4.火の鳥
火と煙は、村の奥から上がっていた。火柱は、一応、一瞬で収まり、後は燻るような熱気が、薄い煙を伴って広がっている。火事の煙としては妙だ。
一足早くついて、裏側に回り込んでいた仲間が、誘導して、村人を外側に出していた。
レイーラ、タマーラの姿が見えた。タマーラは、少し水魔法が使えるようで、レイーラを手伝って、村人に回復をかけていた。
避難した人々には、老人十人余りと、十代後半くらいの青年二人しかいない。
入植者を募っていた、過疎の村で、元の住民は老人しかいないらしい。青年二人は、南方系が一人と、東方系が一人。二人とも怪我をして、南方系の青年は意識がない。老人達が、しきりと彼等に謝っていた。
「この人たちは、ケイヴィンと一緒に村に来たそうだけど、『仲間』じゃないらしいの。グループに別れていて、彼らのリーダーの人は、先にシェイドが魔法で運んだわ。」
レイーラが説明してくれた。彼等が到着した時、丁度、火柱が上がり、東方系の青年一人が、転送で老人達を数人、連れて出てきた所だった。リーダーは、後から、南方系の青年と共に、老人数名を守って、徒歩で出てきたが、力尽きて倒れた。
皆は、シェード、レイーラとタマーラを残して、中に向かった。つまり、村の中にいるのは、ミルファ、ファイスとカッシー、ハバンロになる。
「火のエレメントだな。」
とグラナドは言った。
「ここらで強いとは聞いた事はないし、自然に爆発するまで放置したにしては、規模が小さい。人工的に、何かしたんだろう。煙が、普通の火事とは違うし。」
彼の話を聞いて、東方系の青年が、
「ケイヴィンのグループは、採掘装置の設置を担当してた。設置だけで変に手間と人数をかけているから、少し普通の作業にに回せ、とリーダー達が、文句を言っていたんだ。採掘に見せかけて、何かやってたかもしれない。」
と言った。
「採掘?鉱石か?」
と俺は問い返した。オリガライトが思い浮かんだが、この辺りは、花をやる前は、川魚と山菜意外の産業はない、と聞いていたからだ。
「水です。」
代わりに、タマーラが答えた。
「大昔、『聖石の雫』って言われた、よい水が出ていた、って言い伝えがあったんです。それで、王都から人が来て、『岩盤を掘れば、同じものが出るかもしれない』と。でも、村の近くでは、『堅すぎてどうか』と聞いてましたけど。」
No.24601の符合が重なる。俺はグラナドを見た。グラナドは、見返し、
「俺は、先に転送で村人を運ぶ。シェード一人より早いだろう。ラズーリとカロフは、中に行ってくれ。」
と言った。老人達が、危険だ、と止める。中の様子が解らないし、皆がすぐ戻れない理由を思うと、危険は確かだが、今は行く時だ。俺は、水の盾を出した。
カロフが、持ってきた見取り図を片手に、俺より先に、「わかった」と返事をした。
後から、シェードと追うから、と、グラナドの声を背にし、俺たちは、火の気配の中に向かった。
※ ※ ※
四方から火の鳥が飛んで来る。小さいが素早く、主に足元を狙う攻撃に、手ならぬ足を焼きそうだ。
火を纏った鳥は、厄介ではあったが、ただぶつかるという物理攻撃だけなので、俺の水の盾と、カロフの土の盾で、防御は容易だった。一応頭から足元まで攻撃が来るため、盾を細長く保ってカバーする。
昔、ニルハン遺跡で見た、鳥と火の複合体に似ている。しかし、そういう高度な物ではない。高くは飛べず、内側から燃えてはいたが、盾なり俺達の足なりにぶつかったら、直ぐに死んでしまう。火を吹く鳥は、「花鳥」「火鳥」「火吹き鳥」と呼ばれている種類があるが、これらはそれともちがうようだ。そういう火の鳥は、死んでも羽は赤いが、この鳥たちのは、黒く焦げている。時々、盾を引っ込めて、鳥の死骸で重くなったのをリセットした。
花鳥は、普段は大人しく、改良種はペットにもなる。羽も美しいので観賞用としても飼われる。が、野生種は、夏から秋にかけて、一時的だが、凶暴化する。シーズンオフでも、個体数が増えると縄張り争いから凶暴化するので、生息地では、定期的に狩りのクエストが組まれる。しかし、この辺りには生息していないはずだ。
