2.陸の真珠(ラール)

「陸の真珠」は、前日譚ということで、タイトルからユードシアの子供時代の話かと思ったら、舞台はニキが逃亡する前の皇都、ユードシアもユードサイムも出てこない。ニキはたまに出てくる。


話はロマンス路線から一転してレジスタンス物になる。中心人物はレム・アンバース、「黄金のブロンドと琥珀色の瞳」を持つ、カリスマ性の高いリーダーだ。彼の右腕アダマント(温厚な長身の黒髪の青年。アンバースと同じ孤児院出身。)、仲間のサフィロス(熱血型のコーデラ系の青年。名前のサファイアは青い目から。)、アガーテ(アンバースとアダマントの幼馴染みの女性。土魔法が少しと、格闘が得意)と、コーデラからの協力者アメジスト(水魔法の得意なクールな女性。彼女の呼称も瞳から。)、マライン(スパイ、というと、大抵はこういう女性が出てくる典型。ただし、実は貴族の令嬢らしい。)フェイ(礼儀正しい東方系の青年)、マラインが任務中に保護した孤児のラベウス(赤毛の無口な少年。孤児と言っても15くらい)、レキシー(ラベウスより一つ下。少女のように穏やかな性格の少年。片目を髪で隠している。)を中心に、モブも合わせて、十五人ほどの、視点持ち回りで描く群像劇だ。


他に、パールラというアンバース達の幼馴染みの女の子がいたが、早々に孤児院から引き取られた後は音信不通だった。後に、貴族もお忍びで通うほど人気の遊郭、「黒真珠の館」の女主人として登場する。




長じて成績優秀なアンバースとアダマントはコーデラの学校に、アガーテは田舎の比較的富裕な農家に引き取られた。


アンバースは医師を目指し、アダマントは歴史学者を目指して、ヘイヤント大学に合格した。外国人対象の奨学金枠は狭く、しかもヘイヤント大学なら、これは極めて優秀だ。ラッシルには、国立のエカテリン大学があり、ここも難関だが、無償の学費援助制度は乏しい。また、強いのは工学、地質学、言語学、考古学で、医学も魔法に頼らないぶん、強いほうだが、子供のための医療は遅れていた。地方では、子供は病死に備えて、たくさん産んで置くものだ、という考え方があるくらいだ。


アンバースは、必死に勉強して、極めて短い期間で小児科医になり、ラッシルに戻ると、地方の子供達の医療について改革を訴えた。だが、なまじ優秀なだけに妬まれて挫折、運動は続けるが、当局に睨まれ、薬の横流し犯に仕立てられる。ただし、事件は世論と有力貴族からも矛盾を指摘され、陰謀は頓挫した。 無罪になった彼は、


「改革を受け付ける社会を先に作らなくては駄目だ。」


と考え、政治運動を起こした。


アダマントはそれを聞きつけ、友人のためにコーデラから駆けつけた。一方、引き取られた先から逃げ出してきたアガーテも加わる。




グループが大きくなると、ニキの所から、サフィロスが仲間数人と合流する。


サフィロスは、南ラッシルの工場で働く、真面目な青年だったが、姉が妻子持ちの工場長に言い寄られて、拒絶したら、頚になった。抗議をしたら、でっち上げの窃盗罪で投獄された。半年で出られたが、その間、姉は弟を助けるため、と騙され、さらに工場長の嘘の告発で、娼婦用の監獄に収監された。捕まるときに抵抗したので、刑罰が重くなり、トエン国境の刑務所に移送された。その中で流産し、「医師非番のため」、死亡した。


彼が出所した時、工場長一家は、皇都近郊に引っ越し、宿屋をやっていた。彼は追いかけ、工場長に復讐をした。妻と息子には手を出さなかったが、彼等の証言で、再び逮捕された。


しかし、その夜、「壁の大穴団」が、サフィロスのいた留置所を襲撃した。ニキの配下が何かで捕まってたらしいが、ニキは、ついでに、留置所の鍵を全て明けて、書類を残らず燃やした。サフィロスは、そのまま、ニキに着いていった。


