2.逮捕の計画(アロキュス)

「網」を張るのは、クロイテス領の東の外れの、チャバイガ郡のアルビーコという街になった。クロイテス領ではあるが、ゴールドルより、もっと東になるため、ゴールラス出身のジョゼも、行ったことがない。隣のミットン男爵領の方が、クロイテス伯爵のお屋敷のあるプラティーハより近く、文化的にも密だ。


ミットン男爵領は、南東部は海に突き出た細い半島で、クロイテス領に面した北東部は、上下に細い内陸で、やや土地が高くなっている。 まだ高原というほどではない。細長い地域の左側は、カオスト公爵の管理している、ミスト高原だ。男爵領には、辺境にしては比較的大きな温泉街のウーメレがある。


このアルビーコを選んだ理由は、「都会めいた田舎」だからだ。


街道と鉄道の起点のあるアルビーコの、街の中心は駅と公共施設だ。駅のある高台に立派な市庁舎があり、夏の花火大会の時などは、屋上が解放になる。そこから夜の市内を見渡すと、灯りがあるのが中心部真っ暗で、街灯一つないそうだ。湖と農地、原野が広がっている。


「ゴールラスもわりと田舎だが、ここまでじゃないな。」


とジョゼが言った。ここは米と、近場に出荷する野菜が中心で、同じ農家でも、ゴールダベルのような、多角的な経営はしていない。


ここには逃亡しにくいという読みがあった。プラティーハ経由では、ラッシルにも通じる急行があり、一見、交通の便はいいが、転送装置は警察署にしかない。花火の季節以外は、街道に乗り合い馬車(魔法動力)も揮発だ。鉄道もプラティーハ方面行きしかない。反対側のウーメレに行くには、乗り合いが定期的にある。が、ウーメレ側の入国管理は、コーデラ内にしては厳しかった。例えば、コーデラとラッシルの間は、初めてでも、身分証明書提示と、いくつか書類に記入したら、簡単に出入り出来る。何回も往復する、季節労働者、商人、ギルドの冒険者などには、専用の旅券があり、もっと簡単だ。同盟国なので、国を越えての移動を簡略化していた。コーデラ領同士なら、チェックらしいチェックはない。


しかし、ウーメレは、クロイテス領とカオスト領の間の往復には、独自に制限をもうけていた。スムースに渡るなら、最低、五日前に予約が必要だ。でなければ、わざわざ通信で身元照会し、かなり待たされる。大貴族に挟まれた土地で、下級貴族が、中立を保っていくためらに、こうなったらしい。


高原側には、ほぼ駅しかない街がいくつかあり、やや大きな街のミドルカスを経て、そのままカオスト領を突っ切り、狩人族の土地のほうに連なっている。そこまで行くなら、ウーメレを通過せずに、クロイテス領を回って、別方向から行った方が速い。


つまり、鉄道さえ押さえれば、アルビーコは陸の孤島だ。街道も押さえたら完璧だ。アルビーコとウーメレの間は、距離はあまりないので、転送魔法で移動されたらチェックできないが、奴は魔法は使えない。ギルドには手配書類を回しているし、クローディアさんから聞いた話によると、


「ギルドのエキスパートな人達は、能力が優れているでしょう。自分より優れた、まともな人は嫌いだから、ギルドで人を雇うことはないと思うわ。それに、いわゆる、『使えん奴』は、人を使うことも出来ないから。」


だそうだ。




人を雇うほどのお金があれば、今回の計画は成り立たないけれど。




計画では、まず、クローディアさんの今の名前で、


「結婚予定。財産の相談あり。兄に連絡求める。」


と新聞広告を出す。連絡先は、クラマーロの弁護をしていた、ハドリナスという、若手弁護士だ。連絡が入ったら、


「妹さんが、ある青年と結婚する。結婚したら、信託財産は二等分され、独立した口座になることが、遺言で決まっている。これは知ってるね。


しかし、分割して新しく口座を作るには、君のサインもいる。


妹さんは今では名前も違うし、結婚相手は警察官なので、君が逮捕されるのは困るから、内緒で片付けてくれ、と言っている。婚約者はかなり渋ったが、君が金を受け取った後、ラッシルに行き、完全に絶遠するなら、と承知した。


