだが、安全確実な距離まで、陸路は『詰めて』おかないと。


その工事の時に、事故があった。救助のために、神官を派遣した事がある。」


キャビク島は、カオスト公の管理下だが、それだけではなく、昔から、島民や行政に、根深い対立がある。もとはテスパン領で、クーデターの時に、カオスト公の統治を巡り、紛争が起きた。それは直ぐに治まったが、その時に、ソーガスの家族が、激化した争いの中で、亡くなっていた。


いわゆる離島の問題点の解消は必要だが、他の意図を疑ってしまう。


エクストロスは、まだ十歳かそこら、領地に一人いても、監督にはなるまい。グラナドの居ない間、積極的に売り出し中と聞いていたが。


「キャビク島は、そこまで田舎でしたかなあ。」


とハバンロが言った。ミルファは何も言わなかったが、心配そうな顔をしている。


「残念だな。エクストロスにも会いたかったが。」


と、グラナドは、別に皮肉でもなく言った。


「真面目に、エクストロス本人は、はきはきした、礼儀正しい子だからな。家庭教師中心の教育で、昔は、あまり表には出てこなかったから、ほぼ接点はなかったが。」


「あら、学校は、行ってなかった?」


とミルファが聞いた。


「最初は、タッシャ叔母様が、騎士の養成所か魔法院の学校に入れたがったらしいが、両方とも、魔法力が規定に足りなくて、実現しなかった。騎士は、魔法官に比べたら、剣技の訓練次第で、魔法剣はカバーできる面があるし、公爵の跡取りなら、エキスパートになる必要はない。だけど、ようやく『お預かり』が禁止されたばかりだったし、身内だから特例というわけにはいかない、と、公爵が辞退した。本人は、『大人になったら、オペラ座に出たい』なんて言ってるくらいだった。


結局は、自宅に講師を呼んでいた。音楽も含めて。」


ファイスが、「お預かり」とは何か、と聞いたので、グラナドが簡単に説明した。続いて、禁止の経緯も付け加える。


「『お預かり』で入っても、それで有利になることはないし、あまりに成績が悪いと、卒業出来ても、騎士にはなれない。特別扱いはされないから、別に実害はないんだが、父様は、そういうのが嫌いで。


国王でも、慣習があるから、好き嫌いでどうこうは出来ないんだが、『入学に試験を行う、総ての教育機関は、公立私立を問わず、入学試験の基準と、合格者の成績を明らにせよ。』という法律を作った。


私立の場合は、基準に『その他、責任者の判断による』と入れておけば、問題はないが、高等教育を行う機関は、まず公立だからな。」


俺は、「お預かりが嫌い。」という下りで、そっとクロイテスを見た。彼は俺の視線に気づかなかったが、苦笑と言うには厳しい顔をしていた。


複合体の時の、水の宿主、キーシェインズ。「最後の武人戦争」の立役者、ハープルグ将軍の孫で、ホプラスやクロイテスの同期の「お預かり」だった。


水の宿主になってからした事もともかく、養成所時代から問題行動が多かった。「お預かり」でも、立場を理解して、真面目に振る舞う者もいるが、彼は異なった。


ルーミにとっては、「譲れない」所だったんだろう。


話していると、騎士が呼びに来た。オネストスだった。女王付きになったらしい。(ソーガスの言った、『新しい女性に捕まって』は、この事だったようだ。)


彼は、再会の挨拶をした後、女王の意向を伝えた。


「広間でお会いする前に、執務室の方にお越しいただきたい、と仰せです。皆様もご一緒に。」


グラナドが、急に緊張し、承諾の返事をした。俺に、「離れないように」と小声で素早く言うと、先に立って進んだ。


今まで、クラリサッシャ女王に関しては、あくまで神官としての立場を全うしたく、グラナドが王位につくべきだという考えで、即位も「仮」としていた、という話を聞いている。グラナドを王位に、という考え方なら、「味方」だ。


しかし、一度女王になって、うまく治まっているものを、わざわざ覆してまで、と言うことになれば、どうだろう。グラナドは今は歓迎されているが、一時的に死亡の噂が流れた後だったから、という側面もある。


「考えても、仕方ないわよ。」


とカッシーが言った。思わず振り向いたが、女王との対面に、緊張したシェードに、かけた言葉だった。


かくして執務室についた。中は、昔より、広く感じた。装飾が簡素になり、「同じ部屋」の面影はなかった。


部屋の中央には、「同じ人」がいた。


柔らかいプラチナブロンド、空色の瞳。優雅に微笑むディニィが、そこにいた。


服装こそ、現代的な、直線を活かしたシンプルなものだが、神官と一目でわかる立ち姿の女性。


クラリサッシャ女王、その人だ。


グラナドを見た時、ディニィに似ている、と思ったが、彼女は、髪と目の色もあり、より似ていた。母親のバーガンディナ姫は、きりっとした感じの人だった。ディニィと、兄のクリストフ王子が父親似、バーガンディナ姫とイスタサラビナ姫が母親似、と言われていた。クラリサッシャ女王の父親は、バーガンディナ姫の父方の従兄弟だった。その組合わさった影響が、容姿に強く出たのだろう。


「ピウストゥス。」


と、優雅な声で呼び掛ける。声は、ディニィより低く、メゾだったバーガンディナ姫に似ていた。(昔聞いただけだったが。)


「こちらに、いらっしゃい。」


と、笑顔で言われたが、何故か、グラナドは、進もうとしない。一気に増えた緊張が見てとれる。


「グラナド。」


もう一度、名を呼ぶ。今度は、愛称で。しかし、次には、愛称とは縁のない、厳しい声が響いた。


「こっちに来て、ちゃんと説明しなさい。二年分、勝手にふらふらしていた言い訳が、山のように、あるでしょう。」


口調は優雅なもの、声の響きも優しかった。顔も笑顔に戻っていた。




目元以外は。




そう言えば、かなり勝ち気な女性、と聞いていた事を、呑気に思い出していた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る