7.弓の才能

「義理の妹のラーベラは、狩人族の女としては、とても自由奔放な質でした。時代の流れというやつでしょう。妻によると、悪気は無くても、後先考えない適当な言動で、周囲を巻き込んだ事が、しばしばあったそうです。」


ジーリはこう前置きし、だから、確証はないのです、と続けた。


ラーベラは、ジーリの妻のセーナルが、彼と長く結婚生活を続けているうちに、三回も夫を変えた。一回目は、夫の急死による死別、二回目は、夫の浮気による離婚だった。だが、どういう訳か、ラーベラの浮気、という話になってしまい、悪い噂を気に病んだ両親は、「格下」の相手との再婚を、さっさと決めてしまった。


ラーベラは、結婚してから、何度か実家に家出をしてきた。彼女の理由は、夫の暴力だが、夫の言い分は、彼女の貞操観念の低さ、だった。


一度、実家にも婚家にも帰らず、一晩、森をさ迷っていた事があり、明け方近くに、キーリが連れてきてくれた事があった。雨が酷く、キーリは彼女を自分の小屋に泊め、自分は物置で寝た、と言っていた。


キーリは、


「彼女の話を聞いて、よく話し合ってください。」


と忠告して戻った。結果として、暫く両親の元で過ごしてから、婚家に戻った。その後は、家出もなくなった、


キーリの執り成しで話し合ったからだ、と、街の人は考えた。


それから九ヶ月後に、彼女の嫁ぎ先の集落が、モンスターに襲われた。キーリの死亡した事件の皮切りである。


ラーベラの夫の両親は、倒壊した建物の下になり、夫はモンスターと戦って死んだ。ラーベラ一人は、出産直後で、医師の所にいたため、助かった。だが、医師の家も無事ではなく、彼女は何とか助かったものの、意識不明の状態が続いた。


「頭と背中を怪我していて、そのまま亡くなりました。手を尽くしましたが、ようやく意識が戻ったのは、死の間際でした。その時、言い残したそうです。私は聞いていませんが、妻と、医師と小間使いが、はっきり聞いています。『娘の父親はキーリ。だから姉さんが育てて。』と。


妻は、


『ラーベラには、夫と彼の両親が、死亡した事は伝えていない。だから、子供が夫の氏族に渡される事を嫌がって、嘘をついたんでしょう。』


と言っていました。


生き残った村人に聞いたのですが、どうも夫の弟が、しつこくラーベラに言い寄っていて、それで夫とその両親が誤解し、不貞を疑われていたそうです。出産の時は、妻が手伝いに行く予定でしたが、急に早まったということで、出産は知らされていませんでした。


行っていたら、妻も死んでしまったかもしれません。


私は、キーリの話は伏せ、医師にも小間使いにも、口止めしました。例の迷惑な弟は、家族を一度になくしたせいか、すっかり様変わりして悔い改め、フィールを養女にして、跡取り娘にする、と言いましたが、複雑な経緯のあった家に帰すより、うちの養女にして、然るべき家に嫁に出したいから、という名目で、引き取りました。フィールには、実は姪であることは、早くから話していました。ですが、妻も私も、実の娘同様に可愛がっています。父方の叔父一家とは、たまに会う程度ですが、彼らも身内として扱っています。それに関しては、何の問題もないのですが…。」


ジーリが言葉を切った時、ラールが、


「でも、貴方は、どちらも確信しきれていないのでしょう。」


と言った。静かな声は、動揺も怒気もない。ジーリは、言いにくそうに続けた。


「フィールは、同年代の子供達の中では、弓の腕が、ずば抜けているのです。小柄なため、力はありませんが、大人の上級の狩人と比較しても、遜色のない腕です。魔法と違い、弓は資質よりも、努力で伸びるものですが、同じ努力でも、才能が違えば、個人差がでるものです。狩人族が弓のために努力するのはむしろ当然です。だからこそ、才能の差がはっきりわかってしまいます。


ラーベラ自信は、あまり腕はよくありませんでした。父親は、一応は優秀な狩人でしたが、天才、と言うほどではありませんでした。フィールの天分がどこから来たか、と考えると、キーリの事を思い起こしてしまうのです。」


フィールの容姿を思い出してみる。くるくる巻いた黒い髪、細く小柄な体つき。顔立ちに、キーリを思い起こさせるようなものは、特に感じなかった。


ラーベラは、夫の死も、キーリ死も、知らずに死んだ。だから、嘘であれば、すぐにばれる、とわかっていたはずだ。その上でキーリの子だと言い張った、と見るよりは、本当にキーリの子供だと思ったほうが、確かに無理はない。


