5.墓地の下から

旧市街に集まった連中には、転送魔法を使える者がもともといなかった。はっきり聞いた者はいないが、日々の買い物は毎回、数人が徒歩で来ていたから、街の人はそう判断していたらしい。なのにいきなり転送魔法で人さらい、という展開から、オネストスは、ピウファウムを連想したそうだ。


もちろん、それだけではピウファウムと決めるには不十分だ。彼が狩人族の血を引いているとはいえ、王都から来た彼が、ここの墓地の団体と、以前から接点があったとは、考えにくいからだ。また、ピウファウムが主張していた自分の氏族については、狩人族側に確認したが、西に移住後、帰還しなかった一派で、音沙汰もなかったため、直系は絶えた、と見なされていた。


「ミルファだけでなく、騎士のソーガスもさらっていった事を考えると、確かにピウファウム、というのは、妥当な線だな。」


グラナドは、ピウファウム説には同意した。


「残念だが、もう、お前が説得して、完全に宗旨変え出来たとしても、手遅れだ。ここまでやってしまえば、もう、彼を受け入れる所は、王都では、地下牢くらいだ。」


と、「提案」は跳ねた。


「なあ、でも、今までの事からすると、何か、操られているとか、じゃないか?」


と、シェードが口を挟んだ。レイーラが、


「リンスク伯爵の事もあります。何か、自分の意思を奪われている可能性もあります。」


と添える。二人はオネストスに同情したらしい。


「それはどうかしら。リンスク伯爵も、チューヤの皇子様も、利用されるだけの素養は、前からあったでしょ。ミルファ達を助けるのが第一なら、彼の優先度は、低くなるわね。」


と、カッシーが、彼女にしては、冷ややかな口調で言った。それで少し静まった中、俺は、彼女に口添えするつもりで、オネストスに向い、


「気の毒だが、君も騎士だ。それに相応しい物を選んでくれ。」


と言い、同意を求めるつもりで、ファイスを見た。だが、彼は、自分の意見は言わなかった。一瞬だけ、何だか悲しそうな顔をし、


「殿下、どちらにしても、次の手はどうしますか?」


と言った。


結局は、グラナドの方針次第なのだが、俺は、彼の表情に妙な引っ掛かりを感じ、


「君は、どう思うんだ、ファイス。」


と尋ねた。当然、ファイスは驚いたようだった。この時の俺の口調には、自分でも意外なほど、苛ついた物があったと思う。お人好しすぎるオネストスに対する物だった。だが、言葉に乗せて向けられたのは、ファイスになる。


彼は、俺から目を離さなかったが、黙っていた。返答に困っていたのだろう。先程のより、僅かに重い空気が痛い。


「それより、さっさと飛び込みましょう。ミルファは、そこにいるんでしょう。話してもまとまらないなら、今できる事を、先に早くするべきですな。」


ハバンロが、空気を破った。カッシーが、笑いながら、見事ね、と言った。グラナドも、安堵の笑顔で、


「じゃ、一発、頼むよ。」


と、破壊を促した。オネストスには、


「何も約束は出来ないが、最善を目指そう。」


と軽く添えて。明るい顔で礼を述べたオネストスは、「良い解釈」をしたようだ。


俺は「悪い解釈」をしたが、解釈の吟味の間もなく、扉が気功で破壊された。




未知の領域に転送魔法は使えない(使えなくもないが、出る場所が確定できないと、危険なため。)。入り口は観光を意識してか、予想より広かったが、全員一度ではなく、先に俺とファイスが入る。シェードとハバンロ。グラナドを挟んで、レイーラ、カッシーと続く。オネストスは万一に備え、地上に残した。フィールには、搬入口をふさいだ人々に、連絡にいってもらった。そちらにラールがいるということで、向こうの突入は待ってもらうためだ。


中は通路の幅から推測されるほど、広くはなかった。マドーナの話を裏付けるような、祭壇めいたしつらえがある。中心に、磨りガラスのような半透明の格子で出来た、シンプルな檻がある。


そこに、女性達がいた。


「ミルファ!」


誰ともなく叫び、駆け出した。グラナドは探知魔法を使う余裕があったが、シェードとハバンロは、ほぼ突進だ。


だが、いたのはミルファではなかった。若い女性が二人、拘束されていた。気絶している。サーラとミシャンだった。サーラは宴席に出ていたので、微かに覚えがあった。一緒に、話に出ていた、小さい女の子二人も拘束されていた。子供二人は、シェードに、町まで転送魔法ですぐ運ばせた。


予想した20人は居らず、代わりに40かそこらのケージが並べてあった。小動物と、弱い水棲系モンスターが入っている。このレベルとしては、エレメント値が異様だ。それらはほとんど動けず、瀕死だった。


