3.芸術家達の災難(サフメル)

結果を見て、気の毒だとは思ったが、間違っていたとは思わなかった。




   ※ ※ ※ ※ ※




俺はサフメル・ロト。アルビーコの森林管理局に勤めている。


街を囲む森の奥には、アクアドラゴンが生息している湖があるので、ドラゴンから人を、人からドラゴンを守るために、森林警備隊を常設していた。


隊には魔導師は二人しかいない。風魔法のエリーネと、土魔法のティンク。転送と探索、回復を担当している。アクアドラゴンは、魔法防御力と、状態異常耐性が高いため、攻撃魔法やガス類は、あまり効果がない。だから、金属の玉を使うタイプの銃や、ボウガンを使って、追い払う。


ドラゴンの中では、一番大人しく、人を襲うことはまずないが、反面、人に対する警戒心が一番薄く、意外に人里近くまで降りてくる事がある。数百年は前になるが、雛を捕まえて飼い慣らし、クーデターに使用した「タイガンの乱」というのがあるくらいだ。


俺は人より銃の上達が早くて、勤めて間もなく、とんとん拍子に班長になった。先のエリーネの兄のサムは、同じ班で、副班長だった。新人中心の若い班だ。単調だが程よい緊張感のある、今の仕事は、天職だと思っている。




だが、これでも、元は、プラティーハの専門学校で、画家を目指して、日々油絵を描いていた。義父(母の再婚相手)がプラティーハ芸術大学の教授で、その影響で始めたものだった。


プラティーハは地方都市だが、芸術の街、と言われている。美術や音楽の盛んな都市だ。


母は、大学の近くで田舎料理店をしていた。実の父親は、俺が産まれて直ぐに亡くなった、と聞いている。物心着く頃には、今の父と、父の連れ子の妹がいた。


妹のタシアは、俺より一つ下だった。子供のころは、バレエをやりたい、ラッシルでバレリーナになる、と言っていたが、習いに行くのは、父が反対した。父には、一流のバレエ教師に、何人か知り合いがいたにも関わらずだ。合唱教室なら、習いに行ってもいい、と許可が出たが、本人が歌は嫌がった。替わりに、フルートを習いにいった。妹は、どうせ習うなら、当時流行っていたギターがいい、と言ったが、これは、当時は子供に教えてくれるギターの教室がなかったから、かなわなかった。


当然の事ながら、好きでも無いことは、長続きしなかった。


父は絵も教えたが、本人は、粘土細工や彫刻のほうが好きだった。水彩紙で工作をする姿を見て、父は諦めた。このため、絵は、俺にしか教えなかった。


タシアは、どちらかというと、大人しいので、両親は性格的な事を考慮して、団体で出来る物や、うちで出来る物を薦めたのだ、と思っていた。しかし、後で解った事だが、旧い街では、一定以上の良い家の女の子は、バレリーナよりオペラ歌手、流行の楽器より伝統的な楽器をやるのが普通、という考え方からくる反対だった。


タシアは、結局は、料理の学校に通いながら、母の店を手伝った。父は語学の学校に行かせたがったが、タシア自身は、「自分は何かしても、長続きしない」と思い込んでしまっていた。




母は、タシアの手伝いを喜んだ。ぎりぎりまで何も言わなかったが、俺とタシアが結婚して、店を継ぐことを期待していた。俺は、もし、前もって言われていたら、それもいいか、と思ったかもしれない。だが、タシアがどう思っていたかは、解らない。たぶん、兄としてしか見ていなかったと思う。




