[3]. 花に寄す
(1).銀木犀
1.銀木犀の名残り
戦いの後、急激にエレメント値は正常に戻った。廃墟周辺は「平らに」なってしまったが、ゲイターをはじめとした、有人の地域には、物質的な被害は、ほとんど出ていなかった。
そういう意味なら、平和になった、と言えるが、「人」に関しては、違っていた。
ハバンロは数日、実家で休んだ。彼は大きな怪我はしておらず、これは心理的な配慮だった。自分の力不足をとても気に病んで、一時は、
「ロテオン師匠の元で、また修行を積みませんと。私には、まだ、馬の飼い葉ほどの価値もない。」
とまで言っていた。サヤンは
「やりかけた事を途中で止めるなんて、だめ。出来る、と思ったから引き受けたんでしょ。ロテオンさんも、その積もりで、送り出している筈よ。」
と叱咤した。父親は、反対に、休養を勧めていた。
気持ちの問題というのは、案外重要な物だ。特に、ハバンロのように、任務や仕事でなく、純粋にグラナドへの友情で参加している者に取っては。
俺は無理には引き留めなかった。ファイス、カッシーもだ。だが、レイーラが、
「貴方が、怪我をしてまで、シェード達を、中に入れてくれたのよ。」
と励まし、ミルファが、
「ねえ、私だって、ソーガスさんを盾にされて、大人しく拐われるしか、なかったのよ。それに比べれば。」
続いてシェードが、
「お前が馬の飼い葉なら、俺は、鮫の餌かよ。」
そして最後にグラナドが、
「お前に抜けれたら、困る。」
と、引き留めを決めた。
「言いにくい所で、遠慮なく空気を壊してくれる奴は貴重だ。」
と言い添えはしたが。
俺とファイス、カッシー、シェード、ラールは、疲労はしていたが、一晩休んで回復した。むしろ回復役だった、レイーラのほうが消耗していた。魔導師と神官は全体的にそうで、グラナド以外は(ミザリウスでさえも)、最低一日は寝込んだ。「余計な力」を引き出された、ミルファとフィールもだ。
リスリーヌは飛んできた石に当り、軽く怪我をしたが、すぐ治った。ユリアヌスを含めて、魔法系は、回復後、休む間もなく後始末に追われた。騎士団も、団長のクロイテスは、左手を吊りながら、任務を遂行した。
ジーリが、「死者はいない。」と言っていたが、それは戦闘による直接の死者が、味方の戦闘要員にいない、という意味だった。
危ぶまれたプレンを始め、ヘレイス達も、なんとか助かったが、チャーヤ人の少女と、ナウウェルは死亡した。
二人は、逃げ出した時には既に虫の息だった。少女は、身元は不明だったが、先に保護された少女達には、数日前に、ナギウとクレルモードで、それぞれ捜索願いが出されていた。照会した所、それらしい行方不明がいくつかあった。
会合の席で、ミザリウス達が奥に行っている間、ピウファウムとオーリは口論になった。ピウファウムは、オーリが黒幕の指示で自分とナウウェルを拐った事と、自分達の「新秩序」に協力して欲しい、と言われ、「やむなく」従った。だが、今、オーリのやってる事は訳が分からず、ただの違法な魔導実験に見える、どういう事だ、と詰め寄ったらしい。
すると、オーリがいきなり、剣でナウウェルに切りつけた。ピウファウムが回復し、さらに切ろうとするオーリをはね除け、脱出した。オーリは、その後直ぐに、奥に行ったようだ。
この顛末については、ピウファウムの話しか情報がない。彼は、自分が友人のナウウェルのために、オーリに逆らった、と主張したが、彼の正義はもやは虚しかった。パルドかノーンが見つかれば、証言はとれるかも知れないが、彼らは行方不明だ。ノーンは会合の時にはいなかった。パルドは奥に駆け込んでからは不明だ。
また、保護されたクレルモードの少女は、ピウファウムの顔を覚えていて、自分をここに連れてきた、と言った。ピウファウムは、虐待された子供を保護した、と主張した。実際に、少女の両親には、その疑いがかけられていた。が、仮に本当であっても、自治体に訴え出る事をせず、勝手に拐ってくる時点で、犯罪である。
ナギウの少女と、死亡した少女の誘拐は完全否定したが、いずれにせよ、ピウファウムは、裁かれるべき立場として、王都に護送される事になった。グラナドと一緒に王都に帰還する騎士団全体が、彼を取り囲んで進むわけだ。さすがに、同期の連中にも、もう弁護する者はいなかった。
ミルファは、パルドとラッシル語で言い合いをしたが、内容は、解放するしない、の争いで、パルドの素性に関しては謎のままだ。
「最初はコーデラ語で話してたんだけど、東方訛りのアクセントが、何だか、わざとらしくて。ラッシル語でまくし立ててみたら、ラッシル語で返してきた。その後、コーデラ語に戻したら、わざとらしい訛りが消えてたの。
顔は東方のハーフっぽかったけど、聞いた感じ、たぶん、コーデラ人じゃないかな?」
