2.秘したもの

ミルファは、異空間で、フィールとシェードと共に、オーリに捕らわれた。先にフィール、次にシェードが追い出された。


「霧みたいなのがまとわりついて、口や鼻から、入ってこようとしたの。フィールの場合は、『足りない』『合わない』『やはり違う』と、言ってた。霧は、次に私を狙った。でも、何て言うのかな、弾き返した、みたいで。腕輪のせいだと思う。『はめて運んだほうがいいよ。』って、フィールに言われて、何となくはめてた。でも、霧は気づかなかったみたい。『確実なのに、入らない』と、言われた。


シェードが、やめさせろ、って、オーリに、糸車みたいなのに、切りかかった。あの、髪みたいなの、シェードを捕まえて、締め上げて、『これは使える』と言ったんだけど、霧が、『でも偽者』と、もめてた。シェードが、隙を見て、糸車を切ったら、ぎゃっと言って、彼を勢いよく放り出した。


霧と髪は、一時私を離したけど、また捕まえようとしたわ。


『探してた。見つかった。』


『もっとよく調べなければ。中身まで。』


言い方がぞっとした。怖かった。でも、武器もない。霧が迫ってきた時に、ダメ元で、魔法を放ったの。そしたら…土礫でも盾でもない、光線みたいなのが、出た。


ああ、土のエレメントだなって何となく思った。とにかく、敵が怯んだから、もう一発打てるかな、と思ってたら、力が入らなくて。腕輪が割れて、外れかけてた。


そこに、ファイスが来てくれたの。」


ミルファは、また水を一気に飲んだ。暫く静かだったが、今度は、代わりにファイスが語りだした。


「俺が飛び込んだ時、髪と霧は一体になって、ミルファに向かっていたが、髪は俺に向かいだした。俺はミルファを支えながら、盾で霧を避けて、髪は剣で切った。


妙な言い方だが、霧と髪は、『内輪揉め』を起こしているようだった。霧はミルファを、髪は俺を狙っていたが、俺達二人の距離が近すぎて、『思うように行かない』と喚いていた。


俺達とは、会話が成り立たなかった。最後は、グラナド殿下の魔法がきて、一気に消し飛んだが、それまで、


『まさかここまで生き延びるとは。』


『この状態を保てるのか。』


『優れた親和性だ。』


と言われて、それに


『どういう意味だ。』


『俺の事を知っているのか。』


と問い返したが、無視された。


彼等が、俺について言った事は、エパ師…最初に不死の戦士としての俺を作り出した奴が言った事と似ている。


同じ事は、今まで、何回か言われた事がある。


いずれも、相手は、目の前の敵、禍々しい物、そう思って、ただ倒してきた。俺の故郷の考え方だが、死者の魂には、子孫に益を与える物と、害を成す物がある。それを聞き分け、善きにつけ悪しきにつけ、人間に有益に利用する力を持つ者がいる。一方、声に惑わされ、奴等が表に出るために、利用される人間もいる。


今まで、奴等は、宿主を滅ぼしてしまえば、消滅するか、あるべき場所に帰る、そういう物だと思っていた。悪しき者の思考なんか、考えても仕方ないと、遭遇したら倒す、それだけだった。


だが、奴等がミルファに言った事を考え、ラズーリ、君から聞いた話も考慮すると、倒せば終わり、ではなく、全体を貫く、何か一つの物があるように思える。


それが何なのか、俺には説明出来ないが。」


ファイスが話終えると、次はグラナドだ。


「ラズーリ、俺は今まで、お前が『上から』、俺の手助けにきた事を、不思議に思った事はなかった。父様は勇者…実の父は違うが、母は王女で最高位神官、俺は身分は王子だ。信仰と秩序を纏めて世界を導きたいなら、俺みたいな立場の者を助けるのは、自然に思えたからだ。それに、俺には、人の中身を見分ける力もある。