村の平坦な土地を抜け、林から洞窟の入り口に着くと、鳥は飛んで来なくなった。林に入ったら、山火事が心配だが、林からは、ひんやりした空気が流れている。水の気配だ。
「連中、これをこっそり育てるつもりで、持ち込んだな。」
カロフが盾を引っ込めながら言った。盾から、鳥の羽や足が落ちる。水の良い土地だと、凶暴化せず、肉が柔らかく「火が通るように」なる、と言われている。大して旨い肉ではないが、栄養価の高い珍味としては重宝されている。
「でも、これは、火ウズラと掛け合わせた、交雑種だ。魔法院や医療関係で、薬品作りや実験に使う奴だ。成長は早いが、羽も肉も二級品以下で、価値はほとんど無い。騙されたのか、騙したかったのかは、解らないが。」
カロフの説明に対して、
「詳しいな。」
と言うと、
「前、似た事件があってね。養蜂の町で、急にミツバチがモンスター化したから、と行ってみたら、キズイショウバチだった。詐欺目的で、一部の養蜂家がこっそり育てたのが、外に漏れたんだ。
レパルド達とやった、最初のクエストだった。」
彼は、言いながら、再び盾を出した。俺は魔法剣とどちらにしようか迷ったが、火なら水の盾はいるだろうと、盾を同様に出し直した。
しかし、林の中は穏やかで、戦闘の音が激しく無ければ、ピークは過ぎた、と思っただろう。
小さな標識を急いで右に抜けると、広くなった、岩勝ちの場所があり、給水塔(採掘用?)のような物が見える。そこに、皆がいた。
塔は二人分の身長ほどの高さで、外側に階段が着いている。中にスペースは無いようだ。ハバンロが、階段の一番上から、「火の玉」を気功で撃ち落としている。ファイスは少し下に立ち、盾を構えている。彼は剣は振るっていない。ミルファは陰にいるらしく、頭が見える。他にレパルドの金髪が、陰に見えた。
カッシーが、縦横無尽に戦っていた。魔法と曲刀を駆使して。おおよそ始めて見る姿だ。彼女は、魔法も武器もこなせるタイプだが、さりげなくサポートに回ることが多かった。いつも彼女が背後から、支えている仲間が、「後ろに」下がっている。俺たちは、彼女の、もとい小塔に駆け付けた。
「水が来た、良かった。」
と俺に言い、
「まともに相手してたら切りがないけど、ミルファが『解除』するまで、守らないと。」
と続けた。盾の陰には、水魔法を使えるはずのレパルドと、メリーラと思われる、短い栗毛の髪の、ほっそりした女性がいた。が、彼女は気絶していて、彼は、消耗仕切って、座り込んでいた。
レパルドは、カロフを見て、少しほっとした様子を見せた。
ケイヴィンは、採掘と雛の育成を同時にやっていたが、採掘の目的は、水ではなく、「埋蔵金」だった。本当かどうか解らないが、ラエル伯爵(ホプラスのいた頃は、男爵だったが、今は伯爵だった)の「隠し財産」だった。
ラエル家には、隠し財産を山に埋める必然性はないのだが、代々、豪快な放蕩者だったわりに、金銭の苦労が無いようで(放蕩者でも、貿易を手堅くやって儲けていた)、それがこういう噂を作ったらしい。
「宝が出ないので、ケイヴィン達は引き払うつもりだったらしい。が、メリーラが結婚する、と聞いて、『連れていく事にした』と宣っていた。
俺が交渉している間に、採掘装置が、何か堀当てた。
俺はメリーラを無傷で連れ出す事に夢中だった。ケイヴィンは、『放出』の時に『飲まれて』いた。無事ではなかったと思う。」
レパルドは落ち着いて話した。
俺とカロフは、合わせ技で、大きめに凍土の盾を作り、階段から上を守るように固定した。
給水塔に見えたのは、川をせき止めて泉を作っている「止水装置」だった。