儀式については、ミルファ達に対する要求がころころ変わり、本当は何をしたかったかは、不明だ。最終的には、ガラスに押し込めた時点では、ミルファとエレメントで何か「作りたかった」ようだ。ただ、複合体とすると、実験設備が間に合わせ程度過ぎる。オーリの最後の状態からして、もっとふさわしい設備を提供できる黒幕はいるに違いないのだが。
オーリは、遺体は残らなかったが、状況からして、死亡した、とされた。サーラは、オーリの死を嘆いたが、最後にオーリの中にいたものは、オーリではない、と断言した。恋人の勘に過ぎないが、結果として、それは正しかった。
ミザリウスは、暫くシィスンに残る。ユリアヌスもだ。コロル、ケロルも共に残る。
リスリーヌは俺達と同行して、騎士団と王都に帰還、ラールは一度ラッシルに戻るが、シィスンを出るまでは同行した。
なお、トーロの「初恋」は、完全に砕けた。
エムールの一家は、アレガに越した後も、知人友人とは、連絡を取り合っていた。一家は、新年には、祭礼もあるので、ゲイターに戻るつもりだったらしいが、トーロの暴走で酷いことになっているから、考えたほうがいい、と知人に言われていた。包囲戦の顛末を聞き、それで決着のために、と、父親と兄が、エムールを連れて、ゲイターを訪問した。
ジーリに頼まれて、グラナドが立ち会いを引き受けたので、俺達はエムールに会った。南方風のベールを被っていたが、顔に目立った傷があるようには見えなかった。ただ、左耳から、長い傷跡が、服の下に伸びていた。左は聞こえにくいようだった。
トーロは、エムールを見て、最初は喜んだ。「昔みたいだ。」と言った所をみると、顔の傷は、イゼンシャの病院で治したのだろう。狩人族一番、と言われた顔立ちは確かに美しく、笑えば可愛らしいだろう、と思った。だが、ミルファにもミシャンにも似ていない。
エムールの父は、歓喜のトーロに冷水を浴びせた。
「残念ですが、昔は昔です。今、娘には、結婚を申し込んでくれている青年がいます。医師の玉子で、狩人族ではありませんし、家柄も財産も、こちらに及ぶものはありませんが、少なくとも、彼は、傷ついた娘に対して、『美しい顔とともに、清らかな心も失った』などど言うような青年ではありません。」
エムールの兄は、父親をなだめていた。ジーリは、構わない、と言い、軽率な口を利いたトーロを叱責した。グラナドは、最低限しか口を挟まなかったが、ジーリが、今後、何かあれば、息子は一族のしきたりに従って処分する、と断言した時は、一応、保証の口添えをした。(一時的にでも、反逆者に協力した時点で、今後も何かもないはずだが、グラナドは、この点については、不問にしていた。)
エムールは、一言もしゃべらなかった。トーロを見ようともしなかった。
話し合いの後、グラナドは精神的に疲れた、と言った。
カッシーが仕入れた話によると、エムール達が街を出たのは、トーロとの婚約が解消になった後、父親が、「格下」の家に嫁がせようとした時に揉めたのが、直接の原因らしかった。
「相手側が、『傷のある娘』をもらってやるんだから、と、支度金を値切ったのよ。それで破談になったんだけど、エムール、もともと、器量自慢なとこがあって、反動で、それを色々、揶揄されてたらしいわ。あれだけ可愛かったら、ちょっと自慢くらいは、仕方ないわよねえ。
彼女が出ていって、トーロが暴走しだしたら、彼への非難から、エムールに同情する声が高くなった。現金なものよね。
もう、彼女には、届かなかったけど。」
狩人族は、定住しない氏族でも、結婚後暫くは、移動しないで特定の場所に住む慣習があった。安定した環境での妊娠を促すためだが、その時に、お互いの氏族が、「支度金」を用意する。コーデラやラッシルは花嫁側が持参金を、チューヤから東は花婿側が出すが、狩人族は両方が負担する。が、嫁取りにしても婿入りにしても、最終的に受け入れる氏族の側が多く負担する傾向があり、大抵は花婿側の負担が大きい。そのため、支度金の額が花嫁の格付けを決める、という風潮があった。
エムールの家は裕福だったので、当然、金だけの拘りではない。
女性陣とシェード、ハバンロは、エムールに同情的だった。だが、グラナドは、俺とファイスだけになった時に、
「貧しい医学生が、持参金目当てでなければいいんだか。
あの父親みたいな奴は、そういうのに引っ掛かりやすいからなあ。
でも、怪我自体は、娘さんの落ち度では全くないのに、気の毒な話だ。」
と言っていた。ファイスは無言だったが、俺は、風の複合体の時に、アレガで見た物を思い出しながら、それとはあまり関係なく、
「ゲイター住まいのままなら、怪しかったけど、外に出て、色々開眼することもあったろう。」
と答えておいた。
連絡者は、片がついて、俺達がシィスンを出発し、港から船に乗る前の晩に、ようやく、やって来た。