だけど、それなら、俺たちの相手は、ファイスの言う『悪しき者』でも、基本は『人』に属する物のはずだ。少なくとも、複合体の時までは、そうだったろう。


でも、今のは、多分、違う。


俺は、カオスト公が、俺を遠ざけておきたいのは、政治的な意味だと思っていた。だが、もしも、彼が『黒幕』ならば、俺の能力で、看破されたくないからじゃないか?自分の中身を。


お前やセレナイト、本来は、もっと色々できる立場だけど、『人』として協力する時は、多分、制限があるんだろう。お前が、出来るだけ、俺達に協力してくれてるのも分かる。


だけど、人を越えた物に、人が勝てるのか?黒幕、とは、本当は何だ?ミルファが狙われたわけは?


今回は被害が少ない、と言われている。確かに、人対人の戦禍には、もっと悲惨な物は、数多くある。人ならざる物に対してなら、本当に少ない、と言えるかもしれない。


だが、死者が出た事は、事実だ。


俺の王位を正統な物とするなら、騎士や魔法官を率いて、カオストと戦う、のは分かる。それが秩序になるからだ。


でも、もし、人でなく、人を越えた物なら、やり方は変えなければならないんじゃないか?


俺は、一個人としてでも、お前と一緒に、敵と戦う。俺には力があるし、それは、このためだと思う。


だが、俺達以外は、『違う。』このまま続ければ、俺が指揮する機会も増える。その立場から、皆に、『人を越えた存在と戦え。』と、何も知らずに指揮する事は出来ない。


少なくとも、争う物は、王位だけじゃないよな?


答えてくれ、ラズーリ。」


静けさが重い。柔らかいはずの銀木犀が鼻に付く。


俺にとっては、ラスボスがカオスト自身だろうが、人ならざる者だろうが、大して代わりはない。人でなくても、ワールドの存在なら、超越界の手の中だ。だが、彼の言う通り、ワールドの人々にとっては、違う。


「答えてくれ、ラズーリ。」


グラナドが、ひたむきな目を向ける。守護者の正体ばれが、禁止なのは、『神』を求められるからだ。だが、彼は、俺に神など求めてはいない。


答えは、ほとんどは、俺に知識がなくて、答えられない事だった。さっき、連絡者にもねじ込んだ部分だ。一方、知識があっても答えられない事がある。こういう場合のシミュレーション経験はある。嘘でも本当でも、質問者は、満足する答えを得ないと、不信感を持つ。この手の質問が出てくること自体、「詰んだ」状態だ。


だから、推奨されるのは、たいてい、嘘だ。セレナイトは、嘘は言わなかったが、計画については、話さなかった。聞いた本人が、計画に反発すると考えたからだろう。


グラナドもミルファも、まだ若い。いくら好きでも、運命だと言われば、逆らう年だ。すでに運命の恋になっていれば別だが。


グラナドは、俺の隣で、俺を見ている。ミルファ、ファイスも、注視してくる。


俺に求められているものは、仲間だ。神じゃない。仲間なら、どうする。シミュレータは忘れろ。


「まず、ミルファ。」


呼び掛けられて、ミルファは、どきりとしたように、「え、なあに。」と言った。


「君、自分の血筋については、どれくらい、知ってる?ラールから、何か聞いているか?」


「うん。一応。最初に聞いたのは、母からじゃなくて、グラナドからだけど。五歳か、六歳の時に。」


俺はグラナドを見た。グラナドは、仰天して、ミルファを見たが、ミルファは真面目な様子だ。


「…ミルファ、子供の頃から、よくコーデラに来ていた。話しただろ。


子供の頃だよ、子供の。


園遊会の時でさ、子供だけで、菓子とか食べてたんだ。ラエル伯爵の、姪の姉妹の、妹のほうが、子供の頃から、器量自慢というか…『貴族の女の子の中で、私が一番可愛い。』っていったら、姉のほうが、


