(2).彼岸花
1.死人の花
《銀木犀は初恋の花。明るく清らかに咲いて、散ってしまう。
ジャスミンは大人の恋の花。昼間はひっそりと、秘密は夜に薫り、花より香りが残るのよ。》
《清らかな想いは、やがて無くなり、人に言えない香りを放つ物に変容する、と言うことか。》
《でも、今は、この恐ろしいリコリスを。これは、遠い国では、死人の花、とも言うの。あの方は、『悲しき恋の花』と呼んだわ。
昔は、とても情熱的な花だったのにね。》
《恋には死をも辞さぬ情熱がいる。正気を失った心が、真実に
近いとは。》
《三色菫は、誰にもあげない。あの方から、もらった花だもの
この花とともに、いつも貴方を想ってきたのに、変ね。みな、枯れてしまったわ。せめて、私を想って、枯れてくれたなら。》
《ああ、姉上、貴女の心は、あの男に届けよう。奴の血で、真紅のリコリスを咲かせてみせる。》
シスピアの、名作悲劇「ハームル王子」の一幕。主人公ハームル王子の父は聡明で勇猛な王、母の王妃は、美貌と知性に優れた王妃。母の弟、つまり王子の叔父は、実の姉に邪な心を抱き、嫉妬から、国王を殺した。
王子は、次の王になるはずだったが、叔父は、父王が、母の前に秘密結婚をしていて、王子が生まれていた、それは、自分の娘婿だ、と、派手なでっち上げをした。娘婿が即位し、王子は身分は留められたが、継承権を失う。母は、病気にかかったから、生家で休養しなくては、という口実で、叔父の屋敷に軟禁される。
継承権と母を奪われた王子は、復讐を企てる。まず、叔父の腹心である大臣の、娘のティアサに近づいて、恋をしかけ、叔父が父を殺した時の、仲間と思われる連中の情報を得る。彼らを脅し、叔父と新国王を暗殺させようとするが、間違って、大臣とその末息子を殺してしまう。母親は、王子が殺された、と勘違いし、心痛のあまり死亡。王子は、逃亡して、田舎の城に立て籠る。
ティアサは、恋の真実と、父と弟の死を知って、正気を失う。今度は、ティアサの直ぐ下の弟ティオスが、姉を利用した王子に復讐を誓い、立て籠った城を攻める時、王子の叔父に従い、先陣を切る。最後は、ティアサを除き、関係者は、みな死んでしまう話だ。
騎士団の授業でやった。あの朗読は、アリョンシャが上手かったな。ガディオスは、照れずに読め、と注意されていた、ホプラスは、「意外に上手い」と、目を丸くされた。
目が覚めた。王都の劇場で、シスピアの舞台劇を観た時の夢を見ていた。
ヒロインの持つリコリスの造花、暗い赤色が生々しかった。その舞台では、黄色の花を使っていたが、夢では赤かった。
もう昼近かったが、寝不足だ。
夕べの騒動のせいだった。
ピウファウムの身柄は、宿の一室に、監視付きで監禁されていた。宿は、騎士団の物ではないが、指定宿舎として契約をしていて、そのような場合にも、適した部屋があった。
同期ラッシュはさすがに無く、気にかけるのは、ソーガスとオネストスくらいになっていた。彼らは、なんとか、話を引き出そうとしていた。だが、ピウファウムは、相変わらず、自分にしか通じないような、正義の理屈を並べていた。
オネストスとは口論になるが、ソーガスには、年上で、階級も上という事もあるのか、愛想は良かったらしい。
しかし、一定以上の事は、話そうとしない。オネストスは、ピウファウムの妻に話して、説得に力を貸してもらってはどうか、と提案した。
仮にピウファウムが反逆罪で処分されても、罪は彼一人の物で、家族には及ばない。だが、妻なら、夫が反逆罪で処分される、という時に、何もしないはずはない。グラナドが、夫人に同情して(下手に画策されたら困るからだ、と言っていたが)、今の所は、反逆罪ではなく、重大な規律違反、ということにしていた。(同行してきた者達は、皆知っているが。)
ソーガスは、自分がクーベルに連絡し、一走り、迎えに行ってくる、と申し出た。今日、出発するはずだった。しかし、それは必要無くなった。夜半に、出発前にもう一度、会いに来たソーガスを、ピウファウムは、ウィンドカッターで切りつけて、脱出した。見張りの魔法官と騎士、そして、怪我をしながらもソーガスが追った。宿の庭で追い付き、戦闘になった。
