2.クラリサッシャ女王


「まったく、アリョンシャから事情を聞くまで、本当にてんてこ舞いだったわ。」


「ヘイヤントは貴方に好意的な都市なんだから、参加すれば良かったのよ。敵から追われて逃げる時に、石橋の欄干に、ほんのちょっと傷があるからって、渡らない人がいますか。」


「子供の頃の、ブーメラン競技を思い出すわねえ。貴方が投げたのは、何故か戻って来なかったわ。」


クラリサッシャ女王は、立て続けに、グラナドに文句を言った。グラナドは相槌くらいしか打てず、手詰まりだった。


こんなに小さくなっている、というか、恐縮しているグラナドは始めてだ。女王については、以前、確か、「産卵期のファイアドラゴンに匹敵する」と言っていたが。


ひとしきり、手早く喋ったサッシャ女王は、自分から、


「他は後でもいいわ。」


と打ちきり、


「これから広間で、皆に会うから、覚悟してね。」


と微笑んだ。今度は、目元も笑っていたが、グラナドは笑うどころではなさそうだ。女王は、


「今さら、お断りするのもなんですが、皆さんにも、一緒に来ていただきますから。」


と、俺たちに言った。俺、ハバンロとミルファは、直ぐに、「畏まりました」と慣れた挨拶をしたが、後は驚いていた。俺は騎士時代の習慣で、疑問に思わなかったが、考えて見れば、一介の「旅仲間」が、公の席で王子に随行する訳だ。だが、グラナドの祖父のクレセンティス十二世に会った時も、似たようなものだった。(それでも、国王の前に出たルーミは、緊張し、少し絨毯につまづいていた。)


「あの、すいません、女王陛下。」


シェードが、慌てて、しかしなんとか平常な声を出して言った。


「いきなりすいません。俺達…俺は、こういうの、始めてで、その、変な真似したら、グラ…殿下に悪いし。」


珍しく、弱気になっているようだ。


「それは心配ないわ。広間には、入れる人数も限られているし。緊張する雰囲気ではないし、お祭りみたいなものよ。」


と、女王は気さくに笑った。シェードはほっとしたようだが、


「せいぜい、騎士と魔法官と議員と、伯爵家の代表くらいだから。」


との笑顔に、絶句していた。




広間には、女王の言った通り、大勢が集まっていた。貴族は伯爵以上しかいない、と聞いたが、男爵家の、見知った顔もちらほら見えた。


グラナドは女王の後から進み出た。ミルファとハバンロも、勇者の子孫かつ幼馴染みということもあり、直ぐ後に続いた。顔の売れていない、残りの俺達は、その後だ。王座から見て、右手側に立った。


グラナドが不在を謝罪し、代表で話しかけたオルタラ伯爵(議長)に労いの言葉を駆けた。ザンドナイス公(健勝な方だったが、やはり老いは刻まれていた。)が、ディジー王女を伴っていた。婚約者のヴェンロイド男爵の次男は、一緒に来ているようだが、この場にはいなかった。


ディジー王女は、泣きながら、グラナドの無事を喜んだ。金と茶色の斑な髪(珍しい色合いだった。)に、目は青いようだが、グレーに見えた。そばかすが目立つが、色白ではある。顔立ちは、口元はバーガンディナ姫に似ていたが、後は父親に似たようだ。




そして、カオスト公爵。




先代のイメージから、居丈高で、いかにも遣り手な、強烈な政治屋タイプを想像していた。だが、予想は外れた。やせ形で上背があり、政治屋のような面は欠片もない、むしろ学者か教師のように見える。親子だけあり、ユリアヌスの面影がある。


「殿下、ご無事で何よりでした。」


そう言う声は、穏やかで礼儀正しい。なんとなくだが、歌が上手そうな声だった。


「ようやく揃いましたな。」


とザンドナイス公が言った。微妙に棘を感じる口調だ。カオスト公は、王都と領地を行ったり来たりしていて、ミルファをシィスンに行かせて、グラナドを遠ざけようとした所から、「揃う」のを避けている、と見なしていた。そのため、「中身」が入れ替わるなどして、グラナドに看破されるのを避けている、とも思っていた。


グラナドとは、対面の時に合図を決めておいた。中身が入れ替わってるなら、右手で、でなければ左手で、耳にかかる髪に触る、というものだ。俺の視線に気付いて、上げた手は左だ。


