(4).凍れるラフレシア

1.ラフレシアの認識(アロキュス)

黒い画面の中、骨と毛皮、羽飾りで飾り立てた、南国の女が、真ん中に立っていた。足元には、金髪の、騎士らしい男が横たわっている。仰向けだが、目は閉じていて、色はわからない。背景の黒は、二人の周囲では、ほんのり赤い。男の頬は、その赤を映している。死因はなんだろう。遺体の顔色からすると、凍死だろうか。死んだと決めつけるのも早計だが。


男には、女の持つ杖の「根」が巻き付いている。杖からは、大きく真っ赤な花が咲き、蔓が背景に溶け込んでいる。




『凍れるラフレシア』


ニキ・ピロスマス作


故郷のテフカン村の道具屋に寄贈


○○年の大寒波の時に


税金として徴収


翌年、ヴォジャ伯爵が落札


××年、ローデサ伯爵が購入


地元の植物系モンスターと、


妖花アラウーニャの伝説より着想した、とされる。




絵には、雪も氷もない。女も花も南国のものだし、季節はたぶん、夏だ。どこが「凍れる」になるんだろう。芸術家の発想って、やっぱりよくわからない。あえて言うなら、女の目かな。綺麗な緑色だが、表情がない。彼女が花の精なら、「凍ったような冷たい目をした女の肖像」という意味合いか。


「どう見たって、ハイビスカスにしか、見えないわね。」


今回のパートナー、エメリが、寄り添うように、声をかけてきた。僕は、ハイビスカスもラフレシアも、実物は見た事はないが、図鑑で見た。確かに、言われてみれば、ラフレシアではなかった。


「ラフレシアは、もっと大きな花よ。悪臭がして、臭いで虫を誘き寄せて、受粉させる。食虫花じゃないけど。この絵のイメージ、なんとなく、食虫花っぽい。画家は、勘違いしたのかな?間違う人は多いけど。」


「ラッシルにもコーデラにも、自生しない花に対する知識なんて、そんな物じゃないかな?君は詳しいね。」


改めて絵を見る。足下の男は、花に血を吸い取られているようだ。杖と茎は暗い赤色だ。閉じた目は、女より表情豊かに、恍惚とした死に顔を成していた。すると、失血死か。失血死で、この顔色は無いと思うが。すると、まだ、応急処置で助かる段階かもしれないな。


職業病にどっぷり漬かった事を考えていると、


「そろそろね。」


と、彼女が言った。広間の時計で、時刻を確認する。


「ナドニキ達と…ジョゼは?」


バザーで賑わう、市民ホール内を一通り見渡す。彼等の姿を視認する。ナドニキは、ソニアとカップルの降りをして、組んでいた。ジョゼは一人だ。変装はしている。


不安は後輩である彼女に悟られないようにしたつもりだが、彼女は、


「大丈夫。」


と、妙に明るく、気を回した。


「ここまで来たんだから、総て信じましょう。ソニアも、ナドニキも、サンスキーさんも。それに、何より。」


金色の睫毛を伏し目がちに、でもきりっとした目で、僕を見上げる。


「ジョゼを。」


ホールの向こう、彫刻のフロアの入り口にいる、当の彼は、僕の視線に気づいて、少し笑った。




とうとう、この日が来た。何年も追い続けた、殺人鬼のクラマーロ・クラムール。奴を、逮捕する日が。




   ※ ※ ※ ※ ※




クラマーロが、ラッシル護送中に逃亡してしばらく、キャビク島への門と呼ばれる、港町シレルで、また、同じ手口の殺人があった。だが、被害者は、20代の男性だった。次に、ラエル領のルビークリフトで、10代の女性が殺され、一緒にいた幼い娘がさらわれた。


さらに、ラッシルのライサンドラで、双子の男子が狙われ、片方は殺され、片方は、誘拐された。正式には、ルビークリフトの件だけが、連続殺人事件の犯人の仕業とされていたが、他の二件は、花火を使った手口が似ている。花火の件は、警察は報道機関には伏せていたはずだが、王都の雑誌が独自に調べて掲載していた。だから、被害者の特徴も合わない事から、模倣犯と見なされていた。


模倣でわざわざそんなことをして、捕まったら、連続殺人事件の疑いもかけられる。魔法力のある子供の誘拐は、探知魔法で探せるから、成功率は低い。だけど、事前に失敗を考慮する犯罪者なんか、いない。


この誘拐の犯人は、何も要求せず、誘拐したまま、姿をくらましている。僕は、捕まらない殺人犯、逃げおおせているクラマーロに、同一性を感じていた。




仲の良い同期の二人、ナドニキとジョゼは、それぞれ、クラマーロの捜索と、連続殺人事件の本部にいた。僕は、ジョゼと一緒に、後者だった。二つは一つの可能性を主張したが、上には通りにくかった。