『ミルファちゃんのほうが可愛い。』


って。そしたら、妹が、


『ミルファちゃんは、庶民でしょ。身分の高い人の話をしてるの。』


ミルファは、菓子を頬張ってて、口が塞がってるから、俺が、


『ミルファは、ラッシルの皇女じゃないの?父様が言ってたよ。』


って、言っちまったんだよ。


父様は、ラールさんとガディナ叔母様に絞られたらしいけど、言ってたのは、実はガディオスだった。父様と雑談してて、俺は本読んでたけど、耳に入ったんだ。


…でも、それ、関係あるのか?ミルファには、ラッシルの皇位継承権はないぞ。ラールさんのお祖父様は、パシキン殿下ではなく、彼の部下って事になっているから。」


パシキン殿下は、先代の皇帝の兄で、今の女帝陛下の伯父にあたる。三人兄弟の長男だった。末の弟の反乱で、戴冠することなく、若くして死亡、恋人のお腹には子供(ラールとホプラスの父)がいたが、身分の差があり、結婚していなかった。パシキンは、死ぬ前に、彼女を自分の部下の老将に託し、老将は、自分の妻として、彼女と子供を守った。


反乱は、先代の皇帝、つまり三人兄弟の真ん中が、弟を打ち倒して終止符を打った。先代は、兄の子を復権したがったが、母親が拒否した。


ラールとホプラスは、母親が違うが、その『隠された皇子』の子供で、パシキンの孫に当たる。


「ラッシル皇室には、『史上最高の女傑』と呼ばれた、『烈女王エカテリン』がいた。現在、存命中の子孫で、潜在的に、能力を受け継いでいるのが、ミルファ、君とラールだけなんだ。」


遺伝情報、という表現は説明しにくい。うまく言い換えたつもりだが、当然、彼女は驚いた。


「それを受け継いでいるから、直接的にどう、という訳じゃないよ。時代も環境も違うし、同じものが、同じ出方をする、とは限らない。


君とラールでも、親子なのに、能力は異なるよね。後から学んで努力で身につけた物は、子孫に伝える事は出来ないし。


でも、拘る人、気にする人はいる。『敵』も、そのタイプなんだろう。」


こう説明して、俺は次の質問に構えた。文字どおり、構えた。


「それでは、敵は、ミルファと…その、子孫を残す個体を探していたのか?」


ファイスが、少し言いにくそうに尋ねた。ミルファが少し震えているのが分かる。


「それじゃ、俺を遠ざけるのは変だ。俺と成り代わる、という発想はないのか?ミルファの気持ちがどうであれ、世間は婚約者と見てる。子供の頃から。」


以外にさらりと、グラナドが言ってのけた。ミルファは、少しうつむいたが、赤みの走った頬を隠すためのようだ。


やっぱり、来たか。これを言うときが。


俺は気付かれないように、呼吸を整えた。


「奴等が探していたのは、十中八九、君だよ、グラナド。君の中にも、聖女コーデリアが持っていたのと、同じ物がある。これは、ディニイから君に伝えられた物で、他の人には、ないんだ。」


重くならないように、あっさりと言う。続けて、


「これも、だからどうこう、と言うものじゃない。仮に君たちが結婚して子供を作っても、うまく伝わるとは限らない物だ。現に、父親は同じなのに、ラールに伝わって、ホプラスには伝わっていない。ディニイと妹二人では、同じ両親から産まれた姉妹なのに、ディニイにしか伝わっていない。クリストフ王子については、覚えていないが、多分、伝わってないはずだ。」


これを守護対象の勇者本人に伝える。本来、というか、前回なら、強制回収物だろう。だが、今、新型の俺は、ある意味、特例だ。前回の事があるのに、今回も俺、それは何か、意味があるのだ。俺は、それに掛ける事にした。


「だが、俺にも、奴等の正体、目的、真意まではわからない。


前の時は、途中からホプラスと融合した。それまでは、融合後に比べれば、情報は豊富だったが、すべて教えてもらってる訳じゃなかった。特に、ホプラスの個人的な感情までは。