暫しの沈黙の後、グラナドが、話の礼を述べた。だが、続けて、


「しかし、それだけでは、貴方がフィールを彼等の所に行かせた説明にはならない。夫人の発言は、どういう意味かな?」


と、正面から問いかけた。


「私事になりますが…セーナルは、最初は私ではなく、キーリの花嫁候補として、名前が上がっていました。あくまでも候補のうちの一人、です。キーリの許嫁は、早死にしてしまいまして、それが、セーナルの姉でした。もともと縁は深かったわけです。今は違いますが、当時は、地位のある家では、子供のうちに、同年代の子と許嫁にするのが普通でした。成人したら、直ぐに結婚する事になります。ただ、それだと、後々もめる事が多く、もめなくても、片方が成人前に亡くなった時は、『釣り合う』相手は、みな、先約済みということになります。コーデラの法では、親による子供の婚約は、とうに禁止、チューヤでも、人身売買の隠れ蓑だと、取り締まり始めたと聞いています。狩人族は伝統を守りますが、私の産まれた時には、廃れていました。たった十年かそこらの差ではありますが。


結局は、キーリが森を出たので、私とセーナルが結婚しましたが、彼女は、私が、未だにその事に拘っている、と思っています。


トーロは、フィールの言うことは、意外に聞きます。だから説得に出したのですが、妻は、私の拘りが、フィールを危険な目にあわせた、と考えているようです。」


本当に私事だな、と、聞いてしまってから、勝手な感想を持った。ジーリは、まだ何か隠していそうだが、これ以上、有効な話はなさそうだ。


実の所、キーリの子供かどうかは気になるが、連絡者からは何も聞いていない。本物の天才は、大抵はいきなり産まれる者であり、神の恩恵というやつは、いつも気まぐれだ。平凡な両親から産まれたエスカーやホプラスが典型だ。


実の娘同様、と言いつつ、フィールの序列を息子たちより下にしている理由は、セーナルの事だけでなさそうだが、そこは俺の責める所ではない。


幸い、ミザリウスは、フィールを連れて、ほどなく戻ってきた。ほほ門前払いで、ミルファ達は愚か、トーロも宝物も持ち帰れなかったが、短い間に、しっかりと偵察をしてきてくれた。


ミザリウスが会ったのは、白いマントの男性三人で、村の入り口で会談した。リーダーのオーリには会えなかった。廃村とはいえ、石のしっかりした家屋が数件あり、中心には、周囲より、少し大きな建物があった。そこにミルファ達がいるようだ。


「エレメントは、土と水です。」


ミザリウスは、はっきりと言った。


「全属性を均等に揃えている、という話だったので、あまり知識のないものがやっても、相殺して、たいした事にはならない、と思っていました。実際、均等に集め損なった結果、土と水だけ、片寄って貯まっているのだとは思いますが。


爆発力のある火ではないので、予想よりは、悪くはありません。」


作戦会議には、クロイテス、リスリーヌ、ユリアヌスも加わった。廃村の連中は、ミザリウスに対して、さらに「秘宝」の要求をリストを作ってまで重ねたが、そこには、狩人族と関係のないものや、存在するかどうかわからない物があった。時間稼ぎだと思うが、一つ二つ、それらしいのを揃えて、まず、トーロと交換という話に持ち込み、もう一度、対面の場を作ろう、ということになった。


ミザリウスは、去るときに、既に話を纏め、一部だけなら先渡し出来ると思うから、次回はリーダー同席に、と要求していた。


俺たちは、その際、囲んだ状態から、水と土で盾部隊を作り、背後から火と風で攻撃する。敵の水と土を上手く分断して対抗する手もあるが、土と水の強弱関係を、うまく利用する事にした。騎士がいるから、物理攻撃も出来る。


土のエレメントは無機物や死体を動かしてしまう事もあるが、今回はそこまでないだろう。


交渉の席には、ミザリウスとフィールが行く。彼女が進んで志願し、グラナドは反対したが、最初の交渉のメンバーがいた方がいい、というミザリウスの意見と、フィールの、


「私なら、トーロに殴りかかりながら、自然に連中に近付けるから、いざというときに役にたてるわ。」


という主張に、譲った。


グラナドは苦笑した。ハバンロとシェードは、俺たちよりは笑った。


ラールは、近接武器、ナイフか格闘の心得があるか、と笑顔で尋ねていた。


カッシーは、俺とファイスに、


「あたしは火の部隊に加勢したほうが、いいわね。まあ、言うまでもないけど、あんた達二人は、グラナドを守ってね。」


と言った。


俺とファイスは、同時にうなずいた。俺は、笑顔だったと思う。


レイーラが、思案顔で


「土なら、墓地じゃなくて、良かった、と言えるのかしら。」


と小声で言っていた。




今までと比較して、かなりこちらが有利な戦いに見えた。だが、相手には墓地で一回、出し抜かれている。また、人質もいるのだ。それを忘れたつもりは無かった。




忘れて侮っていたわけでは、決して無かった。






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