なぜなら、タシアは、十八になってすぐ、俺の友人の一人の、彫刻家の玉子と恋に落ち、結婚してしまったからだ。




彼はクレイスネス・スレスティアス・マレーポールと言う、大層な名前の、大きな農場主の三男だった。名前は貴族っぽいが、姓のマレーポールは、「小さな土地」という意味だ。小作農によくある姓だ。それが農場主になり、財産を築いているのだから、立派な物だと思う。彼は画家になるつもりで、最初は、俺と同じ専門学校にいたのだが、一年で辞めて、プラティーハ芸術大学の、彫刻科に入り直した。父の授業も取っていて、俺とも友人だし、店にはよく顔を出していた。だから、妹と恋をする前から、縁があった訳だ。


俺の父母は、時期に卒業とはいえ、まだ学生だからと反対したが、相手の両親がタシアを気に入っていたし、彫刻家の玉子とは言え、親の財産から考えて、先の不自由はないだろうから、と、周囲に説得されて、しぶしぶ許可した。


彫刻家は、プロで活躍する機会は、画家より少ないが、プラティーハでは、修復や復元などで、需要も多かった。しかし、クレイ(クレイスネス)は、王都で活躍する、一流芸術家を目指していた。これだけ聞くと、野心家のようだが、彼は、むしろ真面目な努力家だった。専門学校から、芸術大学に受かったのだから、才能もある。


例えば、専門学校仲間の友人である、イシェイとジェイロは、画家になりたくて、ずっと芸術大学を目指していたのだが、受からなかった。イシェイは、クレイ程ではないが、裕福な地主の次男、ジェイロは教会の民間聖職者の一人息子だった。子供の頃から、充分に金と時間をかけて、ひたすら絵を書きつづけていたにも関わらず、 だ。


イシェイは今でも、受験は続けていた。ジェイロは、聴講生で通っていた。しかし、この二人は、クレイと比べると、「下」だった。俺も人のことは言えないが、イシェイは、絵そのものより、芸術大学に行く、ということに拘りを持ちすぎていた。ジェイロもだ。彼は、イシェイより上手かったが、根気がなくて、いつも「仕上げを丁寧に。」と注意されていた。


こんな中では、タシアの目には、クレイは眩しく映ったのだろう。また、彼は、社交的で明るく、自分をアピールするのも旨かった。意外に商才と言うか、世慣れた所があった。彼は、タシアに立体的なデザインの才能があると見抜き、二人で何かをやり遂げたい、と言っていた。




だから、もし、順調に生きていれば、二人の夢は叶ったかもしれない。




クレイ達は、結婚した後、間もなく、ラッシルに引っ越した。これは卒業後のクレイの初仕事のためで、結婚前から解っていた事だった。だから結婚を急いだ。


ラッシルの南に、貴族の別荘が並び立つ保養地があるのだが、そこで、一斉に、何件もの別荘の、大規模な修復作業がある。最低二年、現地で働ける人員を募集していた。景観保護条例が変更されたかららしい。


貴族たちには、ラッシルだけでなく、コーデラの、しかも芸術家を支援している裕福な貴族が含まれていた。修復のかたわら、クレイは、なんとか名を売りたかった訳だ。


妹夫婦は、ラッシルへと引っ越したが、永住するわけではないし、二年の作業期間が終わったら、取りあえず戻る予定だった。妹は、最初はまめに手紙を寄越した。向こうでの生活は、おおむね順調で、修復を開始した、セダンシア伯爵の広間のレリーフについて、細かく書いていた。


それが終わったら、ヴォジャ伯爵家の有名な「宝石絵画」の、土台の交換をすることになり、オリジナリティのあるデザインを期待されている、と書いてあった。


しかし、それ以降、ふっつり手紙が来なくなった。それから、これまた突然に、タシアだけ、プラティーハに戻ってきた。妊娠かと思ったが、そうではない。


「ラッシルの気候が合わないから、先に戻ることになった。」


と言うことだった。しかし、一月もたたないうちに、クレイが妹を連れ戻しに来て、真相が解った。


問題はクレイの新作だった。


ヴォジャ伯爵は、改築したホールに、新しく購入した絵を、何点か飾ったのだが、その絵画と言うのが、吸血鬼や人狼のような架空の怪物や、魔物を描いた、リアルで、怖い感じの絵ばかりだった。現在の流行はそれで、集められた絵の中には、まったく無名の新人の物も見られた。


