6.行方不明者が多すぎる

トーロと共に、宝物庫(墓地の改築に伴い、未整理の副葬品その他を収納していた)の鍵も無くなっていた。鍵はジーリが預かり、自宅に置いていた。表向きには役所にあることになっているが、本物のありかは、立場のある職員は知っていたが、ジーリの家族は知らなかった。ただ、アードが、


「ナミリさんの弟が、『故人が譲ると約束してくれた物を、甥が勝手に納めた。』って、もめたでしょう。その時に、父さんが、役所と家を、ばたばた移動してたから、僕は気付いた。トーロ兄さんと、その話をしたことはないけど。」


と語った。


宝物庫からは、いわゆる金目の物は、無くなっていなかった。古い銀の腕輪が一つと、それほど古くない、木の弓が一つだけ、無くなっていた。腕輪は純銀ではないそうで、弓は実用にはなるが、どちらも売って資金源になる品物ではない。


腕輪は、「全ての狩人族の母」と言われる、伝説上の女性族長イーブの物、と曰くがあった。しかし、これは鑑定の結果、せいぜい百年から二百年前のものだと分かっていた。当時、幅を利かせていた氏族長の夫人の持ち物で、身に付けるとエレメントの祝福を受ける、と言われていたが、当然、そのような現象はなかった。


弓は、三十年前の新年祭に誂えた、儀式用の弓だった。男女合わせて、選ばれた数人の狩人が、祭礼で引く。普通は何年か使用する物だが、これは一回だけ使用されて、仕舞い込まれた。比較的小型の弓だが、どういうわけか、腕の良い狩人達でも弾きにくく、その年、的に命中させたのは、キーリだけだったからだ。


腕輪と弓は、墓地の連中(今は廃村の連中、だが。)が、儀式に使用するために盗ませたのだろうか。迷信めいた効果を期待しただけか、本当に何かあるのかはわからない。しかし、それなりに伝説のある腕輪はともかく、まだ大して古くない弓は、どうだろう、と疑問だった。が、さらにジーリから話を聞いてみると、やはり連中に狙われるだけの理由はあった。


弓に使用されている木材の一部は、儀式の前年、大火事で焼けてしまった、定住系の氏族の村の、中央にあった古木のものだった。本来は、弓のために選んだ木を使用するのだが、その氏族の生き残った、最後の一人の青年に、祭礼で引かせて、火事の惨禍に決着をつけさせようという目的があった。だが、キーリの直後、儀式の最後にその弓を弾いた青年は、弓が「暴発」して、逆に矢が刺さり、重傷を負った。


忌の際の告白で判明したのだが、火事の原因は、その青年で、狭い村での対人関係が縺れた結果の放火だった。結果として、トラブルのあった相手の家だけでなく、自分の両親を含めて、村を全部焼いてしまったのだ。


今の敵は、儀式のために、各エレメントの魔法の使える女性を集めていた、はずだが、うまく集まらなくて、道具で代用にすることにしたのだろうか。曰くのある道具を「秘宝」と呼び、魔法力を溜め込む器にする、という話は、よくある。勇者の最強装備、というやつも、それだ。だが、このワールドには、勇者の剣や盾といった、恒久的装備はない。武器防具は、全て消耗品だ。


オリガライトや、ユリアヌスの小規模な吸収装置が、広義には、そういう道具に当たる、と言えなくもない。だが、例えば仮に、無くなった腕輪がオリガライト製だったとしても、腕輪の大きさの力しか溜められない。長い間、ただしまわれていたなら、自然放出してしまっているだろう。


複合体の時、火のエレメントと対峙するために、オルタラ伯から借りた(返せなかったが)、水のエレメントで凍った剣と、盾があった。だが、あれらも貴重品ではあるが、消耗品には違いない。ファイアドラゴンの多い土地柄で、水のエレメントの結晶化を研究していた。その仮定で、実験的に作成されたものだった。時間はかかるが、再生産は可能で、唯一品ではない。仮に魔力を取り出そうとしても、剣の形が崩れて、四散してしまうだけだったろう。火のエレメントに対峙出来たのは、剣や盾として、人間が使用してこその威力だ。


グラナドは、ジーリの説明の間中、相槌も間遠に、静まっていた。開いた重い口で、


「女性の外出禁止は継続で。相手は邪魔されたくないようだから、向こうからは何も言ってこないだろうが、ミルファ達の身柄と、宝物の返還を要求しよう。ついでに、トーロ君の身柄も。」


と言った。最後の「ついで」は彼なりの皮肉か。


ジーリが、では、早速、使者を手配します、と言ったが、グラナドは、


「ラズーリに頼む。」


と、断った。ラールが、では自分も、と言ったが、グラナドは退けた。


「風属性の女性が逃げ出して、方針変更したとなると、ラールさんは不適切だ。それに、交渉相手は、コーデラ王家としたい。


地位からしたら、クロイテスかミザリウスが適任だが、まだ到着していない。ラズーリなら、ずっと俺の側に張り付いて…私の近くにいたから、私の使者には適当だろう。一応は、ミルファの身内でもある。」