最後に、ピウファウムは、小柄な魔法官を捕まえて、盾にしながら、何か懐から取りだし、飲んだ。彼の体から紫の煙が出始めた。ソーガスが、魔物化する、皆離れろ、と叫んだ。捕らわれた魔法官は、怯えて、魔法を、思いきり炸裂させた。反動で、魔法官は、傷を負ったが、ピウファウムから離れ、飛ばされ、叩きつけられた。皆は、それに呼応するように、魔法、魔法剣で攻撃した。
煙が修まると、ピウファウムの満身創痍の遺体があった。
彼が飲んだ物が、何で、いつ手に入れたかは分からなかった。彼からは剣は取り上げ、高い魔力を警戒して、ユリアヌスの作った、即席の魔封環を、両手両足に着けていた。
だから、ソーガスにぶつけたウィンドカッターも、不意を付いて上手く当たったが、威力はあまり無かった。ピウファウムはソーガスから剣を取り上げて、逃げた。ソーガスは片手剣、ピウファウムは両手剣のため、普段使用している剣とは、大きさ、重さ、リーチが違う。それでも、やはり腕は良く、こう言ってはなんだが、果敢に戦った。
遺体の魔封環は、利き手かつ魔法手である、左の物が壊れていた。剣で壊したのではなく、ウィンドカッターを出したのだから、その前に壊れていた事になるが、魔力が高いとはいえ、上級魔法官でもないのに、自力で壊せるはずはない。と、ソーガスが疑われた。しかし、彼が逃がしたなら、後の三つとも外し、転送魔法が使えるようにしただろう。
もっとも、疑惑は直ぐに晴れた。魔封環は、即席のため、飽和量が少なく、毎日取り替えていたが、担当の騎士レイネスが、前日の交換を、私用で怠った事が明らかになった。
レイネスは、私用が何か言わなかった。彼は、ソーガスとオネストスとは知り合いだったようだが、ピウファウムとは面識はなかった。港町で補充した要員のため、単に現場を見なかったから、事の重大さがわかっていなかったようだ。
彼は追って処分されるべきだったが、ソーガスが、
「気安さから、不意を付かれて、剣を取られた自分にも責任がある。」
と強く弁護したので、保留になった。また、この件に関しては、何故か、港に滞在中の、ポートニス男爵から「内密に」と要請があった。
レイネスは、男爵夫妻が王都にいた頃、夫人と「特別に」親しかった。クーデター後は会っていないが、港で見掛けたのだろう、妻に会うために抜け出したに違いない、妻はもう会わないと誓ったし、この事は内密にしてほしい、との話だった。
釈然としないが、重要なのは、ピウファウムの死だ。男爵夫人の名誉を損なっても、それが解明される訳ではない。
ピウファウムが飲んだのは、リンスクの暗殺犯人や、異世界でナドライオンやオディアネが使用した物と、同類と思われる。騙されて飲んだか、覚悟の上かは不明だ。
ただ、ピウファウムは、妻からもらった、というペンダントを持っていた。中が開くタイプだが、糊付けしてあり、開かなかった。妻の髪が入っているだけだ、と言っていた。騎士は、長期任務に赴く場合、妻や恋人と、そういう「形見」を交換する者もいる。なので、剣は取り上げたが、ペンダントは残した。ライオノスは、念のために預かろうとしたが、中が開かないなら、害はないから、と、オネストスとソーガスが、取り成した。遺体からは、ペンダントは見付からなかった。捕り物に参加した騎士の一人が、上着を切った時にはあったようだ、と言っていたが、彼も確証はないようだ。
ソーガスが同じタイプの物を持っていて、参考までに見せて貰った。彼のは糊付けしていなかった。中は数種の髪が絹に包まれ、詰まっていた。髪が無ければ、丸薬か散薬を格納する大きさは、十分にある。
後でオネストスに聞いたが、ソーガスの場合は、故郷の戦いで、両親ばかりか、妻と、産まれたばかりの子供を亡くしていた。彼に取っては、詰められた髪は、一族の形見だった。封をせず、取り出して、時々眺めている、と、これもオネストスから聞いた。ライオノスはこの話を聞いていたので、ピウファウムについても、ペンダントは持たせておこう、という流れになったようだ。