エレメントの反動で、遅れていた季節感がどっとやって来た夜。遅い銀木犀の咲き誇る大きな庭のある宿、俺はグラナドが休むのを確認してから、夜半にバルコニーに出ていた。
当然、溜め込んだ文句を言ったが、
「新型は融合型の派生になるから、背後型と比べて、『制限』がきついのよ。わかってんでしょ。ボケるには、早いわよ。」
と言い返された。
「はあ?今更、何だよ。そんな都合のいい。」
「とにかく、『時空の穴』の前と後じゃ、色々、細かく違ってるの。オーリ何て奴、まったくノーマークで、情報、ほとんどないし。
上じゃ、リアルガーの審問も一進一退で大変なのよ。こっちだって遊んでるわけじゃないんだから。」
「誰も遊んでるなんて、言ってないだろう。だいたい、リアルガーの件なんて、審議するほど、複雑か?非は明らかだろ。」
「その筈だけど、何でかは、知らないわよ。一応、新人の中では、最優秀クラスだったからね。あるんでしょ、色々。
取りあえず、あんたの上司からは、当初の予定に変化ないから、グラナド助けて、王位を目指して進めとけ、て。言うまでもないけど…。」
「本当、言われるまでもないな。」
「…『当初の予定通り』、よ?」
俺が一瞬、言葉につまると、連絡者は、
「とにかく、計画に関係する事は、もっと詳しく、なんとかならないか、って事は、ちゃんと言っとく。」
と、多少しおらしく切り上げた。
一応、去る前に、文句や要求にさりげなく混ぜ、フィールの事も尋ねてみた。
「聞いてどうするの?ラールに教えて安心させてやるのは、『禁止』よ。関係ないし。」
という事だ。が、真相が安心できる話、ならば、恐らく違うのだろう。
ラールとは、シィスンを出るときに、その話はした。ジーリが、フィールの使った弓を、ミルファに贈ろうとしたのだが、ミルファは、それをフィールに譲ってしまった。
「私の腕じゃ、使いこなせないと思う。父の使った弓、憧れるけど、やっぱり、ふさわしい腕のある人に持ってて欲しい。」
ラールは、ミルファには、「噂」の話はしていなかった。カッシー情報だが、ジーリ夫妻が気にするほど、街の人達は、信じていない、とはいう。
夫妻も、「初恋」に片をつけなくてはならないのかも知れない。息子とは異なる意味で。
ラールは、
「むしろ本当だったら、私は少し安心した。」
と言っていた。
「私は、ラッシルに戻った後、女帝陛下のおかげで、職も得た。ミルファがいるから、寂しくなかったし、賑やかに過ごしたわ。
その間、キーリにも、身近で支えてくれる人がいたなら、と思ってた。
私の自己満足に過ぎないけど。」
「『旋風のラール』とは思えない、大人しい意見だね。丸くなった。」
「あら、いまだに『初恋中』の人が、言うじゃないの。」
そしてラールは、俺を軽くつつき、ラッシルに戻って行った。ミルファには、
「どうするか、よく考えて結論出しなさい。どっちにしても、必ず、満足と後悔と、両方味わうわ。」
と言い置いて。ミルファは、ハバンロほどではないが、弱気になっていた面があり、もし彼が修行に戻るのであれば、自分もラッシルで鍛え直さないと、と考えていた、と後から聞いた。ラールの言葉は、一見その事を指しているようであり、ミルファ自身もそうとらえていた。だが、俺はラールの、真意を悟ってしまった。
銀木犀の庭を見る。薄い月明かりに、花は見えない。香りはわずかに感じられるが、庭の物ではなく、部屋に飾ってあるものだ。
バルコニー越しに、隣の部屋を見る。隣がグラナド、一つ向こうがファイスだった。どちらも、明かりは消えていた。
空高く連絡者を見送った後、俺も中に入った。寝支度にかかると、ノックが聞こえた。
開けると、グラナドがいた。
「グラナド…。」
「寝るとこだったか?すまないが、いいか?」
そういえば、「先に」話をしよう、て言われていた。俺は
「ああ。」
と勤めて冷静に、扉を広く開けた。
「ご免なさい、遅くに。」
と、ミルファの声。彼女の背後には、ファイスがいた。
「廃墟での事なんだが。」
グラナドは部屋の中に進みながら、用件を伝えた。
俺は、ドアの前に暫く、ミルファが
「どうしたの?」
と言うまで、たたずんでいた。
はっとして、奥に。丸いテーブルと二つの椅子。一つはミルファが座り、俺は寝台に座った。グラナドがもう一つの椅子に座ろうとしたが、彼は俺の隣り、寝台に座り、ファイスに
「長くなるから。」
と椅子を勧めた。
お茶を出すべきだが、部屋には水差しかなくて、と俺は言った。それで戸惑った、て見せた。気付かれなかったが、間抜けな言い訳だ。
ミルファは、
「頂戴。」
と言い、コップに一杯、水を取り、両手で持ちながら、一気に飲んだ。
そして、言った。
「私に、何があるの?」
私の中に。彼女は、小声で、核心を付け加えた。
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