4.巡る因果律
「ナクスグかイーシェンかわからなかったが、ゴウスロの言い方なら、イーシェンの方だろう、『貴族に恨みがある。』と言ってた。東方移民のようだった。左耳が半分、なかった。剣の、古い傷だ。
ナクスグの方は、名前は北東部の語感だが、そっちの訛りはなかった。こいつは、王都付近か、西のほうの、そこそこ余裕のある家の出だろう。手がつるっとしてた。イーシェンと似たような事を言ってはいたが、本音は、魔法院の宝物庫が目当てだったようだ。俺では開けられない、と言ったら、『騙された。』と悔しがって、部下に八つ当たりしていた。
彼等二人の上にいたのが、ベルビオだった。
顔はピウファウムそっくりだった。背もあったし、体も鍛えていた。騎士の弟と比べたら、痩せてひょろっとしていたが。
ナクスグ達に比べ、頭もあったし、剣も正式に習っていた動きだった。一応、礼儀作法も心得ていた。魔封環の使い方も解っていた。奴がいなかったら、俺も捕まる事はなかったかな。」
俺は、先ほど、「助けようとした。」と聞いていたので、疑問に思い、尋ねた。グラナドは、説明を続けた。
「ナクスグが八つ当たりに、部下を蹴飛ばしたんだが、部下が避けたから、壁を爪先でもろに蹴った。思わず笑っちまったら、余計に逆上した。
『丁度いい。こいつで鬱憤を晴らそう。』
と、俺に矛先を向けてきた。それを、ベルビオが止めたんだ。その時に、
『俺達の理想は、世の中を正しくすることだ。』
と奴等に言った。変な話だが、暴徒の一味にも関わらず、ピウファウムよりは『正常』な感じがした。」
彼等は、宝物庫の他に、神殿直結の転送室にも入りたがっていた。が、どっちも、院長のミザリウスか、副院長のヘドレンチナがいないと、鍵は解除出来ない。神殿側でもリスリーヌの認証が必要だ。
神殿の魔法結晶が目当てだとして、神官は奥に立て籠っていたため、最奥に行くには、正面からより、魔法院からの方が確かに早い。だが、それは、両側から、鍵を解除できたらの話だ。
「緊急脱出用の転送室なら、俺も空けられるから、なんとか、ごまかして、そっちに誘導出来ないか、と思った。だから、その話は、まだ黙ってた。
奴等に捕まってたのは、せいぜい一日か二日だが、その間、イーシェンは俺を殺したがり、ナクスグは『痛め付け』たがった。奴等の部下達は、ベルビオが俺以外を解放した事を、不満に思っていた。特にナクスグは、宝物や、女性魔法官を餌に、部下を募ったらしく、短い間にも、それで口論が絶えなかった。
ベルビオの立場は『素人集団』の纏め役、みたいな立ち位置だったんだろうな。」
グラナドは、少し言葉を切った。先ほどより、緊張が高まる。
遮るべきだろうか。だが、何も言えなかった。
「二日目かな、ベルビオが、『呼び出された』と言って、出た。俺の事は、『王子に乱暴な真似をするな。そういう指示は出ていないし、俺達は悪党じゃない。』と言い置いて。
ベルビオは呼び出された理由は言わなかった。だが、彼が出てから、入れ違いに、街で『噂』を仕入れた奴等が、慌てて転がり込んできた。
父様が、死んだ。それが噂だ。」
呼気が冷たい。ほんのわずかの沈黙の後、彼はさらに続けた。
「連中はパニックだった。『王を殺すなんて、聞いてない。』『それにしたって、なんで先に連絡がない。』とか。
その前後の記憶は、おかしな感じだ。考え事をしながら、何か芝居でも見てるような。ナクスグが率先して刃物を振り回したのは、覚えている。上着が切れて、ペンダントが煌めいた。
『何をしている、止めろ。』と誰か叫んでいた。
上手く言えないが、内側から、何か爆発するような感じだった。オリガライトの放出と重なったからだろう。我に返った時は、俺に被さるように、ベルビオが倒れていて、辺りは血だらけだった。噂を聞いて、一先ず戻ったんだろう。
彼は死んでいた。彼だけじゃない、部屋の者はほぼすべて。味方はいなかったのが、不幸中の幸いだ。ゴウスロは廊下にいたか、後から部屋を見たか。
魔封環は砕けていた。俺はそのまま意識を失ったらしい。気が付いたら、ガストン先生の病院で…アクティオスがいた。」
グラナドが、ピウファウムの処分を躊躇っていた訳がわかった。オネストスを気遣っただけではなかった。
兄を手にかけてしまったから、弟は生かして置きたかったんだろう。
これで、彼の事は解決したが、アクティオスの名が出た。グラナドは俺の心境を汲み取ったのか、暫くは静かだった。が、間もなく再び語りだした。
「俺を助けたのは、アリョンシャで、アクティオスは彼の部下だった。魔法院付きだったんだ。話したことは何度もあるが、それまでは、個人的に親しくしていたわけじゃない。
病院は、ヘイヤントの東の山と、オッツ方面と王都への街道の、引っ込んだ所にある。末期医療用の別荘で、『離れ』みたいな所だ。
アリョンシャは他の部下と出ていて、ヘイヤントからカメカに出るルートを確保中だった。病院に大勢いても、俺の身分がばれるから、アクティオスの身内、という事にして、俺の側には、彼一人だけ残した、とガストン先生から聴いた。
しばらくして、戻ったアリョンシャは、俺をカメカに移した。ヘイヤントに人が集まりつつあるから、そっちに行きたかった。だけど、ロテオンさんとも相談した結果、見合わせた。
カメカやオッツは、表向きは静観だが、裏でこっそりヘイヤントに協力してた。だから、市内に入るのは、簡単だったが。