しかし、ニキのやり方では、自分が本当に解決したいことは解決しない、と気づき、同じ考えの者と相談し、抜けてアンバースの下に来た。


彼を通してニキの人物像が少し語られるが、「白い海」で読者に示された以上の面はない。


ニキの右腕バンブー・リンは、チーム唯一の参謀で、「白い海」に出てきた、「リン」が彼のことだった。ニキのチームのメンバーは、基本、リンの作戦のための要員で、ニキも皆をまとめている、指導しているという意識がないため、党員の意識は低い。リンにはない、「どことなく人を惹き付ける魅力」が、ニキにはあるため、リーダーは彼だった。


サフィロスが抜けたのは、貴族のメイドに集団暴行した仲間がいて、それを話しにニキの所に行くと、ニキにもリンにも会えず、替わりにニキの女が出てきて、


「大切な仲間の告げ口なんて、恥ずかしいですよ。」


と追い返された事がきっかけだった。(ニキは、こういう、育ちの良さそうな、お嬢様系が好きだったようだ。)


その前後、「さる外国」は、政権交代は時間の問題と見て、後はどこを勝たせたら有利か、と考え始め、メインの党派に、節操なくスパイを送り始めた。アメジストは、前にいた団体を本国が見限ったため、アンバースの所に派遣された。


アンバースは、レジスタンス組織が外国の権力に頼ると、ろくなことがない、と反対したが、アメジストの仲間のフェイが、アダマントの学生時代の友人で、彼がラッシルに戻る時、当座の活動資金を募ってくれていたと聞き、滞在は許可した。


フェイは割りとしたたかなので、立場を利用してレジスタンスに溶け込んで行った。


アメジストは、協力者のはずだが、革命そのものに対しては否定的だった。アンバースは武力闘争は嫌っていたが、皇帝が次々理不尽な法律を作ったり、皇帝派の騎士や貴族がだんだん暴力的になっていったりを踏まえ、抵抗していくうちに、最終的にはクーデターになるだろう、と考えていた。サフィロスは、ニキの所にいたせいもあり、もっと思いきった行動に出たいと思っていた。


このため、アメジストとサフィロスは、よく衝突した。彼女は作戦に口出しはしなかったが、例えば、彼がマラインやラベウスと自分の考えを話して、


「いい作戦だと思うがなあ。」


などというと、話には加わらないが、冷たく鼻で笑うような時があった。サフィロスはこういう反応が嫌いで、そこから口論になる時があった。




ある時、アンバース達は、「パーティ」に出なくては行けなくなり、その「パートナー」として、アメジスト達も、一緒に出ることになった。アンバース自身は、特定の有力者と懇意になることは避けていたが、今後の転機となる、派閥を越えた合同作戦を無血で成し遂げるためには、必要な集まりだった。この作戦は、ニキが都落ちするきっかけになった物だ。表向きは、ある辺境領主が、地酒のアピールのために主催した宴会だ。その領主と、「真珠姫」(パールラ)が懇意だった。パールラは、幅広く顔が効いたため、各陣営が自然に集まれるように、場所を提供した訳だ。




このパーティでは、アンバースはアガーテと、アダマントはマラインと組んだ。パートナーがいなければ、「黒真珠の舘」の女性が一人着く、といった趣旨のものだったためだ。どうやら、パールラはアンバースかアダマントの気を引きたいようなのだが、彼らには、彼女に特別な感情は無いようだった。あったとしても、アンバースは、運動に恋愛の「ごたごた」は不要、というポリシーだった。彼女とも旧知のアガーテなら、その辺りはうまく行くだろう、と考えたようだった。


また、アダマントにマラインを着けた理由は、彼女は黒髪で、女性らしいスタイルの持ち主なので、金髪でほっそりしたパールラとは、外見は正反対だ。好みに合わないなら、諦めるだろう、と、フェイが意見したためだった。