「私は、ただの伯爵のご趣味だと思ったの。店に来ていた画学生も、そう言う話はしてなかったでしょ。お父さんも、お兄さんも初耳、みたいな顔してるし。流行っていても、伯爵はラッシルの人だから、コーデラの美術に改革を起こしたい、っていう、あの人の希望は、叶うかどうか、解らないわ。でも、ラッシルで流行ったら、コーデラにも伝わるだろうし、都会は何が流行るかわからないし。


人と同じことをしていたら、売れないのは確かよね。


だから、とにかく、あの人は、彫刻でこの路線を進めば、道が開ける、と思ったの。」


だが、絵に描くのと、彫刻で刻むのとは、違う。リアリティを追求すると、思ったように不気味にならなくて、魔物そのものの彫刻は頓挫した。


替わりに、「変わった容姿」の人をモデルにして、「美男にも美女にも程遠い、真実の人々の姿」をテーマにするようにした。


これは、路線としては正しい。丁度、シュクシン出身の女性の画家ローシェが、自国の傷病兵や難民を描いて、「惨めさをも昇華させる、真実の画家」と、コーデラで人気を得ていたからだ。


しかし、ローシェが描いたのは、彼女自身の背負った、思想や文化、歴史から沸き上がってくる物だ。クレイが形だけ真似して当たったとしても、結局は、人の路線に乗っかるだけだ。流行りを外したら、終わりだろう。


ただ、妹は、この方針には賛成していた。夫の才能は本物と信じていたからだった。揉めたのは、具体的にはモデルの問題だった。


クレイは、モデルを求めて、病院や各種施設に通ったが(保養地なので、国営の施設がいくつかあるらしい)、一方、街で声をかけて、アトリエ兼宿舎に連れてくる場合が、多々あった。


アトリエは、雇い主が借りている物で、本来は、勝手に人を泊めてはいけないが、空き時間に自分の作品を作るのは止められていないため、多少は大目に見られていた。


モデルは、大抵は日帰りで返す。時間でギャラが決まるからだ。クレイは、金はあるので、ギャラだけでなく、食事も提供した。宿のない者(酒場や港で、いわゆる流れ者に声をかけることもあったので)は泊まらせた。頻繁にやりだすと、他の仕事仲間からクレームが来たが、妹の不満は、モデルの世話やクレーム対応を、クレイが自分に丸投げすることだった。


しかも、周囲は、金持ちなのは妻のタシアで、彼女が行き過ぎたボランティア趣味でやってる、と思っていた。クレイのモデル達は、食事と宿目当ての者が多く、彼らの振る舞いの苦情は、みな、彼女に来ていた。


「一人、凄く嫌な人がいるの。ギョロっとした目付きも嫌だし、直ぐ怒鳴るし、物は壊すし、いきなり皿は引っくり返すし。何だか、よく解らないけど、全体が、嫌らしい感じがする。


もともと港で働いているから、毎日は来ないけど。来た日は何だか吐き気がして。クレイに訴えても、『あの男の顔には、何かある』って、聞いてもらえない。じゃあ、せめて、貴方が面倒見て、と、帰ってきたの。」


だが、クレイは、追いかけてきて、


「とにかく、悪かった。なんとかするから、戻ってくれ。」


と、平謝りに謝った。両親は釈然としなかったが、俺は、新婚には有りがちなんだろう、と妹を宥める方に回った。また、クレイは、自分の親兄弟、叔父からも絞られ、モデルの身の回りの世話は、ちゃんとメイドを雇うように約束させられた。


妹は、離婚する気はなかったので、夫について戻った。




クレイは、約束は守った。




何故なら、妹の遺体の第一発見者は、クレイの雇ったメイドだったからだ。




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