2.花の街
船が順調なほど、列車は順調ではなかった。
ゴージュ手前で、三回一時停車した。グラナドが乗っている事は車掌にも黙っていた。停止原因は、線路点検で、いつもこうらしいが、俺たちは、そのたびに部屋を飛び出した。
三部屋取って、俺とグラナドとファイスで一つ、カッシー、ミルファで一つ、レイーラ、シェード、ハバンロで一つ、同じ車両には、他に客はいない。老夫婦がセインスから乗ったが、二駅目で降りた。
「このあたりは、花を作ってる農家が多くてね。」
グラナドが、車中で説明してくれた。
「二十年くらい前は、山菜や野鳥や川魚の産地として、有名だったろう。エンツィアナ家の飛び地で、古い別荘があった。いきなり西側の森を切り開いたんだが、それで、ゴージュ方面に、西側からモンスターや獣が入ってくる頻度が増えた。
結局、山の物は食い荒らされて産出が減ったから、花を始めた。今じゃ、一大産地だ。」
俺は、
「怪我の巧妙というやつかな?」
と言った後、
「でも、なんで急に森を?」
と聞いてみた。
「西側の…エンツィアナから見たら北東か、『森には手をつけてはいけない。』と二百年前の当主が遺言していたんだ。当時はエンツィアナ家じゃなくて、サグナス家の土地だった。エンツィアナとは親戚だったが、仲が悪く、『騙されて土地を奪われ、忌の際に呪いをかけた。』と言われていた。その後のエンツィアナ家は、三代続けて当主が早死にしたから、それで噂が流れたんだと思う。今のエンツィアナ伯爵は、その手の話が、昔から大嫌いで。
実際、森が小さくなったら、西にモンスターが流れただけじゃなくて、夏に西から突風が吹き抜けるようになった。風害の深刻な年もあった。
新しく宿場町を作りたかったようだか、今は植林して、森を再生している所だ。」
列車は比較的開けた土地を走っていた。所々、森らしい部分はあるが。
「今はゴージュは直轄領だ。ヘイヤントやナンバスに比べて小規模だが。エンツィアナ家は『誕生祝い』として、女王陛下に贈った。というか、贈らされた、かな。」
すると、「お忍び」で都に戻るのは、ゴージュがクラリサッシャ姫の支持だからか?余計な気を回しそうになった時、列車が急に減速した。
「また停車か?」
と、ファイスがようやく喋った。だが、ゴージュ到着のために、減速しただけだった。
花の街、と言うだけあり、町中のあちこちに、「ラベンダーあります。」「鈴蘭あります。」などの看板が出ていた。どちらも季節の花ではないはずだが、あまり関係ないらしい。グラナド、俺、ファイスは市長にこっそり挨拶に行き、「金のアゼリア」という、高級ホテルに泊まる。残りは、教会を挟んで向かいの、「緑の薔薇亭」に泊まる。早い夕食を、教会の向かいのレストランのテラスで取っていると、教会から、いきなり歓声と音楽が聞こえ、式を上げたばかりと思われる、新郎新婦が手を携えて出てきた。
「わあ、綺麗。」
ミルファが歓声を上げる。レイーラも、明るい笑顔で、見とれていた。カッシーが、センスの良いドレスと髪型を誉めていた。
宿のメイドが、花籠を持ってきた。テラスから、花をまくように言われた。
「これをやりたくて、うちで食事して下さるお客様もいらっしゃいます。」
との事だ。シェードが、
「ここから籠を投げて、受け取れるかな?」
と言ったら、ハバンロが、
「花びらを桜吹雪みたいにして巻くんですよ。シィスンでは、夏の結婚式は、氷の粒を巻きます。」
と、真面目に説明した。
俺も一掴みだけ、投げた。風に乗って、うまく花嫁に注ぐ。臨席の男性が、
「この時間に、珍しいね。」
と、連れの女性に話しかけていた。女性は、
「ルジンで事故があったらしくて、今日はトスラ方面の道が、すごく混んでたのよ。今日は四組結婚するのに、トスラから、式に使う三色菫が届かなくて、時間が押してるって、教会の人が言ってたわ。ここらじゃ、どうしても、あれがないと、って言う人もいるし。」
と答え、「私たちの時は、バラだったわね。」と、付け加えていた。
花嫁は、満面の笑みを浮かべ、あちこちに手を振っていた。花婿は、彼女に寄り添っている。二人は、祝福を受けながら、町中をゆっくりと歩いていった。
食事が終わり、店を出た時、妙にテンションの上がった女性陣に押され、教会の回りを回って帰ることになった。教会は有名な建築物で、夜間も庭を解放し、式がなければ、中も見れるようだった。今日は夜からも何かあるらしい。
彼女達の後を付いて、庭を歩いているときに、グラナドが、地面に落ちているピアスをを見つけた。
薄い色石の細かいビーズで、三色菫を象った物だ。花の形の耳飾りは、花嫁の物、と聞いていたので、教会に届ける事にした。
俺とグラナドで教会に向かった。教会は開いていて、中に人がいた。一斉に注目を浴びる。俺は耳飾りの話をしたが、それに返事がくる前に、注目したうちの一人が、
「グラナド…。」
と言った。
カロフだった。彼の兄が結婚する、という話は聞いた。これから結婚式だろうか。それには遅い時間だが、立て込んでいるという話だ。そう思ったが、すぐに気がついた。
これは、慶事の空気ではない。
カロフを入れて十人ほどの人々には、若い女性が二人いたが、彼女たちは、花嫁衣装ではない。花婿らしい服装の男性はいたが、晴れやかな装いに反して、暗く消沈した様子だ。
「知り合いか?」
年配の男性がカロフに言った。カロフは、
「友人で、ギルドの魔導師です。」
と答えた。とたんに、尋ねた男性の横にいた女性が、急に逆上し、グラナドに食って掛かった。
「やっぱり、そうなのよ。」
「一味ね。何て真似をしたのよ。」
と言ってきたが、尋ねた男性が、
「お前、止しなさい。」
と宥めた。
もう一人、尋ねた男性と、同じくらいの年齢の男性が、
「やめることがあるか、こんな偶然はあるか。」
と怒鳴りだした。彼は杖を持っていて、それを振り上げたが、傍らの女性が、
「あなた、止めてください。」
と、止めた。彼女の側にいた、金髪の若い女性が、
「ごめんなさい、ごめんなさい。」
と泣き始める。もう一人の、茶色の髪の若い女性が、
「貴女のせいじゃないことは、わかりきっているんだから、そういうのは止めて。いらいらするわ。」
と、泣いた女性に言った。その彼女の隣の、若い男性が、
「君も、その言い方は止しなさい。」
とたしなめた。
グラナドは、しかし落ち着いたもので、
「私たちは、王都に向かう途中、ゴージュに立ち寄っただけです。何があったかは知りませんが、もし邪魔をしてしまったならすいません。」
とすらすら言った。礼儀正しい態度に、毒気を抜かれた一堂は、大人しくなった。カロフは、その場の人々を軽く紹介した。
尋ねた男性は彼の父親ザロフ、食って掛かった女性は母親ルラだった。「花婿」は、カロフの兄のラルフだ。杖の男性は、「花嫁の父」ダイウスで、宥めた女性は、その妻キネカ。泣いた女性は、花嫁の妹のイマーラ、もう一人の若い女性は、花嫁の姉のタマーラ、彼女を宥めた男性は、夫のリロイ。いわゆる新郎新婦の親族だった。後は、聖職者一名と、教会の職員が一名。
だが、「花嫁」はいなかった。
カロフの従兄弟のレパルドの姿も無かった。
カロフが、
「そうだ、グラナド、お前、レパルドを見ていたな。セインスで。」
と言った。グラナドは、
「え、ああ。昨日の夕方、列車に乗る所だった。」
と答えた。
それを聞いて、イマーラが、また泣き出した。「ごめんなさい。」を繰り返す。タマーラが、うんざりしたような一瞥を妹に向け、だが、カロフの方を向いて、
「やっぱり、レパルドは無関係でしょ。示し会わせる余裕ないもの。クエストだったんでしょ。これ以上は、本当に、メリーラが心配だわ。早く警察に届けましょう。」
と言った。
ルラとダイウスが、再び逆上し始めた。リロイが、カロフに、
「ひとまず、あっちに。」
と、別室を示した。
カロフは、別室で、事情を説明した。
花嫁となるはずのメリーラが、「峠の義賊」を名乗る連中に拐われた。「峠」とも「義賊」とも関係ない、街のごろつき集団だが、リーダーは前任の聖職者の息子ケイヴィンで、エンツィアナの開墾後に過疎化した、山合の村に陣取っている。一応、過疎対策で移住した若者集団、ということになるため、不当な占拠ではない。ケイヴィンは、父親の死後、三年前に街を出ていたが、一年前に戻っていた。例に漏れず、クーデター帰りらしい。
ただ、ケイヴィン自身は、三年前は真面目な青年で、メリーラと交際していた時期があった。そのため、「駆け落ち」ではないか、と最初は思った。「メリーラは貰った」と置き手紙があったが、他に要求はなかった。だが、誘拐されて丸一日後に、身代金を要求してきた。奴等の本拠地まで身代金を渡しに行ったが、まだ帰ってこない。
「着いたばかりのレパルドに、渡す役を頼んだそうだ。レパルドは、即受けしたそうだ。だが、戻ってこないから、疑われている。警察には届けられない、というか、この辺りでは、結婚前にこういうことがあると、被害者でも、女の落ち度と考える因習が、まだある。それに…。」
カロフは、言いにくそうに口ごもり、
「警察に届けるなら、レパルドの説明も要るだろう。兄は解らないが、両親は、それを避けたがっている。情けない事に。」
と続けた。誘拐したのは、峠の義賊であり、レパルドは巻き込まれたのだろう。何を避けたいのか解らなかったが、続く言葉で明らかになった。
「レパルドは、俺の父親の、弟の一人息子だ。両親が亡くなり、俺の家で、兄弟同様に育った。だが、俺の父は、叔父の財産を、全額自分の物にした。もちろん、学費や養育費の分は、その中から払ったが、差し引いても、かなりの額があった。レパルドは、その事について文句を言った事はない。
だが、両親は、レパルドが恨んでいたのでは、と、今になって、思っている。」
グラナドは、
「それは始めて聞く。ご両親も、悪いと思ってたから、気にしてるんだとは思うが…レパルドは、こう、恨み辛みを溜め込むタイプではないし。
花嫁の身柄もともかく、彼の疑いを晴らさなくちゃな。」
と言った。俺に、
「みんなを呼んできてくれないか。」
と言いながら。
この時、耳飾りを届けただけで、また色々と引き当ててしまった、と思ったが、あくまでほほえましい気分だった。
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