サフィロスは、アメジストと組んだ。彼はいわゆる幹部ではなかったが、会合の間、アメジストに情報収集を任せるのに、パーティの性格上、彼女一人では活動しにくい、というのが理由だった。この他、置いて行くのもなんだから、という、レジスタンスにしてはどうかと思う理由で、フェイが更け顔で女装し、ラベウスとレキシーを息子として連れ出した。この展開はかなり苦しいが、作者がパーティ会場にメインメンバーを全員揃えたかったようだ。実際、ここでは各人物の本音や、予想外の人間関係が明らかなる。お約束の急展開も。


サフィロスは、ニキの仲間に見知った顔がいて、少し話し込んでいるうちに、アメジストがいないのに、気付いた。慌てて探すと、人気のない廊下で、彼女が本国と通信しているのを見た。定期連絡は入れているのは知っていたし、仲が悪くても、立ち聞きは何だから、去ろうとした。だが、


「それで『氷の美貌』が何とかなるとは思えません。」


と聞こえたため、飾り柱の陰に留まった。「氷の美貌」とは、大衆紙がアンバースに付けた渾名だ。


アメジストは、本国から、もっとはっきりした形で、革命後の特権を保証させろ、と言われていたらしい。それで、提案が


「様々なタイプの女性協力者を増やす。」


事だが、彼女は、アンバースが「稀代の堅物」であることを述べて、逆効果である、と反対していた。




≪…「確かに、それで簡単に陥落する連中もいますが、少なくとも、彼ら二人は、そういった、『下衆』な手は通じません。…わかりました、纏めて叩き出されてもいいのであれば、実施しますよ。」


と、さっさと通信を切り、大きくため息。「人の数だけ作戦、なんて、どの口が。」と呟きにしてはやや大声だ。


通信装置から目を離した彼女は、俺を見て驚いた。


立ち聞きした、と思われるのはばつが悪い。廊下に声が響くから、何かと思った、と言い分けをしようとした。だが、彼女は、


「黙って消えて、悪かったわ。」


と、普段から考えられんくらいに素直に言い、俺と一緒に、会場に戻った。


話し合いの終わったらしいアンバース達が、奥の部屋から出てきた所で、パーティは終わり、俺達は、ホテルに向かった。今から帰って帰れなくもないが、 みな一斉にエカテリン方面に移動するのもなんだから、と、まず、ニキのグループが帰り、他は翌日になった。ホテルは黒真珠の館とは縁遠い、普通の大人しい建物だった。しかし、オーナーは、元従業員らしい。だから、という訳じゃないかもしれないが、アンバースはアガーテ、アダマントはマラインと同じ部屋に一旦入り、後で入れ替わる。俺達は、二人部屋にアメジストが一人で、家族向けの四人部屋に、フェイ達三人と、俺とが詰められる事になる。俺達の部屋にはシャワールームがなく、ラベウスとレキシー、フェイは二人部屋の方を交代で使わせてもらっていたかが、俺は共同浴場の方へ行った。


部屋に戻ると、何か揉めていた。アメジストとフェイがいない。もう一度、明日の予定をチェックしてから休む予定だったから、二人が慌てているのはわかった。俺は、一応任務中なのに、子供だけほっといて、二人でどこかに消えたのか、と、ものすごく不快になった。だが、レキシーが、


「フェイが、疲れてるらしくて、二人部屋のほうで寝ちゃって、起きない。サフィロスが戻ったら、運んでもらおう、と言ったら、


『起こしてしまうかもしれないから、私がそっちに行くわ。』って。


どうしよう、サフィロス、戻ってきたから、声、かけようか。」


と言った。


さらに驚いてぽかんとしていたら、ラベウスが、


「俺達のせいで、フェイ、疲れてるし、アメジストがいいなら、問題ないだろ。確かにつねっても、叩いても起きないから、無害だろうし。」


と言った。「それに、あのフェイだし。」と添えた。


俺は二人に促されるまま、割り当てのベッドに入った。


なんだか、、余計にいらいらとして、眠れなかった。


次の日、寝不足な様子を、ラベウスから、自分のイビキのせいでは、と謝られた。彼は静かだったが、子供の頃、鼻が悪く、仲間に言われた事があるそうだ。


レキシーが、そんなこと、なかったよ、と言う中、平然と紅茶を飲むアメジストと、やたらそわそわして、ミルクも喉を通らないフェイの様子を見てると、余計にイライラが増していった。…≫