上層部は立場上、ラッシルと揉めたくないみたいだが、要のジョゼも、なかなか賛同してくれなかった。裁判以来、被害者である、彼のお姉さんが、ずっと鬱で、治療を受けている。蒸し返したく無いのだと思う。事件に関連を認めて、本部が合同すると、身内が被害者の彼は、担当を外されるかもしれない。




確かに、今更、それは困る。頭でっかちの僕と違い、ジョゼは、同期の中では、非常に優秀な警官だった。でも、被害者が彼の身内一人でなく、国境を超えた広域指定の事件であれば、実績を考慮して、外されない例もある。ナドニキは、ジョゼはクローディアさんと婚約するかもしれないし、それで腰が引けてるのかな、と言っていた。彼に限って、それは無いだろう、と思っていた矢先。




そのクローディアさんと、ジョゼが連れだって、ハムズス部長に面会に来たのは、秋雨の冷たい、ある日の事だ。部長は、当時、課長から就任したばかりだった。


最初は、とうとう結婚の挨拶か、それにしては、事前に僕やナドニキに言わないのは変だ、と思った。しばらくして、僕とドウィク課長が、部長の部屋に呼ばれた。




部屋には、部長と課長、ジョゼ、クローディアさんの他、灰色の髪の、最北系の男性がいた。入れ違いに、新人のエメリが、お茶を出して、出ていった。


開口一番、部長が、


「君は、連続殺人事件が、クラマーロ・クラムールの犯行だ、と言っていたね?その可能性が、強くなった。」


と切り出した。




クローディアさんは、クラムールの妹だった。養女に行ったので、姓は変わっていたが。


彼等の両親は亡くなっていて、遺産は信託になっていた。年に数回、利息を受けとる。弁護士のグリーム氏(最北系の男性)が、その件を担っていた。クローディアさんは、ベルラインに住んでいた。だから、ベルラインにある、大手の国際銀行の、デラメア銀行の支店から受け取っていた。クラマーロは、あちこち放浪し、主にラッシルとコーデラの地方都市で、当地の支店から受け取っていた。


うんと切り詰めれば生活できるか、という程度なので、養親から遺産を相続し、自分も教職に就いているクローディアさんには、十分すぎるお金だったが、定職を持たず、放浪を続けるクラマーロには違った。


しかし、彼は、逃亡して以来、銀行には、一度しか行っていない。彼は指名手配の身なので、来たらすぐ、警察に連絡が来るようにしてあるので、来ないのは、当然だ。だが、弁護士のグリーム氏は、銀行の出金記録の書類を並べた。


一番新しいのは、ラッシルのローデサで、クラマーロが逃亡した五日後から、十日後にかけて、引き出している。事件で引き出しに行けなかったのを、全て分けて引き出したらしい。


「この記録は、もう知っていますが。」


と僕は答えた。ローデサは、ラッシルのキャビアの名産地として知られる、イクール海の、湾岸の大きな都市だ。だが、ラッシルからしたら、南の外れにある保養地、という認識で、中央部に比べれば、かなり緩やかな土地柄だ。伝達が上手く行った上でかどうか、あやふやではあるが、この時、クラマーロを押え損なっている。その時に、揉めたついでに見ていた。




グリーム氏は、さらに、古い銀行の出金記録を見せた。年月日は、逃亡より前で、ケルザンの物がある。日付は、リゼ・シモンジャの殺された、祭りの日だ。


「他の記録も、連続殺人事件のあった日の前日で、犯行現場に近い支店の物が、多々ある。」


部長が言った。僕は、驚いて資料を落した。


拾い上げながら、


「やっぱり、そういうことだったんですか。」


と、呆然としながら言った。仮説が裏付けされた気がして、気が逸った事は確かだが、喜ぶような物ではない。


部長は、僕の様子が落ち着くより早く、説明を続けた。


「逃亡以来、奴は信託の金を受け取っていない。だが、被害者の財布には、手をつけていない。誘拐も身代金は要求してこない。おそらく、資金源に、人身売買を行っている。」


それは少し妙だ。そういう組織は、ああいう人物は雇わない。


しかし、人身売買がらみなら、大抵は国際的な組織犯罪だ。認定されれば、思いきった捜査網ができる。


僕は、ジョゼを見た。彼は、クローディアさんに寄り添ったまま、口座の資料を指し示し、


「これを利用して、奴を誘き出そうと思う。」


と、静かに言った。


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