ワールド住人の営みに文句を付ける気はないし、俺が言えた義理ではないが、聞いた時は、思わず溜め息が出た。ピウファウムの処分には、グラナドが消極的だったので、彼の空気に引きずられた面があるが、中が開くタイプのペンダントなんて、糊付けだろうが、半田付けだろうが、見逃すには怪しすぎる。
ソーガスが、落ち込むオネストスに、
「万が一、俺が何かやらかした時には、お前が首を跳ねて挽回していいから、元気出せよ。」
と妙な慰めをし、オネストスが
「やめてくれ、縁起でもない。」
と答えた時、グラナドは苦笑していたが、俺は笑う気にはなれなかった。
出発はやむを得ず二日伸ばした。騒ぎを聞き付け、地元の警官が来たので、それに合わせた処理が必要だったからだ。
夜、俺達は、翌日の船での注意事項を軽くさらい、それから部屋に引き取ろうとしていた。シェードがレイーラ、ハバンロがミルファとカッシーを部屋に送る。俺とファイスは、グラナドに着いて出ようとしたが、クロイテスに呼び止められた。このため、グラナドは、オネストスとソーガスに付き添われて、出た。
クロイテスは、一呼吸置いてから、俺に、
「君は、やはり、ネレディウスだな?」
と、いきなり切り出した。俺は、「え?!」と叫んで驚いたが、これは、急に事実を突き付けられた時の「え?!」になってしまった。
「ああ、やっぱりな。、『逆転送理論』で確信した。」
「逆転送理論」、養成所時代に、産業技術学の講義で、ヘイヤント大学からきた、モドント講師に聞いた話だった。彼は、農耕に置いて、季節変動によるエレメント値の差を、うまく利用して収穫率を上げる研究で成果をあげていた。水の利の悪い、山奥の村の出身で、故郷のような、痩せ地を豊かにしたい、と思い、学者になった。
《実は、子供の頃は、魔法官を目指し、人や物を固定して、周囲の空間を移す魔法を編み出して、解決してやるぞ、と思って、『逆転送理論』なんて名付けていた。ここだけの話だ。
しかし、実現出来たとして、豊かな土地と、荒れ地を取り替えるだけだ。
次に考えたのは、遠隔地のエレメント同士を、等価交換する技術だ。まあ、理論だけだったが。
ティリンス師の言葉には、『実現性ばかりが、研究の要ではない。今はなくても、未来の足ががりになる。』とあるが、僕はせっかちで、未来まで待っていられなかった。》
だから魔法官ではなく、学者になった、と、モドントは言った。この話に、タルコースが偉く興味を持って、講義の後で、熱心に質問していた。
後から聞いたが、タルコース領は、同じ領内でも、農業地域に関しては、土地が豊かな地方と、そうでない地方の落差が激しく、その経済格差が、代々の課題だったそうだ。
クロイテスは、俺の(ホプラスのだが)記憶を探るように言った。
「『逆転送理論』という名前は、本当に『ここだけの話』で、彼が子供の頃考えた名前だだ。
『恥ずかしいから、誰にも言ったことがないが、教室の雰囲気が良いから、口が滑った。内緒にな。』
タルコースと一緒に質問に行った時に言われた。
モドント教授は、何冊か本を出したが、『逆転送理論』という言葉は、使っていない。
知っているのは、同期だけだ。恐らくな。」
それだけなら、決めつけるのは早計だ。しかし、クロイテスは、もっと調べていた。
「最初に君を見た時は、ネレディウスの直系だと思った。だが、彼に限って、それは、ありそうにない。
オッツの養成所には、名簿の不備がある年があり、途中で辞めた人物まで、すべて調べた訳ではない。だが、それらしい人物はいなかった。
それに、君の魔法剣の腕だ。あれは、ネレディウスの技術だ。私やタルコースが、必死で追い抜こうと目指したものだが、追い付く事さえ、出来なかった。
だから、はっきり覚えている。
.…『神』の物なら、当然だったな。」
俺は、「それは…」違う、と反論仕掛けたが、止めた。彼が目指した魔法剣は、ホプラス自身のものだ。だが、今の俺のは、「付与」された物だ。人間離れしないレベルではあるが、以前より、魔法力を底上げした分、魔法剣の威力は強化されている。クロイテスの見解は、少なくとも、今の俺に対しては、正しい。