つまりは、サフィロスは、反発しつつも、アメジストに惹かれていた、という落ちだった。この後、自分が「下衆」の中に入れられた事と、彼女を見ているうちに、フェイの彼女に対する気持ちに気づいてしまったのとで、いらいらとした日が続く。




とうとうある時、アメジストが、アンバースに「色仕掛け」をしている現場に出くわして、イラつきは頂点に達した。


群像劇のため、直前はアメジストの視点で、それが誤解だと言うことは、読者にはわかる。アンバースは、書斎(と言うのが適当かわからないが)にいた時に、不意にラベウスとレキシーの訪問を受ける。そして、ラベウスから打ち明け話をされる。彼は、自分の大腿の内側に「隠し彫り」(東方の技術で、暖めると浮き出るタトゥー。但し、伝説みたいな物で、フィクションにしか出てこない。)があり、死んだ母から、それは高貴な家の人の家紋、と教えられていた。父親の家の紋章で、母は貴族の愛人だったのだろう、と思っていた。成長して薄くなったし、忘れていたが、マラインと初めて会った時、怪我をしていた自分は、彼女に手当てをしてもらったのだが、その時、彼女から、皇室の紋章に似ている、と言われた。パーティの時に、パールラから、「貴族が貢いだ」品物を見せてもらったが、似た紋章の、宝石入りのバッジがあった。


レキシーに相談して、まずアンバースにだけ、先に話そう、と言うことになった。


アンバースは、二人はマラインの世話になっているから、彼女に先に話さず、自分に話したのを不思議に思ったが、ラベウスが、


「マラインはいい奴で、いつも親身になってくれるけど、この国にとっては、余所者だろ?皇帝や貴族と戦ってるのは、あんだ。だから、あんたに話すのが、いいと思った。」


と答えた。レキシーは、


「貴方は、お医者さんだったんでしょう。わざと彫った物か、ただのアザなのか、わかると思って。」


と補足した。


小児科医だったアンバースは、事務的に、ラベウスに服を脱ぐように言った。



≪医者でも、特殊なタトゥーの区別がなど、普通は付かないが、ラベウスの彫り物は、明らかに人工の物だった。レキシーが、お湯を浸した布を渡し、受け取ったラベウスが軽く撫でると、間延びしているが、皇室か公爵家の物らしい、はっきりした紋章が浮かぶ。中心に文字らしき物があるが、これは崩れて、判読しにくい。


『確かに、意図的な物のようだ。皇帝と、各公爵の、紋章の見本がいるな。アダマントに言って、探して貰おう。サインと印章の資料も。』


と言った途端、レキシーが、


『僕、行ってきます。』


と、部屋を走り出た。俺は、もう一度見ようとしたが、ラベウスが、妙に赤い顔をしているのに気づき、発熱を疑った。額に触ると、ラベウスは、驚いて、いきなり身を引いた。


『ああ、済まない。顔が赤いから、熱があるのかと。大丈夫そうだが、今年は暑くなったり、寒くなったり、不安定だ。こういう年は、大寒波の時ほどじゃないが、子供の死亡率が上がる。』


と言うと、ラベウスは、少しむっとし、『子供って…』と言った。


『どうしたの?今、レキシーが、凄い勢いで、走り抜けて行った…。』


と、アメジストが入ってきた。彼女は、俺とラベウスを見て、言いかけて黙る。ラベウスが、短く叫んで、慌てて、ズボンを上げた。


『大丈夫そうだが、体温はまめに計って置いてくれ。もし体温 が上がらなくても、異変があるようなら、夜中でもいいから、直ぐに言うように。』


『あ、はい、わかった、ありがと。』


彼が慌てて出ていってしまうと、まだ不審な顔をしたアメジストが、


『鍵を掛けておくべきよ。『診察中』なら。』


と言った。


『そうだな。気を付けるよ。』


と答えた。アメジストは、こういう時、アガーテやマラインと違い、軽口を叩かないので、楽だ。


『で、何だ?』


『ああ、エリオスの件よ。このままだと、彼等抜きで…。』


いきなり、彼女は、俺に向かって、倒れこんだ。咄嗟に支える。さっきのレキシーのタオルから出た水に滑って、起きっぱなしの洗面器に躓いたようだ。慎重な彼女らしくないが、こんな所に、普通は、こんな物はない。


『あ、ごめんなさい、ありがとう。』


本当に驚いたようで、まだしがみついていた。≫




ここに、サフィロスが入ってくる。


アンバースに、急に面会者が来て、彼はそれで呼びに来た。彼は洗面器を気にしていたが、サフィロスとアメジストが、同時に、


「片しておくから。」


と、リーダーを促して、追い払った。サフィロスは、通信の件があるから、アメジストの色仕掛けと誤解して、


「アンバースに、あの手は、通用しないぜ?」


と、喧嘩腰な会話を始める。




≪相変わらず、まだ、この期に及んで、取り澄ましていた。俺は続けて、


『随分、『下衆な』手を使うんだな。あんたは、そういう手は、使わないと思ってたが。』


と言ったが、


『転んだだけよ。発想が下衆いわ。』


と言いやがった。俺は、お好みなら、と、下衆にならないように、ない知恵を絞って、我ながら、高度な皮肉を言ったつもりで、嫌味な話を続けた。俺が一方的に喋っているだけだったが、それにも腹を立てた俺は、結局、下衆な話をした。


アメジストの、顔色が変わった。


『すまない、俺は、そういう積もりじゃ。』


思わず口をついて出た。俺は


『地雷』を踏んだ事に気がついた。


彼女の腕を掴もうとした。が、当然、振り払って、逃げ出した。追いかけようとしたが、ちょうど、フェイが顔を出して、


『ここでしたか。』


と声をかけた。彼は、自分にぶつからんばかりに飛び出そうとしたアメジストの、異変に気づいて、顔色を変えたが、彼女自身が、


『床が濡れているの。サフィロスが、一人で片付けるそうよ。』


と、彼を引っ張って、強引に出た。


どんな顔をしていたか、見えなかった。≫




サフィロスが、何を言ったか、アメジストが、何に引っ掛かったのかは、最後まで分からない。


それから、アメジストは、よそよそしくなり、そのまま、最終決戦前夜を迎える。




後は、だいたい、予想通りの展開だ。


前夜に、サフィロスが、アメジストの部屋を訪れる。彼は、このまま最終決戦を迎えたくないから、と、きちんと謝って話そうとした。アメジストは、もう気にしていない、自分達の仕事には、確かにそういう面がある、と答えた。


そのまま終われば良いものを、アメジストが、


「私たちは、仕事であちこち巡っているけど、貴方は、まだましな方だから。もっと最低な下衆は、いくらでもいるわ。」


と言ってしまったので、また言い合いになる。


ところが、その時に、彼女の肩をつかんで、顔を間近に除きこんだため、気づいてしまった、


ニキの所を抜けることになった、暴行事件。その被害者のメイドが、彼女だった、と。


アメジストは、彼の顔は、覚えていた。仲間の仕業に怒り、ニキに言う、と言った側の一人だ、ということは、わかっていた。だが、同時に、「下衆」の仲間としても認識していた。