人工の泉は今はほぼ空っぽで、そこにボーリングのようなものが見え、火の玉は、そこから上がってくる。ボーリングは、採掘装置だろう。人が降りて行けるほどの穴があるようだが、今は水に満ちている。水は浅くはあるが、入り口と底を満たしているので、地中から上がる火の玉は、一応、そこで勢いは削がれている。完全に勢いを止めるために、止水壁を作動させたいのだが、作動装置の解除をする、番号合わせが、何重にも仕掛けてあり、これに手間取っていた。番号は、傍らにあるマニュアルに明記してあるのだが、どうも装置の「引っ掛かり」が悪く、ミルファが探知魔法で微調整していた。カロフも手伝い、操作はほどなく終わった。
水が勢い良く入り、泉に満ちた所で装置を止めた。この手の装置は、止める必要なく、自動で水位を感知して止まるものだが、念のためだ。
火の玉は、水中で燻るようになり、底から、泡を出している。
「聖水じゃなくて、ただの川の水だが、なんとかなったみたいだな。」
カロフが言った。泡を見ながら、ふと気になったので、ここの天然水に、炭酸ガスはあるのか、聞いてみた。
「どうかな。うん、無いんじゃないか?ここらは水もいいが、そういうのは、聞いたこと、ない。だけど、タマーラの言ってた、昔出たやつは、解らない。郷土史でも、見ないと。」
後でグラナドと、タマーラに話を聞こう、そう思ったが、さっき俺達の来た、道のほうから、レイーラ、タマーラ、その他、武器を持った、数名がやって来た。
「お年寄り達は、イマーラさんの連れてきてくれた、婦人会の人達が見てくれてるわ。」
とレイーラが言った。カロフが、
「イマーラが?」
と、凄く不思議そうな顔をした。タマーラが、
「ええ、珍しい。初めてよ。」
と言った。口調は清々しく、最初に会った時の、とげとげした雰囲気は無かった。カロフも、笑顔になっていた。
「レパルド、メリーラ、大丈夫か。」
斧を持った男性が、二人に言った。俺達も二人に向き直る。まだ、階段の途中で、ミルファがレパルドに肩を貸し、メリーラは、ファイスが抱えていた。ミルファは、レパルドをカロフに、ファイスはメリーラを斧の男性に渡した。彼は、
「入り口まで、ラルフも来ている。もう少しだ。」
と、意識のないメリーラに話しかけた。レイーラが、メリーラの様子を見ようと、近づいた。
「あれは!」
レイーラは、泉を見て、軽く叫んだ。泉には、光に水面が煌めくだけの静寂しかなかったが、光が急に集まり、泉の中心に固まったかと思うと、水しぶきが上がった。
波の台座に、人が乗っている。人の胴体、人の手足、だが、頭部がない。背中側に強く折れ曲がっているようだ。
「ケイヴィン、まさか。」
レパルドが言った。彼は、水の盾を出そうとしたが、まだ立つのがやっとの状態で、上手く出せない。
町の人達は慌てて、来た方向に逃げようとするが、入り口方向からは、火の鳥が飛んで来る。林からは煙が上がる。
「不味いですな、火事になる前に。」
と言いかけたハバンロは、急にスピードアップした鳥に向い、気功を放ち始めたが、なぜか気功は、鳥の周囲で曲がって、上手く当たらない。ミルファが、
「集まった所を狙って。」
と言った。
鳥は、ケイヴィンの回りに溜まっていた。いや、集まった物は、すでに鳥ではない。純粋な火の玉だ。鳥の肉体は、「芯」を除いて、燃え尽きたようだ。集って一体化した部分から、小さいが、溶岩玉の礫が飛んで来る。疎らでスピードはないが、林のほうに行かないように、打つ端から、盾で防ぐ。
「火と水と土…三つが妙なバランスだ。」
カロフが探知魔法を使った。カッシーが、
「なぜ、そんな事に。」
と言ったが、
「原理は解らない。何か装置を持ち込んだ、と言ってたが。」
との答えしかない。俺はファイスを見たが、ファイスも俺を見ていた。
「君にも解らないとなると…。」
と言ったきりだ。
しかし、何か語るにしても、暇がなかったろう。ミルファの銃と、ボウガンの青年の攻撃は当たったが、当たった時、少しは弱まるが、直ぐに元に戻る。
ハバンロが気功で火を一時的に払った時、ミルファの風弾が偶然当たった。「鳥の芯」は砕け、火は芯を失って消える。水の膜の勢いは増す、と思ったが、それの張り付いていたケイヴィンの右手を、膜ごと貫いた。無防備な腕が縮み、体幹への道が開く。俺は透かさず、魔法剣を当てる。右半身の一部が崩れた。