「すまない。正直に言うべきだった。」
俺はこう言ったが、もっとすまない気持ちになった。彼には、グラナド達と同じだけの秘密は、共有させないようにしていたからだ。彼の立場と性格的な面から、「公表」したがるかもしれない、と思ったから。最も、シィスン近郊での展開から、まったく気付かれないのは、無理な話だ。ファイスをあえてこの場に残したのは、彼も俺と同じ立場だと考えているからだろう。
養成所時代、クロイテスは、貴族組のため、孤児組の俺とは、ほとんど喋った事すらない。彼自身は、大貴族に産まれた事に、逆に引け目を感じる性格らしく、孤児組にあれこれ言ってきた事はない。だが、王都勤めになってからも、同じくディニィの護衛でありながら、ガディオスやアリョンシャほどの気安さはなかった。当然と言えば言える。それに、彼は、どことなく、俺に遠慮しているような所があった。むしろルーミとのほうが、親しげに見えたくらいだ。
この彼に、必死で目指した物が、神のものではなく、人のものだった、と伝えて、今さら、意味は無い。
クロイテスは、構わない、確かに、気軽に話せる内容ではないし、と言い、
「君とファイス君には、伝えてなかった事があって、本当は、そのために、二人に残ってもらった。」
と、話題を変えた。
「ピウファウムとナウウェルの扱いなんだが。」
多少、先程より、声に厳しいものが混ざる。
「殿下のご希望は、もともと、彼らの処分については、穏便に、だった。生きているうちのお話しではあったが、さすがに、最後があれでは、殉職扱いは無理だ。目撃者が多すぎる。
彼等も騙されて、利用されたわけだが、事の大きさを考えると、遺族には気の毒だが、真実は明らかになるだろう。
殿下は、遺族の心配をなさっていたようだが、それはこちらに任せて頂く事にした。
殿下には先にお伝えしたが、君とファイス君は、護衛という性格上、知っておいたほうが、いいと思ってな。」
ファイスは、簡潔に「承知した」と言った。俺も、わかった、と返事をし、部屋を出た。
クロイテスの後半の話は、口実だろう、グラナドから話せばいい事だ、と思った。
廊下をファイスと進みながら、お互いに無言だった。部屋が近づいた時、ファイスが、
「どうする?殿下はもうお休みだと思うが。」
と言った。部屋に行くかどうか、の話だろう。
「そうだな…。」
と答えた時、廊下の向こうから、ソーガスが歩いてきた。一人だ。彼は軽く挨拶し、
「殿下なら、寝る前に落ち着きたいから、と、庭においでですよ。出てすぐの、東方式花壇のある、リコリスの…。」
と言った。
「昨日の今日だぞ、夜に一人で、外に出す奴があるか!」
俺は駆け出した。
グラナドは、一人ではなかった。背の高い、黒髪の騎士がいる。
「ですが、殿下。」
「お前も、しつこいな。ピウファウムについては、背景を吐かせるまでは、処分をしたくなかっただけだ。なんで、俺がわざわざ、お前の友人関係を、気遣わなきゃいけない?」
相手は、オネストスだ。一瞬だが、アクティオスに見えて、足が止まる。
「ただ、彼の処分を保留にするなら、ナウウェルを彼より重い罪にするわけにはいかない。ピウファウムの夫人は、何か知っているかもしれないし、お前の話によると、即離婚する人ではなく、説得に協力してくれそうな人、なんだろう?夫の処分を取引材料に出来る。
とにかく、お前が気にする問題ではない。どうしても気になるなら、働いて返せ。」
グラナドは、踵を返して、俺の方を向いた。気づいて立ち止まる。アクティオス、いや、オネストスは、背後から、グラナドに手を伸ばしたが、俺を見て、引っ込めた。
ソーガスとファイスが追い付き、背後で何か話している。声はソーガスだ。
「申し訳ありません、お一人ではなく、オネストスと一緒なら、と思いましたので。」
グラナドは、俺に、
「悪かった。リンスクの事もあるし、夜にふらふらしない約束だったな。」
と言い、オネストスとソーガスには、もう休め、と言った。
俺とファイスは、無言で、グラナドの後を付いていった。
俺達三人は、部屋の前で別れた。就寝の挨拶は簡潔だった。