グリーム先生は、直接、関わりたくないようだ。私は、デラメア銀行のアルビーコ支店長と懇意だから、そこでなら、なんとかなる。」


と言わせる。


本当は、クローディアさんのサインで、彼女の口座だけ新規に作って、半分を移せばいいだけだ。だが、ついでに、溜まっている利息を受け取りたがるだろう。信託の分を、偽名で普通の預金にできるかもしれない、とほのめかして、言いくるめた。




ハドリナス弁護士は、先の裁判で、グリーム弁護士とクローディアさんのために、クラマーロの罪を軽くしようと張り切りすぎた。


その結果、彼は新聞雑誌から、「被害者苛め」「女性蔑視」「時代に逆行」と叩かれた。


その上、被害者の女性はクローディアさんの恋人の、ジョゼの姉だ。(これは、ジョゼ達が隠していたので、後から知ったらしいが)。そのためか、コーデラでの裁判が中断し、ラッシルに護送して、強盗事件を先に裁く、となった時に、彼はどさくさに紛れて、コーデラでの事件の弁護士を降りていた。


僕は、協力的とはいえ、彼の態度には、二股膏薬なものを感じて、嫌な気持ちになった。色々、挽回したいのは、理解出来るけど。このまま、クラマーロが連続殺人犯なんて事になったら、若い天才を気取っている、新人弁護士には痛手だろう。だけど、僕より憤る権利のあるジョゼは、達観したもので、


「弁護士ってのは、それが仕事なんだろ。俺達だっと、犯人に同情してても、逮捕はするからなあ。」


と言っていた。言われてみれば、もちろん、その通りだ。確かに、この時、弁護士役がグリーム先生のほうなら、クラマーロを誘き出せなかったと思うので、彼の重要性は認めた。


まんまと引っ掛かったクラマーロは、ラッシルの皇都エカテリンから、救民施設の通信装置で連絡してきた。アレキサンドラ女帝の救貧対策で、エカテリンだけでなく、ローデサやパシキンブルグのような大きな地方都市には、無料の宿泊施設や、職業斡旋所があった。コーデラの場合は、主に教会の施設になるが、ラッシルには、教会の他、行政の施設が多々ある。クラマーロがどちらにいるか解らなかったが、外国人で、はっきりした身分証明書が無くていいなら、教会のほうだろう。相手が教会でも、この時点でラッシル警察に言えば身柄は確保できる。しかし、ラッシル警察に任せて、また護送中に逃げられたら、敵わない。


ただ、潜伏中で金のない彼が、要求通りコーデラまですんなり来るかがネックだった。金の受け渡しは考えていたが、彼は、それについては何も言わずに、何時何時に行く、とだけコメントした。


まだ、自分が連続殺人の犯人だと、疑われていることは知らないんだろう。表向きにはあくまでも、ラッシルとコーデラで一件ずつの、強盗と傷害の被告だ。それにしても、これは無警戒すぎる。ナドニキは、


「奴が馬鹿で助かった。」


と言っていた。クローディアさんは、


「馬鹿が馬鹿をやらかした時、母を初めとして、周囲の大人が、庇い立ててやってきた。一応、名家の跡取りだから。


でも、今は、庇ってくれる人はいない。馬鹿だから、自分は頭が良くて幸運だ、とでも、思ってるんでしょ。」


と言った。


僕は、クラマーロは馬鹿だとは思うが、倫理道徳の崩壊したタイプの馬鹿で、悪知恵のないタイプの馬鹿だとは思えなかった。


計画上では、銀行内で身内と弁護士による本人確認、銀行の書類へのサインを確保し、銀行を出て、ラッシル行きに乗ろうとした所を逮捕する予定だ。部長の立てた計画で、完璧な物に見えていた。




直前に、ナドニキが、


「これが終わったら、もう、いっそ、本当に結婚してしまえよ。」


と、ジョゼ達をからかっていた。


この時、これが終わったら、という言葉に、何故だが、不吉なものを感じていた。


半分当たり、半分外れた。後になってから、苦々しく思い出した。




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