ミルファが風弾を選んだのは、その場にない属性だからで、金属弾と迷った、と言った。偶然にも良いのを引いた事になる。
二発目を同様に連携して当てるが、今度はタイミングが合わない。そうこうしているうちに、右手が復活した。とは言え、肉体的にではなく、水面から登る、きらきらとした光の粒が、手の形を取り始めた。エレメントとは明らかに異なるものだ。
「誰か、風魔法が使える人は?」
とカッシーが皆に聞いた。誰か答えていたが、確かめる前に、レイーラが飛び出した。
彼女は、半ば水に入り、両手を広げた。光が、彼女に集まる。俺は直ぐに後を追うが、妙に水に足を取られた。背後から彼女をホールドする。止める為だ。だが、彼女は、それ以上進む事はせず、静かな声で、光に語りかけていた。俺に聞こえたのは、
「もう、いいの。もう…。」
とだけだった。歌うように柔らかな声、この場に似つかわしく無いものだ。
しかし、似つかわしく無いものは、ふさわしい結果を生んだ。光の粒は、ケイヴィンを離れた。大きさが半分ほどになった塊には、火の衣と、熱い飛沫が集る。水の沸騰を恐れた俺は、レイーラを抱えあげ、急いで水から上がろうとした。足から、水温の急な上昇が解る。抱き上げる為に、両手を使っているので、盾が出せない。そこに、火の玉が再び飛んで来る。俺は背中で受ける積もりで、レイーラをかばった。
背中に衝撃。だが、それは火の玉ではない。
「姉さん!」
シェードの声だった。
「気をそらすな!」
グラナドの声もする。
俺の背中を踏み台に、二人は空中に舞っていた。グラナドは水の盾を作りながら、シェードはウィンドカッターではなく、風の気塊を出しながら。上から、気塊で飛ばされてむき出しになった頭部に、二人は、さらに魔法を叩き込んだ。
俺は、レイーラを抱え、岸に上がった。カッシー、カロフが駆けつける。
「止めだ、全力で行くぞ!」
グラナドの声、カロフとカッシーは、呼応するように盾を出す。塔の半ばには、ファイスが盾を、背後からミルファとハバンロが頭部を狙う。
俺は、頭部から下に、均等に当たるように、魔法剣を放った。
ケイヴィンの人柱は、一斉攻撃を受けて、崩れた。火の玉と熱の飛沫、小さな土礫が、名残と散る。全て盾で防ぐ。同時に、浮力を受けていたシェードとグラナドは、水面に落下し始めた。
レイーラがシェードの名を叫ぶ。ミルファもグラナドを呼んでいた。
シェードは、弾かれたが、一回転して、川岸に着地した。俺達のいた所からは離れていたが、レイーラが駆け出した。グラナドは、気流でまだ浮いていて、シェードよりかなりゆっくり落下していたが、正立した瞬間に、最後の鳥玉が彼を霞め、バランスを取ろうとして、反転した。
ファイスが「殿下!」と叫び、塔から飛び降りた。カロフが、盾を横に出したが、俺はそれより先に、グラナドの落下地点に飛んだ。
一瞬後には、腕の中にグラナドがいた。俺は尻餅を付いていたが、グラナドは無事だ。
タマーラらしき女性の声が、林のほうは、自警団が消した、と言っていた。いつの間にか増えた人が、ある者はレパルド、ある者はカロフと、地元の名を呼びながら、動き出す。一体、何が、どうしたんだ、とも声が聞こえる。
「助かったが、もう、離せ。」
グラナドがもがいた。俺は、わざと無視して、彼を支えたまま、立ち上がろうとしたが、右腰に鈍いが強い痛みが走る。グラナドは、緩んだ俺の手から抜け、
「レイーラ、すまない、ラズーリが腰をうったようだ。」
と、シェードのそばにいる彼女を呼んだ。
「殿下、街の人に、医師が…。」
とファイスが駆け寄ってきた。その医師か、ここの住人か解らないが、老人を一人連れていた。
そして、彼が、
「殿下…って、グラナド殿下!?」
と、グラナドを見て、大声で叫んだ。
かくして「お忍び」は終わった。
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