その夜は、また、「ハームル王子」の夢を見た。ラストで、死体で埋まった荒野をさ迷うティアサが、咲き乱れるリコリスを摘みながら、だんだん正気に戻り、最後に泣きくずれる。
両手一杯のリコリスを抱きしめ、叫んだ時、花が吹雪のように舞った。
そこで目が覚めた。
本来は、ハームルの立て籠っていた城の広間のシーンで、彼女が花、と呼んでいる物は、幻とも、死体を染める鮮血とも取れる。ハームルが、いつ彼女を連れ出したかの描写がなく、また台詞からしたら屋外にも思えるため、これはシスピアにたまにある「ダブル・プレイス」(二重の場所)と呼ばれていた。演出家には、これを嫌って、是正する者もいた。
寝不足が板に付いた頭で、ぼうっと、何でハームル王子か、と思う。カーテンを開けて気が付いた(というより、思い出した)が、東方庭園に、真っ赤なリコリスが咲き誇っていた。
本来は、もっと早く咲く花らしいが、銀木犀が遅れているのだから、これも遅れたのだろう。東方では、死人の花と呼ばれている。死者を忍ぶ祭礼の時季に盛りを向かえるからだ。
庭に出る。赤い中、銀色の頭が見えた。シェードだった。
「お早う。」
「ああ、お早う。」
「鍛練なら、そこを左に入ったとこなら、自由に剣を使って良いってよ。さっきファイス達が行った。」
彼はいつにも増して朗らかだった。尋ねると、
「久しぶりに、本格的な船だからな。」
と答えが帰ってきた。
「ジェイデアの所で、乗ったじゃないか。」
「あれ、湖だろ。やっぱり、船は海だよ。」
シェードは、鍛練は済ませたので、朝食までに汗を流す、といい、中に戻った。
教えられた場所に行ってみる。ファイスとハバンロの姿が見えた。彼らは、もう戻る所だった。
「魔法剣なら、あの壁にお願いします、と、宿舎の方が言ってました。」
とハバンロに言われた。指定宿舎だけあり、練習道具もしっかりしている。最近の騎士は朝寝坊なのか、鍛練に人がいないのが気になったが、俺達の部屋に近いので、遠慮しているのだろう。
俺は、魔法剣の基礎練習を行った。壁には的が描いてあり、中心と、一番外側が赤く塗ってある。中心だけでは面白くないので、狙った場所に当ててみる。
最後に、真っ赤な中心に、強めに当てた。表面の赤が、少し剥がれ、下地の白が出た。
剣をしまう。多少すっきりしたし、戻ろうか、と振り返ると、練習場の端から、俺を見ている、ソーガスとオネストスがいた。
「俺なら、今、戻る所だったから、気にしないでくれ。」
と、朝にふさわしい表情で、練習場を後にした。二人とも、何だか、ぼうっとしていた。
食堂には、シェード、ミルファ、レイーラがいた。シェードは、もう食べ終わっていた。ファイスとハバンロはいなかった。グラナドがいない。
折よくカッシーが入ってきて、
「グラナド、ノックしても、出ないんだけど。…あら、ラズーリ。丁度良かった。起こしてきてよ。」
と言った。部屋まで行くが、強めにノックしても、返事がない。起こさないといけないが、鍵がかかっているのに、どうしようか、と考えあぐねた。
レイーラとミルファがやって来た。
「ノックに出ないんだ。鍵がかかってるし。」
「あら、それなら、ハバンロに言えば…。」
とレイーラが言ったが、ハバンロに気功で壊してもらう、という訳にはいかない。ミルファが、宿の人に話してくる、と、引き返した。その直ぐ後、グラナドが出てきた。
「まあ、どうしたの。」
と、レイーラが、驚いた。グラナドは、寝不足なだけでは説明がつかないような、疲れた顔をしている。顔色も、はっきりはしないが、良くはない。
「すまん。遅くなった。」
「遅いのは、いいの。でも、顔色が。」
「ちょっと、夢見が悪くてな。大した事じゃない。腹が減ってるから、食べれば治る。」
着替えるから、とドアを締める。心配だったが、レイーラに促され、食堂に戻った。
やがて食堂に出てきたグラナドは、さっぱりした顔で、いつもより多目の朝食を平らげた。
それから、俺達は船出した。
リコリスの悪夢を、後にしたつもりで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます