3.守護者の矜持

グラナドの瞳が、矢のように射抜いてくる。琥珀色の目は、狼のように、鋭く俺を、正面から見ていた。


「女帝エカテリンの血はラールさんに、聖女コーデリアの血は母に。リアルガーやセレナイトが、ジェイデアに付いていた事を見ると、男性に拘る必要はないな?


父様は、立派な方だった。でも、貴族ではない。騎士でもない。勇者王になるのに、そんな物は関係ないが、もし、王女の夫、として選ばれた、と言うことなら、あの時、あの場には、もっと的確な人物がいた。


お前と融合した、ホプラス・ネレディウスだ。


表向き庶民だが、実はラッシル皇家の血を引いていた。それは父様もラールさんも、死後に聞かされたらしいが、ラッシル皇家内部では、公然の秘密だったそうだ。


しかも、本人は、今でも語り草になるほど、希に見る、優秀な神聖騎士だ。


彼を差し置いて、父様か?リーダーは父様だった、と聞いている。融合してしまったら、勝手に抜け出せなくなるんだよな。そういうリスクを侵してまで、守護している者ではなく、その友人を助けるために、特別な力を使ってしまったのか?


恋愛感情抜きしても、特別な友人だったろう。でも、背後から守るほうが、守りやすいんだろ?自分の勇者を守りにくくなるのに、そこまでする物なのか?


セレナイトが、リアルガーについて言った事から考えると、お前達は、降りた世界に、子孫は残せないようだな。


俺はリアルガーがあんな奴だと知らなかったから、長く争っていた魔族と人族をまとめるなら、女性としとのジェイデアの花婿は、魔族のイシュマエルより、神族と見なされていた、リアルガーのほうが、適当じゃないか、と最初は思っていた。それをセレナイトに言ったら、


『一歩譲って、プロポーズするまでは良しとしよう。ジェイデアが応じるなら、問題はない。だが、彼は、


『女性のままで、自分と子供を作るのが指命。』


と言った。自分のために、事実に反する事や、実現不可能な事を言い、勇者の意志を自分の都合に合わせようとしている。もっての他だ。』


と、こう言った。


ラズーリ、本当は、お前が守っていたのは、ホプラスで、融合してしまったから、母との間に子供が期待できなくなった、だから、途中から、父様になったんじゃないか?


お前、さっき、『ホプラスの内面までは解らなかった。』とか、言ってたよな。こういう台詞は、お前がホプラスを守護していたからこそ、出るものだろう。」


やはり、気付いてしまったか。この情報量から、良く…いや、この情報量なら、充分だ。俺は、


「うん。当たってる。」


とうなずいた。


「やっぱりか。」


グラナドは、静かに言った。彼が、俺に失望しているか、激昂しているか、それすらわからない。静かな声と顔。


「だから、自分の勇者である、ホプラスの意志を、優先したのか?」


それは頷きかねた。確かに結果はそうだが、そこに至るまでの葛藤が、山とある。ホプラスは、ルーミの幸せのために、自分の幸せは、押し込めようとしていた。相手がグラナドでも、それを肯定してしまうと、すべて無くしてしまう気がした。


「ホプラスの望みは、ルーミの幸せだった。そのために、自分の想いは、押し込めていた、


だけど、そのルーミは、最終的に、ホプラスとの未来を望んだ。だから、俺は…。」


上の計画に、抗った。


計画、と言う言葉を飲み込んでいるうちに、グラナドは、恐らく、彼が一番聞きたかった事を聞いた。


「俺は、どうなんだ。」


声が、僅かにほそくなる。


「お前が、俺に期待しているのは、ミルファとの子供、それだけなのか?」


「違うよ。」


反射で答える。何が違う、計画は、その通りじゃないか。俺がホプラスの幸せを、計画より優先した後始末、そう言ってもよい。だが、俺は否定した。


「じゃあ、何のためだ?俺が産まれたのだって、偶然じゃないだろ。その頃は、お前は自由に動けなかった、と聞いてる。


もし、俺にコーデリアの血がなければ、今、俺の側にはいないはずだ。お前は、俺を選ばなかった。」


それはそうだ。だが、守護者には、勇者を自由に選ぶ権利は、そもそもない。もし、あの時、融合しないで、ホプラスが死亡したら、俺はそのまま上に帰り、ルーミのために、別の守護者が降りたはずだ。


背後型は、融合型に比べ、ワールド住人に対する考え方は、ドライだ。俺は、単にホプラスがいい奴だから、助けたが、融合する前に抜けるつもりだった。ホプラスが意識を失ったから、脱出可能な制限時間を越えて、融合してしまった。


俺は、あの時の選択は、後悔していない。ホプラスとルーミの事もだ。しかし、ディニイやエスカー、そしてグラナドについては、罪悪感があった。グラナドを守護するのは、上の決定だが、俺に取っては、贖罪でもある。


「それは、そうかもしれない。勇者は、守護者が選ぶ訳じゃないからね。それは本当だ。」


俺は答えた。グラナドの空気が冷える。


「だが、俺は、今、もし、上から、守護者を変えるから、戻れと言われても、断る。」


グラナドは、驚いて、


「断れるのか?リアルガーは、でも…。」


と言った。勿論、強制回収なら、断れない。断る暇も与えられない。


だが、ルーミとディニィを引き離すような選択をした俺は、六年間、生かされた。俺だけではなく、当事者の意志だったから、回収対象にはならなかった。それに、ラスボスを倒す方は、しっかり完遂した。


強制回収については、大まかには、


「計画の完遂を意図的・能動的に妨げた。」


「ワールドに故意に一定レベル以上の損害を与えた。」


「個人の都合により、守護対象を謝った方向に誘導した。」


「ワールド住人に、超越界で知り得た情報を不用意に与え、その結果、文明レベルに深刻な影響を与えた。」


などの基準がある。


一応は、融合型の場合、自分が関わっている以上、勇者の回りの人間関係を壊す訳にはいかないため、「原則として。」と但し書きや、レベルを規定した細則が付く。


ルーミの事は、


「計画を能動的に妨げた」


に該当するだろう、と予想していたが、違った。


ルーミはホプラスと俺の知らない所で、国王の申し出を断っていた。また、最初の計画はハプニングで中止せざるを得なくなり、二番目の計画は代案だった。さらに、最初の計画のために、上が俺に隠していた事(ホプラスが女性に興味が無いことなど)があり、それは、そもそも計画に無理があることの証明になった。


俺はその中、悪条件に負けず、できる限り使命を果たした、と見なされていた。最後に、守護対象と、宿主の意志(融合中は、守護者本人の意志でもあるが)を尊重しただけだ。


《「本物の『神』が、唯一、残してくれた最後の物だ。例え、


『神』が返せと言っても、断る。》


昔、俺が、上ではなく、敵に言った言葉だ。あの時は、上も敵みたいなものだった。


「断れるかどうかは、わからないな。正直な所。でも、断る。」


頼りない答えだ。グラナドは、


「お前、追放されたりとか、しないのか?」


と尋ねた。追放、とはワールド放置、という意味か。ワールドに不適格と判定されたら、ワールドに置いておく訳にはいかない。そういう意味なら、追放はない。守護者として最後の仕事になってしまう可能性の方が大きい。


「それは無いと思うけど…仮にあったとしても、それだけの覚悟が無ければ、守護者なんて、出来ないよ。」


新人の就任式で、元守護者の計画者が、こう演説した。


《君たちの使命は、勇者を守る事だ。己の全てを掛けて。勿論、我々計画者からもな。》


俺達は笑った。守護者の仕事は、計画のために、勇者を導いて適切な選択をさせる事だ、と考えていたからだ。ユーモアだと思っていたが、あの演説は真理だ。今は、理解できる。


「今の俺の勇者が、君で良かった、と思っている。信じてくれとは、言えないが。」


暫し沈黙。冷たい空気は無くなり、沈黙は軽い物だった。


やがて、グラナドが口を開く。


「ミルファの事は?俺とあいつが、結婚しないと、困るんじゃないのか?」


それが計画には違いない。それにより、産まれた究極の女王により、この世界の「バランスの球体」を整える。


「バランスの球体」とは、超越界にある「秤」だ。。ワールド毎に一つあり、七色に輝いているが、混沌に傾くと鈍く暗く、秩序に傾くと白けて眩しくなる。明るさ、鮮やかさ、七色がバランスよく、色に傾きのない状態が理想だ。現在のこのワールドのものは、俺がホプラスについた時点では、極端ではないが、長く混沌寄りで停滞していた。ルーミ達の活躍でバランスを取り戻したが、クーデターで、また混沌が強くなった。今は、新しい勇者の活躍があり、恐らく改善はされているだろうが、どうかわからないが、時空の穴の影響もある。


そういえば、連絡者が、さっき、バランスの球体の話を引き合いに出さなかったのは、少し妙だ。もともと、あの連絡者は、そういう話はしない質だから、聞き忘れてしまったが。


「ラズーリ、お前が欲しいのは、ミルファと俺の、子供なのか?」


我に返る。悲壮な顔のグラナドが、すぐ近くにいた。


「違う、違うよ。」


ごちゃごちゃ考えるのは、後だ。こんな時の沈黙は、肯定でも否定でも、問い質した物は、悪い解釈をする。口に出して、答えなくては。グラナドの、俺の勇者に、俺自身の答えを。


「君達が、お互いに好きなら、それに越した事はない。でも、それは、君達自身が、自由に決めていい事だ。君達の、権利だ。


それに、仮に君とミルファが、お互いに他に好きな人がいる、と考えてみてくれ。なのに、


『そうしなければならない』


だけで結婚したら、君もミルファも、不幸になるだけだろう。守る相手の不幸を、わざわざ願う守護者はいないよ。


俺だって、君達がそんな理由で相手を決めても、嬉しくない。」


背後型の時の俺は、勇者が「不幸にならない」事は、多少考慮したが、基本は計画に支障のない範囲を守った。もともと、計画の成就が不幸に直結するような人物は、勇者には選ばれない。だが、不幸にならない、事と、幸福を感じる事は、似て異なる。


「ラズーリ。」


グラナドは、俺と距離を詰めていた。幼い子供のような表情。


「お前、そういう所、ずるいよな。」


「どういう意味だ。」


「言った通りだ。」


俺の考えの隙に、彼は、少し距離を詰め、そこがだよ、ささやいた。


この距離感は良くない、か?何を、今さら。往生際が悪い。だが、ミルファの、薄紅の頬が頭に浮かび、一瞬、止まった。その時、


「殿下!」


オネストスが、ノックもせずに、飛び込んできた。背後に、ファイスもいる。


「あ、その、ファイスさんが、こちら、と。」


グラナドは、ゆっくり俺から離れ、平然と、


「何だ?君が慌てるとは、珍しいな。」


と言った。確かに、オネストスは、取り乱したりしないタイプだと思っていた。それが、人の部屋に、いきなり飛び込む。ノックはしたかもしれないが、鍵をかけ忘れたから、結果的に飛び込んでしまった、のかもしれないが。


オネストスは、グラナドの平常心に自分を取り戻し、


「大変な事が。」


と前置いた(しかし、この言い方からしたら、まだ取り乱していたと思う。)


だが、答えたのは、ファイスだった。一言、本当に一言、


「ピウファウムが、死んだ。」


と。




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