(3).三色菫

1.偶然の再会

船はようやく出た。




内陸の王都に向かうために、ナンバスの港から上陸するはずだった。だが、直前に予定を変えて、王都から南東、ナンバスから南にある、セインスの港から上陸した。


ナンバスから王都の場合は、転送装置が使えなくても、整備された街道に、大きな宿場がある。セインスからだと直線距離はぐっと縮まるが、セインスの他の大きな宿場は、ゴージュしかない。ただし、伝統ある、旧い宿場だ。


大都市のナンバスから、歓迎を一心に受けて都に帰る、漠然とそういうイメージでいたが、用心のため、人混みは避けた。変更はぎりぎりまで知らされず、シスカーシアと、彼女の弟のタルコース伯爵が、ナンバスまで「派手に」迎えを偽装した。(クロイテスはナンバスに回ったので、シスカーシアから見れば、「夫の出迎え」になる。)


また、サングィスト伯爵に、王都西のイシアで静養中の、ザンドナイス公爵を訪問してもらった。グラナド一行が、西から来る、その出迎え、と思わせるためだ。


セインス回りは、パーティだけになった。ソーガスもオネストスも、クロイテスと共に行く。


ソーガスは、一部隊も着けない事を心配し、数人でも騎士をつけては、と提案した。オネストスも賛成していたが、不用だ、とクロイテスが却下した。


急に決まったゴージュ側の準備が大変だから、と聞いていた。しかし、クロイテスからは、彼の考えを聞いた。


「リンスクで殿下が襲撃された時も、シィスンの時も、騎士団は側にいた。信じたくは無かったが、この中にはまだ、これから裏切る者がいるかもしれない。」


それなら、パーティ仲間も疑ってかかるべきでは、と思うが、彼は、その点については、俺の目を信じているようだった。


俺も連絡者に確認したわけではないが、カオスト、もといその裏にいるものと、繋がりのありそうな者は見当たらない。


ミルファとハバンロは、グラナドの幼馴染みということを差し引いても、二人を取り巻く生育環境から見た場合、カオスト側に味方する動機がない。


レイーラとシェイドは、リンスクを通じて接点があったと仮定しても、海賊を滅ぼそうとした彼等とは、利害が一致しない。


ファイスは来歴からしたら、敵方にはなりにくい。カッシーは、よくわからない部分があるにはあるが、ニルハン遺跡の件が本当なら、味方につく理由はある。




この思惑を知ってか知らずか、パーティは久々に、冒険者気分を味わった。




ギルドメンバーは、最近はあまり大人数で組まず、八人は多いほうだった。だから、お忍びとは言え、目立つ事は目立つ。幸い、グラナド帰還のニュースがあり、ナンバス側と比べたら少ないが、王都に向かう旅人は、普段より多かったため、なんとか取り紛れた。


セインスに着いた時、入れ違いで宿を出ていく男性から、グラナドが声をかけられた。


レパルドと名乗った、金髪のその青年は、細い杖のような剣を背負い、耳に青いピアスを着けていた。グラナドのギルド仲間だった。


ゴージュ近郊の村の出身で、従兄弟が結婚するので、クエスト先から、直接、故郷に向かう途中だ、と言った。


「カロフが、サイカラのクエストが長引いて、間に合うかどうかわからないから、俺も急に出ることにした。」


「サイカラで?遠くはないが、ナンバスまで依頼が来たのか?」


「ああ、依頼人は、もとはナンバスに住んでたらしくて。薬学の知識と、格闘の得意な剣士って、細かい希望があってな。何人か紹介した中で、カロフが選ばれたんだ。依頼人の護衛で。」


そこまで喋ると、列車が出るから、と、軽く挨拶し、慌ただしく去った。転送装置は、まだ様子見だった。


今出たら、ゴージュに着くのも夜中になるが、地元の人間なら、知人の家に泊まるか、迎えがくるか。俺たちは、その夜はセインスに泊まった。


翌日は列車で、ゴージュに向かう。転送装置の件を受けて、増発されていたが、午前の便は、ほぼ満員ということで、午後一番になる。午前の便は、ゴージュで泊まらず、王都まで行きたい者と、ゴージュ近郊の村に、明るいうちに着きたい者が多く乗る。ゴージュ一泊が決まっているなら、急ぐ事もない。


朝食の席で、また、グラナドが知人に声をかけられた。


件のカロフだった。北西コーデラ系だが、濃い茶色の髪に高い身長が、ラッシル系にも見えた。目は灰色がかった、薄い茶色だった。


彼は、早い列車に乗る、と言っていた。昨日、従兄弟のレパルドに会った、と言ったら、


「惜しかったな。」


と答えていた。


結婚するのは、彼の兄で、相手については、まだよく聞いていない、と言った。


「兄は都会の女性が好きで、村の中だと、なかなか決まらなくてな。一安心だ。」


彼は他にも他愛ない話をした。前に村人同士が結婚した時に、花嫁が式で身につけるアクセサリーで、かなり揉めたが、こんどは大丈夫だろうか、と言った。カッシーが口を挟み、


「どんなの?」


と訪ねた。装飾品の話だし、興味があったのだろう。


「ああ、たいしたことじゃ、ないんですよ。花嫁がつけたがった耳飾りが、赤青緑の石のたくさん着いた、派手なやつで。花を象ったやつなら、デザインは何でもいいんで、それでも問題はないんですが、一部の人が、素材は『白か透明の石が伝統』と口出ししまして。村長夫人の時は、薄いピンクの石だったので、彼女が仲裁してくれました。」


と、彼は、グラナドをふと見て、急に、


「あれ、ピアス、変えたのか?」


と不思議そうに言った。グラナドは、少し驚いたようだが、


「ああ、片方だけ、壊れたから。」


と答え、「細かいなあ」と笑った。


宿の女性が、列車の時刻を案内したので、カロフは、やや慌てて、


「じゃあな。終わったら、レパルドと王都に行くよ。見るだけだがな。」


と言い、小走りに出ていった。


「知ってたのか。彼は。」


と、俺は尋ねた。


「ああ。あの二人は、かなり優秀で、ルパイヤから、直接仕事が来ることもあった。説明した訳じゃないが、何となく悟ったみたいだ。」


ミルファが、


「へえ、それじゃ、仲が良かったのね。」


と、言い、レイーラが、


「ロサマリナでは、そういう時は、たいていは真珠よ。色は白かピンクか、薄い黄色。コーデラの真珠は、あまり色は濃くならないけど。南からの黒や金色の、大粒のも人気ね。黒は花嫁さんには、合わない、と言われてるけど、金色は華やかだし、使いたがる人もいるわ。」


と話し出した。


「ああ、でも、タラとメドラは、ピンクの珊瑚がいいな、と言ってたわ。私は神官だったから、よくわからないけど、あの年ごろの子達は、珊瑚に憧れてるらしいわよ、シェード。」


レイーラの罪のない一言に、シェードが茶をつまらせていた。




それから昼に駅に向かった。


ゴージュで一晩、翌日王都、の筈だった。




船が順調な時ほど用心しろ、という言葉がある、と、シェードから聞いた事があった。




それを自覚する出来事が待っていた。






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