『今は、行く時ではありません。反テスパンから、反カオストに纏まりつつある、微妙な時期です。』
と、アリョンシャには、はっきり言われた。
誰が敵か、わからない状態立ったのは、確かだからな。
結局、俺はナンバスで、ギルドマスターのルパイヤに預けられた。父様とロテオンさんの昔馴染みだったから、その繋がりだ。アクティオス達とは、そこから別行動だ。
ギルドには、俺の顔の解る奴もいたと思う。が、指摘された事はない。
後は、お前に会うまで、ずっと『考えて』いた。ギルドの役割をこなしながら。」
グラナドは、また少し姿勢をずらし、俺に身を預けるようになった。
「お前が来なかったら、どうしてただろう。今もギルドにいたかな。たぶん。ミルファやラールさんにも再会せず、ガディオスが生きている事も知らなかったろうな。
お前に、『王になりたいか。』と聞かれた時、笑ってしまったけど、本当は、痛い所を突いてくる奴だ、と思っていた。
このまま、ギルドで生きていくのもいいか、と考えてたから。
でも、それだと、結局はいつかは、後悔する。だから、決心した。」
グラナドは、俺から離れ、ただし放さず、正面から向き直った。酒のような琥珀の瞳に、俺が映っている。
「ラズーリ、俺は、王になれるかどうか、相応しいかどうか、まだわからない。だけど、答えが出る時まで、俺と一緒にいて欲しい。」
髪の石榴が、瞳に映って見える。俺はその目を見ながら、
「当たり前だろう。」
俺は君の守護者だよ、と続く言葉は控えた。グラナドは、俺に「役目」を求めているのではない。
「君が嫌がっても、離れないから、覚悟してくれよ。」
そういうと、グラナドは笑った。何日かぶりに見たような気がする。夕食の席では、確かに笑顔を向けていたというのに。
俺は、その夜は、ソファで休んだ。
翌朝、起こしに来たのは、ファイスだった。寝台のグラナドと、ソファの俺を交互に見て、不思議そうだった。
しかし、釈明する間もなく、カッシーがやって来た。
「朝食前に知らせた方がいい、と思って。」
と、ファイスと異なり、平然と前置く。
「夕べ遅く…明け方かもしれない、ゴウスロが、家出したわ。書き置き無し、身の回りの品も金目の物もそのまま。反省室の閂は木製で、焼ききれてたから、誰かが逃がしたのかも。」
騎士団に引き渡されるのを恐れてか。惜しかったわね、と結んだが、尋問したとしても、昨日の様子からは、大した情報はなさそうだ。公的に惜しいか、と言われると、さほどではない。指摘には刻んでやりたいが。
「逃げたって、どこに?街の出入りは、今は厳しい。確か、金は取り上げられているだろう。まだ街にいるんじゃないか?」
グラナドは、起きながらそう言ったが、カッシーは
「そこは解らないわ。ハバンロが騎士団に伝えに行ったから、居るなら探せば、見つかるかもしれないけど。どんなに探しても、見つからないかも。」
と微笑んだ。
グラナドが着替える、と言ったので、俺も身支度を整えに、自分の部屋に向かった。
何故か、ファイスが着いてきた。今回は、いや、今回も、なにもやましいことはしていない。
しかし、彼の用件は、そんな個人的な事ではなかった。
「君には言っておくべきだと思う。」
との前置きで、夕べの顛末を語った。
ゴウスロが「どんなに探しても見つからない理由」についてだった。
カッシーは、反省室の場所を確認した後、ナウルと彼の部下二人、ファイスを誘って、ゴウスロを詰問した。後でグラナドに確認するから、嘘をつかずに、洗いざらい吐け、と言うと、物の見事に、洗いざらい吐いた。
ゴウスロは貴族ということは、自分の隊長には隠していた。彼の隊長は、幼児の頃、拷問が趣味の地方領主に、酷い目にあわされた(おそらくイーシェンだろう)とかで、貴族を憎んでいた。金に困って、たまたま襲った相手が、彼らが狙っていた下級貴族だったらしく、目に留まって、勧誘された。(だから、金のためで、「悪気はなかった」と主張した。)
立場は弱く、幹部に直接会った事はない。テスパンが総大将というのも直前に知った。あくまでも当座の生活のためだった、機密に該当するような事は知らない、こういう話を数回繰り返した。
その結果、ナウルは「処分」を決めた。
「殿下に話すか話さないかは、すまないが、任せる。カッシーは話さないと思う。俺もだ。」
ファイスが話終わったタイミングで、カッシーが明るくドアから顔を出した。
「朝食はサラダらしいわ。早くいきましょう。」
グラナドは、カッシーと天候と海路の話をしながら、食堂に向かった。俺たちは、後からついて行った。
天候は、シェードとレイーラも、少し心配していた。ミルファは、熱心に聞いていた。ハバンロが戻ってきた時は、俺とレイーラ以外は、ほぼ食べ終わっていた。
レイーラは、サラダの赤かぶが、少し苦手なようだった。この地方の特産で、王都近郊の物より癖のある苦味が特徴だった。酢漬けにするのが主流だが、今日は生で出ていた。
俺は、同じ赤でも、花のように飾られた、赤いパプリカが微妙だった。
「この赤いサラダ、『ティアサの花束』、ていうらしいわよ。」
とミルファが言った。
「ああ、シスピアの。」
と、グラナドが答えていた。
俺は、パプリカは嫌いではないが、結局、手を着けずに、そっと避けてしまった。
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