「一同揃った宴も久しぶりですね。明日は前庭を解放しますが、ダレルのアトリエの回りは、縄を張らなくては。一仕事だわ。」


と女王が言い、一同が笑ったが、グラナドは驚いた。俺達もだ。


「ダレル画伯、戻っているのですか?」


と、グラナドが女王に尋ねた。


「ええ。貴方がゆっくり戻ってきたお陰で、ラッシルから連れ戻す間がありました。」


また一同が笑う。


「西の回廊にあった、勇者集合図を修復しているの。取り外してあるから、回廊は、今、星の天井が見られるわ。


落ち着いたら、会いに行ってあげて。でも、画伯の事だから、仕事中は、貴方が脇で花火を上げても、聞こえないかもしれないわ。」


またひとしきり笑い声が響く。


最後に、グラナドは、言葉を促された。


いきなりだが、予想はしていたろう。少し考えてから、広間を真っ直ぐ見て、朗々と話だした。


「長らく留守をしてすまなかった。父の…前王の事は、私にも皆にも、容易に忘れる事はできない、悲しい出来事だ。


私は、遠く及ばないが、女王陛下をお助けしていく事を約束する。それが、私に、神が残してくれた、唯一の物だ。」


明るい拍手が沸き起こる。女王とザンドナイス公爵は微笑み、ディジー王女と、シスカーシアは涙ぐんでいた。


お開きになった後、女王と俺達、クロイテスとヘドレンチナは、女王の執務室に戻った。明日の予定を確認するためだ。その時、ヘドレンチナが、


「『ロサヴィアン』誌が少し気になりますが、ご立派なお話しぶりでした。苦手でしたのに。」


と言った。俺は思わず「えっ」と言って、注目を浴びた。ロサヴィアンの名は久しぶりに聞く。28年前は、真面目な席には出てこないタイプの誌面(つまりは醜聞専門)だった。よく、ホプラスとルーミとの、大袈裟に話を盛った記事を書いていた。まるごと信じる者もおらず、俺達が抗議した事はない。俺達よりバーガンディナ姫やイスタサラビナ姫のほうが派手な記事を書かれていたので、王室が何度か抗議した事がある。


「失礼しました。あまり真面目な記事を書くとは思えなかったので。」


と言い訳した。グラナドが、


「今は真面目かな。過去と比較しての話だが。」


と説明し始めた。


「記事が遠因で、悲惨な事件が起こってね。ラエル家の長男が、一般市民の女性と婚約した時に、『堅物貴族の女性遍歴』と題して、記事を乗せた。


婚約が正式発表前で、名前ははっきり書かれていなかったが、王都住まいなら、誰か直ぐに解る記事だった。


記事自体は間違いではなかったが、読みようによっては、異母妹も恋人の一人、ととれなくもなかった。実際、皆が飛び付いたのはそこだ。


結局、婚約は壊れ、妹は自殺未遂、本人は婚約解消の直後に行方不明。婚約者は…どうなったかな。王都は出た。


しばらく争ってたが、最終的には、和解した。和解の条件は、『内部の総換え』だったが、責任者と記事を書いた記者がクビになって終わった。


王都暮らしでも、ほぼ忘れてるだろう。」


最後の一言は、元騎士という設定で、王都の最近に疎い俺の発言を、弱めるためだろう。我ながら迂闊だったとは思う。


「ちょうどいいわ。ラエル家の話が出た所で。」


と、女王は、俺の発言に不信感を持たなかったようで、話を引き継いだ。安心したが、続く、


「明日のパーティでは、ラエル家の姉妹が積極的に出ると思うけど、同情から面倒な相手は、選ばないようにね。綺麗な子達だけど、貴方の好みじゃないから、まずないでしょうけど。


貴方の意思は優先するけど、未来の王妃に適当かどうかを考えて選らんで。」


に、俺は再び、「えっ」と言った。


レイーラは「まあ。」、カッシーは「あら。」、ハバンロは「ほう。」、シェードは「へえ…。」と言った。ファイスは、目で驚いただけだった。


「出来ればシシウス大隊長のご令嬢か、セディアス男爵家の上のお嬢様か、ザンドナイスの大叔父様が面倒を見てる、パンテオ男爵の姪の…。」


「待ってください。」


グラナド、ミルファ、俺が同時に遮った。


三人は顔を見合わせ、ミルファが紅くなった。女王は、微笑みながら、


「もちろん、貴女なら大賛成だけど、ミルファ。」


と言った。


「でも、まだ考える所があるでしょう。コーデラは今、復旧中には代わりないし。


グラナド、貴方も、今すぐ誰と決めなくてもいいけど、これからは、そういう積もりも、充分に持っていて。


適当かどうかわからないけど、『税金は毎年払うもの』というでしょう。納めなければいけない物は、納めるべき時期は外せないのよ。


一度受けた王位を譲るには、貴方が結婚して、後継者を確保していたら、話が進めやすいから。」


ここで、女王の、さらなる笑顔を見た時、俺は、


「一本取られた。」


と思った。いずれは、と思っていた問題が、いずれ、では無くなった。


グラナドは、はっきり返事をしなかったが、クロイテスが、東宮殿の様子が、そろそろ整ったでしょう、と助け船を出した。女王は、


「長く悪かったわ。夕食まで、皆、休んでちょうだい。」


と切り上げた。俺達は、順次退出したが、グラナドだけは、


「貴方は少し残って。」


と引き留められた。




閉まる扉が、超越界とワールドを繋ぐゲートのように見え、俺は暫しぼんやりと見つめていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る