こういう形で、皆と行動を共にする場合は、渡される情報は、もっと少くなる。『全能』にしてしまうと、リアルガーみたいな者が出てくるからだ。


今回は、次元の穴があり、これは、本当に、予想外の事故だ。だから、上も、敵の正体がわかってないのかもしれない。今の俺は、昔に比べ、禁止事項は緩くなっている。が、それでも、俺に与えられる物は、隠されているものより、少ないんだ。」


息をついだ。苦しい。嘘はない。一部は隠した。計画の要については、関係なさを白々しいほど強調した。仕方ないが、それが苦しい。


ミルファは、


「話してくれて、有難う。」


と、微笑んだ。俺は、目を見張った。黙ってた事を責められても仕方ないと思っていたからだ。


「正体と、最終目的はまだ不明だけど、あの時、受けた感じと、今の話と、合わせて考えると、当面の敵の目的は、はっきりしたでしょ。多分、体がないから、単純に、欲しがってるのよ。敵の基準で、『強い』のを。


それをするのに、何年も研究した、技術がいるんじゃないかな?今のままだと、遠隔操作くらいしか出来ないのかも。


根っこで操ってる人はどうか知らないけど、手先は、あんまり頭よくないし。『体を寄越せ』『はい、そうですか。』と期待している、みたいな感じがしたもの。


複合体の話、習ったけど、『動植物と違い、人間には意志かあるから、完全に宿主の意志を無視して入れても、不具合を起こす。』って。


色々説があるらしいけど、エレメントでもそうなんだから、人の魂なんか、勝手にはいるのは、もっと難しいんでしょ。


無敵じゃなくて良かった。これなら、勝てそうよね。」


緊張が溶けて、力が抜けた。グラナドが苦笑しながら、楽観的だな、と言ったが、ミルファは、


「あら、グラナド、魔法院で一番だったくせに、あの程度に、負けるの?」


と、明るく言った。グラナドは、


「そりゃ、知恵比べなら、負けないが。」


と珍しく、僅かに遠慮がちに言った。


「お前は、ファイス。」


グラナドが声をかける。


ファイスは、表情を変えなかった。俺は、再び緊張したが、


「すっきりした。」


と返事がきて、これも驚いた。


「今の俺は、エパ師がいなければ、存在していない。だが、俺の存在は、何人もの運命を狂わせて、巻き込んだ。


ルミナトゥス王が、エパ師を倒したと聞いた時、俺は嬉しかったが、同時に虚しかった。


強大な力を持つもの、完全に倒せるとは、思っていなかった。俺がどこかで、諦めていた物だからだ。


同じ場所に立つことが可能なら、倒したい。それが叶うかもしれない。」


あまり表情のない彼だが、ないからこそ、僅かな差がわかる。笑っていた。


「ファイスさん…。」


ミルファが、感動したように言った。


「さっきもだけど…実は照れ屋で、ワンセンテンス以上、喋れないって、カッシーさんが言ってたのに…。」


「…それは嘘だ。」


「あ、ご免なさい。」


俺とグラナドは、同時に吹き出した。


ミルファのお陰で、空気が軽くなり、そのまま解散になった。


三人が部屋を出る時、グラナドだけが、


「ラズーリと話があるから。」


と残った。ミルファは、


「じゃ、お休みなさい。」


と言った。ファイスは、彼女を部屋に送るために一緒に出たが、


「下がシェードの部屋だ。明日、久しぶりに海と船だから、眠れない、と言ってた。」


と、「心配」を仄めかしてから、行った。


二人が去った後、俺とグラナドは、静かに、部屋で向かい合った。


「ラズーリ、確認したいんだが。」


真面目な表情だ。俺は、何だか、いたたまれなかった。


「セレナイトから、お前は、将来の勇者王である父様と、その仲間達を支援していた、と聞いた。主に、父様の親友である、ホプラスの近くに付く事が多く、彼が間違って、母の代わりに暗殺されかけた時に、彼の中に入り、助けた、とも。


だが、お前がホプラスの近くにいたのは、父様達ではなく、彼を、彼個人を、支援していたからじゃないのか?」


彼の言葉は、視線と共に、核心を突いてきた。





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