女性二人の拘束を解いたが、すぐ意識が戻ったのミシャンだけだった。最初は俺たちを敵と思ったらしく、取り乱していたが、グラナドが話し掛けると落ち着いた。


「ああ、殿下…大変な事に。」


彼女は、素早く状況を説明した。その説明は、分かりやすい物だったが、同時に難解な物だった。




マドーナが逃げた後、連中のリーダーのオーリが、マントを二人ほど連れて、入ってきた。ミシャンはオーリの事は知らなかったが、サーラは知っていたようで、彼の名を呼んだ。


それまで、自分達を見ていた男は、ラッシル人のようで、ミルファとラッシル語で争っていたが、オーリが来ると、コーデラ語に切り替えた。オーリは、最初、ラッシル人を責めたが、ミルファがマドーナを逃がし、「経典」の頁を持たせた、と聞いて、ミルファを殴った。マントの一人がそれを止め、もめた挙げ句、ミルファを連れて出ていった。


「連中は、サーラも連れていくつもりでした。私は『条件に合わない』、子供達は『この状態なら、耐えられそうにない』から残す、と、ラッシルの男が言っていました。それから、オーリが、『まあ、いい。補充はしてある。例の話を持ち出したら、差し出す馬鹿はまだ奥地にはいるからな。』と、言ってました。マントの誰かが、小さい声で、『お前もな。』と言いました。誰かと思って、会話は注意して聞いてましたが、訛りのない、素直なコーデラ語でした。オーリの仲間は、地元の人間なので、このあたり独特のアクセントがあるのですが、それは聞き取れませんでした。


最後に、オーリは、


『迎えが来たら、邪魔するな


と伝えろ。終わって無事なら、帰してやるから、と。』


と言いました。


サーラが、それを聞いて、『貴方、誰?オーリじゃない!』と叫び、つかみかかりました。でも、サーラは、蹴り飛ばされて、気絶してしまいました。彼らは、最後に私達を縛ると、抵抗するミルファさんを連れて、出ていきました。行き先はわかりません。」


揃ってしまった、そう思った。苦い感情が込み上げる。


サーラを見ていたレイーラが、


「蹴られた時に、肋骨を折ったみたい。すぐ、医者に見せないと。」


と言った。グラナドは、サーラとミシャンを抱き寄せ、直ぐに転送魔法を使った。入れ違いに、シェードが戻った。程なくグラナドが戻ったので、全員て街に戻った。


ラール達も戻っていた。ジーリの所に、パーロとソロスを始めとする、無断キャンプの連中がが逃げ込んできたので、呼び戻されたからだ。リーダーのオーリと、一部連中が、女性をさらって、おかしな呪いを始めた。少し前から変だと思ってたが、ここに到って、恐ろしくなって、逃げてきた。


俺達は再びジーリの家に集まった。彼は、俺達にも連絡する所だった、と言った。先に連中の行き場所に、偵察を出してたので、と説明していた。それはシィスンとゲイターの、丁度間にある、廃村跡だった。


シィスン側から森の入り口に入り、道路標識を無視して立ち入り禁止側に入り、獣道を抜けて行く。そんな場所があるとは初耳だが、ラールは、


「昔、キーリから聞いたわ。」


と言った。モンスターの大量発生で廃村になった所で、それはキーリが産まれる前だった。街から近いとはいえ、間の川には橋もなく、どうせ地元の者は立ち入らないから、と放置していた。が、悪質な悪戯で、道標の向きを変えた子供がいて、それが原因で、旅人が道に迷って、崖から転落して志望した。それ以来、明確に立ち入り禁止にしている。


「あんたが倒れている間、薬草取りに行った時に聞いたわ。」


私も今まで忘れていたけど、とラールは語った。


ジーリは、


「廃村なので、失念していました。」


と言った。


昔の話は仕方ないが、さっき、適当な潜伏場所の話が出た時に、ジーリが指摘し忘れた事には、弱冠、不信感を抱いた。しかし、場所としては森とはいえ、シィスンに近い位置になるし、狩人族の土地ではないからだろう。カッシーが、小声で怪しいわね、と言い、釈然としない物は、すべてグラナドに話しておかないと、と思った。


廊下で大声が聞こえた。ミルファに似た声だったので、まさか、と思ったが、フィールだった。俺達は居間を占領していたのだが、フィールは中に入ろうとして、表にいたオネストスに軽く止められ、落ち着くように言われていた。ジーリが気づいて「後にしなさい。」と言ったが、グラナドは、


「その様子だと、朝食のメニュー程度じゃなかろう。何があった?」


と、さっと招きいれた。彼女は、


「トーロが、いないの!」


と、高い声で叫んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る