サフィロスは、後味の悪い事件は覚えていたが、彼女の顔は、はっきり覚えていなかった。だが、じっくり見て、思い出した。


「彼女を見て、気になっていたのは、罪悪感だったのか。いや、違う。」


というモノローグがあり、二人は真っ直ぐ見つめ合った。


その夜、彼は、彼女の部屋で過ごした。


これもはっきり書かれていないが、フェイに視点を移し、アガーテとマラインが、明日のために、乾杯しようと言い出し、サフィロスを探している描写があった。フェイは、事件の時のアメジストの様子を回想し、


「今度こそ、彼女を守る。」


と決心をし、アメジストの部屋を訪ねた。しかし、彼女は、先に休んでいた。


前祝い場所に戻ると、マラインが、サフィロスは部屋にいないまたい、まあ知ってるはずだから、すぐに来るでしょ、と話していた。


フェイは、アガーテに促されて乾杯の席に加わる。




≪だけど、サフィロスが姿を見せることは、なかった。夜明けを過ぎるまで。




僕は痛感した。守りたい人は、僕の手の中には、収まらない人だった。≫




フェイは、アメジストから、大切な人、とは思われているが、恋愛対象ではない。彼の女性的な外見のせいか、同室になった時も、


「フェイの側だけは安心。」


と言われていた。フェイはアメジストを愛しているので、彼には気の毒な展開だ。


しかし、サフィロスとアメジストの展開は、面白かったが、唐突すぎて、


「どうしてこれで恋愛感情になるのか」


が、わからなかった。対象年齢の読者なら、気にしないのかもしれない。


残りの少ない章立てを見ていると、どうやら、アメジストとフェイ、レキシーが死ぬようだ。誰か裏切り者がいたらしい。アンバースも、最終章が「初代首相の暗殺」となっていることから、たぶん、ラストで殺される。


ここまで読んだんだから、一気に、と思っていたら、ナスタが誘いに来た。そういえば、夕食を一緒に取る約束をしていた。


女性の友人数人と食卓を囲み、食後はワインを楽しんでいた。すると、誰ともなく、さっきまで読んでいた本の話になる。


「少女の読者に対する、有識者の意見、と言ってもねえ。どの辺を問題にしたんだか、わからないわ。」


と、国立図書館の司書のカーシャが言った。彼女は職務上、出版規制を嫌う。


「正直、少女小説らしいのは、『白い海』だけよね。まあ、不道徳な話だけど、ここまで日常あり得ない設定だと、影響されても、真似をする子はいないと思うけど。」


とナスタが言った。二人は、もう、全部読んだようだ。エレーナとミーシャは、まだ読んでいない、と言った。私はだいたい読んだと言ったら、ミーシャが、


「『雪夜の王子』や『貴女に血薔薇の花束を』と比べて、どう?あれを原作のまま、上演・出版したんだから、もう、何でも問題ないと思うけど。」


と聞いてきた。


たぶん、官能や不道徳より、皇帝に対するレジスタンスが、最後に勝利する展開が、引っ掛かるのだろう。初代大統領は暗殺されたが、何年も後の未来に、皇帝はいない。


「そうね…。どっちかっていうと、『陸の真珠』と『貧者の冠』は、少年少女より、大人が好きそうな内容ね。『海のアネモネ』がどうなるか分からないけと。私は、今のところ、『問題なし』にすると思うわ。」


「良家の子女」は、読みたければコーデラ語で読めば良いし、翻訳出版を禁止しても、外国語の本に輸入規制はないから、無意味だ。


私は、最初に思った事を、改めて結論に持ってきた。


とりあえず、帰ったら、続きを読もう。あまり好きな本ではないが、元ガードとしても、別に抵抗はない。




ふと、ミルファが読んでみたら、どう思うかしら、と考えた。「白い海」は好みそうにないけど、「貧者の冠」なら。若い女性への影響が心配、と言われる本を、当の若い女性に、感想を求めるのは、あり得るかしら。




≪守りたい人は、この手には収まらない。≫




そう言ったフェイは、少なくとも、守りたかった人とは、最後は共に出来た。それが幸せではないにしても。


ベルシレー産のワインに、ミルファの顔を思い浮かべながら、さっきの本の一節を当てはめてみた。





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