俺の返答は確認せず、ジーリに向き直り、狩人族の男性を、案内に借りたい、と続けた。


ミルファのためなら、使者でも囮でも引き受けるが、情報を後出しにする(大袈裟だが)ジーリに、俺は不信感を持っていた。護衛の俺が、側を離れるのは不安だ。


「その間、俺達に任しとけ。ラズーリ、取り返してこいよ。」


と、シェードが、ファイスとハバンロの肩を叩きながら、明るく言った。場はしばし和んだが、その時、騎士団到着の知らせが来た。ジーリは、迎えに出た。俺も行こうとしたが、グラナドが、


「クロイテス達が来たなら、要相談だ。しかし、早かったな、予想より。」


に、足を止めた。カッシーが、


「反対に、ジーリは『遅い』わね。なんだか、話すのを、最小限にしようとしているみたい。」


と言った。


「それは私も。だけど、ジーリ側に、それでメリットが?」


とラールがしっかりした声で言った。グラナドは相槌を打ち、


「トーロが絡んでいるからだと思うが…用心はするべきだな。」


と言った。続いて、再びラールが、


「私とミルファに、遠慮はしなくていいわよ。もともと、狩人族は、カオスト寄りの勢力が、強いんでしょう。追及すべき所は、厳しくね。」


と冷静に言った。グラナドは、少し目を見開いたが、すぐ同じくらい冷静に、


「…若手の家出集団が、仕事している様子もないのに、『定期的に買い物に来る』、宝物庫の金になりそうな物には興味なし。ここには、救済措置の食料配給制度もない。資金原が別にあるとは思っていた。


直接繋がるパイプは、はっきり確認していないが。」


と続けた。


「だが、今まで、どういう心づもりだったにしても、ジーリが狩人族を守りたいなら、俺達について、協力するしか、ないだろう。


声明を出したのは、こちらの動きを封じるためだろうに、『国宝』泥棒までしちゃ、逆効果だ。仮に味方だったとしても、あれではジーリごと、敵に回す恐れがあるのに。裏方がいるにしては、行き当たりばったりな気はするが。まあ、賢さがあれば、裏方はいらないか。」


グラナドは少し笑った。ハバンロとシェード、レイーラは、彼につられて、合わせて笑った。


「賢さはないが、愚か者が焦っている時は、ろくな事はしない。用心はしましょう。」


ファイスが、静かに、だが、鋭さを含んだ声で言った。グラナドは、思いがけない、といった顔で、ファイスを見た。


「そうだな。」


と言い、先程の放火の犯人の話に少し触れた。昔の話なので、ラールに聞いてみたのだが、やはり初耳だった。


そこに、オネストスが、廊下から、ジーリと共に、クロイテスとユリアヌス、リスリーヌを案内して、やってきた。


クロイテスは、


「とって帰ったライオノスは、既に包囲に当たらせています。」


と言った。狩人族が既に廃墟に向かったと聞いたので、と付け加えて。


「休む間もなく、か、済まないが。…おや、ミザリウスは?」


とグラナドが尋ねた。作戦会議を早速、という時に、魔法院長がいない。


「私の独断で申し訳ないのですが、フィールさんに付き添ってもらいました。あれでは、失礼ですが、心許ないかと。」


とクロイテスが言った。そういえばフィールの姿が見えないが、俺は直ぐには意味が解らなかった。グラナドも、目を丸くしている。


「殿下、ご存じなかったのですか?」


クロイテスは、グラナドから、ジーリに視線を移す。俺達も一斉に、ジーリを見た。


ジーリは、頭を下げながら、


「トーロを説得して、持ち出した物を返却させられないかと、私が言い付けました。


息子の事は、どうなっても、自業自得です。ですが、狩人族の共有財産には、私は代表として責任があります。」


と述べた。


途端に、グラナドが、顔色を変えた。逆上した訳じゃないが、「余所行き」の顔はなくなっていた。


「女性は遠ざけておくように、言っただろう。」


と、ジーリに詰め寄る。ジーリは、急に変わったグラナドにたじろぎながらも、


「長男には独立した家があり、三男は跡取りです。トーロの事で、事を担わせる身内が、フィールしかいませんでした。」


と言った。


グラナドは、表情を修めて、クロイテスに向かい、簡単に経緯を説明した。それから、フィールとミザリウスが交渉中であれば、その間がチャンスだろう、と言った。


廊下で、女性の声がした。興奮している。フィールが戻ったかと思ったが、オネストスがドアを開けると、ジーリの夫人が駆け込んできた。アードもだ。


夫人は、グラナドへの乱入への謝辞もなく、夫に向かい、


「貴方は、あの子を。まだ、そんな考えなのですか。」


と言ったが、ギーズまで駆けつけ、夫人を引っ張っていった。


「身内の話以外にも、ありそうだな。」


俺は、残ったジーリを見据えて、低い声で言った。みな、驚いていたようたが、これでも感情は押さえたほうだ。


グラナドは、この際だから、隠し事は無しに、全て話せ、と言った。


「身内の話なら、関係はないが、こちらの作戦に支障があるのは困る。」


と通告して。


ジーリは、グラナドを見た後、何故かラールを見て、それから再び、グラナドを見た。


「私の子供達のうち、フィールだけは、私の実子ではないのです。妻の妹が生んだ娘です。彼女は、出産して直ぐに亡くなったのですが…。」


ジーリは、物悲しくラールを見て、言った。


「フィールの父は、キーリと言い残して。」


悲しさは、一気に凍りついた。


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